[1-23] 人は城、人は石垣、人は弱点

 伯爵暗殺未遂という緊急事態に、イリスルネも一旦キャサリンの影武者を停止して冒険者としての戦闘態勢で待機させられた。

 パーティーの居室にベネディクトが戻ってきたのは日も傾いてからだった。


「捕らえた男について冒険者ギルドに問い合わせたらすぐに情報が来た。ナイトパイソンの関係者ではないが、それなりに名の知れた暗殺者だったよ。マジックアイテムの弓を使った狙撃を得意としてる」


 ベネディクトの表情は硬い。

 ギリギリで暗殺を防ぐことはできたが、いよいよナイトパイソンが本気を出してきたとも考えられるからだ。


 ベネディクトの肉球付きの大きな手がイリスルネの頭に乗せられる。


「イリスのおかげだ。とっさに魔法で防御してくれなかったら伯爵様は今頃死んでいた。伯爵様もお礼を言っていたよ」

「いや、本当にスゲーよ。今回まるっきりイリスのお手柄じゃんか」

「だねえ。あの咄嗟によく伯爵様を守れたよ」

「……そういう仕事だし」


 どう答えるのが適切なのかちょっと迷ったイリスルネは気取って謙遜してみせた。


 感情察知の力があるのだから襲撃には先んじて気づけたが、あの瞬間にちゃんと『イリス』が使える魔法で伯爵を守ったのは自分を褒めたいとイリスルネは思っていた。うっかり≪断流風瀑ウインドシア≫とか言わなくて本当によかった。


「でも……お嬢様じゃなくて伯爵様が狙われちゃうのね」

「そりゃそうだ。なんたって城の外に出たからな」

「ああ。城の中の内通者は排除したはずだが……誰かに会いに行くって事は、相手も伯爵様の外出を知ってるわけだからな、そこから情報が漏れたか」

「城から出ただけで狙われるの?」

「そりゃ狙われるさ」


 イリスルネは、城の中に居てもどこからニンジャみたいなのが入り込んでくるか分からないから影武者が必要なのだと思い込んでいた。

 だがそもそも城に引きこもる領主一家を暗殺するというのは至難だというのがベネディクトとヒューの意見だった。


「例えば……ヒュー。第六等級エリートレベルの盗賊シーフなら、この城に潜入して伯爵様を殺せると思うか」

「完璧に準備すりゃ行けると思うぜ。警備の巡回の隙、侵入と脱出のルート、戦力と配置……それが全部分かってるならな。だがまずその準備が骨だ。

 こっちに隙が無ければ、もしナイトパイソンに第六等級エリートレベルの使い手が居るとしても、死ぬかも知れん状態でそいつを投入してくるとは思えねえ。同じレベルのスペアがナイトパイソンにそうそう居るとは思えねーからだ」

「だよなあ。この国で第六等級エリート盗賊シーフっつったら表の冒険者でも……えっと、ヒゲ野郎と遺跡フェチと?」

「テイラカイネの女男だな」

「あいつ結局男なのか女なのか俺まだ分からん」

「男だろ」

「男だよ」

「しかも歳いくつだよ」

「少なく見積もっても30代なんだよなあ」

「10代半ばにしか見えねーっつう……」


 イリスの記憶から引っ張り出した『女男さん』の姿は、人間で言えば10代半ばほどの華奢な小悪魔系美少女。しかして実態は中年男性でしかも凄腕の盗賊シーフという、なんかちょっと盛り過ぎな冒険者だ。

 シエル=テイラ国内では有名人らしい。


盗賊シーフって戦士(ファイター)に次いで多いはずなのに、こうして見ると上へ行く連中ってのは少ないね」

「シエル=テイラの規模で3人居るんだから充分だろ」

「少ないのは少ねえよ。第六等級エリートまで来ると天性のセンスの領域だ。努力じゃどうにもなんねーし盗賊シーフは戦士(ファイター)に比べると装備でごまかしがきかない。

 とにかく、そのレベルの貴重な人材をたかが一領主への報復に消費したくはねえだろ。リスクとリターンが釣り合わない。

 だとすると出たとこ勝負じゃなく、確実に殺して逃げるだけの準備をすると思うんだが……一生城に籠もってるわけにはいかねんだ。出てきたとこを殺しゃいいわけだろ。その方が楽だ」


 そして今日、狙われたというわけだ。


 ファンタジーな世界なら魔法やマジックアイテムなどを使ってニンジャ的に潜入する暗殺者がゴロゴロ居そうな気もしたが、それを言うなら伯爵側にも魔術師が居るわけで、それで充分に拮抗するようだ。

 相手にも常識外の腕利きは居ないと見える。これは小国を牛耳る田舎マフィアと、その国の小領主のみみっちい(しかし命懸けの)戦いなのだ。


「でも、今、伯爵様を殺せばナイトパイソン排斥作戦は止まると思わない?

 無理にでも伯爵様を殺しに来る意味はあると思うけど……」

「はっは。作戦を止めるなら伯爵様を狙う必要はねーよ」


 ヒューはおどけるように肩をすくめる。


「誰もが城に籠もって手下の騎士と魔術師に守ってもらえるわけじゃない。もっと殺しやすいところを殺すぜ、俺ならな」


 * * *


 ヒューの予想はすぐに当たった。


 伯爵は配下の騎士と精鋭兵から対ナイトパイソン部隊を編成しており、領内の街を転戦させて順々に拠点を潰している。

 その家族が襲われた。


 ナイトパイソンの刺客は、ガサ入れ部隊と正面から戦って勝つのはおそらく無理だろう。

 しかし、戦う力を持たない彼らの家族なら殺せる。すると皆、次に死ぬのは自分の家族かも知れないと恐怖する。

 士気はガタガタになり脱落者も出る。


「……既に、脱走して家族と共に国外へ渡ろうとしている者まで出ておる始末だ」

「向こうも手を打ってきたわけですか」


 執務室で報告書に目を通しながら、オズワルドは渋い顔をしていた。

 例によってベネディクトが相づちを打つ。


 いくらオズワルドがやる気でも、配下が動かなければ何にもできない。

 欠員を補充しようとしても『部隊に加われば家族が害される』となれば嫌がる者は多いだろう。

 そうして戦えなくなれば自動的にオズワルドの負けだ。首に縄を掛けられて、じわじわ絞め殺されているようなものだった。


「だが、奇妙な報告もあってな……謎の侵入者に襲われて絶体絶命という所で、謎のニンジャに助けられたという話が城下から」

「……はい?」

「討伐部隊に参加している者の家族だ」


 ベネディクトが思いっきり訝しげな顔をしたが、説明しているオズワルドの方も何が何だか分からない様子だ。

 謎のニンジャとかいうものの話は、使用人の家族が人質に取られて逃げ出した際にも出てきたが、相変わらずふたりには何者なのかさっぱり分からない。


「謎の助力者については未だ不明だが……確かなのは、これ以上脱落者が出ないうちに勝負を決めなければならないという事だな。

 ここ数日で連中の手足を削いだ。領内の活動を統括する幹部を一両日中に捕らえる」

「いよいよですか」

「ああ。本来なら君らにも出て欲しいところだが……」


 オズワルドは少し、考えるような間を置いた。


「まあ大丈夫だろう。それよりも私と娘のことをよろしく頼むよ」

「かしこまりました」

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