Act.59 焔の誓い

「少しだけ——少しだけ考えさせてくれ。」


 それは火蜥蜴サラマンダーの娘であるサリュアナの反意に、意気消沈したサングラスな親父さんが放った言葉。

 彼がその様な殊勝な心持ちとなったのは、僅かばかり時間をさかなぼる事となります。


 まさにひと種と精霊との間に、一触触発な亀裂が生まれんとした時——それを良しとしないリド卿の鉄拳制裁が、火蜥蜴サラマンダー親父……サラディン氏の頬を捉えた時の事です。


「気が収まった様ならば、話し合いに応じて貰いたい所だけど……サラディンさんだっけ?私達ひと種の言葉は聞けそうかい?」


 最初の対面が最悪であった故、サラディン氏の機嫌を損ねぬ様……努めて彼の心情を優先して会話交渉に臨む私。

 その間も私達法規隊ディフェンサーとサラディン氏の間には、暴力に訴えるを良しとしない体の幼き炎の少女……サリュアナちゃんが睨みを利かせ——

 観念した様にその場へ腰を下ろした火蜥蜴サラマンダー親父さんが、同時に言葉を送ってきます。


「ファッキン……まだ頬が痛みやがる。思いっきり魔法力マジェクトロンを込めてぶん殴りやがって、このショタジジ——」


「その下りはよい!どうじゃ?こちらのひと種も、落ち着いて話をしたくここまで出向いた次第——どうか交渉に応じてやってはくれまいか、サラディン。」


「……サリュアナを守ったって姉さん——そちらは命に別条はないな?ならばその姉さんが怪我した分への謝罪と、娘を……サリュアナを守ってくれた分への礼として交渉へ応じてやる。」


「いろいろ取り乱して悪かったな、ひと種の方々よ。」


 ようやく訪れた交渉の場へ、謝罪と返礼で応じたサラディン氏を見定め——この精霊が一様に融通が利かぬ訳では無いと悟った私。

 そのまま周囲の仲間を一瞥し、「君達も警戒を解いて構わないよ」と目配せします。


 テンパロットが腰を下ろし、未だ気を飛ばすオリアナ看病にフレード君とヒュレイカが付くと……私達側の精霊達である風に闇の精霊が、交渉を穏便に進めるべく同席します。


「では此度の交渉の前に、ウチの仲間であるそこの彼女——名をオリアナと言うんだけどね、その怪我に関しては彼女自身の未熟も多分に含まれると……こちらも捉えているため——」


「そちらが心無いひと種を遠ざけようと張った罠に落ちた点——そこを不問にしたいと思うんだ。そもそもこそが原因……って、それを口にしてるだけでもそいつらには腹しか立たないんだけどね?」


 怪我をおしてまで精霊を守らんとしたオリアナは、先の冒険初心者レベルのポカと言ういじりも吹き飛ばす功績のため……考え得る限りの賞賛を送りつつ——口にした同族の悪行と言う点には腹が立つどころの騒ぎでは無い、すら覚えた私。

 視線を逸らしながらもそれが表情に出ていたらしく——その様を見たサラディン氏が、少し驚愕を覚えたとの言葉を掛けてきます。


「クレイジー……同族の悪行ってか。つか賢者のお嬢さんよ――その同族への怒り度合いがハンパねぇ事になってんぞ(汗)?」


「ああ、失礼。この様な……何れは手を取り合わんとする方との交渉の場で、礼を失したね。しかしそういった悪行に対して憤慨するのは、何も被害者である精霊側ばかりでは無いという事——」


「それを心の片隅に留めておいてくれると、私も胸を張って夢を目指せるよ。」


 と、思わず私の目指す夢の話を零した所……何やら興味を惹かれたのだろうか——サラディン氏がその夢に関して問うて来ます。


「夢ってか?差し支えなければ、そいつを教えてはくれねえぇか……と、名前がまだだな。」


「ふぅ……私とした事が名乗りを忘れるなんて。私の名はミシャリア・クロードリア——ミーシャでも結構だよ。そちらが興味があると言うなら話すもやぶさかでは無いけどね——」


 そう口にした私は、後ろに座して静かに成り行きを見守る一行と……是非その旨を伝えてやってくれとの視線を向けるリド卿に軽く首肯し——

 私が目指さんとする壮大過ぎる夢の一端を、火の精霊へと宣言したのです。


「私の夢……それはあなた方の様な精霊と、一切の契約のくびき無く手を取り合い——共に世界で共存して行こうと言うものだよ。」


「な……んだって!?そりゃ——」


 驚愕の余りあんぐり開けた口でこちらを見定めたサラディン氏へ——

 その思いへ一切の偽りは無いとの決意を、したり顔にて叩き付けます。


 そして——


「ファッキン——少しだけ……考える時間をくれるかい?ミシャリア・クロードリア……。」


 突き付けた表情で私の本気度合いが伝わったのでしょう……血気盛んとも言えた双眸が、深い思慮を讃えると——

 一時だけ、考える猶予をと申し出たサラディン氏は……事が穏便に進むのを悟り——ペコリと一礼したサリュアナちゃんと共に、住処である洞穴に消えて行ったのでした。



∫∫∫∫∫∫



 火蜥蜴親父サラディンが幾ばくの時間をと所望し、それに応じた桃色髪の賢者ミシャリア

 すでに地揺れの脅威が終息を見るが、万一を考慮し下山をと英雄妖精リドへと伝え――「奴が出向けば案内する。」との言葉を残し、彼はその場に留まった。

 気を飛ばしたままの白黒少女オリアナツインテ騎士ヒュレイカにより背負って運ばれる。


 その休火山デユナスふもとの、山崩れが及ばぬ地帯へと足を向けた法規隊ディフェンサー一行を一瞥した英雄妖精――

 並々ならぬ羨望を彼らへと抱きつつ……最後の一押しをと、古き盟友下へと向かう。


「一時の間とは言ったが……もうお主は決めておるのじゃろ?サラディンよ。お主は思考内での決断は早いが、いざ口にするとなれば踏ん切りがつかぬ嫌いがあるからの。」


「余計なお世話だぜ……ファッキン。」


 などと口走る火蜥蜴親父――しかしそのやり取りには殺伐とした雰囲気は無く、すでに堅く宿した決意をほとばしらせる。


「……あのミシャリアとか言うお嬢さん――大言壮語かと思いきや、ガチでやる気だな。しかしまるでありゃ――」


「くくっ……似ておるじゃろ?あのアーレスのボンと。何よりそのボンの血統を継ぎし現皇帝――今アーレスを治めし若造ゼィークの息子である、かの侮り難き泣き虫弱虫皇子殿下ひよっこが見初めた若き新鋭じゃ。」


 火蜥蜴親父すら感嘆を洩らす桃色髪の賢者への評価。

 上々とも言える言葉を聞き及び、そこへ追加するは眼前の精霊がこれまでで唯一心を許していた者達の名を挙げた。

 それは言うに及ばず……火蜥蜴親父と供に冒険の旅として赤き大地ザガディアスを巡りしかの英雄皇帝――最後の輝皇帝ファイナ・エル・カイゼルアーレス・ラステーリの名である。


 すると――

 静かに父親の言葉を聞き入っていた幼き精霊サリュアナも、初めて肉親へと反意を顕にした経緯を踏まえ……更なる口添えを追加する。


「パパ……。あのお姉さん――オリアナさんが言ってたサリ。ミシャリアさんて言う、あの小さな賢者さんなら……きっとあーし達が悪いニンゲンさんに酷い事されようとした時――」


「そのニンゲンさんと敵対してでも、あーし達を守ってくれる――そう言ってたサリ。」


「そう……か。」


「そうじゃな。あ奴らならば後先考えずに、そう動くじゃろ。」


 僅かの沈黙。

 しかしそこに舞う雰囲気は、法規隊ディフェンサー一行が訪れた直後の敵意剥き出しの体ではない――暖かで……炎揺らめく覚悟の空気が張り詰めていた。


 そして火蜥蜴親父は遂に口にする。

 自身にとっての新たなる人生の一歩となる言葉を――


「正直まだあの賢者様にはすぐに手を貸せる……ってほどの信用は――無い。無いが……あの言葉がガチであるなら。俺は見てみてぇ――」


「本当にあのお嬢さんが、ひと種と精霊とが手を取り合う共存共栄の未来なんて物を招来できるのか――その道の果てを。」


 放たれた言葉へ双眸を閉じた英雄妖精も静かに答える。

 それが己にとっても、新たな人生への扉であると確信しながら。


「最初の一歩など、その思いだけで充分じゃ。何せお主ら精霊にはひと種を監視すると言う役目が存在する――その名目として一行との旅を供にすればよい。」


 二つの意志はようやく繋がった。

 傍に控えた闇の精霊シェンと、幼き精霊少女サリュアナも満面の笑みで頷き合う。


 それは焔の誓い――熱くたぎる火の精霊達と英雄妖精は、これより逃亡を続ける人生に幕を降ろし……立ち向かう人生へとその一歩を踏み出す決意を新たにするのであった。

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