Episode10-A 刑罰

 世を恐怖一色に染めあげていた残虐なる女殺人鬼アリソン・ハインドマンがついに捕らえられた。

 ”アリソン・ハインドマン逮捕”の一報がもたらされた時、「これでもう、罪なき人々の血が流されることはない。それに私たちだって、あいつの毒牙にかかる心配をしなくてもいい」と胸をホッと撫で下ろした市井の者たちが大多数であっただろう。


 アリソン・ハインドマンが、その手にかけた被害者の数は”確認できているだけでも”10名を超えていた。確認できていない被害者たち――人知れずアリソンに殺害された被害者たちをも含めると、ゆうにその2倍、3倍の数はいるのではないというのが彼女を裁く側にいる者たちの見解であった。


 間違いなく極刑に――すなわち”死刑”に処すべき女。悪魔が神の隙をついて、この世に誕生させてしまった化物。

 しかし、罪なき人々の生き血を啜り続けてきた女殺人鬼は、まるで神の眷属のごとく美しかった。清らかで嫋やかな百合の花のごとき美貌には、彼女を捕らえた男たちですら数秒の間、見惚れるほどであった。


 屈強な看守の男4人に体の前後ならびに両側を挟まれたアリソンは、地下牢へと続く階段を下りていた。

 埃と黴の臭い。そして沈殿している下水の臭いまでもが、アリソンの鼻をヒクリとさせる。


「ンだよ。こんな臭え所にこの私を裁判の日まで閉じ込めておこうってのか。せっかく超有名な私を捕らえたんだろ。有名人にはそれなりの待遇をした方がいいと思うがな」

 確かに外見だけはこのうえなく美しいアリソンであったが、声はいわゆる”だみ声”であり、話し言葉には品性のかけらもなく、間違いなく下級階層のそれであった。


「なあ、看守さんたちよ。私をこっそり逃がしてくれないか? もちろん、一発やらせてやるからさ。1人ずつでも、4人まとめてでも別に私は構わない。あんたらの女房だって、私ほどに美人じゃあないだろ?」

 色仕掛けでの脱獄を諮り始めたアリソンであったが、看守たちは汚物を見るような目で彼女を見ただけであった。

「寝言は寝てから言うんだな」「お前は7日後に予定されている裁きをここで大人しく待っていろ」とアリソンを独房へとぶち込み、出て行った。


 蝋燭の光だけがここにある唯一の光。太陽の光すら一筋も差し込まぬ――今が昼か夜かも分からぬ独房の中、悔しさと焦りで、アリソンは血が滲むほどに爪を噛み続けていた。

 どこから聞こえてくる規則的な水音に、アリソンがガリッガリッと爪を噛む音が重なる。しかし、これらの音にまた違う音が――おそらく地下牢の入り口から響いてくる複数の足音が重なったことにアリソンは気づいた。


 アリソンと同じく4人の看守に連れられた1人の女が姿を見せた。看守たちは一言も話すことなく、アリソンの向かいの独房へと女を押し込み、出て行った。


 2つの鉄格子を挟んで向かい合うことになった女たち。

 いや、法の下での裁きを待つ女たち。


「あんた、いかにもお上品な顔してるけど、一体、何をやらかしたんだい? 人殺しにはとても見えないねえ。ま、私もそうだろうけどよ」

 唇に自身の血を付けたまま、アリソンが問う。


「……私は神に反逆した罪を背負った者です」

 女が答える。その声は、妙に柔らかく透き通っていた。


「あん? 神に反逆した罪? つうことは近親相姦とか? それとも闇医者で堕胎? ま、それは別にどうでもいいんだけど、仲良くやろうぜ、新入りさん」


 しかし、女からの返事はない。


「無視とはいい度胸だね。あんた、名前は? 名前ぐらいは名乗れよ」


「……ベイリーです」


「へえ、ベイリーか。”執行人”の意味を持つ名前の女が法の裁きを受けることになるとは、皮肉にもほどがあるねえ」


 下品でけたたましいアリソンの笑い声が地下牢に響き渡る。


「ベイリー、あんたもあのクズでインポテンツな看守たちから聞いているかもしれないけど、私はアリソン・ハインドマン。巷を賑わしている女殺人鬼さ。超有名人の私とこうしてサシで話せるなんて、あんたもうれしいだろ?」


