Episode11 滅茶苦茶風味『桃太郎物語』~序の巻~
童よ。
この浜辺の村じゃ見かけぬ顔じゃが、お前さんはいったいどこの子じゃ?
どうした?
この石像が気になるのか?
”こやつ”はな、桃太郎じゃ。
そう、お前さんも知っておろう、あの有名な桃太郎じゃ。
この桃太郎の石像じゃが、この浜辺で何十年も雨や風にさらされ続けてはきたものの、あまりにも躍動感に溢れ……あ、いいや、今にも動き出しそうだとは思わぬか?
こやつが”誰かへと向かって”剣を振りかざさんとしたその瞬間、こやつはこの石像と化したかのようには思わぬか?
え?
なんで、”あの桃太郎”の石像がこんな物寂しい浜辺に、碌な手入れもされずに打ち捨てられているみたいに立てられているのって?
ほう、お前さんはまだ童じゃのに”物寂しい”とか”打ち捨てられて”とか、語彙が豊富なのじゃな。
わしが先ほど口にした”躍動感”という言葉の意味も、お前さんには分かっていたかもしれぬのう。
まあ、それはさておき、童よ、わしが今から”この桃太郎の真実の物語”をお前さんに聞かせてやろう。
※※※
今も生きていたならちょうどわしと同じぐらいの爺となっておったろう”こやつ”は、今より九十年ほど前に、”桃太郎となるべく”この世に送り込まれてきおった。
桃太郎の物語そのものは、あまりにも有名じゃから、お前さんにも一から説明する必要はないかとは思うが、「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました。すると、川上から大きな桃がドンブラコッコ、スッコッコと流れて来ました」という”さわり”そのままに、こやつはわしらの前に現れたのじゃ。
お前さんは、桃太郎という英雄は”一人だけ”だと思っておるじゃろう?
しかし、それは違う。
歴史は繰り返すんじゃ。
いつの世にも壊滅されたはずの悪が蘇ってはこびり、そして世はまた英雄を求める。
そう、こやつは何代目かに当たる桃太郎じゃ。
今までの桃太郎同様に、最初から英雄となる運命の元に生まれた男。
このことがどういったことを招くのか、お前さんには想像できるか?
人間は自分が何者であるのかを懸命に探しながら生き、そして結局、何者にもなれずに死んでいく者が大多数であるじゃろう。
けれども、こやつは”最初から”桃太郎じゃ。
桃太郎となる運命が決定づけられていたこやつは、自分探しなんてする必要などなかった。
それに、周りの者たちもこやつを”最初から”桃太郎として扱わざるを得なかった。
こやつの先輩たちにあたる桃太郎どもの活躍を知らぬ者など、わしを含め誰一人としていなかったからのう。
こやつ自身の元々の性格もあったとは思うが、周りの者たちに散々に甘やかされ、おだてられて育っていった結果、まさに鬼のごとく凄まじい悪ガキとなりおった。
弱きを助け強きをくじく桃太郎などではなかった。
弱きを苛め強きにへつらう……というよりも、村にもこやつ以上に喧嘩が強いうえに性格の悪いガキなどはいなかったから、村はほとんどこやつの独擅場じゃった。
なんと言うんじゃろうか、性格が悪いにしても、大人の前ではいい子で裏では悪さをするという腹黒い感じじゃなくての、ある意味、裏表がないというのか、露骨に荒々しくて、露骨に性悪な奴じゃ。
今時の若いやつらの言葉で言うなら、超絶DQNってやつかのう。
わしとて幾度もこやつを叱ったものだが、もともと口も達者だったうえ、年頃になって、わしよりも体が大きくなっていたこやつを止めたり、押さえつけることなど、到底無理じゃった。
やっぱり、英雄なんてモンは間近で見るモンじゃない。
”従僕の目に英雄なし”どころか、英雄も近くで見れば超絶DQNってやつじゃな。
しかしのう、お前さんがこの石像を見ても分かる通り、こやつは相当な男前ではあるじゃろう?
