[1-55] 馬鹿は死んでもなお祟る

 ほぼ同時刻。市街にある神殿でちょっとした騒動が起きていた。


 神聖にして静謐な祈りの場である聖堂も今は野戦病院の如き様相を呈している。

 適当に毛布が引かれ、そこに怪我をした騎士たちが並んで寝かされているのだ。神聖魔法と言えば、やはり回復魔法。戦闘が起こっている時に神殿が救護所になるのはままある事だった。


 神殿が戦闘・戦争時に公権力に与するかは時と場合による。あくまで建前では政治に対して中立だからだ。その観点から言うなら、この戦いはあくまでモンスターが相手なので問題ないと言える。

 神殿は国からの要請がある前に救護活動を始めた。どうせ命令されたら逆らえない状況なのだから、自分から行動を開始することであくまで自発的な人道的支援だと言い張り、神殿の主体性を主張するという筋の話だった。


 聖典を読み上げる祈りの文句ではなく、傷ついた者たちの苦痛の声が辺りには満ちていた。彼らは≪治癒促進リジェネ≫の魔法を掛けられて手当をされる。即座に傷を塞ぐような魔法は魔力の消費が大きく、安全な後方で大量の怪我人を手当てするなら使うべきではない。


 そんな聖堂でひときわ元気に金切り声を上げ、神殿長に詰めよる男の姿があった。


「分からん奴だな! いいから蘇生魔法を使え!」

「それでは結界のための触媒が足りなくなってしまいます! 今、神聖魔法に使用可能な触媒を街中から掻き集めております! もう一度結界を作るだけの触媒が集まるかも知れないんです!」

「それまで待てというのか!? あり得ん! すぐに残りの触媒を使って蘇生魔法を掛けるのだ!」

「我々の消耗も無視できません!」

「甘ったれたことを抜かすな!」


 華美な衣装を着た三十路ぐらいの男。

 彼の名は、テオ・コリン・エドフェルト。エドフェルト侯爵家の三男である。


 テオが指差しているのは、神殿に運び込まれたひとつの死体。

 援軍部隊としてノアキュリオから派遣され、"怨獄の薔薇姫"に蹴り落とされて落下死した空行騎兵、エバン・ジョーダス・ライゼン。

 テオはエバンを蘇生するよう神殿長に要求しているのだ。


 三男ともなれば普通なら領地を継げるはずもなく、己の身の振り方は己でどうにかしなければならないもの。テオは官として国政に携わることを希望しながらもそれが受け入れられず燻っていた。

 だが、そんな彼の人生はつい最近、一変した。他でもない、王弟ヒルベルトによるクーデターである。

 エドフェルト侯爵家はいち早くヒルベルトに付いた。そのため、テオもヒルベルトに顔を売る機会を得ていたのだ。

 幸運なことに、宮廷では前王派とみなされた官吏がごっそり首を切られた(中には物理的に首を切られた者も当然居た)。テオは官吏として取り立てられ、さらにノアキュリオへの留学経験を買われて外交に携わることになった。


 ノアキュリオも早速、新しい外交関係者に贈り物(不必要に高価である)を贈ったり、意見交換の機会(見目麗しい女性を呼び集め、贅を尽くした料理を食べながら国際情勢について意見を交わす高尚な場だ)を設けている。