 アリソンは、ベイリーが怯え震え上がるものだと思っていた。同じ囚人であっても、このベイリーと自分ではいわゆる”格が違う”ことを知らしめるつもりだった。

 しかし、ベイリーの反応は全く違ったものであった。


「ええ、とってもうれしいです。私はあなたに会うためにここへとやってきたのですから……」


「は?」


「アリソン・ハイドマン、私はあなたをここから逃がすことができます。そして、外では私の仲間たちもあなたを待っています」


「……へっ?」



※※※



 ベイリーのお上品な唇から紡がれた話を、アリソンは最初は信じることができなかった。

 このベイリーならびにベイリーの仲間たちには、自分を――美しき女殺人鬼アリソン・ハインドマンを崇め奉っているということ。囚われの身となってしまい、法の裁きによって死刑となるのは確実であるアリソン・ハインドマンを脱獄させ、再び、その白くたおやかな手を数多の血に染めて欲しいと望んでいると。


「……私が言うのもなんだけど、あんたも含め、やっぱり世の中には変わった奴らってのは一定数いるもんだねえ」


 殺人鬼――犯罪者を恐れ忌み嫌うのではなく、崇拝の対象とする者たちの集団から、自分に差し出されんとしている救いの手。


「ま、なんにせよ、私をこんな臭え所から出してくれんのは助かるさ。でも、どういった方法で出してくれんだい。まさか、何年もかけて天井に地道に穴を開け続けるなんてオチじゃないだろうね」


 ベイリーは首をゆっくりと横に振る。


「いいえ、あなたの裁きの日の前の夜に、私の仲間たちがこの地下牢を一斉に襲撃します。その襲撃の隙をついて、私と外に逃げましょう」


「へえ、そりゃあいいねえ。あの看守たちに襲撃をかけるってことは、あんたのお仲間……いや、私に心酔している者たちには腕っぷしの強い男もいるってことだね。こりゃあ、相当に頼もしいね」


 神が正義の味方に立った運命を用意するとは限らない。今のうちに枕を高くして眠ってろ、クズ看守ども。そうだ、外に出た私は”まずは”あいつらの女房や子供たち、そしてまだ生きていやがるなら老親たちの居場所も突き止めて……殺りまくるとしようか。先に逝くことになるあいつらだって、天国で家族に再会できてうれしいだろ。言っとくが、私は赤ん坊でも子供でも妊婦でも、寝たきりのジジイやババアでも一切容赦はしないしね。皆、私の前では同じ肉の塊だ。平等に捌いてやるさ。

 

 アリソンの血が――殺人を生業とするためだけに生まれてきたとしか思えない女の血が早くも疼き始めてきた。


 そして、気分が高揚してきたアリソンは、ベイリーの質問にもとてつもない上機嫌で答えていた。嘘偽りのない殺人鬼としての本音を、ベイリーにぶちまけていた。


「あなたは今までに何人ぐらいの人をその手にかけたのですか?」


「桁が一桁違ってるさ。何人じゃなくてて、何十人っていったところだよ。いちいち数えてねえけど、30人近いかな。私を捕らえたクソどもは、たった10人程度って考えているらしいけどよ」


「あなたの犠牲になった人たちについては、どうお考えですか?」


「単に運が悪かっただけだ。それに人間は誰しも必ず死ぬ運命にあるんだ。それが私に出逢っちまったがために、早まっただけの話さ。でもよ、最後まで十字架を手に命乞いをするアホどもってのが何人もいて、相当に笑えたもんだ」


