[2-65] パーティーの平均レベルより遥かに強い敵が出現するダンジョンです!

 時は、少し遡る。


 * * *


「旦那ァ」


 地形の起伏に隠れるような位置に張られた"果断なるドロエット"のキャンプにエドガーが戻って来たのは、白銀の峰々へと日が沈み、辺りが暗くなってからだ。

 エドガー以外の四人は『妖精の掲げ火』という魔法のランタンを囲んでいた。このマジックアイテムによる明かりは遠くからだと見ることができない。

 荷物はすぐにでも背負って歩き出せるようまとめてあり、それに背を持たせて彼らは座っていた。


「王都上空で見張ってた空行騎兵、消えやしたぜ」

「やはりな」


 ロレッタを抱き込んで座り、胸に指を這わせていたエルミニオが立ち上がる。


 ここは王都テイラルアーレ付近だ。

 モルガナに唆されて王都へ向かった"果断なるドロエット"は、警戒網をくぐり抜けて、王都まであと一歩の所に迫っていた。

 エドガーは単身偵察に出ていたのだが、日が出ている間は王都上空をぐるぐる飛び続けて警戒に当たっていたアンデッドヒポグリフに乗ったスケルトンの空行騎兵が、日没と共に撤収したというのだ。


 エルミニオは王都上空を哨戒するアンデッドヒポグリフの空行騎兵を見て足を止めざるを得なかった。迂闊に近寄れば発見され、面倒なことになっただろう。

 そこで試しに夜まで待ってみたところ、案の定ヒポグリフは撤退した。

 アンデッドは夜目が利くものと勘違いされがちだが、その実態は魔力知覚だ。魔力知覚の効果範囲は昼でも夜でも変わらず、空を飛んでしまったらむしろ地上の様子が分からなくなる。わざわざ空から見張る意味がない。


「やはり夜間は警戒態勢が変わる。暗視を得るに最も容易いのはポーションの利用だが、奴らにポーションは効かんからな」

「城壁の上の見張りは相変わらずですが、特に数は増えてねえですな。半端な数のまんまでさぁ」

「ふん。我らの第一次王都攻撃に恐れを成して防備を固めはしたようだが、急造の備えではこんなものだろう」


 エルミニオの頭の中で先日の王都での戦いは、かなり都合良く認識が書き換わっていた。


「そうなると、やはり問題は霊体系アンデッドの夜間巡回か。

 おいロレッタ、あれを」

「はぁーい。≪収納箱アイテムボックス≫!」


 ロレッタが呪文を唱えると、いくつかのマジックアイテムが虚空から降って来た。

 ポーションの小瓶、鉢巻きやタスキのようなもの、眼鏡らしきもの、マジックアイテムの燃料となる魔石類などなど。

 額面を見ればこれだけで一財産と言えるほどの品々だ。


「魔石はまだ充分にある。ここからは出し惜しみなしだ。姿と気配を絶ち、『風読み』にも対策を講じる」


 ゴロゴロと転がっているサイコロ状の青い石をつまみ上げ、エルミニオは挑戦的に笑う。


 マジックアイテムを使う時、ネックになるのは『燃料』だ。

 大別するなら、使用者の魔力を吸って起動するか、魔力を蓄えた鉱石……魔石を投入するか。

 ただ、戦闘の可能性がある状態では魔力の消耗を抑えるべきだし、強力なマジックアイテムによる魔力消費は非術士には厳しい。そうなるとやはり魔石を使うことになってくるが、魔石はかさばって荷物を圧迫するという問題があった。