 ノアキュリオの人々の真心に触れて発憤したテオは、新たに樹立された政権とノアキュリオの関係を良好なものにし安定させることに心を砕いていた。

 テオにそれだけの能力があるかどうかは、また別の話として。


 一線で仕事をしていた官吏の多くが首になったことで、仕事を分かっていない者や能力の足りない者が増えていた。

 そのことで国政上の問題が噴出するには、まだしばらくの時間が必要だっただろうが、今この神殿においてはテオの存在が既に大問題だった。


「我が国のため命を投じた援軍部隊の指揮官だぞ! 蘇生のため最大限の努力をせねば両国関係がどうなると思っている!」

「そのシエル=テイラが無くなりかけているのではありませんか!!」


 蘇生を渋る神殿長の側にだって言い分はある。

 蘇生の魔法は魔力の消費が非常に重く、さらに神聖魔法用の触媒で成功率を上げなければならない。

 だがそのどちらも再度結界を張るために必要なものだ。今、ひとりの蘇生のために膨大な魔力消費を許し、触媒まで使える状況なのかと言えば、怪しい。


「結界など何の役にも立たなかったではないか!」

「それは……」


 神殿長は言葉に詰まる。

 次に結界を張ったとしても意味があるかは未知数だ。

 アンデッドの軍勢を街の中に呼び込んだタイミングで結界を張れば大打撃を与えられるかも知れないと、この手の魔法に詳しい冒険者から入れ知恵を受けたのだが、それが本当に上手く行くかは神殿長には分からないし、当の冒険者も確証が持てない様子。

 なにしろ、30人ほどで張った結界を単独で消し飛ばすような化け物が相手なのだから。


 二の句が継げない神殿長を見て、テオは勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「ふん、やっと分かったか。騎士団が奮戦しているのだから任せればいい! それよりも蘇生だ!」

「分かりました、分かりました!」


 神殿長は自棄を起こしたように叫んだ。

 現政権に逆らうのがどれだけ面倒か、ここ一ヶ月ほどで身に染みて分かっている。少し協力を渋っただけで強烈な締め付けを食らい、さらに、どんな情報が流されたやら知らないが暴徒化した市民が押し寄せて肥を投げ込まれたり窓を割られて神官が暴行されるという被害にも遭った。

 最初から神殿長は圧倒的不利な立場。これだけ理を説いても理解してもらえないなら、それが王の意思と考え従うより他にないのだ。


 正視に耐えない状態の死体の周りに、神官たちが集められる。

 片手に錫杖、片手に呪文のカンペを持ち、神官たちはそれを唱和した。魔力の負担を分担し、さらに力を合わせて魔力を高める『儀式』の作法だ。

 単独の術者では使い得ない高度な魔法も、こうすれば行使できるのである。

 詠唱に合わせ、神殿長は種々の薬草やユニコーンのツノの粉末だの、触媒を振りかけていく。それらは白い炎となって燃え、蛍火のように辺りを漂った。


 詠唱が結ばれると、神殿長はひときわ豪華な黄金の錫杖を高々と掲げる。


「≪死者蘇生レイズデッド≫!」


 その瞬間、聖堂の中は薄ぼんやりと暗くなった。青白い闇の中で、白く清らかな光が降り注ぎ、集い、エバンの死体へ流れ込んでいく。

 舞い飛ぶ聖気は、もはやそこに何があるかも分からない光の塊を形作った。


 そして。

 光が徐々に弱まり、遂には消えた時、後には、人間の肉体の体積に等しい程度の白茶けた灰の山が残っていた。エバンの身につけていた服と防具が、灰の山に虚しく埋もれていた。


「……失敗、です……」


 力なくうなだれて、絞り出すように神殿長が言う。魔力の消費に耐えかね、何人かの神官が膝を突いた。既に怪我人の治療で、肉体的にも魔法的にも疲れ切っていたのだ。


「き、貴様ぁ!!」


 テオは腰に吊っていた剣を抜くと突然神殿長に斬り付けた。


「ぎゃあっ!」


 あまりのことに、周囲で成り行きを見守っていた誰もがどよめいた。

 テオは肩口を切られて倒れ込んだ神殿長に、血走った目で剣を突きつけている。


「て、手を抜いたな! 私への当てつけか!?」

「お待ちください! 蘇生の成功率はそもそも高いものではありません! しかも触媒の量、死体の状態、死後の経過時間、蘇生対象者のカルマによって変動するのです!」

「うるさい!」

「ぐわっ!」


 いさめに入った神官までテオに斬られた。

 水桶を運んでいた女性神官が悲鳴を上げて逃げ出した。


「これは外交問題だぞ! お前たちはノアキュリオとシエル=テイラの間にこれから築かれていく輝かしい友好関係に泥を塗ったのだ!!

