[1-51] 怪談的会談

「なんだ……アンデッドどもが退いていく?」


 街壁上で奮戦していた騎士のひとりが異変に気がついて呟いた。

 周囲のアンデッドは依然として暴れているが、壁の下のアンデッドは梯子を片付けて退却していく。

 街門への攻撃も止め、破城鎚を引いて退却していく。


 勝ったのだろうかと一瞬思ったが、違うだろうと思い直す。

 守護の結界すら打ち破った強大な敵がこんな簡単に負けるはずがない。


 その予測を裏付けるように巨大な影がすぐ上を横切っていく。


 王都上空の戦いを見ている余裕など無かったが、来る時より帰る時の方が多いアンデッド空行騎兵を見れば何が起こったかは火を見るより明らかだ。


「くそ……どうなるんだよ、これ……」


 *


『戦況報告です。緒戦における目標はほぼ達成されました。

 街壁を巡る戦いはご存じの通り。まずまずの数の騎士を討ち取りました。

 また街壁を越えて侵入した部隊が市街戦を展開。こちらも冒険者と騎士数名を討ち取っています。

 街壁上および市街に残った兵はこのまま全滅まで戦わせ、残りは退却中です』

「そう。上々ってところね」


 ワイバーンの騎上、ルネは通話符コーラーでアラスターから報告を受ける。

 本陣と輿が、そしてその傍らに立てて司令部としている天幕が見えてきて、ルネはワイバーンに速度を緩めさせる。

 地面が近付いたところでルネは飛び降り、そのまま天幕に駆け込んだ。

 出てきた時と同じ姿でアラスターが机上を睨んでいる。


「ご無事で何よりにございます」

「シエル=テイラの空行騎兵まで神官を載せ始めてたわ。正面から突っ込むと厳しくなりそう」

「左様でございますか。では方策を練りましょう。

 ……まあ、この先の作戦が上手くいけば制空戦闘はあまり重要でなくなりますがね。市街戦になれば敵空行騎兵は手を出しにくくなる」

「そうそう、それはどうなったの?」


 ルネの問いにアラスターは思わせぶりなためを作ってニヤリと笑う。


「お言いつけの通り、第二騎士団の者はひとりも殺害しておりません。また、街壁上の戦いで第二騎士団所属の弓兵をひとり生け捕り、拉致しております」

「よくやったわ。じゃあ後は……」


 ルネが言いかけたところで、机上に並べた通話符コーラーのうち1枚がノイズを発した。


「首尾はどうだ」


 アラスターが問いかけると、その向こうから押し殺したような声が返ってきた。


『……暗殺部隊ハ神殿に潜入成功。シかシ敵戦力想定以上でアり苦戦。

 四名ノ神官ヲ討ち取リマしたガ、殿下ヨリお預カリしたスケルトンアサシン達ヲ失ッテしまイまシタ。

 王都に居タ神官系冒険者ガ集メらレテいる模様。ソの護衛ラしきパーティーも存在しマシタ……』


 通話符コーラーから報告するのは、スケルトンアサシンから成る潜入暗殺部隊(盗賊シーフの冒険者やナイトパイソンの暗殺部隊の死体から作り上げた)を指揮していたグールスカウトだ。

 目的は後方の神殿に潜入し、回復や≪聖別コンセクレイション≫を行う神官を排除すること。神殿の神官は、神聖魔法が使える者でも戦闘が専門外だったりするので、上手く嵌まれば敵の回復を一気に封じられる手だった。

 だが、どうもあまり上手くいかなかったようだ。


「冒険者が居るの?」

『ハイ。どうヤラ儀式魔法ヲ主導したノも冒険者のヨうデス』


 なるほど、とルネは思う。

 一口に『冒険者』と言ってもその来歴は様々だ。例えばもし冒険者の中に『街に大勢のアンデッドが攻めてきて防衛戦をした経験』なんぞを都合良く持つ者が居たりしたら、神殿に色々入れ知恵したりしてもおかしくない。


