[1-60] 13kmはないです

 近くの建物の屋根の上へ飛び乗ったルネは、城壁を回り込むように西側へ屋上を飛び渡っていった。

 そして赤刃を振りかざし、呪文を唱える。


「……≪禍血閃光プレイグレイ≫」


 赤黒い閃光がルネの剣から吹きだし、一直線に王城めがけて伸びる。


 まるで子どもが作った砂山を蹴り壊すように、王城の塔の一本が崩落した。土手っ腹に大穴を空けられた塔は自壊しながら倒れ、中庭に身を横たえて土埃を巻き上げた。

 魔法防御が施されていない建物なら、王城だろうとこの有様だ。


 城内にそれらしい感情反応が無いので、やはり城門に陣取っているのはヒルベルトらしい。

 この期に及んでは、城を捨ててわざわざ城門の門塔まで出て来たと思しきヒルベルトの判断は正しい。

 コストの問題で城全体へ魔法防御を施すのは無理だったのだ。だとしたら城壁の中の方が安全だろう。

 普通なら城壁と騎士団の魔術師で、城を魔法攻撃から守るところだろうが……ルネ相手にそんな半端防御では通用しない。


 まあ既にヒルベルトが避難している以上、こうして城を壊していくルネの行動も直接の打撃にはならないわけだが。


 ――でもだからって、城を壊されて放っておくハズは……


 敵意を察知したルネは真横に飛んで屋根から飛び降りる。


 ――ないよね!


 直後。

 『縦斬り』が、ルネの居た場所を通り過ぎた。


 石造りの家が包丁で切られたキャベツみたいに真っ二つにされ、石畳にも一直線に切れ込みが入る。

 その起点に居るのは……白銀の鎧を着た騎士。手にするは自ら光を放つ……ただし今は呪いの血によって穢された蒼銀色の刃。魔剣テイラアユルを振り抜いたローレンス。


 今の一撃はローレンスの名と共に語られる彼の練技アーツ『天断』だ。


 その効果は、ただ純粋に攻撃を延長するというもの。2,30mの刃渡りを持つ剣を振り回しているかのように攻撃できるのだ。

 突けば隙の少ない中距離攻撃。斬れば数十の敵を薙ぎ払う。

 攻撃を拡大するタイプの練技アーツは珍しくもないのだけれど、シンプル・イズ・ベストとでも言うべきか、ローレンスの技量から放たれれば無双の剣技となりあらゆる敵を打ち砕く。


 変に高いところへ登ったり飛び跳ねれば、逆に的にされる。

 ルネは地上を歩いてローレンスに向かっていった。

 ローレンスはテイラアユルを構えて待ち受け、彼の背後の騎士たちは例のごとく『亀の陣』を取る。


 『亀の陣』のカラクリについても解明済みだ。騎士たちの持っている盾が問題なのである。

 二九式ヒルマン魔法盾。

 国産のアダマンタイトを用いたもので、王宮騎士団の精鋭に与えられる。盾そのものが魔法攻撃に耐性を持つのではなく、やや前方に魔法を防ぐ力場を展開する力を持つマジックアイテムだ。防御範囲は盾本体より広い。

 この盾を密集して構えることで力場を融合させ、より広く堅い魔法防御のフィールドを形成する、という原理だ。


 魔法でぶち抜くのは面倒。しかし、生半可な物理攻撃では囲われた魔術師が魔法で防御してしまう。

 今のルネならばリッチフォームで正面から貫ける……かも知れないが、失敗すれば手痛い消耗だ。そもそもルネはそんな力技で突破する気は無かった。


「……化け物め。一度は取り逃がしたが二度は逃がさぬ。

 このシエル=テイラを穢し、傷つけた報い……受けるがいい。そして我が屈辱と我が剣の呪いを雪ごう」


 凍てついた汚濁のような声音。

 憎悪が、憤怒が、そして地の底どころか大地を貫いて惑星の反対側まで届きそうな蔑みが。ルネめがけて押し寄せた。


 ルネは失笑をこらえた。

 『シエル=テイラを穢し、傷つけた』? であればクーデターからの一連の騒ぎで殺された人々は……ルネは、シエル=テイラの一部ではなかったとでも言うのだろうか。

 だがもし皮肉のつもりでルネがそう言っても、ローレンスは平然と肯定するだろう。

 それどころかローレンスはルネを侵略者のように考えている。


 ――話して分かるわけなんか……ないよねぇ?


