今年の新入社員が愛らしすぎて困る件

書捨御免

プロローグ

 始業前のオフィス。

 今日も、忙しい一日が始まろうとしている。


「なァ、代神しろくま、聞いたかよ?」

「え、何ですか? 高木さん」

「今年の新人にミス栄応えいおうがいるらしいぞ」

「えッ、マジすか!?」


 ミス栄応大といえば、日本最高峰のキャンパス・ミスコンだ。

 テレビ局女子アナの登竜門的な位置づけでもあり、各界へ毎年逸材を送り続けている。

 雑誌なんかでも毎年取り上げられていて、その季節になると才色兼備の頂点が決まる。


「しかもだ。その子がウチに配属になるらしいぞ」

「それ、本当ですか!? 大変なことじゃないですか」

「おお、すごいよな。これはとんでもない人事部のファインプレーだよ」

「すごいですね」

「だよなッ!」


 高木は代神の三つ上の先輩社員で、三十歳になる。独身だ。

 ゴリラのような顔をしていて、かれこれ十年ほど彼女がいない。


「それにしてもよくそんな子がウチみたいな地味な会社に来ましたね? 普通なら女子アナとかCAとかに流れて行くじゃないですか」

「ん? まァ……そうだな。だけど、それはウチだって一応は日本五大商社の一つだし、東証一部上場企業ではあるし?」

「くわえてこの食品カンパニーなんて、会社のなかでも弱小窓際部門じゃないですか? ミス栄応なんていったらカンパニー長同士で取り合いになるのは必至でしょう? よく取れましたねェ、そんな子」

「お、おう。それは確かにそうだ。何でだろう? くじ引きで勝ったかな……」


 代神良平しろくまりょうへいが勤める 三藤商事みつふじしょうじは、歴史ある総合商社だ。学生たちに人気の就職先企業ではある。

 だが、三藤商事はもともと鉄鋼資源に強みがある総合商社だ。

 代神たちが所属する食品カンパニーは、他の総合商社とくらべると後発も後発で、長年後塵を拝してきた。

 業界シェアでいえば中小の食品専門商社よりも小さく、コンペになると連戦連敗をしている。


 三藤商事グループのなかでも食品カンパニーと子会社はお荷物部門。

 部門の生え抜きから役員を輩出したこともなく、配属されても会社員人生として良いことはない。

 代神自身は入社五年目になるが、他カンパニーへ配属された同期たちとくらべてみると、出世と給与面で大きく差をあけられている。


「ま、とにかく、なにはともあれ今日から配属だ。楽しみだよな?」


 毎年、新人は四月に入社してから一通りのビジネスマナーなどを身に着ける一ヶ月の研修を終えて、はじめて配属となる。


「今年は何人がウチに配属になるんです?」

「たしか三人だったかな? 男一人に女二人だってさ」

「へぇ、相変わらず少ないですね」

「それはなぁ? 昨年度の実績もボロボロだし、ガハッハッ」

「ま、まぁ……そうですね」


 代神と高木が席で話しているところへ、カンパニー長が新人三名を引き連れて現れた。

 フロアにいた一同がそれに気づき、起立をしてカンパニー長が話し始めるのを待つ。

 食品カンパニーはフロア半分を使っていて、約五十名の体制だ。


「あ、みんな。おはよう」

「おはようございますッ」


 全員が一斉に頭を下げた。

 このカンパニーは業績こそ悪いが、みんな元気がいい。

 いくら頑張ってみようが、土台ムリだと開き直っているところもある。


「さて、皆さん。食品カンパニーでは、今年こうして新人三名を迎えることになりました。どうぞみんなで盛りたてて立派な社員、商社マンに育ててやってください。じゃあ、それぞれ自己紹介をしてくれる?」

「「「はい」」」


 カンパニー長の後ろに並んで待っていた新人達が、一人ずつ挨拶を始めた。

 やっぱり新人は輝いている。

 早晩、こちら側のよどんだ空気に染まってしまうのだが。


 まずは少しズングリとした健康そうな女の子からだった。

 彼女が自己紹介を終えるとパチパチと拍手が鳴る。

 心のこもってない拍手をしながら、高木が代神に尋ねてきた。


「なァ代神。アレじゃないよな?」

「高木さん。その反応はあまりにもあからさますぎます。彼女に失礼ですよ……」


 次に少しキリッとした、美人タイプの女の子が挨拶をした。


「確かに美人タイプではあるが、ミス栄応っていうほどではないよなぁ。お前はどう思う?」

「え、ええ……そうですね」


 再び拍手がパチパチと鳴った。


「あれ? でも高木さん。今年は男一、女二ですよね? ということは、あのどっちかが、それで確定じゃないですか?」

「ええッ!? ちょ、マジかよ。ミス栄応も随分とレベルが落ちたもんだなぁ。オレはがっかりだ……」

「まぁまぁ、そんな落ち込むほどのことでも。ここは職場ですから……ハハハ」


 深く落胆する高木に、代神が苦笑いをしながらたしなめていた時だった。

 急に前の方から「オオオッ」というどよめきが起こる。

 二人は何ごとかと前を向いた。


「本日より食品カンパニーに配属となりました、篠宮玲於奈しのみやれおなです。ご指導とご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いします」


