[3-12] VS温暖化
広大無辺のク・ルカル山脈。
その南側の中腹に存在する、とある岩陰に、血塗られた祭壇が存在した。
言葉の綾ではなく、それは本当に血塗られていた。
適当な大きさの岩を即席の祭壇として、血によって魔法陣を描いて、そこに魔物の死体を積み重ねている。
エヴェリスの作品だ。
山を越えて来た彼女は、地面に魔法の印を刻むだけでなく、ミアランゼが屈服させた魔物のいくらかをその場で殺して祭壇に捧げていった。
今、エヴェリスが通った道のそこかしこに似たようなものが存在している。
これは邪悪なる神々に捧げられた供物。
正確には、これから捧げられる供物。
祭壇の周囲は毒でも流れ出しているかのように地表が黒ずみ、草は枯れ、そこに死体があるというのに獣も虫も近寄らない。
異質にして異常な祭壇は、役目を果たす時を待ち、ただじっと佇んでいた。
* * *
繊維や枝葉が裂ける、メキメキという音。
そして断続的な地響き。
辺りが揺れる度に、虫や鳥が逃げ飛んで行く。
密林を、鋼色の暴風雨が突き進んでいた。
巨大な戦斧を振るう巨体のオーガと、研ぎ澄まされた刃を振るう偉丈夫のグールが、ほぼ全速力で駆け抜けながら行く手にある木々をことごとく打ち倒していく。
「うおおおお! うおおおおおおお!!
98、99、100、えーと、100と1、100と2の、3……100と、100と……
うがー!! 誰かオデが倒した木の数を数えでおけ!」
「スシ! ゲイシャ! テンプラ! センパイ! ソンタク! ヤオチョ!
ハラ! キリ! SMAAAAAAAAAASH!!」
騒がしく雄叫びながら猛進する二匹の後を、ローブを着て杖を持った骸骨……リッチたちが追いかける。
≪
魔法嫌いのオーガも、命令で軍務となれば拒否権は無い。
「流石ば大酋長だ……」
「魔法の力もあるだろ?」
「それでもなあ」
「しがし、一緒に進んでるあのアンデッドはなんだ?」
「グールだが、サムライらじい」
「サムライって何だ?」
「知らん……」
やや唖然とした様子ながら、手に手に斧を持ったオーガたちが二匹に続く。
後続の伐採オーガ部隊は、無慈悲な伐採装置と化した二匹が拓いた道をさらに拡げ、刈り残した木なども片っ端から斬り倒す。
暴力的な自然破壊の波は、何物にも阻まれることなく、ただ一直線に進む。
密林を切り裂き、北へ向かって。
*
同時刻、ク・ルカル山脈北側の麓、密林との境界にて。
「さあて、準備は万端じゃーい」
エヴェリスがブンと杖を振ると、その石突きから、絵の具に浸した筆を振ったかのように青白い光が飛び散った。
大小合わせて四十四の魔法陣を連結させた超巨大な術式が大地に書き記されていた。
円と直線が複雑に組み合わされて、電子基板の表面みたいに複雑怪奇な紋様を大地に刻む。それを、星の数ほどの魔術文字が飾り立てていた。
眩い太陽の下だというのに、魔法陣の放つ怪しく青白い光によって、辺りがぼうっと染まるほどだ。
軸となる三つの魔法陣の上にはルネ、エヴェリス、ミアランゼが立つ。
ルネが掲げるは血と呪いが形を為した真紅の魔杖。身体は肉を失い、リッチの姿となっていた。
「姫様。参謀殿。
伐採部隊は予定の一割増し程度の速度で進行中です。
昨日までに進めていた部分も合わせ、昼過ぎには密林の入り口まで道が繋がるものと思われます」
「お、いいねいいね」
傍らで控えるアラスターが
魔法陣が敷かれた地点から北に向かっては、一直線に木々を切り倒した道が延びていた。この向こうでは今、急ピッチで密林の外まで道を繋げる工事が行われている。
ただ木を切って草を払っただけだから、道と言えるほどのものではないかも知れないけれど、ひとまずこれで充分だろう。
「それじゃ、私らも頑張りましょっか」
『ミアランゼ、カンペ大丈夫?』
「だ、大丈夫です! かならずや完璧な詠唱を……!」
ミアランゼは詠唱のカンペを握りしめてガチガチに緊張していた。
彼女はルネからヴァンパイアとしての力を与えられただけで、訓練も実戦経験もまだ足りない。だというのに、こんな
それに一応、失敗したら取り返しが付かない状況でもある。
周辺地域の地脈どころか、ルネが内蔵する魔力まで振り絞っての大魔法だ。発動に失敗して魔力を無駄遣いしたらスケジュールが大幅に狂い、窮地に立たれるかも知れない。
「いやー、まあ、技術的な話をするなら私がメインだからそんな緊張しなくても多分大丈夫よー」
『早く始めましょ、エヴェリス。多分これ時間を置けば置くほど緊張が高まると思うわ』
「んだね。じゃー私に続いていってみよー」
「は、はいっ!」
朗々とエヴェリスが詠唱を紡ぎ始め、ルネとミアランゼが続いた。
足下から三人(一人と二匹と言うべきだろうか?)を照らす光は、声に合わせて強く弱く輝き、辺りを明滅させる。
ルネは、強烈な空腹にも似た虚脱感を覚える。
急速に魔力を消費しているのだ。
中規模都市の
効果範囲に存在する地脈をフル回転させて補助とするが、なお足りない。
エヴェリスたちが山を越える過程でシメた無数の魔物……山中の各所に配置された大量の生贄を邪悪なる神々に捧げて力を賜ることで、この魔法は辛うじて成立する。
やがて三人は声を揃えて詠唱を結んだ。
「『「≪
杖が振り下ろされると、魔法陣は一際強く輝いた。
三人が立った中心に魔法陣の核がある。そこに光の塊が生まれると、導火線が燃えるかのように、真っ直ぐに山に向かって奔った。
駆け抜ける光は一定間隔で爆裂し、噴火でもするかのように青白い輝きを天に噴き上げる。
山越えの際にエヴェリスが刻んでおいたポイントだ。
魔法陣を敷いた山の麓から、一直線に南へ、ほぼ等間隔で並んだ
ク・ルカル山脈を流れる地脈から魔力が吸い上げられていく。
生贄として捧げられ、山中に積み上げられていた魔物の死体が干からびていく。本来そこには存在しなかったはずの魔力が、神の恩寵として術式に注ぎ込まれる。
光は走る。
魔法が伝播する。
巨大なク・ルカル山脈を断ち割って。
そして、最後の
爆発としか言いようがない音を立てて。
山が、切れていた。
まるで超超巨大な神の包丁を差し込んだように。
両脇を高さ数千メートルの断崖に挟まれた、一人か二人が通れるくらいの細い道が山脈を断ち切ってできていた。
空白部分を構成していた土と岩は、粉々になって吹き飛び風に散る。
風が染まるほどの砂が舞い、その後から細いスリットが姿を現した。
山や崖を垂直に掘削して往来するための道を作ったこれは、『切通し』と呼ばれる地形だ。
もちろん、普通は山脈を貫通するほどの規模にはならないが。
それは"大地の背骨"とまで言われるク・ルカル山脈全体からしたらとても小さな変化だったが、しかし。
この世界にとっては大きすぎる変化だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます