番外編②水無月結と、ゲーセンで台パンする話
「おはよう、アキラくん」
俺の部屋のクローゼットから、水無月さんが出てくる。
「今日はいい天気だし、デートでもしよっか?」
この
「今日、ちょっとだけオシャレしてきたんだけど」
水無月さんは、ホワイトのカットソーを着て、サスペンダーで紺色のフレアスカートを留めている。軽く茶色に染めた髪の毛先を、カールさせていて、シルバーのイヤリングを両耳にぶら下げていた。
優等生というよりは、ギャルっぽくなった彼女は、しとやかに笑んで見せる。
「どうかな?」
「…………」
下手にカワイイとか言って、
「それで、今日はどうする?」
自然な動きで、水無月さんは俺の腕をとって、ふくよかな胸を押し付けてくる。
「どこ行こっか……ゆいは、ふたりきりで、お部屋デートでもいいよ?」
やべぇ!! スケベが押し寄せてくる!!
「いえ、せっかくいい天気ですからね。外に行きましょうか」
「いいよ。アキラくんのいるところに、ゆいは付いてくから。どこでもいいの」
E みなつきゆい(呪)
ハニトラを避けながら、俺は外に出て、ぴったりとくっついてくる水無月さんと歩き始める。数分もしないうちに、衆目が集まってきて、男たちの怨嗟に満ちた目線が俺に集中した。
今更、そんなことは気にしたりしない。
俺は地元のゲームセンターに向かい、水無月さんを引き連れたまま入店する。
扉が開いた瞬間、耳に流れ込んでくる音の波。
メダルゲームやアーケードゲームの、電子音が鳴り響いている店内。水無月さんは、俺の肩に頭を預けたまま、器用に小首を傾げて見せた。
「ゲームセンター?」
「今日は、いい天気ですからね」
「…………」
天気、関係ある? という顔をしていたが、水無月さんはにっこりと笑って「男の子って、こういうの好きだね」と、指を絡ませてくる。
「それで、なんのゲームをするの? ゆい、あんまり、こういうところ来ないから、アキラくんに教えて欲しいな」
耳元にささやいてくる水無月さんが、上目遣いでこちらを見つめてくる。
「そ、そうっすね」
あ、あざとい……この女……動作から動作へのつなぎ目がない……間違いなく、男をたぶらかす達人……意識の境目に、エロスを挿し込んでくる……
メダルゲームやクレーンゲームには、カップルや女性層が多くいるものの、俺が目当てとするアーケードゲームには男ばかりが集っていた。そんな中に、とんでもない美少女を連れ込んだものだから、視線が集中するのは当然と言える。
「アキラくん……なんで、ピースしてるの?」
定期的に煽ってないと、心停止してしまうんです(薄幸の美少年)。
早速、俺は、最近ハマっている格ゲーにコインを入れる。
そして――高らかに、台パンした。
「えっ!?」
あからさまに、水無月さんが動揺するが、俺は何事もなかったかのようにレバーを握る。正面の
「あ、あの、アキラくん?
な、なんで、今、こう、ゲーム機にパンチし――」
キャラクターを選択し、俺は台パンする。
対戦相手のおっさんは、明らかに『え!? 俺、なんかしたか!?』という顔つきで、ゲーム機越しに伺ってくる。座席に着いた瞬間から、無表情を保っている俺は、なんの反応も返さずにボタンを軽く叩いた。
相手のおっさんも、キャラクターを選択し、対戦開始の画面に移る。
『ラウンドワ――』
台パンし、びくりとおっさんが震えた瞬間、俺はコンボを叩き込む。
台パン、大K、台パン、小K、台パン、↓↘→+P、台パン、小足、台パン、↓↘→台パン↓↘→台パン台パン↓↘→↓↘→P台パンP、台パン台パン台パン台パン台パン台パン台パン台パン台パン……小足、台パン。
『PERFECT!!』
見事なる完全試合をおさめると、向かいのおっさんが発狂する。
「テメェ!! ふざけてんのか!?」
「え、なにが?」
詰め寄ってきたおっさんが、ツバを飛ばしながら喚く。
「お前、まともに、コンボ繋がってねーじゃねぇか!? なんだ、あのプレイング!? 画面がガクガク震えて、まともにコマンド入らねぇよ!? ボタン押すよりも台パンする比率のほうが高いのなんなんですかねぇ!?」
「ちょっと」
頬を膨らませた水無月さんが、俺の背中にのしかかって唇を尖らせる。
「人の彼氏に、なにか用?」
おっさん!! 速く逃げろ!! 俺が手首を押さえつけてる間に!! 既にスタンガンさんが、バチバチ火花を散らしてる!!
