[2-8] Riders Of The Light

「もう! “果断なるドロエット”を殺すチャンスだったのに!

 あとローレンス! 毒草畑の肥料にする約束なのに置いて来ちゃった!」


 転移、飛翔、そして転移。

 “果断なるドロエット”が用意した神聖スポットライトは定置型に近いようで、ひとまずルネはそこから遠ざかった。あれを避けながら聖獣の相手をするのはちょっと面倒だ。


 身体が徐々に軽くなっていくような感覚を覚え、アンデッド兵が薙ぎ払われていることをルネは悟る。

 アンデッドを維持している間、ルネは魔力を食われ続けている。その負荷が徐々に減っていた。


 ――さっき見た聖獣が全部じゃない……連れてきたアンデッドの反応がどんどん消えてるわ。街中に放たれてるわね。

   普通のアンデッド兵じゃ相手にならない。こんなレベル高い召喚獣がどうしてこんなに沢山?


 強力な召喚獣を使うには、腕の良い召喚術師が必要だ。

 そんな術師がこんな場所に群れをなしているとは考えにくい。まさかこんな場所で同窓会を開いているわけでもあるまいし。


 考えていても仕方ないと、ルネは近場で戦闘が起こっている場所に転移する。街壁上で暴れる聖獣が、壁を乗り越えようとしていたアンデッド兵を相手に無双中だった。


「邪魔よ!」


 ルネは即座に聖獣に斬りかかる。

 虎型の聖獣は逞しい前腕を振り上げルネを引き裂こうとするが、ルネは滑り込むようにしてねこパンチを躱しつつ、振り上げた赤刃で聖獣の腕を切り飛ばす。


 神聖魔法の聖気によって編み上げられた聖獣の身体は、赤刃に宿る呪いの魔力によって相殺され、塵と消える……はずだった。


 しかし、ルネは妙な手応えを感じる。

 水っぽい音。刃に感じる僅かな引っかかり。斬り飛ばされた聖獣の前腕はどさりと落ちて、断面から血を吹きながら転がる。


 ――おかしいわ! これ、魔法で維持されてるエーテル実体じゃなく……受肉してる!?


 普通、召喚獣は魔力によって仮想的に実体を獲得しているだけだ。

 だが目の前の金ピカ装備付き白虎は肉体を持っている。斬られた前足から血を流し、興奮した様子で荒い息をついている。


 召喚獣にわざわざ肉体を持たせるのは、あまり一般的な術式ではない。召喚獣の主な役目は『使い捨ての使い魔』であり、運用上の意味が無いからだ。


 牙を剥きだして聖獣がルネに飛びかかる。

 ルネは跳躍し、空中で前転しながら赤刃を振るった。


 聖獣が電動糸ノコに突っ込んだみたいに真っ二つになった。

 その肉体は臓腑をぶちまけながら左右に泣き別れる。

 生臭いニオイが立ち上った。


「何なのよ、これは……」


 とにかく、ルネが聖獣の相手をしている間に近くのアンデッド兵たちは街壁を飛び降りて退却した。


 この聖獣、確かに強いが、ルネにとっては物の数ではない。

 だが、今ルネには失ってはならないものがある。

 ザコなら兎も角、元兵士のアンデッドをあまり無駄死にさせるわけにはいかない。優秀な兵は大切な財産だ。


「次、やばそうなのは……」


 街壁上から俯瞰するルネ。だがそこへ、街並みの屋上を飛び渡り聖獣たちが迫る。


「本っ当に鬱陶しいわね!」


 先頭の聖獣の手甲がルネを捉える、かという瞬間。

 ルネは≪転移ワープ≫によって近くの路地に跳んだ。

 さらに転移を繰り返してルネは遠ざかるが、聖獣たちは愚直に追跡してくる。


 と、頭上から悲鳴のような鷲の鳴き声が響いてきた。


「空も!?」


 見れば、ヒポグリフゾンビが数体の鳥型聖獣にたかられている。

 純白の羽毛に覆われ、成金趣味のクリスマスツリーみたいに翼に大量の黄金飾りを吊した巨鳥だ。その顔は黄金の仮面のようになっていて、足はやはり機械じみた黄金の鉤爪だ。


 空行騎兵を失っては兵士以上に取り返しが付かない。

 ルネは即座に地を蹴って踏み切り、≪飛翔フライ≫の魔法を自分に掛けて弾丸のように飛び出した。


 しかし、ルネはすぐに急ブレーキを掛ける。


「≪虚の陥穽イベントホライズン≫」


 ルネの目の前で、鳥形聖獣が穴だらけになったからだ。


 ディッシャーで掬い取られたアイスクリームのように。あるいは気泡でボッコボコに空洞ができたスイスチーズみたいに。

 球状の『無』がいくつも発生し、聖獣の身体が半分くらい抉り取られて消失した。細切れになった残骸は、噴き出す血の軌跡を残して雨あられと降り注ぐ。

 聖獣が倒されたことで空行騎兵たちは脱出に成功。街壁を越えて街の外へ飛んでいった。


 ――今のは!?


 攻撃魔法だ。それは分かる。

 ただ、誰が何のために?