「次にこの世に生まれた時も、あなたは同じ生き方を選びますか?」


「ああ、もちろんさ。どこの国のどんな時代に生まれるのかは分からないけど、あえて望みを言うなら、次も今みたいな美人に生まれ変わらせてほしいもんだね。男だけじゃなくて女だって、私の見てくれに騙されて警戒心を解いていたからねえ。この美貌はきっと神様からの贈り物さ」


 一問一答を繰り返しているうちに、アリソンは猛烈な眠気に襲われた。

 いや、鉄格子越しのベイリーの瞳にたたえられた静かな光がゆらりゆらりと揺れながら、自分に迫り来ているような不気味な眠気だった。

 その場に崩れ落ちるかのごとく寝入ってしまったアリソンは、妙な夢を見ていた。


 鉄格子の中のベイリーがフッと消えたかと思えば、次の瞬間、自分の足元に立っている。そして、ベイリーは自分に体を摺り寄せてきた。氷のように冷たい体を。

 いや、これは氷というよりも、死人のごとき冷たさだ。しかし、死人が動くはずがない。それは”存分に”知っている。


 ベイリーの冷たい唇が、アリソンの首筋を這う。アリソンは、思わず甘美な熱い息を漏らしてしまった。


 これは、夢か? きっと夢だよな? それに、この女は私をここから出してくれるって言うんだ。私はどちらかというと男とやる方が好きだけどよ、夢の中ぐらいは、このベイリーの好きにさせてやるか……



※※※


  

 目を覚ましたアリソン。”現実のベイリー”はベイリー自身の独房の中に居るままであった。


 当たり前だよな? 私も欲求不満か? 女に愛撫される夢なんか見ちまって……


 けれども、ベイリーの様子がどうもおかしい。

 蝋燭の明かりに照らされたベイリーの顔色は、比喩ではなくて、本当に死人のそれとしか思えなかった。棺の中で眠っている者にしか見えなかった。


「……ベイリー? ベイリー!」


 名前を呼ぶ声にも反応せず、その瞼すらピクリとも動かさないベイリー。アリソンは焦らずにはいられない。脱獄の糸口であるこの女に、ここで死なれては困るのだから。

 とその時、2人の看守がやってきた。


「おい、あんたら、そこの女に息があるか確かめてくれないか?」


 看守たちがベイリーの独房へと近づき、彼女の脈をとった。


「……大丈夫だ。だが、アリソン・ハインドマン……いったいどういう風の吹きまわしだ? 罪なき人々の命を奪い続けてきたお前が、他人の命の心配をするとはな」

 失笑する看守たち。そして、彼らはアリソンへと、鋭き眼光を向けた。

「まさか、この女をそそのかして、脱獄でも企んでいるじゃないだろうな?」


「ンなわけねえだろ! もう行けよ! この地下牢だけじゃなくて、お前らも下水臭えんだよ!!」

 喚くアリソンに、看守たちは「あと6日後を楽しみにしとけよ」と独房を後にした。

 


※※※



 アリソンの心配をよそに、ベイリーはごく普通に目を覚ました。

 太陽の光が一筋も差し込まぬ”ここ”では、今が昼か夜かは分からない。だが、自分とベイリーが起きている時が昼であり、眠っている時が夜であるだろうと、アリソンは予測づけるしかなかった。

 あの忌々しい看守たちは日によって顔ぶれは変われど、定期的に自分とベイリーがきちんと独房の中にいるか見回りにやってくる。


 あと数日後の脱獄の夜まで、アリソンは大人しくしておくつもりだ……というよりも、大人しくせざるを得なかった。

 熱があるわけでもないのに体が怠い。手に力が入らない。豚の餌みたいな食事もとりあえずは出されるも口にすることができない。明らかに体調がおかしい。

 美貌だけでなく身体能力ならびに生命力には相当に自信があった……というよりも、それらの力も人並み以上であったからこそ、今まで無慈悲な殺戮を繰り返してきた。

 それなのに、脱獄を前にした――死刑となるか、殺人者としての自由を再び手に入れるかを”人生最大の勝負の時”を前にしている、こんな時に限って、原因不明の体調不良に悩まされるとは……

 

