第26話「お姉ちゃんのバカ」

※今回から続けて二話バトラとヤトコの話になります。三人称です。

※本筋とはあまり関係ないので読み飛ばしても多分大丈夫です。

――――――――――



 バトラは自身の組織、シュトレイトーの支部で決闘までの時間を過ごすことにした。支部に着くなりヤトコを引き連れながら各拠点へ設置されている自室へと向かう。

 ヤトコは手綱を引かれるまま、その狂暴な力に従わざるを得ない。そもそも抗う気もないが、手首が痛いな、くらいの動物的感想は持ち合わせていた。

 部屋はお世辞にも広いと言える大きさではなく、一兵隊が使っている物と然程変わりはない。灰色の壁と綺麗に整えられたベッドが一つ。上質そうな黒のソファーとセピア色のカーテンが唯一の色。

 ほとんど訪れない支部とは言え、大組織の盟主の部屋とは思えないくらいの質素な部屋だった。

 バトラはベットに腰掛け、大きく溜息を吐いた。少し悩んだ様子を見せてから、手枷の鍵をヤトコへ投げつける。投げられた鍵はヤトコの腕に当たり足元へ落ちた。

 ヤトコは拾おうとはせず、無造作に転がる鉄の塊をつまらなそうに見つめた。

(……手枷を取れって事?)

 ヤトコは料理の時以外、手枷が外されたことはない。グズグズしていて殴られるのも面倒だと思い、とりあえず鍵を拾う。

 バトラは尻尾をグネグネと動かしながら不機嫌そうにしているだけだ。とても冷たい目をしている。

 見慣れた目、自分をいたぶる悪魔と同じ目。多分この後、ロクな目に遭う気がしない。

 鍵を拾って器用に自分の手枷を解除する。鍵とは違い手枷はゴト、と鈍い声をあげた。

「で、私は何をされる訳?」

 虚勢でも見栄でもなく、ただ自分を俯瞰した言葉だった。

「その生意気な口調どうにかならない訳? さすがにちょっと苛つくわ」

「口を縫い合わせても喋れるよ。隙間からね」

 傷つくのを避けるより、むしろ虐げられたいのかと思うくらいにヤトコは言う。バトラは肩透かしを食らった気分だった。

「まぁいいわ。それより私ね、人間嫌いなの」

「で?」

「でもここじゃ発散する相手が居ないから仕方ないわ。あなたでいい、こっちに来なさい」

 指を折ってヤトコを手繰り寄せる。「発散」の言葉で何をされるか大体予想がつく。ヤトコは特に覚悟を決める事無く、飄々としたまま歩を進め、バトラの少し前で止まった。

「もっと近くに来て」

 ヤトコは殴られるか何かされると思ったので、腹に力を込める。

 じりじりと距離を詰めていく。体が密着するくらい近づいた時、バトラは顔をヤトコの胸へ埋めた。

「……?」

 相手が何をしているのか、何をしたいのか分からない。蹴られるでも噛み付かれるでもない、されるがままのヤトコは眉を吊り上げて怪訝な顔をする。

 顔が綺麗に見えなくなるくらいに包容力のあるヤトコの胸で、バトラは大きく息を吸う。

 次の告白を聞いて、ヤトコは当惑を極めた。

「お姉ちゃんのバカ」

「は?」

 少しだけ大きな声でバトラは吐露した。ヤトコの耳だけに留まった言霊は、とても目の前の悪魔から出た物とは思えなかった。

 気づくとバトラの手は自分の腰に回されていて、離れないようにやさしくハグされている。ヤトコは悪魔に甘えられた驚きと、同時に出て来た感情は「気味が悪い」だった。

「発散って、これ?」

 バトラは腰に手を回したまま、顔を離して見上げる。淀みがなく、少し潤った大きい目は綺麗だと言い切れるもので、その宝石に見つめられれば同性ですらドキリとする。

 生き物として冷めきっているヤトコは例外的に、無防備な顔としか思わない。

「そうよ」

 見上げるその顔は至極真面目なもの、氷の女王に春が来て雪解けになった訳ではなく、見下す態度は変わらない。行為と態度があべこべになっている。

「直属の部下ならまだしも、人間の私に弱みを見せるの?」

「弱み? これはただの自慰行為よ。生き物なら犬でもいい」

 犬と聞いて妙に納得する。自分はペットと同じ、本性を見せた所で恥じるも何もない。

「お姉ちゃん、楽しそうだった。だからあんたと従業員の関係を調べてまでかき回しに行ったのに、あの澄ました顔。悔しいじゃない」

(嫉妬? 思った以上にくだらない)

 いつもならそれを口に出していたが早く離れてもらうには不正解の回答だ。出かけた言葉を飲み込み代わりに溜息を吐く。

「何がしたいの? 姉に振り向いて欲しいだけ?」

「それもある。でもそれ以上に、私にはお姉ちゃんの戦力が必要なの」

 ヤトコが手を離すと再び顔が胸へ密着する。いい加減しつこく感じ、腹立たしくなって来る。

「私はザラメと会うだけの為に連れてこられたんでしょ。もう用済みじゃないの」

「あなたが決闘に出るのは本当よ。絶対に勝ちたいから」

「決闘、ね」

 ヤトコはそれがどんなものか知らされていないが、どうでもよかった。自分で何かを決めることはもう何年もしていない。

「もういいわ。離れて、暑い」

 バトラは満足すると未練なく体を離した。ヤトコはやれやれと身を引く。

 ヤトコは床でオブジェとなっている手枷を見た。それを拾い慣れた手つきで手枷を嵌めようとした時に一声、制止を受ける。

「何してるの?」

「何って、手枷を嵌めるんだけど」

「あれは演出よ。別にもうしなくていいわ、見苦しい」

「ここではいつも手枷をする決まり。まぁ、別にしなくてもいいんだけど、拷問よりはマシだから」

 バトラの尊大な態度は変わらず、ヤトコの不遇な状況を憂う事もない。ただ普通の会話が流れただけに見えた。誰にも気づかない程度に尻尾が揺れた事は、本人にもわからない。

「まだ実際にあなたの料理を食べてないわね」

 話が繋がっておらず、ヤトコは耳元に虫が飛んで来た顔をする。

「少なくとも魔界中の悪魔に負けるつもりはないね」

「言うじゃない。あなた、名前は何だったかしら」

 話の展開が見えないまま、ヤトコはとりあえず質問に答えた。

「ヤトコ。今から厨房で何か振る舞いなさい。決闘の前に一応実力を見ておきたいわ」

 バトラはベットから立ち上がり質素な部屋をすぐに出て行く。

 ヤトコは手枷を拾おうとしたが、それは諦めて追いかけた。

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