Act.75 奇跡の偉業の果て

 かつて古代竜種エンドラと呼ばれる存在を打ち倒した者を、民が国を挙げて称えたと伝えられる。

 古代竜種エンドラの多くは、その傍若無人ぶりから生態系に影響を及ぼしかねない害獣とされる事が大半であり――僅か一握りの神性を備える最高位を除いたほとんどが、〈実害性異獣ハザーデッド・モンスター〉と言う世界基準の元討伐対象に指定されていた。

 おおよそその基準に相当する古代竜種エンドラ討伐には、多分に漏れず国家単位の軍が動員され――まさに戦地へ向かうが如くの陣容で相対するのが最低限の基本であった。


 ――だがここに……その基本を大きく塗り替えた者達がいた。

 それは計らずして火山帯へ訪れた一冒険者パーティー。

 今彼らが止めを刺さんとしていたのは――進化したての種ではあるも、紛う事無き古代竜種エンドラ

 それはまさに、赤き大地ザガディアスの歴史が塗り替えられる瞬間でもあった。



∫∫∫∫∫∫



 すでに地へ両の脚で立つ事もままならぬ暴竜レックシアを眼前に、それを穿ちし冒険者――魔導機械アーレス帝国が誇る法規隊ディフェンサーが面を揃え立ちはだかる。

 だが――相手は〈実害性異獣ハザーデッド・モンスター〉である。

 その獰猛なる害獣へ止めを刺すために居並ぶには……いささか雰囲気が異なっていた。


「さて皆……正直この状態のバカ竜さんは、もはや無力とも言える。立つ事も私達を襲う事もままならない訳だからね。しかし――」


「私達は討伐任務の上で彼をこの様にした――が、だからと言ってこのすでに無力のバカ竜さんを痛めつけるいわれは……私達には無い。」


 その雰囲気を生んでいたのは桃色髪の賢者ミシャリア

 確かに彼女達は暴竜レックシア討伐を策謀の皇子サイザーより依頼の元受け持った――が……彼女が口にした通り、それを甚振いたぶるために事を成したわけではなかったのだ。


 言葉を口にした賢者少女へ首肯を返す法規隊ディフェンサー一行と協力者達。

 その視線が熱き精霊――火蜥蜴親父サラディンへと集まった。

 そして――


「サラディン……頼めるかい?」


「ああ……皆まで言うな、賢者ミーシャ。あんたのそういう心意気は、俺も買いたい所だぜ?ファッキン。」


 言葉の意味を悟る火蜥蜴親父サラディンは、寄り添う炎揺らす少女サリュアナへ言葉を振る。


「せめて苦しみは忘れさせてやれ、サリュアナ。僅かでも知能が宿ったなら、相応の苦痛も感じているだろうからな。」


「分かったサリ。あーしの火の精霊術でゆっくり体温を下げるサリ。そうすればレックシアさんも活動が鈍るサリ。」


 父親の言葉へ首肯した炎揺らす少女が無詠唱精霊術式を展開すると……淡い炎が暴竜レックシアを包み――術がもたらす体温低下に伴った活動鈍化が始まると、次第に暴れ狂っていた手足も竜尾も力なく地へ落ちた。


 そこまでを双眸で見つめた桃色髪の賢者が、仲間である法規隊ディフェンサー一行と協力者達へと言葉を投げる。

 一連の行動に於ける真意となる言葉を――


「私達はこの暴れ狂う古代竜種エンドラを仕留める事に成功した。これにより、アーレス帝国領の南から北にかけて猛威を振るって来た古代竜種エンドラの被害は無くなるだろう。そして――この古代竜種エンドラを手にかけた私達は賞賛される事となる。この。」


「ならばせめてこの古代竜種エンドラレックシアが輪廻の果で、害なさぬ者に生まれ変われる様……祈りと供に冥府へ誘おうじゃないか。」


 言い終わった賢者少女は、その手を胸前で優しく一つに合わせ祈りを捧げる。

 荒ぶっていた巨体も静かな安らぎを覚えた頃――火蜥蜴親父がその体躯へ柔らかな弔いの炎を解き放つ。

 長年の宿敵を……腐れ縁とも言えた傍若なる隣人を――


「てめぇは感謝するこったレックシア。害獣指定された物相手に、これ程までいたわりに満ちた弔いを贈られるなんて話は聞いた事がねぇぜ、ファッキン。せいぜい、いい夢を見ろよ?。」


