第5話

 「えーやっぱり東南アジアじゃね?」

 「いやいやヨーロッパ行かなきゃでしょ」

 

 3人が合宿の行先を議論している中、咲子は目もくれずに背を向けて、どこか遠くを見ているようだ。

 弾丸のように咲子の口から飛び出た「生死の境」は、ただの大学生にとっては興味のキッカケすら掴むことができず、宙を浮いたまま回収されることが無かった。咲子は肩を落とし、それからはひと言も合宿について言い及ぶことはなくなってしまった。

 

 「ねー咲ちゃん、どっちが良いかなー?」

 「……んー。ちょっと考えさせて……」

 

 みつると芽衣はお互いに顔を合わせて、目で会話をする。きっと咲子のことが気がかりなんだろう。それは僕にとっても当然関係の無い話ではない。冷静な咲子がここまでに態度を表に出すなんて、よっぽどのことだ。できることなら、向こう側にある咲子の表情を覗いてみたい。


 「咲子―。お前なにしょげてんだよ」

 「やめろ」

 

 突然のみつるによる口撃に、思わず口を出してしまった。

 

 「いやだってさ、自分が話すのやめたくせにさなんかおかしくね?」

 「そうだけどさ、いやそうじゃないけど……もういいじゃん?」

 

 仲が良いのが取り柄なのだから余計な争いごとはしたくない。しかしその思いは通じることなく、みつると咲子はお互いの視線をぶつけ合って離そうとはしない。

 

 「よくはねえよな?なあ芽衣もそう思うでしょ?」

 「なんであたしに聞くわけ?もう終わり!」

 

 どうやら芽衣も僕と同意見らしい。芽衣は突然振られた質問に、感情をいっぱいに込めたように手を振って回避している。

 

 「なにがおかしいの……」

 

 ずっと黙っていた咲子が薄く口を開いた。

 

 「なにがおかしいのか言って?」

 「いま説明したじゃん」

 

 みつるは咲子をこばかにしたように、鼻息を漏らしながら即答した。

 

 「だから何を?」

 

 徐々にみつると咲子の間には感情が露呈していき、気が付いた時には芽衣と僕は蚊帳の外になっていた。

 

 「だーもう!宿題だって言ったの咲子じゃねえかよ!プレゼンしろよ!俺も芽衣もちゃんと行きたいところ言い合って議論してんじゃんか」

 

 なるほど。みつるの理屈は乗せられた感情とは打って変わって、いかにも冷静で分かりやすい。恐らくみつるは、咲子の話は議論にすら発展していない、ということが言いたかったのだろう。

 

 「……なによ」

 

 大丈夫、咲子は頭が良いやつだ。みつるの理屈が分からないわけが無いし、きっと自分に折り合いをつけて和解してくれる。

 

 「もういい!」

 

 咲子は勢いのまま椅子から立ち上がって、図書室から出る。珍しい咲子の激昂した姿に誰も口出しをしようとはしない。和解なんてしないじゃないか……。僕の言うことなんて当てにならないんだ。

椅子が床を摺る鈍い音が何よりもその感情を表していた。

 

 「咲ちゃんかわいそう……」

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