[3-6] インディーズ活動

 かつて大陸の最南端まで追い詰められた人族は、破竹の快進撃によって魔族から大陸を取り戻し、人族国家を再興していった。

 戦いで功のあった英雄やグループの指導者が少しずつ魔族の土地を切り取って、己の国を打ち立てていったのだ。


 列強五大国と呼ばれる中で、ケーニス帝国は最も歴史の浅い国だ。

 と言うのも、ケーニス帝国の国土は大陸の北東側。

 すぐ北に魔族の領域と接している場所にあり、この土地が人族の物になったのも比較的最近のことだ。


 ケーニス帝国は、元は、魔王軍の領土を切り取って成立した新興国家群による対魔族の軍事同盟だった。

 その同盟の中で最も国力の高かった国が旧ケーニス帝国であり、旧ケーニスは同盟関係そのものを……つまり、対魔族の安全保障を人質にして周辺国家をまとめ上げ、あくまで形だけは対等の併合として現在のケーニス帝国を成立させた。


 ケーニス帝国は最前線で魔王軍と戦い続け、領地を少しずつ拡大していった。同時に、国境を接する小国などは脅迫じみた手法を用いても併呑していった。

 そのやり口に眉をひそめる向きもあった。神殿勢力や、その影響を強く受けるディレッタは人道上の理由から……そして何より、人族が相争えば魔族に付け込まれるという経典由来の考えから度々苦言を呈してきた。

 しかし『より効率的な戦いのため一つの国になるべきだ』というケーニス帝国の主張も神殿の教義に合致するものではあった。実際、ここまで強引で露骨な手を使っていないだけで、ディレッタさえもしばしば小国の併合を行っていたのだから。

 それにケーニス帝国が魔族を押しとどめる要石である事に変わりはなく、横暴であろうとも人族社会の番人としては誠実であったことから、当事者以外から『敵』と見なされることはなかった。

 そして何より、ケーニス帝国は魔族の脅威という足枷を付けた中規模国家でしかなく、ディレッタやノアキュリオからすれば脅威とまでは言い難く、あくまで体の良い番犬としか見なされていなかったのだ。


 だが魔王軍が封じ込まれ、攻勢に出てくることも稀になると……

 ケーニス帝国はその牙を人族国家に剥いた。


 人族が滅亡の瀬戸際に立たされ、対魔族の大義名分さえあれば絶対の団結を誇ったのももはや昔の話。

 大陸中で人族国家同士の争いが増え始め、その流れに乗じるかのようにケーニス帝国は極めて暴力的な手段で領土を拡大するようになっていった。


 番犬はいつの間にか、手の付けられない猛獣と化していた。

 ディレッタやノアキュリオが脅威を認識した頃にはもう遅い。ケーニス帝国は列強の一角に数えられるほどの国力と領土を保有するに至っていた。


 そんな中、拡張戦争を進めてきた先帝が思いがけず戦死(暗殺であったとも噂される)。

 母の手によって玉座を与えられた若き新皇帝ミンハオは、王としては凡百の器であると誰もが思っていた。

 しかし彼は地位を得るなり竜の如き本性を顕わにし、己を傀儡にせんとした母を蟄居に追い込み宮廷を掌握。

 帝国元来の拡張路線をさらに苛烈かつ合理的なものに再構成し、燎原の火の如く侵略を進めていった。

 

 魔族の脅威がほぼ払拭されたと言っていい今、人族社会はどちらへ向かっていくのか。

 ケーニス帝国は鍵を握る存在だった。


 現在ケーニス帝国は、その強大な軍隊をおおまかに五つに分けて動かしている。


 帝国首都に座すは黄軍。皇帝の盾となる最精鋭部隊だ。


 北には黒軍。魔王軍を睨む防壁であり、対魔物・魔族の戦いでは人族最強の軍隊と言えるだろう。


 西には白軍。西方の中小国家を次々併呑していたが、自らに迫る魔手を警戒したノアキュリオ王国が裏から音頭を取って対ケーニス帝国の諸国家連合戦線を構築。さらに白軍が進出した地域の遊牧民がゲリラ化し、攻撃・略奪を行うようになり足を止められている状況だ。


