Act.49 ショタジジイと、熱っつ熱の火蜥蜴親父

「サラディン!……聞こえておるのだろう——サラディン!」


「……ファッキン——何だ、お前かこのショタジジイ。」


「ショタは許すが、は許さんぞ?お主。それよりもだ——」


 そこは休火山デユナスの奥深く。

 あの火蜥蜴サラマンダー親子が、ひと種から遠ざかる様に身をひそめる洞穴。

 其処彼処そこかしこにマグマが固まって形成された岩が剥き出しとなり、過酷なる大自然の驚異を見せつける場所。


 あの法規隊ディフェンサーの監視を、闇の精霊シェイドと称した者へ任せ訪れた黒妖精ダークエルフが足を向けていた。


 外は日も落ち夕闇が休火山デユナス周辺を囲むが……火山奥深く伸びる洞穴はそもそもが漆黒の闇——しかし洞穴の壁を彩る天然霊銀からなる無数の破片が、火蜥蜴サラマンダー親子の精霊力エレメンティウムを蓄積させた事で淡く輝いていた。


 黒妖精ダークエルフが訪れた先はその洞穴行き止まりにある大きな空洞。

 そこへ霊銀製の不恰好なテーブルとイスを、無造作にこしらえた景色はまるでひと種がそこへ住まうかの錯覚すら覚える。


 そのイスへ足を投げ出し、太々ふてぶてしい態度の炎舞うそれへ向き合う黒妖精ダークエルフ


「いい加減外の世界へ戻ってきてはどうだ?サラディン。これ以上お主がこんな場所に止まっていては——」


 黒妖精ダークエルフが嘆息のままに炎の存在へ説得を試みようとし、その言葉へ奴と言う単語を混ぜた時——


「ファッキンっ!奴が暴れようが、俺は知ったこっちゃないぜっYouっ!!人種ヒュミアなんざ暴れた奴の餌食で弱肉強食——」


「大自然の驚異って名の、自業自得を味わえばいいってヤツだぜっ!」


 ビシッ!と指す指は三本の鋭い鉤爪。

 肌には鱗とも取れるゴツゴツしい隆起が見えるも……二足歩行を可能とする発達した両の足がひと種とさも変わらぬ様相を見せ付ける。

 が、頭髪の位置には炎を纏い……伸びる口から整然と並ぶ牙の影。

 長い尾の先にも纏う炎は、彼が火の精霊である事実を物語っていた。


 ——しかし……だ。


「……お主(汗)存外にその人種ヒュミアが作りし文化の産物——がお気に入りの様じゃな……。」


「ファッツ!?これは……アレだ、戦利品——と言うヤツだぜクレイジーっ!いや何……こいつを付けるとサリュアナが喜ぶんだ——」


「それ…………(汗)」


「……ノーッッ!?突っ込むんじゃねぇっ!」


 まさに黒妖精ダークエルフが立つ方向から、あらぬ方を指差し凄んだ炎の存在が……その者からの突っ込みで恥ずかしさのまま噴火した。

 ショタジジィと称された黒妖精ダークエルフへ、慌ただしく怒鳴り返す火蜥蜴サラディンは暑苦しさを前面に押し出す姿。

 否——身体の其処彼処に燃え盛る炎さえ同時に燃え上がる様で、暑苦しいと言うよりと言う言葉が当てはまる。


 嘆息を漏らした黒妖精ダークエルフは大きな琥珀色の目を細め、視線へ「真面目に答えぬか。」の意を乗せた。


 その意を感じた熱・苦しい火蜥蜴サラディンも、確実に見えていなかったさんぐらすを取り——爬虫類かがるも、ひと種に近しい鋭き双眸を顕とする。


「俺は至って真面目だぜ?You。お前さんも、奴ら人種ヒュミアが俺達精霊へどんな仕打ちをして来たか——知らねぇ訳じゃあるまいよ……ファッキン。」


 そして語るはひと種へ剥き出しにする憎悪——

 彼ら精霊へひと種が与えた数知れぬ屈辱と暴力は、すでに消せぬほど火蜥蜴サラディンへ刻まれ……黒妖精ダークエルフの言葉すら聞く耳持たぬていを貫いていた。


 さらに返す言葉が、黒妖精ダークエルフへ——長命たる種の闇に属せしリド・エイブラへ突き刺さる。


「つかYou——いや……リド・エイブラよぅ。てめぇも人種ヒュミアへはそれなりの恨みがあるんじゃねぇか?それを忘れたたぁ言わせねぇぜ?ファッキン。」


 が……その突き刺さる言葉の刃も意に介さぬ黒妖精リドは——


「愚か者……あれは決して人種ヒュミアばかりが悪い訳ではない。彼奴あやつめが己の力の高を見誤ったが故の惨劇じゃ。つまりは——」


「我が友……ハイエルフであるティティ・フロウの慢心こそが、狂気の精霊ヒュリアムの付け入る隙を与えたのじゃ……。」


 重くのし掛かった過去に視線を落とし告げる。

 それは、黒妖精リドの友人が巻き込まれし……悲しき過去への自問自答。

