[2-24] 当たり当たらぬハッケヨイ
小さな子ども達は空腹をものともせずはしゃいでいる。
その声をバックにウィルフレッドは石のようなパンを囓った。
それを見て
「オレ、さっきまで自分が世界一不幸だって思ってた。でも、パニーラの話を聞いてて、なんか……」
「自分だけじゃないって思えた?」
「いや、そうじゃなく……」
無惨な姿となったパンに視線を落とし、ウィルフレッドは呟くように言う。
「怖くなったんだ。……『自分は不幸だ』って思うのが、なんかすっごく……恐ろしいことをしてるような気になって……そんな、『恨む人』になりたくないなって」
「ご、ごめん。パニーラのこと悪いって言ってるわけじゃないんだ」
「それはまあ、いいけど」
むしろ褒め言葉だ。
怖がられてナンボの魔王系女子なのだから。
「恨まないの?」
「……恨めしいよ。あんなに腹が立ったのは生まれて初めて。
あのノアキュリオ兵も、裁判をした領主様もみんなみんな……オレの剣で切ってやりたいって、思ってた」
堅いパンにウィルフレッドの指がめり込んだ。
怒りの感情が、彼の心に燻っている。
「でも、なんか……オレ、むかつく奴ら全員を殺して、血で汚れた剣を持ってる自分が、さっきすごく想像できたんだよ。そしたら、そんな自分が怖くなった」
人は、本能的に同族への攻撃を躊躇う。
それどころか人型の魔族への攻撃すら心理的抵抗感を覚えるものらしい。
誰もが、平然と人を殺せるわけではない。
誰もが、本能を超越するほどの怨みを抱けるわけではない。
ウィルフレッドは残りのパンを纏めて口に放り込み、それを咀嚼しながらしばらく空を見上げていた。
「『復讐などのために剣を振るってはいけない。剣とは人を守るためにこそあるのでござる』って、師匠ならきっとそう言うだろうな」
「師匠?」
「あ、えっと、オレが勝手に師匠って思ってるだけの人。剣術の先生とは別の、心の師匠って言うか……
名前も知らないまま別れちゃったけど、命がけで魔物と戦ってオレたちを守ってくれたすごい人なんだ。今は生きているかも分からな……いや、師匠ほど強い人ならきっと生きてるはず。
いつかまた会いたいよ。それで……オレ、その時までに思いっきり強くなって、手合わせしてもらうんだ。絶対に一本取って唸らせてやる!」
話を脱線して勝手にバーニングしていたウィルフレッドは少女たちの視線に気付き、赤面しつつ頭を掻いた。
「っと……悪い、関係ない話だった」
――剣術バカね。
おそらくライバルとか用意したら際限なく強くなる、スポ根主人公タイプのバカだ。
「私も……分かる。恨むのが怖いっていうの」
じっとウィルフレッドの話を聞いていたユーニスが口を開く。
「私もね、村を滅ぼした盗賊が憎いと思ってた。ずっとずっと、憎しみでいっぱいで……
でもある日、鏡を見て……魔物が居ると思ったの。自分の顔なのにね、別の何かに見えて……
今でも私はあの盗賊たちを許せない。でもそのことで、心を憎しみでいっぱいにするのはやめたわ。第一、憎んだところでどうにもならないもの」
静かに、物語を読み聞かせるようにユーニスは言った。
彼女の心の痛みがちくりちくりと、
『理不尽に対しては誰かが怒らなきゃなんないよ。でもね、怒ってると幸せになれないんだ』
ふと、暖かな声が脳裏をよぎり、
晴らしようのない恨みを飲み下して胸の奥底に沈め、心穏やかな生を求める。
きっとそれで幸せになれる人も居る。
ルネは……どうだったのだろうか。確かなのは、もはや血と腐臭に満ちた復讐の道を駆け抜けるしかないということだ。行き着く先に何があるのかはまだ分からない。だが、立ち止まれば最悪の結末だけが待っている。
ウィルフレッドやユーニスとは何もかもが違いすぎる。
――おセンチになってる場合じゃないわね。わたしは、わたしが為すべきことをやらないと。
「そうだ。占いやってあげようか。これからどうすればいいか、分かるかも知れないわ」
「パニーラ、またそれなの?」
ちょっとばかりお茶目な演出を思いつく
本当は折を見て、『知らない大人の人からウィルフレッドに届けるよう言われた』と、手紙を渡す予定だったのだけど。
「占い?」
訝しげなウィルフレッドに、
パニーラが街で拾ってきたものだ。これを使って誰彼構わず占いをして回るのがパニーラのマイブームだった。
立てられた樽の上にカードを広げた
「はい、これを切って。カードの切り方分かる?」
「信じなくていいからね。占いなんて当たらないものなんだから」
「そうでもないわよ。100年先のことを占って的中する場合だってあるもの」
諫める調子のユーニスに、
