第6話

 「秋雄、あんた今日も朝起きなかったでしょ」

 「ノックしてって散々言ってんだけど」

 

 パートから帰宅した母さんは、買い物袋を右手にぶら下げたまま詰め寄ってきた。毎回言ってることだが何故ノックのひとつもしないで部屋に入ってくるのだろうか。

 

 「そんなこと関係ないでしょ!ったくあんたは誰の金で大学に行かせてもらってんのよ」

 「ごめんよ母さん。明日から頑張るから」

 「またそうやって逃げるんだから。あんたね今のうちからそんなんだと大人になってから生きていけないからね!」

 「はーい……」

 

 うんざりしたのだろうか、返事を聞き終えることなく母さんはドアを閉めた。

 遅刻して怒られるのは分かる。誰の金で大学に行ってるのか考えなくてはいけないのも分かる。大人になってから生きていけない……分からない。世の中だらしない奴は腐るほどいる。たかが真面目に大学に行くことができないってことだけで、生きていけなくなるという理論に展開してしまうのは、あまりにも無茶苦茶だ。

 

 「だらしないことが生死に直結するかっつーの……」

 

 伸びきった脳みそに何かが引っ掛かった。最近、いや昨日か今日くらいに何かあったような気がする。それが何かは思い出せない。

僕はそれからも思い出せなくて、頭に靄が掛かったような感覚を放置したまま布団に包まった。


 「……生死の境って言ってたな」

 

 頭にはびこっていた靄が勢いよく飛び出した。

そういえば咲子の提案だった。「生死の境に行こう」と突拍子も無いことを言うもんだからみんな凍り付いてしまったんだ。咲子はあのままで本当に良かったのだろうか。いつも冷静な咲子が、あんなにもに感情の浮き沈みを見せたことが何よりも気になる。そしてみつるの言う通りで、まだ何も議論をしていない。きっと咲子が言いづらそうにしていたのも、怒って図書室を飛び出したことも、その「生死の境」への情熱が強いからに違いないだろう。

 結局のところ、合宿の行先は激しい議論の末保留になった。だからまだ咲子の提案を受け入れる余裕があるはずだし、きっとこう思っているのは僕だけではない。せっかくの咲子の提案、みんなで揉んで揉んで揉み合ってから結論を出せば良い。

 

 「……あしたかな」

 

 時計の針は、いつのまにか20時を回っていた。

 ご飯、まだかな……。

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