第30話

濡れたタオルで身体を拭いた後に普段着に着替える。まぁ、ネネちゃんに背中を拭いて貰っている時に ハァハァ。 聞こえたのは気のせいって事にしている。


「あの、お姉様」


「ん、どうしたのネネちゃん?」


「その、普段着で国王様にお会いになるつもりですか? 他の服を着て行った方がよろしいかと思われますが?」


まぁ、普通ならそうするな。


「ネネちゃん、普通なら私もそうしているよ。私はこういった普段着しか持ってないから、この服を着て行くんだよ」


「え? でもぉ・・・・・・」


「服を取り扱う商会がなくなってしまったのだから、これは仕方のない事なんだよ」


俺がそう言うとネネちゃんは、なにが言いたいのか気づいた様子を見せた。


「お姉様、そういう事ですか」


「そういう事だよ」


ニッコリとした顔でお互いを見つめる。


「さて、着替えも済んだ事だし、朝食を取ろうか」


「はい!」


ネネちゃんを連れて食堂の方に向かうと、お弁当屋にいた従業員が厨房に立っていたのだ。


「あ、あれ?」


「あ、エルライナさん! おはようございます!」


「あ、はい。おはようございます」


イヤイヤイヤイヤ! おはようございます。じゃないよ!


「なんでお弁当屋さんの従業員がここにいるんですか?」


「ここの宿と業務提携しているのでいるんです。なので朝食を作るのは我々の役目なのです」


「へぇ〜、そうなんですかぁ」


なるほど、じゃあこの時に情報交換とか連絡を取ったりしているのかな?


「それにれっきとした宿の依頼なので、ちゃんと宿主から支払って貰ってますよ。朝と昼は」


うん。しかも商売的な面ではちゃんとしているね。


「それで、今日はなんにいたしますか? 看板に書いているメニューからお選びください」


牛肉炒めがメインのA定食に豚の生姜焼きがB定食、それとパンがメインのモーニングセットと無難なメニューだね。


「私はモーニングセットで。ネネちゃんは?」


「A定食をお願いします」


「かしこまりました。席の方に座ってお待ちください」


カウンターに近い席にネネちゃんと向かい合う様に座り、頼んだものを待っていると俺の後ろに座っていた人が、聞こえるぐらいの声で仲間に話しかける。


「よぉ、あの話を聞いたか?」


「あの話? なんの話だ?」


「なんの話って、勇者達が全員捕らえられるかもしれねぇって話だよ」


「マジか!?」


どういう事だ? と思いながら、男の話に聞き耳を立てる事にした。


「ほら、あの勇者の一人、オオノってヤツがいただろう?」


「ああ、いた気がしたなぁ。確か教師だったとかぁ・・・・・・」


「そいつがよぉ、魔人側に寝返ったのが国王の耳に伝わってなぁ。もしかしたら寝返ったオオノってヤツの仲間がいるか国王は心配してんだよぉ」


「それなら、一人一人真理の水晶で検査をすれば良いんじゃねぇか?」


まぁ確かに、それが無難だよなぁ。それにそれを受けるだけで疑いが晴れるのなら安いもんだよ。


「それがよぉ。勇者達が受けるのを拒否しているんだってよぉ」


「マジかっ!?」


「ああ、マジだよ。話によると 俺達は国を裏切ってないから大丈夫だ。 って言って拒否しているらしい。だから国王どころかその周りにいる連中も、疑いの目を向けているんだ」


オイオイオイッ!? 自分達の置かれている状況を本当に理解してるのか、アイツらは。


「そいつら、オオノと同じで裏切っているんじゃねぇの?」


「かもなぁ。なにせ街で悪さばかりしかしていない連中だからな。っとそう言えば、四人だけ検査を受けていた連中がいたな」


「え、四人?」


「ああ。ほら、やらかしたヤツらの代わりに店とかに謝ってくる連中」


ああ、クラス委員長達の事か。


「あ〜、いたなそんなヤツら」


「ああ、国王も騎士達もそいつらだけは信用しているらしいんだ」


「どうしてだ?」


「訓練を真面目に受けて、なおかつ他の勇者とは違って迷惑を被らないからな」


アイツらだけ真面目かぁ・・・・・・真面目なのは構わないが、色々と問題があると思っている。


「なんか、その四人が可哀想に思えるなぁ」


「どうして?」


「だってよぉ。真面目に訓練してんのに他の連中が迷惑をかけているせいで謝りに行くんだろう?」


「ああ、訓練の途中でも抜け出して謝りに行っているみたいだぜ」


じゃあアイツらはあの時も訓練を中断してやって来たのか?


