[2-34] よくわかる現代肉体言語

 打ち鳴らされる二本の剣が、猛々しき調べを奏でる。


 天井に埋め込まれた魔力灯の照明が煌々と輝き夜闇を払う。広々とした土間状の道場で、ふたりの男が斬り結んでいた。

 片や、失った腕を金属の骨組みみたいな魔動機械(アーティファクト)で補った男。整えているはずなのに無精っぽく見える黒髪に加え、今は正真正銘の無精ヒゲまで生やしている。第二騎士団長、バーティル・ラーゲルベック。

 バーティルも既に四十路近い歳だが、彼と向かい合い互角以上に斬り結ぶ相手は老境にさしかかっていた。禿げかけた頭を自ら剃り上げたスキンヘッド。岩のような筋肉で構成された裸の上半身からは湯気が立ち上る。


 いつ果てるともなく続く牽制合戦のような斬り合いは、やがて唐突に終わる。

 それは戦っている本人たちでなければ気付かぬような僅かな揺らぎ。

 体勢を崩されたバーティル。踏み込む老人。立て直すより反撃を選んだバーティル。交錯する銀光。そして。


 キン、という澄んだ一音で剣戟の調べは結ばれた。

 バーティルの手から飛んだ剣は回転しながら地を滑り、壁際で戦いを見守っていたカーヤの足下で止まった。


 剣を失ったバーティルに、老人は低く笑う。


「ふん、腕一本でようやるものだ」

「先輩こそ衰えたのではありませんか」

「抜かせ! 俺は死ぬその日まで剣を振ると決めているんだ。衰えてなどいられるか!」


 手ぬぐいで身体を拭きながら、老人は豪快に笑った。


 この老人は先代第二騎士団長、アルフィオ・ジェイラス・アレオッティ。

 平民の出であるローレンスやバーティルとは異なり宮廷貴族アレオッティ侯爵家の長男だったが、どうしようもない剣術バカで自らの腕のみを頼りに王宮騎士団入りして弟に家督を継がせ、引退後はテイラカイネの街で剣術道場を開いているというかなりの変わり者だ。


 再会するなり剣で語り合ったふたりは、壁際のベンチに並んで腰掛ける。


「先生! お茶を……」

「そこに置け」


 アルフィオの内弟子のひとりが茶を持ってきて、恐縮しきった様子でふたりの間に茶を置いた。


 騎士になるまでの古典的な過程をざっくり述べると、子どものうちから小姓ペイジとして他家で仕事をしつつ作法などを学び、次に従騎士エスクワイア……つまり見習い騎士として他の騎士の世話をし、やがて一人前の騎士として叙任されるというものだ。

 ただ、それはあくまで騎士の家に生まれた者が騎士になる場合。平民からの成り上がり者や一代騎士は普通そんな教育を受けておらず、いきなり騎士になることになる。

 そんな時に、付け焼き刃程度でも騎士としての教養を学ぶ教室になるのが、シエル=テイラにおいては退役騎士の開く剣術道場だった。


「ご苦労、下がってくれ」

「はい!」


 内弟子はちょうど成人前くらいの歳で、清潔感のある少年だった。

 緊張した様子の彼は、元気よく返事をして下がっていく。彼は王宮騎士団入りが決まっていたらしい。そんな彼だから、憧れの存在である現騎士団長バーティル前騎士団長アルフィオを前にしてガチガチになっていたようだ。


「あの子の行き場も無くなってしまいましたか」

「そうだな。……もうちっと気張って戦わんかい!」

「無茶を言いますねえ」


 ほとんど苦みしか感じない茶を飲んでバーティルは顔をしかめた。

 好みの量の蜂蜜を混ぜて飲むのがシエル=テイラ流なのだが、そんな気にもならずバーティルは一息に苦い茶を飲み干す。


「昨日の事件は聞いているぞ。騎士がやられたそうだな」


 アルフィオが探りを入れるように切り出す。

 今、テイラカイネの街は昨夜の事件の噂で持ちきりだった。


「ええ……城下に集結した騎士のうち6名が宿泊していた宿を襲撃されました。

 6名の騎士全員が殺害され、うちひとりの遺体は判別も付かないほどに損壊されていたそうです」


 そう口で言ってはいるものの、バーティルは違和感を覚えていた。

 この襲撃がルネによるものだということは間違い無い。しかし、だとしたら何のために?