 湿った独房の床に横になるしかないアリソン。

 重い瞼を開くと、向かいの独房のベイリーが心配そうに自分を見ていた。


「……ベイリー、私の体がおかしくなっちまったのは、あんたに出会ってからなんだよね……あんた、私に何かしたのかい?」


「え? いったい何を? 私はずっとこの独房の中にいました。あなたに指一本触れることなどできません」


「そりゃあそうだ……けれども、あんたが”人間じゃないなら”話は別だ。私は殺した奴の顔も覚えていない。だけど、あんたみたいな年頃の若い女も数十人は殺してきたからね。ひょっとして、化けて出てきたのか?」


「何を言っているのですか? 仮に私が幽霊なら、あの看守たちに私が見えるはずがないし、彼らは私に触れることすらできません。それに……被害者が加害者を自由の身にする手助けをするはずなどありません」


 ベイリーは、きっぱりと言い切った。彼女に答えようとしたアリソンであったも、漆黒の暗闇に飲み込まれゆくかのごとく、より一層深い眠りへと再び落ちていった……



※※※



「……ソン! アリソン! 早く目を覚ましてください! アリソン!!」


 ”冷たい手に”両肩を揺さぶられている。私を呼ぶこの声はベイリーの声か? それに聞こえてくるのは、このベイリーの声だけじゃない。男どもの悲鳴が――「うわあああ」や「ぎゃあああ」という無様な悲鳴が、うるせえほどに響いてきやがる。


 顔をしかめながら、目を開けたアリソンの眼前にベイリーがいた。死人のように冷たい手をしたベイリーが。

 自分たちの独房の扉が、床に転がっている鍵を使って開け放たれていたのは、明らかであった。

 鉄格子の向こう側に、見覚えのある看守の1人がうつ伏せで倒れていた。こいつは、死んじまっているのか? いや、もし”まだ”生きていても、他の看守たちと同じくもうすぐ死ぬ――”殺される”運命に一直線だ。


 ついにベイリーのお仲間たちが――この私に心酔している者たちが、私をここから救い出さんと襲撃をかけたのだ!

 やはり、ベイリーは嘘をついてなどいなかった。裁きを――裁判を明日に控えたこの夜、私は脱獄に成功し自由の身となる!


「さあ、早く外に!」


 ベイリーの冷たい手に引かれ、地上へと続く階段を登るアリソン。

 うれしいことに、今のアリソンはあの原因不明の怠さなど、吹き飛んでしまっていた。

 ”やたらと喉は渇いている”も、まるでまっさらな体に生まれ変わったがごとく、今まで感じたことのないような”奇妙な力”が全身にみなぎっていた。


 外にはベイリーの仲間と思われる男5人と女4人が、看守たちのうつ伏せの屍を足元に、自分を待っていた。

 いずれも整った面差しをした救いの者たちは、ベイリーに似ていた。顔が似ているのではない。まとっている雰囲気が似ているのだ。例えるなら、同じ杯から分け合った”何か”を長年分かち合ってきたかのように。

 さらに、ベイリーと同じく彼らも到底、腕っぷしが強そうには見えないうえに、過半数は女だ。しかも、手に武器すら持っていない。


 細っこくて、どこか貴族的な雰囲気を漂わせているこいつらが、どうやってこの屈強な体つきの看守たちを殺ったっていうんだ?


 疑問と不穏な空気を感じたものの、アリソンはベイリーに手を引かれるまま、駆け始めた彼らの背を追うことになった。とりあえず今は、こいつらと行動をともにするしかないんだ、と。


 この時のアリソンは、まだ気づいていなかった。

 ベイリーもお仲間たちも、まるで太陽の下にいるかのように全く淀むことなく、この光なき闇夜を駆けていることを。アリソン自身も”本来は何も見えないはずの闇の中”がしっかりと見えてることを。

 それに、これほど走っていたなら、雪こそまだ降ってはいないもアリソンの眼前で白い息が舞う時期だ。けれども、息が熱くない。



 アリソンが、ベイリーたちに連れてこられた先は、とある墓地であった。

 墓地と言えば、十字架だ。

 死者を弔うために建てられた幾本のも十字架に、”本能的な恐怖”を感じたアリソンは、ガラにもなく身をガクガクと震わせてしまった。


 なんだ? なんで今さら、私が十字架なんてモンを怖がってんだ。それに、この”とてつもない喉の渇き”はいったい……! ここまで走ってきたからか?