 鼓動を止めたルネの心臓が、黒く冷たい憎しみの炎で燃え上がる。

 全身の血が逆流するような怒り。

 ルネは、復讐者としての自分が揺らいでしまったのではないかと少し心配していた。だが杞憂だったようだ。ローレンスを前にした今、ルネは、ローレンスを可能な限りむごたらしいやり方で殺すことしか考えられない。


「勝てるつもりかしら? 亀さんみたいに盾を構えた臆病者の騎士たちが、先日に比べたらずいぶん減ってしまったようじゃない。

 あなた達が大っ嫌いな連邦製のお人形ゴーレムまで持ち出さないとならないなんて、みじめで可哀想なほどの人手不足ね。団長じょうしに人望が無いせいで離職率が高いのかしら? それともみんな休暇を取って南の島へバカンスにでも行っているのかしら?」

「貴様……」


 ローレンスの怒りが更に強まった。

 『亀の陣』は一ヶ月前の戦いより一回り小さい。それは城の防衛に人手を取られているからであり、それ以上に多くの騎士が戦死したため……つまりルネが殺したからだ。

 分かっていてルネは言っているし、だからこそローレンスは怒り狂っている。


「それと引き替えに、わたしは便利な仲間アイテムをたっぷり持ってきたわ」


 ルネが指を鳴らすと、突然雨が降ってきたかのようにバラバラと不気味な足音が鳴り響く。

 城下に満ちたアンデッド達が寄ってきているのだ。

 城攻めに参加していないアンデッド兵が辺り一面埋めるようにルネ達を取り巻いた。ローレンスの練技アーツで一薙ぎにされない距離を保ちながらも、すぐに助太刀に入れる位置に付く。


 恐怖と緊張が『亀の陣』から立ち上った。さすがにこの光景にはプレッシャーを感じているようだ。

 ローレンスはこの程度で揺らぎはしなかったが……


「ま、ちょっと前まではあなたのお仲間だったかも知れないけどね」


 煽ってやれば、更に怒る。


「あの時と比べたら状況は変わったわ。わたしが有利な方向に。

 でも、何が変わってもわたしがあなたに対して掛ける言葉は変わらない」


 ルネは赤刃をローレンスに突きつけた。


「……許さない」

「ほざけ……!!」


 * * *


 歯車の軋む音。間接の擦れる音。

 それがゴーレム達の鬨の声だった。


 石畳に覆われていた地面が、獣の腹のようにぼこりぼこりと脈動する。踏み出そうとしたゴーレム達が転びそうになって踏みとどまった。

 リッチ達が地属性の魔法で地形を操作し、思い通り動けないよう妨害をかけているのだ。


 フットワークを乱された程度でゴーレムの豪腕は止まらない。

 灰銀色の巨腕が振るわれるたび、アンデッドが数体丸ごと吹き飛んで身動きしない本当の屍となる。

 暴れ回る二体のゴーレムの合間を縫うように聖水を塗った矢が城壁上から飛来し、アンデッド達を射貫いていく。


 だがアンデッド兵の数は多く、そして彼らは恐れを知らない。

 巨腕をかいくぐったアンデッドが足にとりつき、身体をよじ登る。彼らの狙いは駆動部や、センサーが集まっている頭部だ。


『射落とせ!』


 門塔からの指令が飛び、ゴーレムにとりついたアンデッドめがけて矢が飛ぶ。浄化されたアンデッドが1匹、また1匹と落ちていった。


『やはり雑兵では厳しいか……』


 周囲で指揮するグール達は、その戦況を逐一アラスターに報告していた。

 通話符コーラーの向こうでアラスターは嘆息する。


『仕方が無い……やってみてくれるか』

「最善ヲ尽くそウ」


 アラスターの命を受け、1匹のグールが動き出す。

 青白い肌に着流し姿。後頭部で髪を高く括っている。

 冒険者ギルドで正式に認定されている種族名ではないが、モンスターとしての種族名を付けるなら『グールサムライ』あるいは『グールケンゴウ』とでも言うべきか……生前の名をウダノスケという。


