楽しい学園生活、はじまるよー!

「……お兄ちゃん、おる」


 登校の最中、淑蓮に見つかった俺はため息を吐く。


「お兄ちゃん……おる……」


 じりじりと距離を詰めてくる妹に対して、俺は首からぶら下げている笛を高らかに鳴らし――突っ込んできた淑蓮が、寸前で静止した。


「淑蓮」


 愚妹の動作を、眉間に添えた親指一本で抑えている……雲谷先生は、気だるそうに息を吐き、全力で俺を求める妹にささやく。


「桐谷は、一時、返却してやる。だから、そう飢えるな。

 女の子だろう?」

「雲谷ァ……!」


 ヤンキー漫画に出てくる下っ端か、お前は。


 雲谷先生から解放された淑蓮は、フェイントを交えながら、俺へと飛び込んでくる。


 タイミングを合わせて、前蹴り。


 跳躍した我が妹は、ものの見事に弾かれて、コンクリに背中ごと叩きつけられた。


「え……ど、どういうこと……お、お兄ちゃんが私を拒否した……あ、有り得ないよね……お、お兄ちゃんに拒否されたってことは、桐谷淑蓮の存在価値が0になるってことで……どうして、私、生きてるの……?」


 すまん、淑蓮。お兄ちゃんの反射スキルが、故意オートで発動しちゃったよ。


「ダメだ……私は、もう、ダメだ……ダメだダメだダメだ……!」


 座り込んだ淑蓮は、カチカチと音を立てて、カッターナイフを伸ばし始める。仕方がないので、カッターの刃をへし折って、救いの言葉を授けてやることにした。


「淑蓮、今、俺はお前の命を救ってやったぞ」


 宣託を捧げると、淑蓮は、ぱぁっと輝く笑みを浮かべる。


「お兄ちゃんは、私のことが好きだ!!」

「いいから、恩返ししろ。今、幾らもってる? 跳ねてみろ?」

「やめんか。ほら、行くぞ」


 笑顔の妹をぴょんぴょん跳ねさせていると、雲谷先生に後頭部を叩かれた。


 最終的には力づくで連れて行かれそうなので、財布を回収させるのは諦めて、淑蓮には中学校に行くように言い聞かせる(お兄ちゃんポイント+1000000000000)。


「放課後、迎えに来てね!! 私、待ってるから!! お兄ちゃんのこと、いつまでも待ってるから!!」

「還暦の祝いはしてやるからな!」

「いつまで待たせる気だ、お前は」


 無論、一生。


 名残惜しそうな淑蓮と別れて、学校へ。見慣れた景色をたどって、教室に入ると、隣席には彼女がいた。


 眼鏡をかけた水無月さんは、黙々と勉強をしていて、俺が「宿題ありましたっけ? 見せてくれません?」と問いかけると顔を上げる。


「もぉ、ダメだよ、桐谷くん。宿題くらい、たまには、自分でやらないと身につか――どひぇえ!!」


 学校一の美少女で優等生、みんなの憧れ、水無月結。そんな彼女が、古典芸能的な悲鳴を上げて、後ろに倒れ込んだので、クラス中がざわめき始める。


「……な、なんで?」


 ようやく、我を取り戻した水無月さんは、適当な言い訳でクラスの騒ぎをおさめてからささやいてくる。


「な、渚くんは、なにを考えてるの? どうして、勝利が確定しているような状況下で、アキラくんを逃がすような真似を?」

「職員室で、聞いてきてくれます?」

「でも、そんなことよりも」


 油断していた俺は、彼女に、ふわりと抱き締められていて――


いたかった……」


 またも、別の意味で、クラスが流言飛語で満たされる。


「い、いや、水無月さん。学校では、目立たないように立ち振る舞うって、仰ってませんでしたっけ?」

「……好きだから、いいの」


 暫くの間、俺の胸元に顔を埋めていた水無月さんは、急にパッと離れてから「ごめんね、急に具合が悪くなって」と口にした。


 水無月結による、その一言で、先程の光景は、ただの事故だと処理されていた。クラスメイトたちは、いつもの日常へと戻っていて、あまりにも強すぎるその影響力に舌を巻く。


「オラ、お前ら、とっとと席につけー! ホームルーム始めるぞー!」


 そして、あたかも、日常風景を再演するかのように、雲谷先生が教室の中へと入ってきて――その後ろから、白金プラチナまたたいた。


「急な話だが、転校生を紹介する」


 圧倒的な美貌。


 この世の色彩を閉じ込めて白化したかのような、きらめきながら、舞い落ちる白金髪プラチナブロンド月の瞳アクアマリンは、大粒の宝石のように、見渡したすべてを魅了して離さない。


 クラス中の男どもが、一目で恋に堕落したのがわかった。

 クラス中の女たちが、一目で恋に畏服したのがわかった。


 女王然としたフィーネ・アルムホルトは、たったの一合でクラスを支配下に置き、傲慢ぶった態度で髪を掻き上げる。


「フィーネ・アルムホルト。女とは、仲良くする気ないから。生物学上で雌と判別されている羽虫が、私の前で羽ばたいたら、王水で羽ごととろかし、薄汚い未来図ごとダメにして標本として飾れなくするからよろしくHELLO


 強烈な自己紹介で、教室内が静まり返る。


 つまらなそうな顔をしたフィーネは、細めた両目で、教室の中を見回し……俺と目が合った。


 沈黙。


 俺は、片手を上げて、ウィンクする。


 一秒、二秒、三秒。


「どひぇえ!!」


 そのリアクション、流行ってんのか?


「う、ウンヤ……あ、貴女、なにを考えてるの……狂気的Lunatic……し、信じられない……」

「安心しろ、フィーネ」


 雲谷先生は、にこりと笑って言った。


「きっと、この学校生活は、楽しくな――」


 廊下から大きな足音が響いてきて、勢いよく教室の扉が開かれる。


 汗だくの衣笠由羅は、俺を視るなり――


「どひぇえ!!」


 もういいよ、それ(呆れ)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る