 自己紹介をした彼女がペコリと頭を下げる。

 顔を上げると、そこにはとてつもなく可愛らしい華奢な女の子がいた。

 顔が希望に溢れ、新人らしくキラキラと輝いている。いや、キラキラと輝いて見えるのはそればかりではないのだろう。


 何というか高い純度の透明なオーラに包まれている。顔に似合わず声のトーンはやや低めだが、逆にそのギャップが男たちのハートをドキリとさせた。

 食品カンパニーにいる男性陣が「ウーン」と獣のように唸り、一斉に激しい拍手喝采が沸き起こる。


「オイ、代神。アレだろう!? ミス栄応。超絶可愛いじゃねぇかッ。どうするよコレ!? あんなのがいたら、仕事にならなくなるよ。なッ、どうしよう!?」


 長谷田大学はせだだいがくの応援団出身だった高木は、可愛らしい女の子に目がない。

 仕事ぶりは実直で真面目だが、ああいう子を前にするとすぐに変態の本性を露見させてしまう。

 もともとゴリラのような顔をしているが、さらに鼻穴を大きくし、ハァハァと息を荒げはじめた。今にも飛びつきそうな勢いである。


 あらためて見ると、確かに美人というか、とんでもなく愛らしい女の子がそこにいた。

 髪の毛は肩にかかったぐらいまであって、ツヤの良いアーモンド色。

 顔は色白で頬がふっくらとしていて、目はクリリとしてる。

 身長は百六十センチちょっとだが、ウェストが細く、小顔で抜群にスタイルが良い。


 まさしく今どきの子といった感じだが、新人にしてはビジネスカジュアルをセンスよく着こなしていた。

 ちなみに食品カンパニーは、常にビジネスカジュアルでOKということになっている。


 あれは芸能事務所に所属していてもおかしくないレベルといえる。

 数千に一人、いや数万に一人のルックスだ。

 噂のミス栄応は、彼女で間違いないだろう。

 カンパニー長が咳払いをしながら話しだし、男性社員のザワザワとした空気がスッと引いた。


「ところで篠宮くんは三課に配属となる。三課のみんな宜しく頼むよ」


 それを聞いた高木が、さらに興奮をして涙を流しながら代神の肩を揺すった。

 対して他のチームからは、落胆の溜め息が漏れ聞える。


「シャァアアアアッ! 聞いたか代神!? 彼女はウチだそ、ウチ。ドラ一だ、ドラ一。俺は一目で恋をした。運命を感じ始めたぞ! 職場恋愛、職場結婚待った無しだ! 教会の鐘の音が聞えるぞォ」

「えぇ……マジすか」


 また再び、カンパニー長が控えめに咳払いをした。


「コホン。あのーくれぐれも誤解のないように言っておきたいのだが、あの、その何だ。あのォ……何と言えばいいのかな……」


 フロアにいた面々が怪訝な顔をする。

 カンパニー長といえば商社マンならではの立て板に水のトーク力を誇る人物。言い淀むのはごく稀だ。

 もしかすると、こんな姿は初めてかも知れないからだ。


「あぁ、ダメだ。スマン。篠宮くん。君から言ってはくれないか?」

「あ、はい。わかりました。大丈夫です」


 すると――

 篠宮がもう一度ペコリと頭を下げて、首を傾げながらニコリと愛らしく微笑んだ。

 

わたくしは男ですッ!」


 予想外の言葉を聞いたフロアにいた一同が、水を打ったようにシーンとなる。

 彼女――いや、彼の愛らしい笑顔はまるでグラビアに映るアイドルそのもの。それだけで金が集まってきそうだった。


 高木は鼻水を垂らして灰色になって固まっていた。

 もちろん代神も、何のことだ?――と我が耳を疑い、篠宮を二度見どころか三度見した。

 もちろん条件反射的に股間を見たが、盛り上がってはいない。


「え、何? ぇぇええええええ!?」


 これが代神と、ちょっと変わった新人篠宮の出会いだった。

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