「やあやあ、はじめまして。ぱっと見ヤバそうだったんで助太刀してみたけど、余計なお世話だったー?」


 眼下から、ゆるい声が掛かる。

 ルネが下を向くと、まるで透明な階段でもあるみたいにルネの方へ宙を歩いてくる女性がひとり。


 怪しげで艶めかしい紫水晶のような目と、怪しげで艶めかしい濃紫の髪。白く艶やかで艶めかしい肌。長身で、付くべき所に肉が付いている艶めかしい肉体美。

 黒いつば広山高帽に黒い服という伝統的な魔女スタイルをしている。ただしその服は、胴体よりも振り袖チックな袖部分の方が布地が多いのではないかと思えるほどに露出が多かった。

 そして、背中には何故か風呂敷。少しくすんだ緑色で、思いっきり唐草模様の風呂敷。彼女は巨大な風呂敷に、大小様々なスチームパンク系ガラクタをまとめて背負っていた。


「え……? えっと、ううん、助かった……けれど……」


 ――なに? この古典的泥棒スタイルの痴女……

   気配は邪悪だけど……人間?


「おっと、お見苦しい姿で失礼ー。引っ越しの荷物を抱えたまま来ちゃったんだ」

「いやその変な荷物も気になるけど問題はそこじゃなくて。あなた……誰? どうしてわたしを助けたの?」


 よくぞ聞いてくれましたとばかり、外連味けれんみたっぷりに彼女は笑う。


「ああ、自己紹介が遅れたね。

 私は大魔女エヴェリス。過去三柱の魔王に仕えた、この世界でただひとりの『世界征服コンサルタント』さ!」

「せかいせーふくこんさるたんと……」


 奇怪ワードが炸裂した。

 もし『怪しさ』とか『胡散臭さ』というものが数値化できるなら、彼女はスカウターが爆発するくらい怪しい。


 胡乱げなルネの視線を受け、エヴェリスは肩をすくめる。


「いやいやー、私が怪しいのは承知だけれど、ひとまず信用してほしいんだ。私が骨の髄まで邪悪なのは分かるよね? 間違っても人族の味方じゃあない」

「それは、まあ……」

「何故助けたかと言うなら、仮想新規顧客であるルネ様が大損をしたら私にも良いこと無いからだよ。あとはまあ軽くデモンストレーションって感じ?」


 ――新規顧客?


 心の中でルネはその言葉を反芻する。


 ひとまずルネは、空中立ち話をしていては攻撃の的になると思い高度を下げ、路地に降り立つ。するとエヴェリスもそれに付いて降りてきた。

 これで建物の影に隠れたが、それでも嫌な感覚が接近してくる。虎型聖獣がルネの気配を追ってきているらしい。


「さっそく商談といきたいとこだけど、ちょっとここは騒がしいよねー。

 さて、これからどうする?

 と言っても私がお助けできるのは、今のとこ逃げる手伝いくらいかな。挨拶代わりにサービスしちゃうよ」


 感情察知の力でエヴェリスを補足する。

 ひとまず、その言葉に嘘が無いことは分かった。


 ルネはエヴェリスを信用する事に決めた。今は猫の手でも魔女の手でも借りたい状況だ。


「逃げる前に、まだ無事なアンデッドをできるだけ回収したいの。死体に戻して≪収納領域インベントリ≫に収納するからわたしを転移で運んでくれないかしら?

 あと、ちょっと街の北に回収したい人が居るんだけど」

「はいよー、了解。お安いご用!」

「それから……ちょっと待って」


 ルネは、近くの壁際へ振り返った。

 何も居ないように見えるが『驚き』の感情がひとつ。


「そこ何か居るわ。……≪呪縛カースバインド≫」

「きゃん!?」


 ルネの手から呪力の鎖が迸り、見えない何かを縛り上げた。

 だいたいアルトくらいの悲鳴が上がった。


 霧が揺らぐようにして、見えなかった何かが姿を現す。

 黒紫色をした魔力の鎖で全身ぐるぐる巻きにされているのは、軽装鎧を着た冒険者。ハニーブロンドを紅いリボンでツインテールにした少女だった。


 いや、違う。ルネは知っている。

 彼は男だ。

 この国ではちょっとばかり有名な冒険者。腕利きで、人間じんかんに取り入る術に長け、外見と年齢・性別が乖離している謎の怪人。

 盗賊シーフのトレイシーだった。


「わー!? 待って! なんでなんで!? ボク気配カンペキに消してたし姿も見えなかったはずだよね!? 呼吸音も立ててなかったよね!?」


 芋虫状態のトレイシーがびたびた暴れながら悲鳴じみた声を上げた。


「……気に病むことないない。確かに完璧に隠れてたよ? 私も『隠れてる何か』を探す気で魔法使わなきゃ見つけられなかったはず。

 ホントどうやって見つけたのさ、姫様?」

「心が読めるのよ、わたし」

「あー……いろいろ合点がいった。そっかー、王都でのあれとかこれとか、そういうことか」

「見てたの?」

「その話は追々……」


 エヴェリスは誤魔化すようにうさんくさい笑みを浮かべていた。


「で、この盗み聞きしてたのって誰?」

「盗み聞きって言うか……たぶんステルスで逃げようとしてた所、偶然出会っちゃったんだと思うけど」


 ふたりに視線を向けられて、トレイシーは夕焼け色の目をまん丸く見開く。

 つかつかと歩み寄ったルネは、鎧の背中部分を持って、母猫が子猫を摘まみ上げるようにトレイシーを吊り上げた。


第六等級エリート冒険者、盗賊シーフのトレイシー。

 ……いい拾いをしたわ」

「え、あの、ちょっと」

「それじゃ脱出するわよ!」

「うそおおおおおぉぉぉぉぉぉ……!?」


 トレイシーの悲鳴をその場に残し、邪悪なふたり組と戦利品(約1名)は転移の魔法で消え去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る