 ここまでエルミニオはマジックアイテムを大盤振る舞いした強行突破でなく、見回りのアンデッド兵をなるべくやり過ごす方向で対処してきた。

 それはまさにこの時のためだ。


「では、"果断なるドロエット"はこれより王都突入を敢行する」


 リーダーとしてエルミニオが宣言した。

 自分の勇ましさに感動しているのが分かる表情だった。


「これまでの情報を総合するに、“怨獄の薔薇姫”が使役するアンデッドはほとんどが肉体を持つもの。先日の王都攻撃でも霊体系アンデッドは姿すら見なかった。

 ゾンビやスケルトン、そしてグールにいかなる対処をするかが問題だ。

 奴らの戦いは基本的に、生前の記憶を引き継いだ武術となる。生前と同じように視覚に頼る方が動きがキレる。つまり……」


 エルミニオはロレッタが出したアイテム類の中から眼鏡らしきものを摘まみ上げた。

 本来ならレンズに当たる部分も、フレームも、粘土みたいな質感の奇妙な材質から成る黒一色の眼鏡だ。

 それをエルミニオは顔に掛ける。

 このアイテムの名は『フクロウ眼鏡』。その名の通り、身につけた者に暗視能力をもたらす眼鏡だ。


「こちらが視界を確保してしまえば昼間よりも戦いやすくなる」


 他四名も『フクロウ眼鏡』を手に取り、フレームの右耳部分にある台座上の部分に魔石を引っかけた。

 ロレッタが『妖精の掲げ火』を消してしまっても、闇に沈んだはず景色が五人には真昼のように見えていた。


「ここからは状況次第だ。取れるだけの戦果を取っていく。

 状況を探るのがまず第一。兵の数と防衛体制を見て攻略可能と判断すれば、このまま"怨獄の薔薇姫"を討つ。……征くぞ」


 "果断なるドロエット"は静かに行動を開始した。


 * * *


「これは……」


 全く見張りに気付かれることなく街壁の上までよじ登った一行だったが、そこで足を止めざるを得なかった。


 壁の内側は様変わりしていた。

 全ての住人が逃げ出し、もぬけの殻のゴーストタウンになった街並みが広がっていたはずなのだが、その街並みがまるで前衛芸術家のオモチャにされたかのようにデタラメになっていた。

 多くの建物が複雑に組み上げられ、街は迷路のように壁で仕切られていた。通路があり、広場があり、見張りのためと思しき高い櫓が散在している。

 そうした構造物には、無意味な窓や変な場所から突き出している商店の看板が付いていて、街を切り貼りして作り上げたかのような不気味な印象を醸し出している。


 迷宮のように作り変えられた都市。

 その中央は城壁と一体化したかのように組み合わされた建物群となっていた。城を中心としてドーナツ状に広がる建物の上には毛細血管のように通路が確保されていて、所々広くなった場所にはパイプの束や工具類が置かれていた。


「なにこれ、気持ち悪ーい。こないだ来た時と全然違うじゃないの」


 エルミニオの腕に抱きつき(豊満な胸部をエルミニオに押し当て)ながらロレッタが言った通り、この光景は気色が悪い。

 スラムのように無秩序に建物を建てていった結果ではなく、計算尽くで形作られた秩序の崩壊。

 有り体に言ってしまえば『悪趣味』だった。


「なんでやしょう、奥の方は建造途中にも見えやすが」

「何らかの魔法だろうな」


 エルミニオたちに気付かず目の前を通り過ぎる見回りのスケルトンを警戒しつつ、エルミニオは街の様子を観察する。


「地の元素魔法などを使って、まず建物の大枠を作り、それから細部を仕上げていく。

 ……大きな建物を作る時によく使われる手だ。

 私の10歳の誕生日にお父様が別荘をプレゼントしてくださったが、建造途中の別荘を見に行った時に術士がそれをやっていたよ」


 実際、この程度の工事は腕の良い術士がひとり居れば充分に可能だった。

 しかもここは王都。国内で最も優良な魔力溜まりホットスポットを押さえているのだから、地脈の魔力を引っ張り出せば知らずで一気に工事を完遂できる。


「王都の建物を材料にハリボテをこしらえただけのことだ。恐るるには足りん。

 まあノアキュリオ軍への土産にはなるかな。エドガー、記録しろ」

「へい」


 荷物から銅鏡みたいなものを取り出し、エドガーはそれを城下|(だったもの)へと向けた。

 これは『残影の青鏡』。見えたものをそのまま写し取り、その映像を幻影として映し出せるマジックアイテムだ。

 スケッチをするよりもよほど正確に短時間で、どのような状態だったか記録を残すことができる。


「記録しやした」

「よし」

「……ねえ。これからどうするの、エルミニオ……」


 不安げなロレッタにもエルミニオは余裕綽々、自信満々だ。


「何を恐れることがあろうか。アンデッドの兵は大して配置されていないだろう? それが全てだよ、ロレッタ。外見だけ立派な建物を築こうと本質的な変化は無い」


 エルミニオは鼻で笑う。

 まるで王都全体が戦闘用の陣地と化したかのような有様だが、それを機能させるための兵が居ないのだ。

 見張り台らしき場所にはアンデッドの影があるし、所々にまばらに立っているだけ。

 各個撃破していけば全滅させるのも容易いだろう。


「一応、罠だけは気をつけていこう。エドガー、先を行け」

「分かりやした」


 フワフワの羽根飾りを取り出したエドガーは、それを自分の頭に取り付けた。似合わない。


 これは『雲雷鳥の羽根』というアイテムで、ある程度までの距離なら落下速度を抑えダメージを受けなくするという代物だった。

 音も無く街壁の端を蹴って、エドガーは遥か下の地面へと身を躍らせる。

 静かに着地した彼は周囲の様子を探るように見回し、やがて街壁上のエルミニオたちに向かって手招きした。

 待機していた四人も『雲雷鳥の羽根』を着けて街壁の上から飛び降りる。


 そして地面に着く前に、空中に展開された転移陣に四人は呑み込まれ、消え去った。

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