「い、いや、あの……」
年甲斐もなく、頬を染めているおっさんが、しどろもどろしている。まぁ、ココまでの美少女は、そうそうお目にかかれないから仕方ない。
「おっさん、勘違いしてるところ悪いが、ココは『台パン専用台』だぞ?」
「……は?」
俺が指差した先、ゲーム機に貼られている『台パン専用』という張り紙……おっさんは、ぽかんと口を開く。
「このゲーセンのオーナーが、まれにみる気狂いで、古い格ゲーの筐体を置いて、台パン無制限台を立ち上げたんだよ。あっちの隅には、無限発狂可能な『動物園』があるし、闇のデュエリストだけが参加できる、全財産(口座預金も含む)とデッキを賭ける『狂戯王』コーナーもある」
軽やかな手付きで台パンしながら、俺は不敵に笑む。
「どうする、おっさん、100戦(その名の通り、100回戦って勝利数を競う遊戯。台パン専用台でやると、両腕を疲労骨折する)やるか……病院代なら、立て替えてやってもいいが……?」
無言で、おっさんは、帰っていった。
俺は、首に手を回してきて、ぎゅうぎゅう抱きしめてくる水無月さんと、その場に取り残される。
ようやく、彼女は、スタンガンをしまった。
「……ゆい、普通のゲームがやりたいな?」
所詮は、女子供……この“域”には、達さないか……(暗黒微笑)
仕方がないので、俺は、最新の格ゲーがある場所に移動した。どことなく、ワクワクしている水無月さんが、ちょこんと腰を下ろして見上げてくる。
「ど、どうやるの?」
「あれ? ゲームとか、やったことないんでしたっけ?」
「お父さんが、許してくれなかったから……お、教えてくれる?」
恥ずかしそうに頬を染める水無月さんに、俺は笑顔で応える。
「もちろん、良いですよ」
台パン、舐めプ、灰皿投げ、屈伸煽り、永久コンボ、『……弱(苦笑)』、強キャラ、LANケーブル抜き、対戦中の自然な退席の仕方、ボタンが壊れているとの物言い……対戦ゲーム界の
「そんなことしてたら……人間失格じゃないかな?」
ハァン!?(大声)
「さっきの専用台ならともかく、アキラくんみたいなまともな人はやらない戦法だよね。そういう卑怯なプレイヤーもいるってこと、最初に教えてくれてありがとう。大好き」
「う、うん……」
まだ、初級編で卑怯者呼ばわりされるとは……
俺が驚愕していると、水無月さんは、俺の手にそっと触れてくる。
「あのね。ゆい、よくわからないから。
後ろから、手、ぎゅって握って教えて?」
「…………」
「ね?」
「…………」
「…………(スタンガン)」
「あはは、仕方ないなぁ! ほら、ぎゅーっ!」
後ろに回り込んで、手を握ってやると、水無月さんは気恥ずかしそうに唇を噛む。
「そ、それじゃあ、教えて……?」
マニキュアまで塗ってきてるとか、たかが、ゲーセン行くのに気合い入ってんなぁ……とか思いつつ。俺は、握った水無月さんの手で、レバーとボタンを押していき、基本的なコマンドを教え込む。
「ふっ……ゃ……ぁ……」
教授を続けていると、あからさまに、水無月さんの様子がおかしくなる。
もじもじとしながら、真っ赤な顔で、荒々しく息を吐き始める。指先が熱っぽくなってきて、うなじに少しだけ汗をかいているようだった。
「あの……どうしました……?」
「は、肌越しに、アキラくんのデオキシリボ核酸が……ゆいのと、結合しちゃったかもしれない……」
結合パターンが、幅広くてこわい……そのうち、空気妊娠したから認知しろって言ってきそう……
「え、あれ?」
突然、乱入者を示す『NEW CHALLENGER!』の文字列が、画面にデカデカと浮かび上がる。
「乱入者ですね。対面に座ってる本物の人間と、対戦することができ……あっ」
棒立ちの水無月さんのキャラクターが、あっという間にボコられて、対面の席から黄色い歓声が上がる。
「うっそ~! やっば、はじめてなのに勝っちゃった~! わたし、天才かも~!!」
珍しい。どうやら、カップルのようだ。
若い男女の高校生カップルが、キャッキャウフフと、いちゃつく口実のためにレバーとボタンをカチャカチャ叩いている。
「あっちも、カップルじゃね?」
こっちを覗き込んできた、男のほうが小声でつぶやく。
「なら、こっちのほうが愛し合ってるから勝っちゃったのかなぁ~?
てか」
向かい側から女のほうと目が合って、彼女は
「相手の男、ダサいし」
笑い声が響いた瞬間、ピシリという音が聞こえた気がした。
「…………」
表情を失くした水無月さんが、コインを入れる。
真っ黒な情動が立ち上がっているかのようで、あまりの迫力に俺は恐ろしくなり、自分の身を守るために腕組み観戦スタイルへと移行する。
二度目の対戦が始まる。またしても、相手が優勢。
はじめてというのは、恐らく、嘘だな。ある程度は、プレイしているヤツの動――高らかな音が響いた。
「「えっ!?」」
台パン。
目を細めた水無月さんは、相手に的確なコンボを叩き込み、一戦目で勝利をおさめる。こわごわとこちらを覗き込んでくるカップル、無表情の水無月さんは、カチャカチャとレバーを回しながら相手を待つ。
二戦目――水無月さんの手が、滑るようにして動く。
「なにっ!?」
台パン、大K、台パン、小K、台パン、↓↘→+P、台パン、小足、台パン、↓↘→台パン↓↘→台パン台パン↓↘→↓↘→P台パンP、台パン台パン台パン台パン台パン台パン台パン台パン台パン……小足、台パン。
『PERFECT!!』
見事なまでの台パンコンボ。
たったの一度で、俺の編み出したコンボを習得していたらしい。
立ち上がった水無月さんは、相手側の席にまで歩いて行って、微笑みながらゲーム機にコインを投入した。
「おごってあげる。
だから、次は……命を賭けよっか?」
顔面を蒼白とした少女は、カチカチと歯を鳴らし始める。
ゲーム機に片手を置いて、相手をじっと覗き込んだ水無月さんは、そっと彼女にささやく。
「賭けろよ……命……アキラくんを笑ったんだから……命を賭けろ……早くしろ……賭けろ……賭けろ……賭けろ……」
腰を抜かして泣き始めた彼女を、勇敢なる彼氏が確保して、謝罪を繰り返しながら立ち去っていった。
気の毒だなと思いつつ視ていると、水無月さんがくるりと振り向いて笑う。
「台パン、面白いね!
どうする? 次は、100戦、やってみよっか?」
「は、はい……よ、喜んで……」
俺たちは、100戦を始め――89戦目で、水無月さんが、両腕を骨折した。
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