第20話
「ゼッタイ、ゼェ〜ッタイにぃっ!! ラミュールさんをギャフンと言わせてやるんだからぁっ!!」
帰り道の道中にそう叫ぶので、通行人の何人かは振り向いてこっちを見てくる。
「それは絶対に無理ね」
「なんでそう言えるんですかぁっ!!」
「私があのお母さんから生まれた娘だから、分かるのよ」
「もしかして、子供の頃にラミュールにいたずらしようとして、よく返り討ちにされていたから言える。って訳じゃないですよね? って、うわぁっ!?」
なぜかいきなり胸を鷲掴みにして、恐い笑みを浮かべながらモミモミしてくる。
「え? えぇっ!?」
『ゴッ、ゴクリッ!?』
俺が戸惑っている中で、一部の人は生唾を飲み込む。しかし、こっちはミュリーナさんに対して危機感を感じているので、 百合百合しい。と思わないでくださいっ!!
「ママァ〜、あのひとママよりもおっきいよ!」
「コラ! 見ちゃいけません!」
母親は我が子の教育上よろしくないと思ったのか、子供の目を手で覆っている。でも我が子の言った事を気にしているのか、自分の胸と俺の胸を交互に視線を移して見比べている。
「・・・・・・ねぇ、エルエル」
「ハ、ハヒッ!?」
目の前で胸を揉んでいるミュリーナさんが、余りにも恐いので思わず声がうわずってしまった。
「私もね。小さい頃、お母さんにイタズラをしようとした事があったのよ」
「う、うん・・・・・・誰にでも経験があると・・・・・・・・・・・・・思います、よ?」
「でもね。いざイタズラをやろうとする前に見破られちゃうの。そして、未遂で終わった事なのにお仕置きされるのよ。
あのお仕置きの恐ろしさ・・・・・・アナタに分かる?」
ミュリーナさんの身体が震えている! ラミュールさんは自分の子に、一体どんなお仕置きをしていたんだっ!! DVじゃないよね?
「でも、こうしてエルエルのお胸に顔を埋めていると、あの日の恐怖がウソの様に消えていくわぁ。ハァ〜・・・・・・ホント、癒される」
ミュリーナはお胸から手を離して、抱きつきながら俺の胸に顔を埋めている。そんなミュリーナさんに対して優しい声で語りかける。
「・・・・・・ミュリーナ」
「・・・・・・ん」
「ただ単にミュリーナさんが私のお胸に、顔を埋めたかっただけですよね?」
「ばれたぁ〜〜〜」
満面の笑みを浮かべながら、顔を押しつけているミュリーナさん。俺はその顔を見た瞬間に ホント、腹が立つ。 思ってしまった。
「だってお母さんの胸は断崖絶壁って言って良いほど、お胸の膨らみがないんだもん。あのお胸でよく私を育てたなぁ〜。って今でも思うもん」
「育てて貰った実の母親に対して、そう言っちゃいけませんよ!」
「そうね。本人の目の前で言ってたら、娘である私でさいも容赦なく半殺しにしていたかもしれない」
「うわぁ・・・・・・」
ラミュールさんのお胸は絶壁なのは、本人に対して言ってはいけない地雷ワードか。良い事を聞いたような、違うようなぁ〜・・・・・・てか、とにかく帰りたい。
「〜〜〜〜〜〜ぃぃぃいいいいいいつけたわぁっ!!?」
大声のする方に顔を向けて見ると、全速力で走ったのかレンカさんが息を切らせていた。
「レ、レンカさんっ!? どうしてここにいるんですか?」
「き、聞い、ハァ、ハァ・・・・・・たわよ。ハァ、ハァ・・・・・・エルエル・・・・・・ハァ、ハァ・・・・・・で、メイドで、ハァ、ハァ・・・・・・天使をやってたの・・・・・・ハァ、ハァ、しかも、ハァ・・・・・・パンツチラチラお宿までお持ち帰り! ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・聞いたわよ!」
なにを言っているんだこの人は?
「もしかして、昨日エルエルがメイド喫茶で天使の様な振る舞いで働いてて、そしてそのままバルデック 公爵夫人にお持ち帰りされた。しかもパンツがチラチラ見える姿で、宿に担ぎ込まれところを目撃したと話に聞いたわよ! って言いたいんじゃないのかしら?」
「うんうん!」
昨日の出来事を話していたのか!? てか良い大人なんだから、言いたい事を相手に伝わるように整理してから話せよ!!
「私もその姿を見たかったわっ!! じゅるり」
「じゅるりって、レンカさんいかがわしい事を考えてませんか?」
「だから今日帝国で作られたメイド服を見てきたわっ!! そして私の中でレボリューションが起きたから、帰って速攻で服の製作に取り掛かったわ!!」
なんとまぁ、行動力のある人だこと。
「こ、この人はっ! 有名な服の仕立て屋のレンカ様じゃないっ!!」
「この人有名なんですか? てか、どさくさに紛れてお胸揉むのを止めてください」
「ええ、有名よっ!! 魔国の着物作りの名人で、数々の名作を作り出した人なのよ! そして彼女の作った着物は安いものだと金貨十五枚で、高いものになれば金貨三百枚はするのよっ!!」
「き、金貨三百枚っ!!?」
おいおい、それが本当なら俺が貰った着物は一体いくらになるんだよ? 後、いい加減その手を離してくれ。
「しかもぉ、しかもよっ! 魔国の将軍にその腕を認められて、人間国宝に任命されたのよ!!」
「えっ!? 人間国宝っ!!?」
「だからあの人が作った着物着て社交界に出れば、注目の的間違いなしっ! 身分違いでも自慢出来るっ!! 貴族が喉から手が出るほど欲しがるそうよっ!!」
「へ、へぇ〜・・・・・・」
レンカさんの方に顔を向けて見てみると、 うへっ、うへへぇ〜〜〜・・・・・・じゅるりっ!! とやらしい顔つきで、俺の服に顔を擦りつけていた。
本当に人間国宝なのか、この人は?