地球の占いが本当に正しいものだったのか今となっては分からないが、魔法が存在するこの世界では占いだってバカにできないのだ。
まあユーニスが言う通り、信用度が低いのは本当なのだが。
――≪
マッチポンプなら何の問題も無い。
そして片っ端からめくっていった。
「……金運がすごくいいわ。思いがけない臨時収入があるって」
「はぁ……」
「ど、どこからお金が入るって言うの?」
「そこまでは分かんない。待ち人の項と
「私もお金欲しいわ、そんなことが本当にあるなら……」
荒唐無稽な託宣に、ユーニスが頭を抱えた。
「それと、西に吉兆があるから西に行くといいのかも。他の方角は全滅してる」
「に、西って……王都の方じゃんか。行ったら殺されるよ!」
「ほら、だからこんなの当たらないのよ。パニーラもそのくらいにしときなさい。困らせちゃうわよ」
「はーい」
ユーニスに諫められる形で
要はちょっと背中を押してやるだけなのだから、伏線はまあこんなものでいいだろう。
* * *
「誰……?」
ウィルフレッドの母ヒュメナの病室に謎の人物が訪ねてきたのは、日も暮れてからだった。
扉を開け閉めする音すら立てず、いつの間にか部屋の隅にたたずんでいた影。
砂漠の民のような装束で、目元以外の一切を隠した不審人物。体格はウィルフレッドより一回り大きいくらいだ。
「お前……神官さんじゃ、ねえよな」
居合わせたウィルフレッドは、ベッドに身体を起こしたヒュメナを守るように立ちはだかる。
そんなウィルフレッドに向かって、謎の人物は指を一本立てた。
「お静かに。私はお父様にお世話になった者です」
少女か少年か、という外見の印象を裏切り、ちょっぴりハスキーで落ち着いた雰囲気の大人びたアルトヴォイス。
全身を隠した謎の人物はどうやら女性らしい。
「お父様、って……」
「ユインに?」
「まずはこれを。昔、お父様からお借りしていたものです」
謎の女はウィルフレッドに押しつけるように、古びた革袋をひとつ手渡した。
訝しんでウィルフレッドが中を覗くと、太陽のように眩い金の輝きがウィルフレッドの目に突き刺さった。
金貨だ。
それも、ずっしりと革袋が重くなるほどの。
「こ、こんな大金!?」
見たことも無いような大金だ。
狼狽してウィルフレッドがヒュメナに革袋を渡すと、彼女も絶句する。本当にこんなものを貰ってもいいのかと不安げに視線を向けるが、謎の女は気にした様子も無かった。
「さあ来てください。この街に居るのは、あなた方ふたりのためになりません。
……ジレシュハタールへの出国ルートを手配してあります。ノアキュリオに睨まれていても、現状シエル=テイラを巡って対立している連邦に逃げ込めばあなた方を害することはできないでしょう」
「き、来てくださいって……今からですか?」
「ええ。夜陰に乗じて抜け出しましょう。それとも、どうしても持って行きたいものややり残したことが、この街にありますか?」
謎の女の言葉に、ふたりは顔を見合わせる。
持って行きたいようなものは留守宅に残しておけないし、大概は病室に持ち込んであった。
他にもし気になること何かあるとするならばユインの弔いだが、この街の神殿長は道理の分かった人物である。世間の風評に関わらずヒュメナを匿うように入院させ、ウィルフレッドを神殿傘下の孤児院に預けてくれた。神殿長に任せておけば、ユインが輪廻を迎えるまでの弔いもしっかりとやってくれるだろう。
遺骨や遺灰もどうでもいい。宗派によっては遺体の取り扱いを重視するのだが、一家の信仰はスタンダードなもの。大切なのは輪廻する魂であり、弔いが済んだ後の肉体は神への感謝と共に土に還してお終いだった。
「大丈夫です。
しかし……あなたはどうしてこんなことをしてくれるのですか?」
「先程も申し上げました通りです。私はお父様にお世話になったのです」
怪しむヒュメナに対しても、謎の女はその一点張りだ。
ヒュメナはこの女を信じていいのか迷っている様子だった。
しかし、ウィルフレッドは違った。
「母さん……大丈夫だよ。全部当たってる」
「当たってるって、何が?」
「きっとこれ、運命ってやつなんだ」
特に信じてもいなかった占いだが、ここまで的中すると笑えてくる。
まるで宝の地図でも見つけたようにウィルフレッドの胸は高鳴っていた。
神は正しき者を見捨てなかった。
理不尽を乗り越えて強く生きろと、立ち上がる機会を与えてくださった。
運命が、ウィルフレッドの背中を押している。
「行こう、ジレシュハタールへ。父さんもきっと見ててくれる」
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