 いいか、お前たちのせいだ! 腑抜け共め! 国と国の関係に……」


 まくし立てるテオの口から、血が噴き出した。


「……え?」


 胸から剣の切っ先を生やしたテオが、ゆっくりと振り向いた。


 神殿の守備を担当している戦士(ファイター)の剣が、テオを背後から貫いていた。


「……あー、さっきのスケルトンアサシンが残ってたな」

「そうだな。いやあ失敗失敗。どこかに隠れてたんだなあ」


 戦士(ファイター)が冗談めかして白々しく言うと、仲間の冒険者が調子を合わせた。


「お、お前た……反逆……国際問題……し、死刑…………」


 剣が引き抜かれると、テオは倒れた。石床の上の血だまりは徐々に大きくなっていった。

 テオは二度と動かなかった。


「ぼ、冒険者様……」

「おっさんら、生き残りてぇのかそうでもねぇのか、どっちだ」


 神殿長は神官たちの魔法で怪我の治療をされている。

 そんな彼を見下ろして、戦士(ファイター)は吐き捨てるように言った。


「魔力の無駄遣いしてる場合じゃないだろ」

「そうまでしてこいつ生き返らせてもなあ……もう騎獣取られてんだろ?」

「あっさり負けてたしな」


 冒険者たちの考え方はドライで合理的だ。

 何事も『命あっての物種』。そして、生き延びるための障害とあらば、襲ってくる魔物だろうが面倒な貴族だろうが排除する。そのせいで後に問題が起ころうと、まずはこの場を切り抜けるのが優先。