 確かに彼らは、クーデターに与したエドフェルト侯爵に仕える騎士。ルネの標的になってもおかしくはないのだが……


「『そうだ』とか『らしい』とか、はっきりせんのう」

「街に流れている噂程度のことしか知らないのですよ」

「なんだ、飾り物にされとるんかお前は」


 歯に衣着せぬアルフィオの言い草に、バーティルは苦笑で応じるしかなかった。


「ジスラン殿下についてどう思われますか」

「ああ、ジスラン殿下か。マークスのやつめ、こないだは殿下の説得に協力してくれんかと俺を引っ張り出そうとしおった。

 噂になっとるぞ、殿下が皇太子になると。大方、マークスがわざと噂を流したのだろう。

 ふん。もしも殿下が己の意思で起つのであれば別に言うことは無いのだがな。……気に食わん」


 苛立ちを表すように、アルフィオは座ったままで剣を一振りする。

 道場の地面には、剣圧で細い亀裂が入った。


 バーティルは先代騎士団長であるアルフィオの気性をある程度は理解しているつもりだ。

 『道理が通ること』を尊ぶ、侠客的な思想の豪傑だ。しかしそれ故に、己が政治に関わっても何もできないだろうと諦めて、剣のみに邁進し政治とは距離を置いてきた人物でもある。


 そんなアルフィオだからこそ抱き込めはしないか、とバーティルは考えた。


「先輩。少しばかり私の考えを聞いてはいただけませんか。今後の望ましい流れを考えてみたのです」

「ふん……言ってみろ」


 バーティルは己の考えをアルフィオに打ち明けた。

 反クーデター派だった者や連邦と縁が深い諸侯をまとめ上げ、中間派をなびかせること。

 ジスランとは違う皇太子を擁立すること。

 そして、連邦の属国となることを。


 話を聞いている間、アルフィオはバーティルに向かって刃物のように鋭い眼光を投げかけていた。


「つまり、私は『もうひとりの皇太子』の後ろ盾となりたいのです。自分で言うのもなんですが、国民の人気だけはありますからね、私は」

「ふむ……」


 バーティルが話し終えると、アルフィオは残っていた茶を飲み干した。

 蜂蜜を入れすぎたようで、溶け残った蜂蜜がカップの底に溜まっていた。


「果たして、そううまく行くものか」

「行くかは分かりません。ですが勝算はあります。まずノアキュリオ軍はじきに撤退します」


 確信に満ちたバーティルの言葉に、アルフィオは目を見張る。


「……えっ?」


 傍に控えて話を聞いていたカーヤも小さく驚きの声を上げた。


「何故だ」

によって軍需物資が買い占められています」

「……まさか、“怨獄の薔薇姫”が?」


 さすがのアルフィオの顔にも動揺の色が浮かんだ。

 カーヤが小さく息を呑む。


 “怨獄の薔薇姫”が王都を陥としたという話は既に万人の知るところだ。彼女がそれだけの武力を持っているという事は子どもでも分かる。

 しかし。その“怨獄の薔薇姫”がノアキュリオ軍を追い返すため兵站を絶とうとしているという事実はさらなる絶望をもたらすニュースだ。

 相手はただの危険な魔物の群れではない。……軍隊なのだ、と。


「今のノアキュリオ軍は足下が脆い。おそらくここで踏みとどまることはできないでしょう。

 私が“怨獄の薔薇姫”であれば、ノアキュリオ軍が撤退し次第テイラカイネを攻めます。可能なら侯爵と殿下の殺害を目指すでしょうが、そうでなくてもテイラカイネが攻め陥とされた時点でエドフェルト侯爵は丸裸です。殿下を押し立てるだけの力は失ってしまうはず。