「なあ、ベイリー……あんたらのうちの誰か、水ぐらい持ってんだろ? ちょっと私に飲ませてくれないか?」


 砂漠のように渇きった喉から声を絞り出したアリソンに、ベイリーが首を横に振った。


「いいえ、私たちの誰一人として水なんて持っていないんです。私たちは”水ではないもの”しか飲むことができませんから……」


「……”水ではないもの”って?!」


 苛立りに声を荒げたアリソンの背後にスッと誰が立った気配をした。

 アリソンが振り返るよりも早く、背後の者がアリソンの頸椎に一撃を食らわせた。



※※※



 墓地の湿った草の上。

 仰向けの体勢で、広げさせられた四肢を深々と打ち込まれた杭に縛り付けられ固定されていることにアリソンが気づくまで、そう時間はかからなかった。


「ンだよ! これ! どういうこったよ!? ベイリー!!!」


 喚くアリソンの眼前で、またしても白い息が舞うことはなかった。


「ベイリー! それにあんたのそのクソ仲間ども! まさか、あんたら、私が殺した奴らの遺族か何かか?! 私に復讐するために……リンチするために、ここへと連れてきたってのか?!」


「残念ですけど、それは違います。私も、そして私の仲間たちの誰一人として、あなたの被害者たちには直接の面識はありません。あなたの被害者たちの何人かはこの墓地で眠っているとは”聞いています”けど……」


「は? 聞いた? いったい、誰からだよ!」


 その時、ザッザッザッと規則正しい足音を立てる者たちが、この墓地へとやってきたことをアリソンは悟った。

 ”手にそれぞれのランプを持っている者たち”は、上からアリソンを覗き込む。


「あ、あんたら!?」


 何人かの見覚えのある顔。殺されたものだとばかり思っていた看守たちが、まごうことなき生者として、アリソンの目に映っていた。だとすると……


「ちくしょう! あんたら全員ともグルだったんだな! クセえ芝居なんかしやがって! この私を騙しやがって!!!」


 覗き込む者たちの中、アリソンが初めて見る顔――”やけに重々しい雰囲気の白髪頭の老いぼれジジイ”がゆっくりと口を開いた。


「アリソン・ハインドマン、私はニコラス・コール裁判長だ。お前に裁きを下す者だ」


「裁判長さんか! なら、ちょうどいい! 早くこの戒めをとけよ! あんたも”法の番人”気取ってるなら、法の下で私を裁くべきだろ!」


「……そうだな、確かにそれはお前の言う通りだ。だが、よくよく考えてみろ。今までにお前がしてきたことを。もはや極刑……死刑以外の判決が下されるはずがないと」


「だから、公共の場での正式な裁判もせずに私を死刑にするってのか!!」


「ああ、そうだ……アリソン・ハインドマン、今ここでお前を死刑に処する!」


「ざっけんなあ!! てめえ、それでも裁判長か!? こんなふざけた茶番劇の末の独断での死刑宣告なんて、”残酷”過ぎんだろ!!」


「……お前がそれを言うのか」


 死刑を宣告されたばかりの女殺人鬼アリソン・ハインドマンとニコラス・コール裁判長のやり取りを黙って聞いていたベイリーがおずおずと口を開いた。


「あ、あの……ニコラス・コール裁判長様、”私たち”、住処へと戻ってもいいでしょうか? 私たちも”長年の鍛錬”によって、何とか”十字架に耐えうること”ができていますが……ここは正直、私たちにとって相当に苦しい場所ではあります。それにそろそろ太陽も昇る頃かと……」