 混戦のただ中に飛び込んだウダノスケは、身を低くして駆ける。

 地を薙ぐように"フェニックス"の腕が迫る。グールの周囲に居た兵たちが吹き飛ばされる。


「装甲、厚く堅イ……ガ……」


 ウダノスケはまるで体重が無いような動きでひらりと跳躍して腕を躱すと、"フェニックス"の足下に潜り込み滑り込んで股をくぐる。


「ゲイシャアアアアアアッ!!」


 稲妻のように鋭くカタナが振るわれた。


 "フェニックス"の右足が膝で切断された。

 ミスリルの棺桶みたいな脚部パーツが転がり、バランスを崩した"フェニックス"は辛うじて膝で立つ。


『なんだとお!?』


 拡声された驚きの声が城門前に響き渡った。


「フむ。やハリ関節ハ脆イでゴザるナ。ひとえに風ノ前の入れ子人形に同ジでゴザる」


 ゴーレムの醜態を背にウダノスケはカタナを鞘に収める。

 一見すると特に意味の無い動作だが、勝負を決めた一撃の後は徹底して格好を付け相手の戦意を削ぐのが彼の身体に染みついた流儀。

 攻撃対象は相手の心。これもサムライとしての戦いの技のうち。残心ザンシンと呼ばれるものだった。


 練達の技によってミスリルをも切り裂く、カタナ使いウダノスケ。

 アンデッド化したことで身体能力が上がり、彼の力はさらなる高みへと至っていた。……サムライの名誉を重んじる正義の心と引き替えに。


 ゴーレムを単騎で倒しうるような強者が現れた場合、どうするべきか?

 ゴーレムの支援に特化した装備を持つ歩兵や小型のゴーレムを使って妨害し、主力のゴーレムによって仕留めるというのが筋だ。ジレシュハタール連邦のゴーレム兵団はそこまで考えた編成を行っている。

 だがシエル=テイラにはそれだけの余力もノウハウも無かった。


 そもそも騎士団側は、ゴーレム相手に戦える強敵などルネ以外に想定していなかった。

 ルネがウダノスケを温存していたのは乱戦の中で失うには惜しいグール材だからだが、そのために隠し球として作用してもいたのだ。


『やったか。お見事』

「褒メルにハマだ早イ。あト3本モ斬ルベき脚ガ残ッテいル。

 ……いや2本かな。1本でも充分カも知レヌでごザル。脆弱トウフ!」


 まともに身動きが取れなくなった"フェニックス"に、一斉にアンデッド兵がとりついていた。

 "ナグルファル"がむしるのも、援護射撃で撃墜するのも間に合わない。頭までよじ登った兵たちが滅茶苦茶に剣を突き込んで頭部のセンサーを破壊する。さらに手足の関節の隙間に武器を突っ込んで身動きを取れなくし、機構を破壊していく。

 徐々に動きがおかしくなった"フェニックス"は、やがて完全に動かなくなっていった。


『"ナグルファル"を城門前に! ヘタに離れれば餌食になる!』


 既に跳ね橋を巻き上げて城門は塞がれている。

 その城門を背負うような位置にまで"ナグルファル"は後ずさった。

 門塔や側防塔からの攻撃で“ナグルファル”を守れる位置だが、逆に"ナグルファル"も城壁にとりつくアンデッド兵を攻撃しに行くことはできない。

 突出させれば無駄死に、手元で守れば働かない。ジレンマだ。結局、城門前に立たせて門番にするしかない。


『上々だ。後は攻撃を続け、防御を足止めしていれば良い。防衛人員に被害を出せれば最高だがな』

「承知。隙ガあれバ、アのゴーレムを解体してオコう」

『自分の安全も考えるのだぞ? お前はこれからも姫様に必要とされお仕えする身だ』

「分カッているデゴざる」


 剣術指南を命じられたグールは城壁の西側を見やる。

 これから己の生徒となる、偉大なる御方の勝利を願って。

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