 そう思わなければ、親しき友人を襲った過去を受け入れられぬ——受け入れられぬからこそ、友人自身の慢心が招いた物と切って捨てたのだ。


 ——そう思わなければ、恨みの矛先を……共存せねばならぬひと種へ向けてしまいそうであったから。


 そんな重苦しさを感じ取った幼い声が、洞穴奥から寝ぼけまなこと共にトテトテと現れた。


「パパ~~お客様サリ~~?……あっ!爺っちゃま、来てたサリ!?サリ~~爺ちゃまサリ~~!」


「おおっ!サリサリではないかっ!ほうれ、爺ちゃまだぞ~~!」


「……って、ファッキン!?てめぇ、サリュアナが爺ちゃま呼ばわりはOKなのかよっ!?そして、娘かどわかしてんじゃねえっ!!」


 現れたのは火蜥蜴サラディンの一人娘。

 頭髪や尾の先に炎が舞うも、その姿は幼き少女そのもの。

 クリッとしたルビーアイに、抱きしめれば壊れそうな体躯。

 父親に対し肌はひと種と変わらぬ透き通る肌。


 それを目にした黒妖精リドは、先に火蜥蜴親父にそしられた年寄り扱いも忘れた様な溺愛ぶりを発揮し——置いてきぼりを食らった真の親父は、蚊帳の外へと追いやられる。


「なんじゃ?お主、娘との親愛面の距離が少々遠いのではないか?ワシなどほれ……サリサリとそれはもう本当の家族の様に——」


「サリサリ~~☆」


「だーかーら、離れろっつてんだYou!丸焼きにしてやんぞファッキン!」


 娘に擦り寄る黒妖精リドを引き剥がす様に荒れ狂う熱・苦しい親父サラディン

 しかしいつしか重苦しい空気が霧散した洞穴の中……ドタバタな和気藹々が時を刻む。


 が——


 その一時をあざ笑う様な不穏が、隣り合う活火山ラドニスで蠢く。

 巨大なる影が地響きと共に闇夜を支配していた。

 休火山デユナスとは比べるまでもない広大な活火山ラドニス地帯を、我が物顔で闊歩するその姿——目にしたあらゆる小動物が本能的な危機を察して散り散りとなる。


「ぐるるるるぅ……——」


 低く唸る咆哮は、周囲を威嚇する様に響き……地を舐める様に這う頭部でさえ、大型の獣の身の丈を上回る。

 不揃いな牙が立ち並ぶあぎとは、その強靱さで鉄の鎧すらも嚙み砕く驚異。


 地を叩き付ける尾は、鬼巨人オーガジャイアントさえ絶命させる衝撃を生むそれ——


 広くその生物を、赤き大地ザガディアスでは恐れを乗せてこう総称していた。

 ——生態系の荒ぶる頂点……竜種ドゥラグニートと——



∫∫∫∫∫∫



 高級さ極まるお宿の宿泊は、私達——と言うよりは、オリアナにとって落ち着きを奪うには十分でした。

「ちょっとおトイレ行ってくるっ!」と飛び出したのはもう何度目か。


 そんなバラ黒さんには、今度どんなネタをぶっ込もうか悩んでいた所——闇夜に紛れる振動が僅かに身体を揺らしたのに気付いた私。


「あいも変わらず続いているね。確か火山性微動と呼ばれてたっけ?」


 宿泊を予約された大広間を有するそこ。

 そのテラスで夜風に当たろうと赴いた私は、帝国から旅立ってから暫く聞いていなかった大地の雄叫びを耳にします。


「どうやらまだ収まりを見ておらん様だな。……お嬢、この景色は懐かしいのではないか?」


「おや?今日はジーンさんなんだね、珍しい。しーちゃんは?」


 そんな私のひとりごちた会話へ相槌を打ったのは、こんな時のご登場も珍しい巨躯の精霊ジーンさん。

 思えばこのでっかい武人精霊さんとも長い付き合いと、思考に浮かべつつ……いつもこう言う場面で現れる残念さん不在に疑問を持ち——

 そのまま質問として武人な精霊さんへ問いかけます。


 すると首をひねる様に答えるジーンさんは——


「うむ。何でも気にかかる事があるとかで、フワフワとその辺へ消えて行った様だ。何——いつもの風の精霊特有な、自由気ままが出たわけでは無い故……そこは案ずるなお嬢。」


「それをフォローされるのはどうなんだい(汗)?全くしーちゃんも相変わらずと言うか——」


 などと話を誤魔化した私は……お宿へ足を踏み入れる前に感じた気配を思い浮かべ——けれどそこへしーちゃんが対応に向かったのでは?と推測しつつ、ならばその旨を彼女に任せると言う事で決着を見ます。


 でもそんな私でも、その延長上に訪れる事態までは気付く事も出来なかった訳で——

 珍しい登場を見せた武人精霊ジーンさんと、久しぶりな夜風を楽しんでいたのでした。

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