 南には赤軍。こちらはさしたる障害もなく順調に侵略を続け、遂に帝国の南に横たわる"大地の背骨"ク・ルカル山脈に至った。険しく、未だ魔物だらけで人の手が入っていないク・ルカル山脈を越えることはかなわず、今は征服した国々の安定に努めている状態だった。


 東には青軍。征服の手は大陸東端……海岸線に至るまでを掌握し、極東を睨みながらもク・ルカル山脈を迂回した南進を企図している。


「……と言うのがケーニス帝国の現状だね」


 トロピカルな雰囲気の鳥の声が響く、やや熱帯寄りの密林の中。

 エヴェリス先生は宙に地図を浮かばせて現代社会の授業をしていた。


 この場所はク・ルカル山脈の足下に広がる大密林地帯。

 人族国家相手に無双の強さを誇った帝国赤軍が未だ手を出せない、魔物たちのフロンティア。

 かつて人族が大陸を失陥した時代の魔物が今でも生き残っていると思しき魔境だった。


 辺りはうっそうと草木が生い茂り、ちょっと歩くだけで草の汁と泥にまみれてしまうような場所。

 普段は戦闘中だろうとドレスを着ているルネも、なんかやたら大量のポケットが付いたシャツにパンツルックという探検スタイルだ。


「さて、話は変わるけどね、姫様。

 種族も生態も違うはずの魔物が何故、人族と戦うときには統一行動を取って襲ってくるか知ってるかな?」

「魔物は本能的に自分より強い魔物に従うから」

「そうそう。特に獣みたいな知能の低い魔物はそうなんだよね。こんな風に」

「ごろにゃ~ん……」


 ルネの足下には巨大なとらがゴロゴロと喉を鳴らしながら頬を擦り付けていた。

 サーベルタイガーのような巨大な牙を持つ恐ろしげな虎は、なんと背中に立派な翼を持っていた。マフラーのようにもふもふした首回りの白いたてがみは紫電を纏う。


 これは外見そのまま、翼虎ウイングタイガーという名の魔物だ。

 身体が重く生体魔力もさほどでないため、翼は飛行と言うより滑空と空中制動のために用いられる。

 木々が密集した場所で三次元的な狩りを行う魔物だ。当然ながらその狩りの獲物には人族も含まれる。

 また、オマケ程度だが雷の魔法を操る能力もある。獲物が痺れて動けなくなった所を強靱な爪と牙で仕留めるのだ。


 森へやってきてすぐ、ルネはこのウイングタイガーに出くわし、即座に懐かれた。

 ウイングタイガーは一目で力の差を察し、ルネを仕えるべき主と定めたのだ。そして先程から延々、ルネの足下に親愛の頭突きを繰り出してはザラザラの舌で舐めようとしていた。


「おのれ新入り、私も本当なら姫様にすりすりゴロゴロして喉を撫でていただきたいというのに……!」

「……なに張り合ってるの、ミアランゼ」


 ミアランゼはウイングタイガーがルネをべちょべちょにしないよう、頭を押さえて舌を遠ざけていた。


「この子、名前付けといた方が良いかしら。

 ……タマ? ゲレゲレ? それともクロシェットの方が……」

「名前付けてる余裕なんかすぐになくなるよー。ウィングタイガーだけで100匹くらい居ると思うし」

「分かってるわ。それを全部仲間にしてくればいいのね」

「できるだけ広範囲からお願いねー。この辺一帯カラッポにする感じでスカウトよ。

 まあ有象無象のザコはいいとしても、第四等級相当以上の魔物は全部掻っ攫っていきたいねえ」


 エヴェリスはニヤリと笑う。

 常人にとっては立ち入ることかなわぬ魔境であっても、ルネにとっては顔パス状態の散歩道。

 それどころか武器庫と言ってもいい。あるいは兵士の畑とでも言うべきか。


「その間に私らはちょっと山登りしてくることになる。

 悪いけどミアランゼとトレイシー借りるよ。山ん中での作業は、身の軽いトレイシーと空飛べるミアランゼが居ると便利だし、そもそもミアランゼが居なきゃ魔物に襲われちゃうし」