 だがアラスターの反応は激烈なものだった。


「冒険者だと!? 野蛮で薄汚い野鼠どもが、これほどの知恵を持っているとでも言うのか!?」


 まるで報告するグールが嘘をついているとでも言うような口調で取り乱していた。ルネの襲撃を受けて狼狽えていた時の、生前の公爵に似ていた。

 それを見てルネはアラスターへの評価を下方修正する。


 ――ああ……そうか、こういう人なんだ。頭は良いけど規格外の相手が出てくることに弱くて、冒険者とか庶民を基本舐めてるっていう……

   やっぱこの人微妙かも。


 レブナントは綺麗に作れれば生前の記憶と人格を受け継ぐ。ここに居るのは、ルネに絶対の忠誠を誓っていることを除けば生前のアラスターそのままなのだ。生前の賢さだけでなく愚かさもしっかり受け継いでいた。


「次の儀式は準備してる様子ある?」

『シてハ居ルト思ワれますガ、先程ノ儀式デなけなしノ触媒を使イ切ッた模様。街中ヤ冒険者が持ッテいタモのを掻キ集メていタ様子で、同じダケ集メルのハ厳シいかト』


 儀式魔法を使う際、魔法の威力を高めるための触媒は系統ごとに異なる。そして神聖魔法で儀式なんかやるのは神殿くらいだ。神聖魔法で儀式をするための触媒をわざわざ溜め込んでいる場所は少ない。

 騎士団にも専属の神聖魔法使いは居るのだが、彼らはあくまで前線の『衛生兵』が主な役割であり、騎士団に儀式魔法のノウハウ・準備は無いらしい。


『私も、ジキ見ツかッテしマいマしょウ。コれヨリ最期の攻撃ヲ仕掛ケまス……』

「よくやってくれたわね。わたしの心は最期まであなたと共にあるわ」


 ルネは心にもないことを言った。


『勿体ナキお言葉』


 そして通信は途切れた。永遠に。


「さて。それじゃあわたしはわたしの仕事をしなくちゃね」

「捕虜は別の天幕に捕らえてございます。私は顔を出さない方が良いと判断しましたので、まだ状況の説明などもしておりません」

「了解……っと、その前に着替えた方がいいわね。戦闘でちょっと汚れちゃったから」


 * * *


 ハンフリーは今現在自分こそが世界一不幸な男だろうと100回くらいは考えた。


 ハンフリーはシエル=テイラ王国第二騎士団に所属する弓兵だ。王宮直属の騎士団に取り立てられたことで一代貴族の称号を得た元平民である。所領は持たず、国から扶持を貰って暮らしている。4年前に雑貨商の娘と結婚し一男一女を設けた父親でもある。


 街壁の上で戦っていた彼は、よじ登ってきたスケルトンに捕獲されてそのまま持ち帰られてしまった。

 アンデッドどもが声も無く戦場を駆ける濁流のような流れの中、スケルトンに担がれて逆流していくのは恐ろしくてしょうがなかった。


 そして今、ハンフリーはアンデッドどもの本陣にある天幕の中で、椅子に縛られている。

 天幕の中には太い杭が地面に打たれていて、ハンフリーは椅子ごと杭に縛り付けられていた。

 試しに暴れてみたがびくともしない。

 ご丁寧に猿ぐつわまで噛まされているのは、おそらく舌を噛み切って死なないようにだろう。


 何が起こっているか分からなかった。

 とりあえず死なれては困るらしいが、だとしたらアンデッドが生きている人間に何をするというのか見当も付かない。

 狭い天幕の中には他に誰も居らず何も無いのだが、それが逆に恐ろしかった。

 ひらつく入り口を掻き分けて、今にも恐ろしい化け物が入ってくるのではないかと、そんな事ばかり考えてしまって。


 だが、その少女が天幕に入ってきた時、ハンフリーは恐怖以外の理由で絶句した。


 白いドレスを着た少女だった。背中辺りまでの長さがあるストレートの銀髪は輝かしく、銀の目は魅入られてしまいそうに妖しく美しい。

 子どもらしくあどけない顔立ちだというのに、その立ち居振る舞いにはどことなく気品が滲む。

 抜けるように白い肌も含め、全身が白と銀で統一されている。……ただ一点、大きな絵筆に鮮血を浸して殴り描いたような、ドレスのスカートの薔薇紋を除けば。


 その高貴さと美しさに、ハンフリーは雷に打たれたようになっていた。


 ――銀髪銀目の高貴な少女……だとすると、彼女が!?


