第3話

 夏の夕方は、悠生のお気に入りだ。

 昼間の喧騒はどこへやら、この時間に聞こえるのは、寄せては返す波の音だけである。 

 バイトが引けた悠生は、鞄に機材を詰め込んで海の家を後にした。

 彼がカメラに興味を持ったのは、中学一年の頃からだ。

 それまでは、絵画を主にしていた。

 でも、写真がただ被写体を映すのではなく、撮影者の心もそのまま現れるものだと知ってからは、風景・人物を問わず、あらゆるものを撮りまくってきたのだ。

 今回、ここをバイト先に選んだ一番の理由も、そこにあった。


 風の浜海水浴場を少し離れた所に、風の森と呼ばれている岩場がある。

 砂浜の上に、大小合わせて数百個の岩が飛び出している事から付けられた名前らしい。

 地元の人位にしか知られていないこの場所を、悠生は選んだ。

「さて、どこから撮ろうかな」

 機材を下ろして一息ついた彼の耳に、風に乗ったメロディが流れ込んで来た。

「……これは」

 すぐ近くから流れてくるバイオリンの音色は、明るい曲調と反して、どことなく寂しげな思いを漂わせていた。

 暫く耳を澄ませていた悠生は、やがてゆっくりとその音に近付いていく。




 岩場のほぼ中央にある平岩に腰掛けていた少女は、近付いてくる足音に気付いて、バイオリンを弾く手を止めた。



「やっぱり、君か」

 振り返った少女に、悠生は言った。

「今の曲、『夕風』だね。浅緒久深(あさお くみ)さん」

 彼は、最近マスコミが話題にしている天才バイオリニストの名前を挙げた。

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