秀でた身体能力のみならず、英雄の様々な条件の一つである容姿も秀でておったから、村の一部の娘っ子どもが黄色い声で騒ぎよった。
「性格が悪いのも、それまた桃太郎の魅力よね」なんて、訳の分からぬことを言いながらのう。
将来の伴侶とするなら、多少ルックスとかいうモンが劣っていても、真面目で穏やかな男の方がよっぽどいいとわしは当時も思っておったんじゃが……まあ、あの娘っ子どももあの時分は若かったから、その若さゆえに”盲目となる恋の熱”に浮かされていたのは仕方ないことじゃったかもしれん。
盛りのついた猿のごとく、こやつは村のあちこちで娘に手を出しておった。
寄ってくる娘っ子どもに見境なく手を出すこやつに、ばあさんは「嫁入り前の他所の娘さ、孕ませるのだけはやめとくれ」と、きび団子ではなく、今ほど高性能ではないがコンドームを……あ、いいや、”子供が出来るのを防ぐお守り”を持たせておった。
その”お守り”をばあさんは薬局に買いに行っておったんじゃが、「この年で”これ”を買いに行くのは恥ずかしいったらない」と、かなり嫌がってもいたものじゃ。
さらに言うなら、こやつの悪さは不純異性交遊だけには留まらなかった。
「鬼ヶ島で鬼を撃つ予行演習だ」と言っては、鳥を狩猟目的ではなく単に面白半分でエアガンで撃って殺しまくったり、隣家のそれは可愛いポメラニアンが鼻を鳴らしてじゃれついてきた時も、その脇腹を蹴っ飛ばしおった。
「ンだよ、お前、もしかして俺に鬼ヶ島に連れて行って欲しいのか? でも、ポメラニアン連れて行ってもよぉ(笑) せめて、土佐犬かドーベルマンになってから出直してこいよ(笑)」と言い捨ててのう。
もはや、悪さというよりもれっきとした動物虐待じゃな。
だから、当然、動物たちもこやつを蛇蝎のごとく忌み嫌い始めた。
動物たちは勘が鋭いうえに、正直じゃからの。
人間みたいに、誰かに同調したり、体裁を取り繕うとはせずに、嫌なものは嫌じゃとはっきりと態度で示すんじゃ。
そう、こうなると、犬も猿も雉もこやつのお供などするわけがない。
今までの桃太郎たちとは違った筋書きを辿りつつあることを、こやつが悟っておったのかどうかは定かではないが、こやつが二十歳を超えてまもなく、ついに鬼ヶ島へと鬼退治に行くこととなった。
先に言ったように、こやつのお供を希望するような犬、猿、雉は皆無じゃ。
だから、その代わりにこやつは村の若いもんを……こやつ同様に気性の荒い、村のごろつきどもを仲間として引き連れての出立となった。
ごろつきどもも、正義感から鬼退治に行くというよりも、鬼ヶ島で好き勝手に暴れまくりたい欲求の方が強かったのじゃろう。
「桃太郎の勝利……俺たち側の勝利は”最初から”分かってら。英雄となる運命にある桃太郎のお供の俺たちだって同じく英雄となンだよ。それに、桃太郎に退治される運命の元に生まれた鬼ども相手なら、たとえやり過ぎたとしてもやり過ぎたことにはならねえ。どれほどの目に遭わせたって構やしない。だって、相手は鬼なんだからよ」と言っていた、ごろつきの一人もおったらしい。
こやつとごろつきどもの脅しで村総出での盛大な歓送会を”開かされた”わしらは、鬼退治に向かう桃太郎一行を見送った。
見送りの際に、こやつがわしらに吐いた台詞は「てめえら、戻ってくる俺らに、酒とご馳走、それと女はしっかり用意しとけよ。この村の芋女どもはもうヤリ飽きたからな。都の垢抜けた女でも厳選してデリバリーしとけ。鬼退治を終えた俺は名実ともに桃太郎となって、てめえらの元に戻って来るんだぜ。さしたる役割も与えられねえでこの世に生を受けたてめえらは、俺のためなら何だってするのが当然だろ」というもんじゃった。
その時、わしは思わずにはいられなかった。
