[2-9] やば頭巾ちゃん with グランマ

 グリーブを鳴らす音も高らかに兵士たちが行進し、立派な馬に騎乗した騎士が続く。

 テイラカイネの大通りに現れた者たち。その胸に輝くは太陽の紋章。

 命と繁栄をもたらす光……『太陽王国』ノアキュリオの国章だ。


 シエル=テイラの国家という枠組みが崩壊し王宮騎士団すらほぼ全滅した現状、武力によって人々を守れるのはノアキュリオの進駐軍だ。不安な日々を過ごしていた人々は熱狂的な歓声を上げて救世主の到来を歓迎した。


 セレモニー的な行進の先頭を行くのは、騎士鎧の上から大鷲紋のサーコートをまとう偉丈夫。三十代後半ほどの武人。

 ノアキュリオからの援軍部隊の指揮官。ランドール辺境伯ことパトリック・ブルーノ・ランドールであった。


 * * *


「よくぞ間に合わせてくださいました。この街と私の命はあなた方に救われたのです。ご恩は決して忘れません」

「なんの。我らノアキュリオの国民一同、シエル=テイラの友人であり、シエル=テイラの安寧を願っておりますゆえに」


 城門前でパトリックを出迎えたマークスは、威厳を損なわない程度にへりくだった態度で握手をした。

 対するパトリックも、マークスの面目を潰さない程度に尊大に振る舞う。

 両国の力関係と立場を踏まえた上での政治的な挨拶だった。


 “怨獄の薔薇姫”に対するマークスの秘策は、ノアキュリオ軍の呼び込みだった。

 旧ジェラルド公爵領ウェサラを駐屯地としたノアキュリオ軍は、“怨獄の薔薇姫”が王都から西側を中心に攻めていたこともあり、ひとまず様子見をしている状態だった。しかしマークスにはノアキュリオを食いつかせるだけのネタがあったのだ。


 ただ、事が事だけに独断で動くわけにもいかず、ノアキュリオ軍は本国と調整をするために少し時間が掛かっていた。それで到着はギリギリになってしまったのだ。

 おかげで間一髪だったが仕方ない。なにしろこれからパトリックは、シエル=テイラの政治に思いっきり首を突っ込む事になるのだから。


「ところで……あちらの方は?」


 当たり前のようにそこに居る、を着た老婆の方を示し、マークスはパトリックに問う。

 老婆の周囲には僧衣を着て、頭巾で顔を隠した不気味な男たちが数人控えていた。


 ノアキュリオ軍の到来に先駆け、聖獣を連れて街に姿を現した謎の老婆。

 どちらかと言えば彼女が“怨獄の薔薇姫”を追い払ったようなものだが、彼女が何者なのかマークスにはとんと見当が付かなかった。


「ああ、その……」


 パトリックは一瞬、宙に視線をさまよわせた。


「あの方はモルガナ。我が軍の特別技術顧問、という肩書きの方でして」

「はあ……」


 言いにくそうに言葉を濁されたもので、マークスはそれ以上突っ込んで聞かなかった。

 援軍部隊の指揮官たるパトリックが憚らねばならない相手。だとすると、それだけの『訳あり』なのだろうとマークスは判断した。深入りせぬが吉だ。


 だが、そういった空気を読まない男がここには居た。


「何者だ、貴様は。私の獲物を奪ったうえに取り逃がすとは。あのまま私に任せておけばよかったのだ。よくも、おめおめと顔を出せたものだな?」


 モルガナに向かって、嫌みったらしくエルミニオが毒づいた。

 “果断なるドロエット”の面々も、マークスと共に出迎えに出ているのだ。


 マークスは既にエルミニオの人となりをだいたい理解していた。

 エルミニオは常に自分が活躍して脚光を浴びていなければ我慢ならないのだ。だから自分に代わって活躍するような奴が目の前に居るとそれだけで腹を立てる。

 だから自分の策はとっくに破られていたというのに、モルガナが“怨獄の薔薇姫”を取り逃がした事で、竜の首でも取ったような顔をしてケチを付けている。


 そんなエルミニオを見てモルガナは、静かに微笑んで言った。


「あたしの手出しがなければ倒せてたって言うのかい?

 あんたにそんな力はないねえ。できないことをできるって言うのはトンマだよ」

「何?」


 エルミニオの頬が痙攣する。


「ふふ、私の聞き間違いかな?

 よ、よりによってよりによって……こここ、この私をトンマだと?

