[1-32] クール宅配死亡フラグ

 魔法の探知阻害が掛けられている応接間だったが、魔法攻撃で壁をぶち抜いての侵入には対応していない。

 イリスルネの魔法は容易く大穴を穿った。


 こんなに豪華にする意味があるのか疑問なほど豪華な応接間に数人の人間が居た。

 まず偉そうなスーツを着た老紳士。これがたぶん城の主である公爵だろう。

 そして公爵の向かいに座っている悪の魔術師みたいな妖怪ジジイ。こっちがおそらく、先ほどまでイリスルネが魔法で追いかけていたナイトパイソンの首領である。

 ふたりの老爺はそれぞれ背後に手下を控えさせている。推定・公爵は鎧を着た騎士らしき者や、どう見ても賄賂とか受け取ってそうな顔の役人を。推定・首領はフード付き外套を着た、どいつもこいつも2,3人は殺した経験がありそうな怪しげな奴らを。


「はーん……? こりゃビンゴか。手間が省けたな」


 イリスルネは喜びの余り顔が笑ってしまうのを止められなかった。

 ついにイリスルネは当面の目標だったナイトパイソンのボスを見つけた。そればかりか王弟派の中心だという公爵まで同時に捕捉したのだから気分は最高だ。

 机に積まれた金貨を見れば、密会と賄賂の真っ最中だったことは火を見るより明らか。彼らがグルだというのは本当だったようだ。


 あまりにも荒っぽいイリスルネの入場に、その場に居た全員が呆然としていた。

 そんな中でいち早く反応したのは、首領が背後に控えさせていた推定・手下のひとりだった。


「何奴!」


 顔と身体を隠してモブ化するためにあるようなフード付き外套を脱ぎ捨てる。

 その下から姿を現したのは、筋肉であった。


 その男は、寒い季節だというのに外套の下は短いズボン以外何も身につけていなかった。ただしそのズボンには腰部を守る鎧のように、数枚の金板……魔法防御用のマジックアイテムである護符が巻き付けてある。

 人間の成人より小さな身長だが、膨れあがった筋肉のせいで全く小ささを感じさせない。美術のデッサンモデルみたいな理想筋肉の極地だ。イリスルネの腰など片手で掴めてしまいそうな大きな手。厳めしい顔、つるつるに剃り上げた頭、荒縄のようなヒゲ。


 ――ナイトパイソンの最高戦力『用心棒』のひとり。ドワーフの格闘家“虎殺し”のゴド。


 その重厚な筋肉からは信じられないような速度でゴドは距離を詰めてくる。とりあえず殴り倒してから状況を整理するタイプのようだ。

 まあそれはイリスルネが杖を持っていたせいもあるかも知れない。魔術師相手に時間を与えるのは自殺行為だから。


 正面から魔術師を相手にするにはどうすればいいか。主な解決策はふたつだ。

 第一に、同じように魔術師を出して対抗する。

 第二に、護符で魔法を防いでいる間に殴り倒す。


 護符が数枚あれば充分に時間を稼げる。

 そしておそらくゴドは『イリス』を一撃で殺せる。

 詠唱を行う時間すら無い。


 床を踏み砕くほどの踏み込みから、体重を乗せた大ぶりのパンチを繰り出す!