「ああ、そうだったな。すまなかった、ベイリー。そして他の者たちも……”この度の協力も”心より感謝する。ありがとう」


 ニコラス・コール裁判長の労いの言葉に、ベイリーたちは頭を下げた。そして、裁判長も看守たちも、ベイリーたちにまるで敬意を示すかのように頭を下げた。

 草の上に磔にされたままのアリソンにベイリーがチラリと目をやった。


「さよなら、アリソン・ハインドマン。あなたに永遠なる死の眠りを」


「こンの大嘘つきのクソ女ァァ!!! 真っ先にてめえの喉を掻っ切ってやっからなァァ!! てめえのそのメス豚臭い血を一滴残らず、絞り出してやらァァ!!」


 ベイリーは何も答えなかった。ただ、冷たい目でアリソンを見下ろしただけであった。

 そして、蝙蝠へと変化した彼女は、同じく蝙蝠へと姿を変えた9人の仲間とともに西の夜空へと飛び立っていった。



「なっ……!? あ、あいつらはまさか……」


「そうだ。やっと気づいたか? ベイリーたちは、吸血鬼だ」


「! ……てめえらは、よりによって吸血鬼なんかと……神に反逆した罪を背負った化物どもと、手なんか組んでやがったのか?!」


「確かにベイリーたちは吸血鬼――今から数百年前に吸血鬼にさせられた者たちだ。だが、人を殺めることはなく、家畜の血を啜りながら生き抜いてきた。人間としての心を決して失うことなく、正義の側に立つことをベイリーたちは選び続けてきたのだ。人の生き血を啜る殺人鬼として生きてきたお前とは違う…………それにアリソン・ハインドマン、お前はまだ分からないのか? お前の身もすでに、お前の言葉でいう”神に反逆した罪を背負った化物”になってしまっていることを」


「!!!!!」


 そうだ。この猛烈な喉の渇き。これは水を欲しているのだと思っていた。だが、水ではない。ベイリーの言葉でいう”水ではないもの”をこの体は求めているのだ!

 あの地下の独房にいた7日間、私は”クソ”ベイリーに少しずつ血を吸われて、吸血鬼にさせられちまったんだ!!!


「があああああ! ちくしょう! ちくしょう! 覚えていやがれ!!!」


 眼をグワッと見開き、鋭く長い牙を剥き出し吠え続ける悍ましきアリソンの姿に、大の男である看守たちですら目を逸らした。

 ニコラス・コール裁判長の荘厳な声だけが、アリソンへと静かに降りかかる。


「アリソン・ハインドマン。私はこの長い人生の中で、様々な犯罪者を見てきた。情状酌量の余地もある者もいれば、まだ更生の可能性のある者だっていた。だが、残念なことに、お前みたいに救いようのない犯罪者にも数人は出会った。私がお前に先ほど、宣告したのは死刑だ。だが、単なる死刑という刑罰ではない」


 単なる死刑という刑罰ではない!? それは……?


「知っているか? 吸血鬼となった者は輪廻転生の流れに乗ることが出来ぬと。二度と生まれ変わることが出来ないと」


 次にこの世に生まれた時も”同じ生き方”を選ぶつもりであった、アリソンの転生の可能性を完全に消滅させたうえでの死刑。まさに”永遠なる死の眠り”だ!

 

「未来永劫、お前の毒牙にかかる者が皆無であるように。塵と化したお前が風に運ばれ、消えゆくように」


 ニコラス・コール裁判長は十字を切った。

 看守たちも十字を切った。

 その十字に震え慄きながらも、アリソンは吠え続けた。神をも罵る汚い言葉を吐き続けた。


 しかし、もうすぐ東の空より太陽が昇る。そう、光り輝く太陽が……




―――fin―――



注) 本作においては「吸血鬼となった者は輪廻転生の流れに乗ることが出来ない=二度と生まれ変わることが出来ない」設定にしていますが、実際のところは不明です。


【参考文献】

・雨がっぱ少女群、西浦和也『怖い心理テスト あなたの中のサイコパス』株式会社竹書房、2015年

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