 確かにこの法規隊ディフェンサーと言う冒険者のみで、害獣指定された古代竜種エンドラが討伐された偉業は赤き大地ザガディアスでも驚愕の出来事である。

 だが――

 その法規隊ディフェンサーをまとめる賢者少女が、暴竜レックシアへ贈った弔いの儀――それこそが世界へと彼女の名を轟かせる。


 害獣指定された異獣相手でさえ弔うほどに偉大な、命を尊ぶ心持つ賢者の少女として――

 本人のあずかり知らぬ所から、人々の心へ徐々に響いていく事となるのであった。



∫∫∫∫∫∫



「……お、終わった。今回は流石に――疲れたよ。」


「おう、ホントに今回は気張ったなミーシャ。」


「ここまで強力かつ長時間の術式行使したのはお初じゃない?」


 いたわる長い付き合いな護衛二人の声が、私の耳に心地よく響きます。

 今私はあまりに疲労が蓄積し、満足に歩く事すらできないまま――今日の一番の主力であったヒュレイカの背におぶられる始末です。


「私が間に合って良かったわ。けどそもそもヒュレイカの付けた傷がなければ、あそこまでのダメージを与えられたかどうか――」


「いやぁ……あれは流石に目ん玉飛び出るか思たわ(汗)超電磁砲レールガンやったっけ?どんだけえげつない技やっちゅうねん。」


「それはあーしも思ったサリ(汗)」


「あれ程の威力の共振装填――それがしも、流石に驚愕であったな」


 最後の止めにもなった〈ガルダスレーヤ〉による超電磁砲レールガンは原理その物をアーレス帝国にて研究済みな、みなの度肝を抜くほどの一撃です。

 精霊力エレメンティウムの物理的な観点から導き出し行った装填――私もなったその威力には、一同揃って驚愕が顕となっています。

 そしてヒュレイカが加えた火炎炸裂刃ブレイズ・ブレイドも合わさり、正しく必殺の一撃と化したのです。


「こっちも時間稼ぎの間はひやひやもんだったが……あんたはとてつもなくクレイジーだぜ、賢者ミーシャ。」


「まさに、じゃな。暴竜レックシア強襲を知った時は、こちらも焦りしか浮かばんかったが――あの状態で耐え凌いでいたとはのぅ。」


『キキーキキキッ!』


「あら?闇の精霊さんは節操が無い感じね。大きくなったり小さくなったり。けど何にせよこれでペネや村の人達の安全が保障された感じ――ミーシャさんには感謝しかない感じね!」