「ぬうんっ!」


 岩のような拳がイリスルネの身体を捉えた。

 だが次の瞬間、ゴドの巨腕が血を吹いて、内側から破裂するようにグチャグチャに吹き飛んだ。


「あああああああ!?」


 ゴドが野太い悲鳴を上げた。彼の腕は肉と皮の残骸が肩からぶら下がるだけになっていた。


「ぎゃああああああ! わ、わしのっ! わしの腕がああああああ!!」

「いってー……ほとんど返したはずなのにそれでも結構ダメージが抜けてくるか。流石だなあ」


 対して、クリーンヒットを食らったはずのイリスルネよろめいただけだ。充分痛かったが。


 レベル7理力魔法≪継続物理反射リフレクト・エクステンド≫。

 物理的な攻撃の衝撃、特に殴打によるものを反射する防御の強化バフ魔法である。

 さらに『継続エクステンド』の名を持つ魔法の例に漏れず、通常魔法に比べて効力は見劣りするが、一旦掛ければ継続してある程度の時間効果が残る。

 魔法の維持を行う必要がないので、強化バフの恩恵を受けながら別の魔法を使えるのである。


 イリスルネはこの魔法をあらかじめ使っていた。『用心棒』に高レベルの魔術師が居ないことは知っていたが、それならそれで大量に護符を持っているのは間違い無いと思ったから対策をしていたのだ。

 上手くいくか内心ちょっとイリスルネは心配だったが、結果は成功だ。


「え、衛兵! 衛兵ーっ!」

「呼んでも助けは来ないぜ。あんたらがのんきにお喋りしてる間に、音やら気配やらを遮断する結界でこの部屋を包ませてもらった」

「くっ……!」


 公爵が忌々しげにイリスルネを睨む。

 応接間を三次元的に囲うようにして、結界を生成するマジックアイテムを設置してあるのだ。ちなみにアイテムはナイトパイソンの本部から拝借した。


 ――最初の一撃は凌いだ。次は全体の防御を剥がす。


「……≪滅びの風デスクラウド≫」


 イリスルネの杖から赤黒い風が吹き上がる。

 そしてそれは渦巻く霧のように応接室いっぱいに広がった。


「これは……!」

「「≪対抗呪文結界カウンターマジックフィールド≫!」」


 ようやく防御の魔法が飛んだ。公爵と首領の背後に居た手下がそれぞれ魔法を使ったのだ。

 魔力の波動が公爵たちを包み込んで、死をもたらす血色の霧を払う。


 ≪対抗呪文結界カウンターマジックフィールド≫は術者の魔力をそのまま発して魔法を防御する魔法だ。単純かつ効果的で汎用性の高い防御魔法だが、攻撃を受けただけ術者は魔力を消耗するので燃費は著しく悪い。


 ――やはり魔術師も控えさせていたか。


 冷静に観察するイリスルネの前で、面食らった様子だった者たちがようやく動き出した。


「なんだ、お前は」

「ちょっと待ってて。あんたはついでなんだ」

「な……!?」


 イリスルネに『ついで』扱いされた公爵は、イリスルネが壁をぶち破って入ってきた時と同じくらい驚いた顔だった。ここまで派手に侵入しておいて『ついで』扱いされたことに驚いたのかも知れないし、単にこれまでの人生で誰かの『ついで』にされた経験が無かったのかも知れない。


 何にせよ公爵は置いといて、まずはもっと重要な用件を処理しに掛かる。


「ハロー、ナイトパイソンの首領ボスさん……で、間違い無いのかな。いやー、本部にお邪魔したんだけど生憎お出かけ中だったみたいなんでこっち来ちゃいました」


 首領の目に疑問の色が浮かぶ。

 何を言っているのか分からない様子だ。

 まして、ナイトパイソンの本部アジトイリスルネが壊滅させて、そこにあった首領の持ち物から魔法で居場所を割り出し追跡してここにやってきたなんて事は夢にも思っていないだろう。