「桃太郎、お前はもうわしらの元に帰ってくるな。鬼ヶ島の鬼どもについては、お前に退治してもらわねば困るが、鬼の大将と相討ちとなって死んじまうか、鬼退治を終えた後、船が海難事故にでも遭って沈んじまえ」というのが本音じゃった。
こやつとごろつきどもが去った後、村には平和が戻ってきた。
わしはもちろん、こやつに惚れておった若い娘っ子どもを除いた村の皆の顔が穏やかになったのは明らかじゃった。
英雄・桃太郎が村からいなくなって心細く不安になるどころか、心穏やかに平穏に過ごせるようになってしまうとはおかしいことじゃな。
こやつの”無事ではない帰りの知らせ”を願っていた当時のわしじゃったが、”憎まれっ子世に憚る”という言葉通り悪運強いこやつはそう遠くないうちに村に戻ってくるじゃろう、とは考えてはおった。
しかし、こやつの帰りの知らせよりも先に、とんでもない知らせが村へと届いたんじゃ。
※※※
なんと、鬼ヶ島へと鬼退治へと向かった桃太郎一行は、上陸する島を間違えおった。
おそらく船の中でも酒を飲んでどんちゃん騒ぎをして、桃太郎含め皆、へべれけに酔っぱらっておったのは、わしも想像はつく。
それに海を渡るなんて初めてのことじゃったろうし、海図を読み間違えたのかもしれぬな。
こやつらが違う島に上陸してしまっただけなら、まだ良かった。
桃太郎一行が足を踏み入れた小さな島。
そこには確かに面妖でおどろおどろしい者たちが大勢おった。
その者たちじゃが、皆それぞれに奇々怪々な姿とはいえ、いわゆる絵巻などに描かれた鬼とは一風異なる趣きでもあったらしい。
さらに、その者たちは”桃太郎一行上陸”という運命の日に限って、運悪くもある”催し”のためにその面妖な姿となっていただけらしいんじゃ。
なんと言う”催し”じゃったかな?
確か、南瓜に顔を描いたり、南瓜をくり抜いて顔を作ったりする”あれ”じゃ。
ああ、そうじゃ、”はろうぃん”じゃ!
その島にいたのは、単にその日一日だけ”はろうぃん”の仮装をめいめいに楽しんでいる者たちだったんじゃ。
もちろん、皆、鬼などであるはずがない普通の人間たち、一般人だったのは、お前さんにだって言うまでもないじゃろう。
しかし、当時は”はろうぃん”などとかいうハイカラなものを知らなかった桃太郎一行は、”島の者たちを一風変わった外見の鬼だと認識”してしまったんじゃ!
こやつらは島の者たちに向かって刃を振り下ろした。
命乞いなど聞き入れることなく、振り下ろし続けた。
もう英雄どころか、単なる殺人鬼じゃ。
無慈悲な殺戮に、小さな島はまさに阿鼻叫喚の地獄と化した。
楽しい一夜を過ごしていたはずの何の罪もない者たちが、血濡れた地面に屍となって次々と倒れゆく……
島の者たちとっては桃太郎一行こそが、まさに鬼そのものじゃったろう。
何とか生き残ることができた被害者の証言では、返り血で全身を血に染めたこやつは、「こいつら、本当に鬼か? 情けねえぐれえ弱えなあ。”うちの爺”レベルじゃね?」と、ゲラゲラ笑いながら刃を振りかざしておったと……
最悪じゃ。
最凶最悪の桃太郎じゃ。
英雄となるべく生まれた者が、この世の地獄を創り出したんじゃ。
こやつとともに刃を血に染めていたごろつきどもは皆、その場で捕まった。
じゃが、桃太郎だけはすんでのところで乗ってきた船へと逃げ戻った。
捕まった仲間どもを見捨てて、そのまま一人で逃げだしおったんじゃ。
残忍さと攻撃力が飛び抜けて高かったこやつは、逃げ足までもが速かった。
そして、そのまま、こやつが乗った船は追跡をかわし、海原の間に消えていったと……
※※※
村へと遣わされた使者の男より、桃太郎一行が犯した大量殺戮を聞いたわしらは、震えあがらずにはいられなかった。
もちろん、犠牲となった罪なき人々の無念と恐怖、苦痛を想像して震えたのというのもある。