レンカさんの姿に呆れつつ、両肩を掴んで引き剥がす。
「どうしてレンカさんは、ここにいるんですか?」
「決まってるじゃない! 今からw」
「お断りします!」
「まだなにも言ってないじゃないっ!!」
「どうせ、 新作の試着の為に私のお店に来て! って言いたいんでしょ」
「そうよ! 服の革命に協力してっ!!」
俺の手を取り輝かしい瞳を向けているのに対して、俺は呆れた顔をしながらレンカを見ていた。
「お断りします。あと、ミュリーナさんはそろそろ本当に私のお胸を揉むの止めてくださいっ!!」
「はぁ〜い!」
満足しているのか、良い笑顔をさせながら手を離してくれる。
「なんでよっ!!」
「私、明日から帝国のh」
「その事はギルド長から聞いているわ! だからこうやって呼び止めてんじゃない!!」
「仰っている事がよく分かりませんが?」
もしかして、今日の内に服を仕上げておきたいから。なのか?
「そうよ! この創作意欲がある内に、作っておかなければ最高の作品が出来ないのよっ!! 駄作になっちゃうわ!!
例えるならば、シェフがカマドの火を点けたのに、火を消してから さぁ鍋に具材を入れましょう! って言っているものよっ!!
あれ? 例えているのに意味が分からない!」
うん。確かにレンカさんの言う通り、その例えは意味が分からない。もっとましな例えをして貰いたい。
「もっと分かりやすく例えるなら! 野鳥を狩りしに来てハンターが、目の前に美味しそうなターキーがいるのにもかかわらず、狩ろうせずに観察しているのと同じよ!!」
「う、うぅ〜〜〜〜〜〜ん?」
ダメだ。例えが分からない! てかこっちにも、
「とにかく、この情熱が冷めてしまう前に完成させたいの! ついて来てっ!!」
そう言いながら俺の手を引っ張ってくるので、全力で抵抗する。
「むぅ〜りぃ〜でぇ〜すぅ〜っ!! 明日の準備があるので!」
「そこをなんとか! 半日だけだから!」
「無理です!」
「一日だけでいいからぁっ!!」
「・・・・・・じゃあせめて、四日だけでも」
「日にちの桁が上がってるんですが?」
明日の予定を潰すなっ!! 重要な仕事なんだぞっ!!
「チィッ!? バレたか」
「普通にバレるわっ!」
「ねぇ二人共、私に提案があるんだけど、話しても良いかしら?」
さっきから話もしなかったミュリーナさんが、手を上げながら言ってきた。
「どうぞ」
「エルエルは、レンカ様のお店に行くのが嫌なのよね」
「嫌って言うよりも、明日の為を考えると受けられないだけです」
口ではそう言うけど、本音は面倒くさいので行きたくない。です。
「そう、ならこうしましょう。レンカ様がエルエルお家で、服の仕立てをすれば問題ない! ですよね?」
「はぁっ?」
ミュリーナさんの突拍子もない提案に、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「いやいやいやいや待って! 服を仕立てる為の道具とかを、私のお家に持ってこなきゃいけないから、道具の持ち運びに時間が掛かって無理でしょ?」
「名案ねっ!!」
「えっ!?」
「服自体はもう完成しているから問題ないのよ! 裾とか見た目のバランスとか、細かいところの調整すれば良いだけだから、そんな大きな荷物はいらないのよ!」
「なんとっ!! ん? サイズ合うのですか?」
「サイズはエルエルに合わせているから、問題ないわ!!」
「あ、そうなんですか」
なんでサイズを俺に合わせて作ったんだ、この人は?
「そうゆう事なら決まりね! エルエルのお家で会いましょう!!」
「そうね! ところで、アナタのお名前は?」
「ここのギルド長のラミュールの娘、ミュリーナです」
レンカさんはその言葉を聞くと、ニッコリと不敵に微笑む。
「そうだったので。それじゃあエルエルのお家でお会いしましょう」
「それじゃあまた」
そして、レンカさんはミサイルのように俺達前から走り去って行く。
「え、ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・」
結局、俺はレンカさんの仕事をやる事になってるじゃんっ!!
「さぁ私達も、帰るわよぉーっ!!」
「もう、やだぁ〜・・・・・・」
投げやりの状態になっている俺の手を、ミュリーナさんが引っ張って歩き出すのであった。
ハァ〜・・・・・・あ! てか、こうなるんだったら、依頼を受けてれば良かったんじゃない? そうすればお金を貰えたし。
今更後悔しても遅かったのは言うまでもない。
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