 偉大なるドロエット家の子にして父なる大神のしもべ、剣腕と武勇を轟かせ、頭脳明晰にして容姿端麗なこのエルミニオ・ドロエットを……トンマだと!? おい、節穴ババア!!」


 早口にまくし立てたエルミニオがモルガナの胸ぐらを掴み挙げた。

 吊り上げられたモルガナはつま先立ち状態だ。


 見かねた神殿騎士の片方(全く同じ鎧なのでマークスにはどっちがどっちか見分けが付かない)がエルミニオを止めに入る。


「坊ちゃま、お戯れはその辺りに……」

「ねえ、この話し合いはあのアンデッドどもをどうやって駆除するかって話だよねえ。それを邪魔すんのは神様の邪魔するのと同じだよ」

「はあ?」


 エルミニオに憤怒の形相で迫られても、モルガナは相変わらず、のんびりと微笑んでいるだけだった。

 そして。


「神様の邪魔するのはよくないね」


 彼女が言ったのと同時。

 モルガナの背後に控えていた僧服頭巾のひとりが目にもとまらぬ速さで動き、エルミニオの顔面を鷲づかみにして地面に叩き付けた。


「ぐは……」

「坊ちゃま!」

「きゃあああ!? エルミニオ!」


 その攻撃は速いだけではなくあまりにも容赦が無く、第六等級エリート相当と言われるふたりの神殿騎士さえ割って入れないほどだった。エルミニオが倒されてからようやくふたりが剣を抜き、ロレッタが悲鳴を上げる。


 組み伏せられた状態でエルミニオは頭巾男の腕を掴み、押し返そうとする。


「な、何をする!?

 貴様、この私が誰か分かっていないようだな! 私はドロエット家の……」

「ああ、あんだって? 誰だろうが知った事かいね。あたしは神様が望まれたことしかしてないよ。あたしのすることは神様のなさることだ。神様のなさることを邪魔するなんて教皇猊下でもできるもんかね」

「『滅月会ムーンイーター』と言えど、ドロエット家の権勢の前にはゴミのようなものだぞ!」

「『滅月会ムーンイーター』ぁ?」


 滅月会ムーンイーター

 ディレッタ神聖王国が誇る最強最悪の、対邪術師・対アンデッド精鋭部隊の名だ。その強さと、目的のためなら手段を問わないという悪評は世界中に轟いている。


 何らかの理由で、エルミニオはモルガナが滅月会ムーンイーター関係者だと考えたようだ。

 そしていかに滅月会ムーンイーターと言えど、国内の政治的な力関係ではドロエット家にかなわないということか。


 しかし、それでもモルガナは涼しい顔だった。


「あんなもんとあたしを一緒にしないでほしいねえ。

 あいつらはみんな神様の御心が分かっちゃいない。『やりすぎだ』っちゅうてあたしを捨てたのさ」


 エルミニオはドロエット家の名を出せばモルガナが震え上がると思っていたようだ。

 しかしモルガナが意にも介さない風なのを見て、理解の範疇を超えているとばかりにぞっとした表情になった。


「なんだ、こいつは……」

「冒険者殿。この方はディレッタ神聖王国の者ではなく、我がノアキュリオ王国軍の者。

 それと……彼女を刺激しないでいただけるだろうか。彼女の考えを変えるのは不可能だ」


 苦虫を噛み潰したような顔でパトリックが言った。


「技術顧問殿。あなたもその辺りで矛を収められよ」

「矛もなにも、あたしゃ仕事をしてるだけよ」

「分かりました。早く仕事の話をしましょう」

「それですよ。どうして私を呼んだのか、そろそろ私にも教えてくださいませんかね。エドフェルト侯爵」


 一歩引いた場所でじっと成り行きを見守っていた男が、ようやく口を開いた。


 外見から年齢を推察するなら四十路近い。着ているのは青黒く輝くオリハルコンの鎧。軍人らしい引き締まった体躯だが、整えているはずの黒髪が何故か無精に見える。

 彼には両腕が無かった。だがその代わり、金属の骨組みを組み合わせたようなものが鎧の右肩から飛び出していた。右肩から先だけが鋼のスケルトンになったかのような状態だ。


 かつての第二騎士団長、バーティル・ラーゲルベック。

 傍らに控えている、鞭のような体つきと猟犬のような目つきの女はカーヤ・ランナー。第二騎士団の生き残りのひとりである。


「まあ大体の見当は付いていますがね……」


 魔動機械(アーティファクト)の義手であごひげを撫でて、バーティルは疲労感を味わうように静かな溜息をついた。

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