じゃが、まだ童のお前さんには分からぬかもしれんが、人間というのは醜く身勝手なものでな、わしらが震えあがったのは別の大きな理由があったんじゃ。
それは、保身じゃよ。
昔の村社会というものはな、今の村社会以上に厄介なもので、村八分なども平気で行われておった。
犯罪者の家族が村の中で村八分になるのは、当然の流れと言えば当然の流れじゃろう。
しかしな、村の外の者たちから見れば、わしらは皆、桃太郎一行を送り出した村の者、つまりは”殺人鬼を送り出した村の者”じゃ。
あれほどまでの事態になってしまったなら、村まるごとの連帯責任を負わされることになるんじゃ。
震え続けるわしらに、使者の男はさらなる絶望の言葉を紡ぎ続けた。
「桃太郎一行の無慈悲な殺戮は、鬼ヶ島の鬼たちにもすでに伝わっております。鬼たちも相当に腹を立てているようです。聞いた話では、現在の鬼たちの大将は『桃太郎の奴め、鬼退治にこの島にやって来るのかと思いきや、何の関係もない堅気の人々を惨殺とは……これじゃあ、どっちが鬼か分かりゃあしない。殺された人々の無念を、わしら鬼が背負うこととするか。命には同じ命で償わせてやる。わしらが、桃太郎の村の者を皆殺しにすれば帳尻があうだろう』と息巻いていると……」
!!!!!
それを聞いたわしを含め村の者たちは全員、その場でビシシッと石化せずにはいられなかった。
村の男の誰かが声を張り上げた。その声はすでに泣いておった。
「そんな……っ! なんで、俺たちが鬼に殺されることになるんだ!? 実際に人を殺めた桃太郎どもこそが、鬼に殺されるべきだろう!!」
「……申し上げにくいのですが、島の者たちに捕まった桃太郎以外の者どもは、すでに全員、島の者たちによって晒し首にされたと……」
村の女の誰かも声を張り上げた。その声もすでに泣いておった。
「それは当然の報いよ! ただ同じ村の出身というだけで、何もしていない私たちまで巻き込まれるなんて、おかしいわよ! 桃太郎以外のごろつきどもがすでに晒し首となり、その報いを受けているのなら、それでいいじゃない!」
「……これも申し上げにくいのですが、すでに晒し首となった容疑者たちは報いを受けたにしても、被害者たちの苦痛と恐怖、無念を天秤にかけたなら同等の報いにはなっていないかと……まあ、犯した罪とその裁きが同等となることなんてないのは、いつの世も同じですよね。それに本件は、主犯である桃太郎が逃亡したままですし……」
落ち着き払っている使者の男は、コホンと咳ばらいをした。
そして、集まっている村の者一同をグルリと見渡したんじゃ。
「村丸ごと皆殺しかと思いきや、鬼ヶ島の鬼たちは一つ交換条件を出してもいるんです。『桃太郎の爺と婆の二人をわしらに差し出せ。そうすれば、村丸ごとの粛清は勘弁してやる』と……ね」
その言葉を聞いた村の者たちの視線は、ズザザッと一気に”わし”と婆さんへと集まったんじゃ。
※※※
そうじゃ、童よ。
お前さんも分かったろう。
今、お前さんの目の前にいるわしこそが、桃太郎の爺じゃ。
ん?
それはおかしいと?
すぐに矛盾に気づくとは、お前さんは聡い童じゃのう。
川上から大きな桃がドンブラコッコ、スッコッコと流れてきたのが今から約九十年前。そして、二十歳を過ぎたばかりの桃太郎が鬼ヶ島へと向かったが、島を間違えて大量殺人を犯したのが今から七十年前。
そもそも、九十年前の時点ですでに爺だったわしが今も生きておるはずがないと。
まあ、最後まで話を聞くんじゃ。
桃太郎の……何も物言わぬ石像となって、この浜辺に佇む”こやつ”の真実の物語の続きをのう。
――破の巻へと続く――
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