 ハンフリー達が今まさに戦っている相手。

 前王の遺児であったアンデッド。“怨獄の薔薇姫”。ルネ・“薔薇の如きローズィ”・ルヴィア・シエル=テイラだ。


「はじめまして、騎士さん。

 あなたは偽りの王に仕える不忠の身なれど、今は捕虜たるあなたに一軍の将として礼儀を尽くしましょう。

 わたしはルネ・“薔薇の如きローズィ”・ルヴィア・シエル=テイラと申します」


 ルネはスカートの裾をつまみ、軽く膝を折ってお辞儀をした。

 優雅でありながら、どこか少女めいた拙さも感じる所作だった。


「このような強引な真似をしてしまってごめんなさい。ですが、どうしても第二騎士団の方とお話ししたかったんです」


 ハンフリーの頭の中に大量の疑問が渦を巻いていた。耳から『?』マークが溢れてこぼれ落ちそうだ。

 

「あなたとのお話し合いがどのような結果に終わろうとも危害を加える意思はありません。あなたはわたしの転移の魔法で街まで送り届けます。

 ですので落ち着いて話を聞いてください。今、拘束を解きます」


 解きます、とルネが言うなりハンフリーの身体は楽になった。

 なんだか分からないが、ハンフリーを縛り上げていたロープも猿ぐつわも背後から両断されていて地面に落ちたのだ。


「な、なんで……骸骨じゃないんだ……?」


 猿ぐつわが取れるなり。

 頭の中に渦巻いていた疑問の中で、真っ先に口を突いて出たのはこれだった。

 ハンフリーは言ってしまった後で『しまった』と思った。ものすごくどうでもいい質問だった。こんな無礼なことを言って、もしルネの機嫌を損ねたら今すぐ殺されてしまうかも知れない。


 しかし、ちょっとあっけにとられたような顔をしたルネは、すぐに破顔し、上品に口元を抑えて笑った。

 裏表無く愉快そうで、その姿だけ見るなら化け物には見えない。ただの育ちが良い女の子だ。


「ふふふっ。あれはちょっと怖がらせただけですよ。お話し合いをするための顔としては不適切ですので、今は別の姿をしているんです」


 そして、ちょっと緊張したような真面目な顔になって、彼女は切り出した。


「お話しというのは他でもありません。

 なるべく犠牲者を少なくして戦いを終わらせるために、第二騎士団長に協力してほしいのです」


 真摯な眼差しを受け、ハンフリーは息を呑む。


 第二騎士団長、バーティル・ラーゲルベック。

 ローレンスのように華やかでカリスマ的な英雄ではないが、堅実な軍人であり国民からの信頼も厚い。ほとんどの騎士がそうであるように、ハンフリーもバーティルを慕っていた。


 そのバーティルに。ともすれば内通の誘いのような話を。


「団長殿とお知り合いなのですか……?」

「いいえ。でもクーデターにくみしなかった彼であればわたしの言葉に耳を傾けてくれるかも知れません」


 ルネの口調は、バーティルこそが最後の希望だとでも言うように悲壮であった。


 王弟ヒルベルト2世がクーデターの旗を立てた時、第一騎士団はローレンス主導でそれに荷担し、第二騎士団がそれを黙認したことで流れは決定的になった。

 だがハンフリーは知っている。団長は決して『王などどうなってもいい』と思ってクーデターを黙認したわけではないのだと。

 もし第二騎士団が王に付いて第一騎士団と戦ったとしたら、お互いに消耗しきった末に第二騎士団が負けるだろうというのがバーティルの読みだった。そうなればシエル=テイラは滅茶苦茶になり、さらに騎士団が壊滅しても王・第二騎士団の背後に付いた連邦と、王弟・第一騎士団の背後に付いた四大国がシエル=テイラを舞台に争うことになりかねない。

 バーティルは王弟と第一騎士団の行動を愚かと思いながら、苦渋の選択としてクーデターの黙認を決めたのだ。


「わたしだって、復讐のために王都を焼け野原にして多くの人々を殺すのは本意ではありません。

 そのために、第二騎士団長に協力してほしいのです」


 ハンフリーは目を見張らずにはいられなかった。

 怨みのあまりアンデッドとして蘇った姫が。4000ものアンデッドを率いて王都に攻めてきた侵略者が。

 なるべくなら無辜の市民を殺したくないと言うのだ。


 真剣に訴えるルネの様子を見る限り、少なくとも嘘には見えなかった。


「ですので、わたしを取り次いでほしいのです。お願いできますか?」

「……団長殿と第二騎士団に何をさせるのか次第です」


 慎重に、慎重に言うハンフリーを見て、ルネは微笑んだ。

 優しく輝く銀の月のような微笑みだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る