 その段になって、ノアキュリオ軍が態勢を整えて戻ってくる前に……仮にですが、ジレシュハタール連邦が在留邦人保護の名目ででも軍を派遣し、連邦を後ろ盾とした皇太子が立てば、一旦はエドフェルト侯爵の側に付いた諸侯が日和見を始めることも考えられうる」


 ――そして、ルネちゃんはジレシュハタール軍なら見逃してくれるだろうが、ノアキュリオ軍が戻って来るならそっちは容赦しないだろう。


 バーティルは心の中で付け加える。


「ジスラン殿下に賭けるには危うい情勢です。かと言って、座して死を待つわけにもいきません。ゆえに私は、未だ連邦とよしみを通じている諸侯の背中を押そうと思っています」

「ふむ……」

「ただ、そのために諸侯と連絡を取ろうにも、通信局での通信内容は全てエドフェルト侯爵に筒抜けでしょう。私がこの街を離れるのも不自然ですから、他所から連絡を取るのも難しい。そこで先輩には、どうにかして私に代わり、他所から連絡をお願いしたく。ベルガー侯爵であれば私の話を聞いてくださるはずです」

「待て」


 一気にまくし立てたバーティルを制し、アルフィオは奥へと続く扉の方に声を掛けた。


「入ってきたらどうだね」


 足音も無く姿を現したのは、群青色の髪と目をした若い娘だった。どこがどうとは言い難いが、連邦人的な顔立ちをしている。

 バーティルは彼女から鉄塊のような印象を受けた。冷たくて、生きているものの熱を感じない。こういう雰囲気の人種には心当たりがある。


「……よもや、彼女はジレシュハタールの?」

「ははは、の娘でね。今さら隠すこともなかろうな」

「盗み聞きをさせるとは、まったく人が悪い。先輩は連邦の間諜スパイと親子二代でお付き合いなさっていたわけですか」


 手の内を明かしたバーティルに対し、アルフィオも同じように手の内を明かして応じたというわけだ。

 国民から見えない『闇の中での政治』を本来は嫌うだろうアルフィオが、連邦のスパイと接触していた。半分は意外に思い、半分は『まあそういうこともあるだろう』と思うバーティル。


 友好国(属国?)が相手だろうと、スパイは必要である。

 従順な相手をより従順にするため。カモからさらに絞り上げるため。そして国の方針転換が無いか監視するため。国情の把握と対人工作活動は大切だ。

 もっとも、クーデターがあったおかげで連邦にとってはほとんど敵地と化してしまったが。


「シェリー、と名乗っておきます。呼び名が無くては会話にも事欠きますので」


 抑揚の無い声で彼女は名乗った。


 シエル=テイラの情勢を掴むために潜入したシェリーは、アルフィオを頼り協力を受けていたのだろう。


「シエル=テイラ王宮騎士団第二騎士団長、バーティル・ラーゲルベック様。よろしければお時間を頂けますでしょうか」

「これは話が早い。では、この国の未来の話を致しましょう」


 * * *


 道場を後にしたバーティルとカーヤは、どこか落ち着かない雰囲気の夜の街を歩いて宿へと帰る。

 カーヤはずっと難しい顔で何かを考え込んでいる様子だった。


「どうかしたかな、カーヤ」

「団長。なにか、ろくでもないことを企んではおられませんか?」

「この国の現状が既にろくでもないと思うんだけどね」


 はぐらかすようにバーティルが言うと、カーヤはあからさまに眉根を寄せた。


「まだ何か隠しておいでなのでは」

「隠してないとでも思っていたのかい?」

「なっ……」


 絶句するカーヤ。

 『事態を解決するため、何かおおっぴらには言い難い手を弄しているのではないか』というカーヤの懸念を事実上肯定したのである。

 まあ、まさか“怨獄の薔薇姫”本人と取引をしているとは思うまいが。


「はっはっは、ひとりでも多くの国民を救おうじゃないか。この国を守ろうじゃないか。どうしようもない状況だが、私が諦めたら助かるはずのものも助からなくなる。

 そのためにも、君たちを頼りにしているよ」

「団長……」


 開き直るバーティルに呆れた調子で返しながらも、カーヤはバーティルの後を付いてきた。

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