 立場やら、守るべき人々やら、そういったものに縛られている神殿長とは根本から違うのだ。


「……で? 俺のした事に文句ある奴が居るんなら今すぐかかって来いよ。誰か居るか?」


 テオを斬った戦士(ファイター)が呼びかける。

 声を上げる者は無い。

 その代わり、いくらか間を置いて控えめな拍手があった。

 細波が寄せるような音だった拍手は、やがて連鎖し、盛り上がる。


 割れんばかりの拍手が聖堂に満ちた。

 神官たちにとっては当然のこと、この場で治療を受けている騎士たちにとっても、神官たちの魔力を徒に消費させるテオの所業は邪魔だったのだ。


「だそうだぜ、オッサン」

「は、はは……」


 どう反応すれば良いか分からない様子の神殿長は、目を白黒させながら乾いた笑いを浮かべた。


「でもま、戦いが終わったら面倒なことにゃあなるよな」

「ああ。なるべく早く逃げるぞ」

「……いざという時には私が最大限に弁護させていただきます」


 神殿長が頭を下げた。


 その時、ズン、と地の揺らぐような音がして、和やかだった空気は凍り付く。


「こいつは……」

「また攻撃が始まったみてーだな」


 冒険者たちは顔を見合わせ、ついで街門の方に目をやる。

 破城鎚が打ち付けられているのだ。


「ここは俺らが死守する。魔法は任せたぜ」

「は、はい!」


 神官たちは治療のため慌ただしく動き始めた。


 * * *


「予想はしてたけど、ここまで露骨だと笑えてくるわね……」


 ルネは街門前の攻防を見て肩をすくめた。


 門を破るための破城鎚は今、止まっている。

 何故なら門の前に第二騎士団の騎士たちが並んで盾を構えているからだ。

 もちろん破城鎚を相手に並大抵の盾なんか何の意味も無い。防具ごと潰されて死ぬだけだ。

 だが、第二騎士団員を傷つけないというのが本当ならこれは最強の防御となる。さながら『人間の鎖』だ。


 そして、アンデッド兵たちはルネの指示を忠実に守り、第二騎士団を傷つけないよう攻撃を止めていた。

 最初は悲壮な雰囲気が漂っていた門前の騎士たちも、アンデッドが本当に攻撃をやめたとあっては安堵しつつ首をかしげている。


 どこか拍子抜けしたような雰囲気の睨み合いを、ルネはすぐ近くから見ていた。


 4体のリッチを帯同させ、姿を消し気配を遮断する魔法を使わせている。ルネ自身は何もしていない。

 貴重なリッチを4体も使ってしまっているが、こうしないとステルス状態になりながらルネ自身が攻撃魔法を使うのは無理だ。


「さて、壁の上は……っと。≪飛翔フライ≫使って」


 お供のリッチが魔法を行使し、もろともにルネは浮き上がった。


 壁の上でも戦闘が繰り広げられている。

 全体に第二騎士団の騎士が配置され前面に出ていた。梯子が掛かれば押し返し、アンデッドがよじ登ってくれば盾になる。

 先程は第一騎士団と第二騎士団が別々に小隊を組んで配置されていたため、第一騎士団の居場所だけに矢を射かけるということもできていたのだが、こんなに入り交じっていては迂闊に攻撃できない。


 この有様を見てもルネはアンデッド兵たちへの指示を変えなかった。

 第二騎士団の騎士たちは的確に邪魔をしてくるが、アンデッド兵を直接攻撃してはいない。となればこちらから約束を破るわけにもいかないだろう。


 何にせよ、この状況でも人族側は先程より劣勢に立たされていた。


「なんだこいつら!? さっきまでと格が違うぞ!」


 苦しげな叫びが上がる。

 街壁上で戦うアンデッドの中に精鋭が混じっているのだ。第二騎士団の執拗かつ非暴力的な妨害を機敏にかいくぐり、熟達した剣技で敵に襲いかかる。


「ジェラルド公爵の兵か……!」


 鎧の胸章で気付かれたようだ。

 最初はウェサラで『徴用』したザコばかり送り込んでいたのだが、元農兵や元騎士のアンデッドを使用解禁したのだ。


 もっとも、人族側劣勢の理由はそればかりではない。


「おいグズ! こっちの壁が足りないぞ!」

「うるせえ、忙しいんだ!」

「ああ、おい! ふたりもそっちを止めに行ってどうすんだ!」

「またひとりやられたぞ!」

「穴作んな!」

「お前らも頑張れよ、俺らは戦えないんだぞ!?」


 戦いの音に負けないよう声を張り上げ、騎士たちが怒鳴り合っていた。

 第一騎士団と第二騎士団の連係が、あまり上手くいっていない。お互いがお互いに苛立っているかのようだ。信頼がなければ息は合わない。


 これまでの経緯もあるし、何よりも必死の第一騎士団員に対して第二騎士団員は少し気が抜けている。自分たちが安全だと分かれば、いくら自分を戒めても緊張は緩む。

 そんな無意識レベルの緊張感の差が、戦いの最前線において、明確な足並みの乱れを生みだしていた。


 このままでも押し勝ててしまうかも知れないが、ルネは予定通りに追い討ちを掛けることにする。


 ――第二騎士団の人たちだって、別に安全じゃないんだけどね。


 アンデッド兵で第二騎士団を攻撃しないという約束はしたが、約束外の部分に関しては知ったことではない。


 それは盲点だったのかも知れない。

 おそらくバーティルはルネをそこまで信用しておらず、騙される可能性さえもちゃんと想定していた。

 だが、アンデッドの支配者としてルネがまでは意識が及んでいなかったに違いない。

 現在の騎士団も、ローレンスもバーティルもヒルベルトも、魔族とまともに戦争をした経験は無いのだ。


「……【性能偏向:余波抑制サプレスカスタム】≪死の烙印ネクロブランド×クロス屍兵作成クリエイトアンデッド≫。

 複合錬成魔法アセンブルド・スペル……≪死に至る心変わりコールオブタナトス≫」

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