「野良魔物、エヴェリスには従わないの?」

「私はほら、今はもう骨の髄まで邪悪だけどベースが人間だから」


 相変わらず露出が多いエヴェリスの胸元に蚊か何かが一匹とまり、血を吸ったかと思ったら地面に墜ちて死んだ。珠の肌には何故か傷一つ残っていない。

 果たしてエヴェリスを人間に計上していいものかルネは激しく疑問だったが、本人が言うのだからそうなのだろう。多分。


「あと魔物でもアンデッドはほとんどダメね。グールとかリッチとかは、どんなに強くても従うべき主体じゃなくてゴーレムかなんかに見えるみたいでさ。

 ヴァンパイアなら文句ないみたいだけどー」

「じゃあ現状、魔物を仲間にできそうなのは私とミアランゼだけなのね」

「そうなるね」


 方針が決定した途端、猛烈な上昇気流のように立ち上る『不満』を感じ取ってルネは隣を見る。

 澄まし顔のミアランゼがそこには居た。


 妥当な組分けだということはミアランゼ自身も分かっているはず。だから態度に示すことはないが、彼女としてはルネの傍に居たいらしい。

 ミアランゼの願いは自らの復讐をルネに託すこと。ルネの手で変態貴族から助け出されたという経緯もあって、彼女の忠誠と愛は重い。これがゲームなら彼女の忠誠度は上限カンストを突破してバグの領域に突入しているところだ。


 だが、それならそれで話は早い。


「向こうは任せたわよ、ミアランゼ」


 ルネが一声掛けると、防護コートの下でミアランゼの尻尾がピンと立った。


「お任せください。姫様のため、使える駒をひとつでも多く増やして参りましょう」


 相変わらずミアランゼは澄まし顔だが、彼女の機嫌がy=x二乗(0≦x)のグラフみたいに急カーブを描いて良くなっていくのをルネは読み取っていた。

 要は彼女はルネの役に立ちたいのだから、別々の仕事をしていてもそれはルネのためなのだということ、存在を忘れていないのだということを伝えればいい。


 ――人を使うっていうのも、意外と……考えるべき事が多いのね。


 ルネはしみじみ噛みしめる。

 前世でサラリーマンをしていた記憶なんぞはあるけれど、当時の上司ときたら部下を褒めることも助けることもせず、あまつさえ自宅にwi-fiアクセスポイントを設置するため休日に部下を駆り出そうとして断られたら評価を下げるようなどうしようもない屑だった。

 しかし、部下を効率的に使おうと思ったらそれではいけないのだと思わされる。


 これからはアンデッドだけでなく、生きた手下を増やしていく予定だ。

 知能の低い魔物は力を見せれば従うだろうけれど、知的生命体の皆様におかれましてはそうもいかない。

 対個人。対集団。いかにして掌握し、動かしていくか。

 ルネ独りで人族国家を相手にはできない以上、勢力を率いる必要がある。部下のマネジメントは避けて通れない問題なのだ。


「私のお手伝いもよろしくねん。

 ……さて、それじゃ早速行動開始しようか。赤軍はいいとして、少なくとも山の向こう側に気付かれる前に全部終わらせなきゃなんないし、巻きで行くよ!」


 ケーニス帝国赤軍の管轄領域の南端、ク・ルカル山脈の足下にて、シエル=テイラ亡国が密かに行動を開始した。

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