「それに、他の連中から嫌がらせを受けているって話も聞いた」


「嫌がらせ? 一体どんな事を?」


「なんでも、陰口から仲間外れ。それに加えて物を隠されたりしているらしいんだ」


「陰湿な事やってんなぁ」


おい、俺の時は暴力振るって来たぞ。それに比べたら可愛い事をやってんじゃねぇか。


「ああ、暴力沙汰で注意されたのが効いたのか、仲間に対して拳を握る様な事をしなくなったんだ」


「へぇ〜、そうかぁ」


「っと、長話をしちまったな。そろそろこの宿を出るとするか?」


「そうだなぁ」


彼らはそう言うと席を立ち上がり、食堂の外へと出て行くのであった。


「お姉様、今の話」


「分かってる。全部私達の為に話してくれた情報なんでしょ?」


こっちに聞こえるまで話をするのだから、気づかない方がおかしい。


「さっきの話が本当なら、色んな意味でヤバイね」


「色んな意味でヤバいですか?」


「うん、国王は自分の国の為に勇者達を勇者らしくさせなきゃいけないし、国民は勇者達がやらかすから怒りが爆発寸前。しかもクーデターが起きそう」


しかも厄介なところが俺がどうこうして解決する問題じゃなく勇者をどうこうしなきゃいけないし、なによりもアイツらとは因縁があるからなぁ〜。


「今までと違って今回は荷が重いなぁ〜」


「どうしてですか?」


「ん? まぁ、相手が厄介に感じてならないからだよ」


特に猪瀬と昨日宿に凸って来たアホ不良。


「お待ちどうさまぁ! A定食とモーニングセットのお客様!」


「どうやら出来たみたいだね」


「はい、頂きましょう!」


俺達は頼んだ食事を受け取り朝食を取ろうとしたのだが。


「ああ〜、エルライナ殿。王国の使者がこちらに来やした」


「えっ!? もう来たのですか?」


「う、うん。その通りなんです」


えっとぉ〜・・・・・・どういう事だ?


「約束は午後からのはずですが?」


マルコさんにそう言いながら、困った顔で俺の顔を見つめる。


まぁマルコさんが約束づけた事じゃないから、俺が聞いたところで困った顔をするしかないんだよなぁ。


「・・・・・・仕方ない。直接聞いてみましょう。ネネちゃん、食べてて良いからね」


「はぁ〜い!」


食堂で朝食をモグモグしているネネちゃんを置いて宿の外へと出ると、使者と思わきしスーツ姿の男性が目の前まで近づいて来たのだ。


「エルライナ様、ご準備の方はよろしいのですが?」


「すみませんが、私はまだ準備が出来ていないので国王に会えませんよ」


つーか、フライングはなしだろ。


「そうですか。分かりました。我々はここで待っております」


「そうしてください」


俺はそう言ってから宿へと戻って行った。


もしかして、俺この国の国王から怪しまれているか? まぁそんな事はないよな。


「もしかしたら、私を逃したくないのか?」


そう考えるとこんなふうに早く宿にくるのに納得が出来る。


「お姉様、お帰りなさい!」


「ただいま」


「彼らはなんと言っていましたか?」


「口には出していなかったけど、どうしても私を逃したくないみたい。多分私を呼んだのは“ここにちゃんと宿泊している”って事を確認したんだと思う」


俺がそう言うとネネちゃんは驚いた顔をさせていた。


「多分だけど、兵士達がこの周囲を囲って私が逃げられない様にしていると思うよ」


「やっぱり、国王はお姉様になにかをさせようとしている?」


「うん、そんな感じっぽいね」


俺がそう聞くとネネちゃんは不安そうな顔で俺を見つめて来た。


「ネネちゃん、そんな不安そうな顔をさせなくても大丈夫だよ。それを含めて国王に聞くつもりだから」


まぁ、大体予想は出来ているからなぁ。


そう思いながら食事を取るのであった。

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