「あ。道案内はこの人ね。褒めてあげて」


 イリスルネは片手にぶら下げていたデリクの生首を放り投げた。


 生首を見て悲鳴を上げるような者は居なかった。

 しかしイリスルネを警戒した様子で護衛らしき者らが前に出る。


 ≪対抗呪文結界カウンターマジックフィールド≫を使う魔術師たちと、手持ちの護符が命のタイムリミット。それまでにイリスルネを倒さなければ死ぬという状況だ。

 だが、どんな素人が見ても一騎当千の猛者と分かるゴドが謎の魔法で片腕を引きちぎられたところだ。護衛たちは迂闊に仕掛けず様子をうかがう。


「小娘。このワシを狙うか? その代償は高く付くぞ」


 護衛たちの後ろから首領がすごんでみせる。

 それは脅しでもなんでもなくて、近い未来に起こるであろう事を確信的に話している調子だ。


「代償ね……それってさ」


 言いながらイリスルネは≪滅びの風デスクラウド≫を一旦解除し、魔法の名前さえ唱えない完全無詠唱で左斜め後方に≪閃光レイ≫の魔法を放った。


 魔法エネルギーがレーザー状に吹きだし、何か柔らかいものを潰したような音の後、壁にぶち当たって焼き焦がす。


「もしかしてこれの事?」

「なあっ!?」


 妖怪ジジイがあんぐりと口を開けて驚いた顔をさらした。

 犯罪組織のボスともあろう者がこんな顔をするのはものすごいレアなのだろうが、別にそれを見ても得したという気はしなかった。


 背後からどさりと何かの倒れる音がしてイリスルネは振り返る。

 魔法だかマジックアイテムだかで姿を消してイリスルネに襲いかかろうとした女の成れの果てが横たわっていた。傍らにはスタンガンか何かのようなマジックアイテムが落ちている。


 ナイトパイソンの最高戦力である『用心棒』のひとり、女暗殺者エスト。

 身体にフィットする漆黒の衣を纏う肉感的な女だった……という以上のことはイリスルネには分からない。彼女がどんな顔をしていたのかイリスルネが知ることは永遠に無い。既に彼女の首から上は魔法で消し飛ばされて跡形も無いのだから。


 護符の欠点は無差別に発動するという点。補助系の魔法にも効いてしまうので魔法で姿を消すならOFFにする必要がある。

 すなわち、姿を隠していたエストは護符の恩恵を受けられず、≪滅びの風デスクラウド≫で体力を削りきられる前に片を付けるか、隠密状態という優位を捨てて護符を起動するかの二択を迫られていたのだ。

 結果はご覧の有様である。


 生憎、周囲に居る者の感情を察知できるイリスルネ相手に、隠れるだの不意打ちするだのいう作戦は無効だ。姿を隠した何者かが部屋の中に居るとイリスルネは最初から気付いていた。そして、そいつがこっそり背後から忍び寄ってきたところにカウンターを仕掛けたのだ。


 ――これで『用心棒』はふたり倒したけど……他にそれっぽいのは居ねーな。さすがに全員護衛に付けて連れ回すほど暇じゃないか。

   とすると、残る脅威は……


「あ、あり得ん……! ゴドばかりかエストまでも!?」

「ははは、用心棒はもっと腕の立つ人物を用意すべきでしたな。……行け、ブライアン」

「はっ」


 ガクガクと枯れ枝のような手を震わせる首領と対照的に、公爵はまだ余裕の態度だった。

 公爵に命じられて、ずっと腕を組んで成り行きを見守っていた騎士らしき男が剣を抜く。


 ――そりゃ公爵も強力な護衛ひとりくらい連れてるよなあ。


 進み出た彼は、絵になる男だった。

 既に中年と言っていいような歳だが身体はがっしりとしていて、重い全身鎧を着ながらも軽快に動いている。まさか鎧が張りぼてというわけではなかろう。

 構えも威風堂々としたもので、何よりこの状況で一欠片も恐怖を抱いていない。


 ブライアンと呼ばれた男は、値踏みするようにイリスルネを観察する。


「そのような小娘の姿に化けてはいるが、さぞや名のある魔術師……いや。

 伝説級の魔女と見受けたぞ。貴様は何者だ」


 ブライアンが大真面目に言っているのが分かって、イリスルネは吹き出してしまいそうになった。

 何を言うかと思えば『伝説級の魔女』と来たもんだ。


「生憎と、伝説に名を残した覚えはないな。

 ……ルネ・“薔薇の如きローズィ”・ルヴィア・シエル=テイラ。

 つまらない理由で殺された取るに足らない小娘であり、これから全てを滅ぼす者の名だ」

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