「民の安寧――至高神もお喜び、なの。」


 テンパロットを初め、ヒュレイカにフレード君――オリアナにリド卿。

 さらにペネに加えて精霊側であるしーちゃん、ジーンさん、シェン、サリュアナ――そしてサラディンとが並んで活火山ラドニスを下山します。

 上空ではリド卿を名残り惜しむ様なガラッサルバードの、ガラ?だったかが旋回してねぐらへと戻って行く姿も。

 そうして私を庇う様に立ち回ってくれた協力者達が、口々に今回の偉業を称えてくれます。


 くれていたのですが――


「んあ?おい、ミーシャ――」


「しー。テンパロット、今は。……もうミーシャも疲れちゃったみたいだし。」


 その言葉がほとんど子守唄の様に聞こえていた私――いつの間にか、ヒュレイカの背におぶられたまま寝息を深く称えていたのです。


 素敵な護衛と……心強き協力者達に囲まれながら――



∫∫∫∫∫∫



 古代竜種エンドラ討伐を成した法規隊ディフェンサーと協力者一行は、被害が大きかった火山間にある辺境の村へ――威風堂々の凱旋を果たす事となる。

 一行が村に差し掛かる頃には、晴れた雲間から夕焼けも差し――しかし偉業を称えるが如く一行を照らし出していた。


 それを視認した村人が一斉に駆け寄ると、瞬く間に人だかりとなり……その中央で此度の古代竜種エンドラ討伐を成した法規隊ディフェンサーが取り囲まれる事となる。


「あんたら、よくぞあの古代竜種エンドラを退治したな!こりゃとんでもねぇぜ、てやんでぃ!!ペンネロッタもよく戻った!おお、愛しのペ――」


「ペネは子供ではないし!?そんな幼子を扱う様な態度だから、ペネはパパから離れた感じよ!?分かってる感じ!?」


「おお……ペンネロッタ~~そんな――」


 今回飛び入り協力者でもあったドワーフ令嬢ペネ

 その仲睦まじい親子のやり取りを、冷たい汗を滴らせて一瞥する桃色髪の賢者ミシャリア

 ツインテ騎士ヒュレイカの背で眠りこけ、それなりの疲れも癒えた頃合で――彼女としても、如何いかんともし難い現実が視界に飛び込んで来ていた。


「……全てが丸く収まったと思っていたら、思い出したくない肝心な事実を今目にしたよ。この村――」


「「「……あっ。」」」


 一行が誰からでもなく一瞥し、視認したのは群がる村民ではない――その背後……である。

 その一行の視界の端に、見慣れた影が映った刹那――ハッ!と気付いた賢者少女が声を上げた。


「さ、サイザー皇子殿下!?こんな所までご足労、痛み入ります!」


「ははっ。みんな無事でなによりだ。今回はよくやったな、ミーシャ。まあそれはそれとして……だ――」


 焼けただれた村を見て回る様に現れたのは、かの策謀の皇子サイザーである。

 そして当然の様に着き従う赤き騎士ジェシカの姿で、二人の護衛の形相すら強張った。

 そんな法規隊ディフェンサーを見やりながらも、赤き騎士とのやり取りを終えた策謀の皇子が……下された命に従い速やかに何らかの行動へ映った騎士を尻目に――

 村人が分かつ様に作った道を、血統ある軍馬に跨って進み言葉を放つ。


 それはもう一行にとって、であった。


「今回の一件……さしもの古代竜種エンドラ被害がこの村まで及ぶのは想定していなかった。帝国の防備にも落ち度があったと言わざるを得ず――そんな中、村民が無事であったのは何よりだ。よってここ一帯の村民への補償を現在帝国で検討中――」


「なのだが実は、があってな――そこはと言って聞かないんだ。なぁ、。」


「おうよ!ウチのソバ屋は代々ドワーフ族が身銭をはたいて建てた伝統ある店舗でい!そいつを事情がどうあれ帝国の補償なんざに頼っちゃ、家名に傷が付くってもんだ!!」


「んでもって立て直しなんて代金が出た日にゃ、その代の家族が次いで行く伝統――お前も分かってんだろ!?ペンネロッタ!」


 謎の問答に、呆けた表情でドワーフ令嬢へ視線を集中させた法規隊ディフェンサー一行。

 「致し方ない感じね……。」とぼやくドワーフ令嬢が、嘆息とともに口を開く。

 そこにいた法規隊ディフェンサー一行を驚愕の彼方へと弾き飛ばす――


「分かったわ、パパ。ペネもドワーフ扱いは嫌いだけれど、別にその伝統をないがしろにしたい訳じゃない感じよ。いいわ――感じよ!」


「なに、心配は無用な感じね!商売にも困らなそうだし、その稼ぎから返していける感じだからっ!!」


「「「「……はあっ!?」」」」


「――とまあ、赦免となる借金はともかく……そのドワーフ嬢が肩代わりする分は上乗せする事になる。心して置いてくれよ?皆。」


「「「「はあぁぁーーーーーーーーーっっっ!!?」」」」




 そして晴れてドワーフが運営する店舗全壊の建て直し費用一部が……まさかの一行へ加わるとのたまったドワーフ令嬢の行動により――

 上乗せされる事となったのであった。


 古代竜種エンドラを討伐したドラゴンスレイヤー――しかしいつしか、その名は別の意味を含んで伝わる事となる。

 討伐後……ドラゴンスレイヤー――


 ――借金スレイヤーと――



∽∽∽∽∽∽ アーレス帝国 その1 ∽∽∽∽∽∽


被害 : 火山間辺境の村ドワーフ経営店舗〈火山のオソバ〉

             ————暴竜襲撃により建物全壊

借金主一名追加 :         

             ――――ペンネロッタ・リバンダ


食堂バスターズ――〈借金スレイヤー〉と噂される!!


帝国持ちにより借金一部赦免の後、ペンネロッタの肩代わり分上乗せ!?


∽∽減っても上がるこの理不尽さ! 大丈夫か!? ∽∽

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る