第164話 『平蜘蛛』の対価
なんとか貞操を守りきって石牢から脱出した希美達は、三好長慶と松永久秀に先導されて、全裸のまま近くの部屋に通された。
長慶は、「まずは、着るものを」と久秀に申し付ける。
久秀がどこぞに着替えを取りに部屋を去ったため、長慶だけが部屋に残る格好となっていた。
長慶は、希美達の目の前で土下座した。
「此度は態々(わざわざ)来ていただいたにも関わらず、このような仕儀となり、申し訳御座らぬ!全てわしの不徳の致す所じゃ。平に、ご容赦を!」
(うわ、ど、どうしよう……。気まずいわあ。息子(よしおき)の呪い解くのに必死やん。これで呪いじゃないとか言ったら、もしや石牢アゲイン?)
希美が心中で慌てふためいていると、久秀が人数分の着物を抱えて戻って来た。
「まずは、身仕度を。話はその後にて。大殿は、若殿についておやりなされませ。仕度が整いましたら、お呼び致しまする」
「う、うむ……」
長慶は辞儀をして去っていった。
久秀は座ったまま希美達に向き直ると、深く頭を下げた。
「三好の者が、真に申し訳御座らぬ」
希美は「あ、いや、操(みさお)は無事だったんで……」と戸惑っていたが、出来るペットの輝虎が切り込んだ。
「修理大夫殿ともあろうお方が、客にこのような無礼を働くとは。どういう経緯でこのような事になったのか、説明いただけるのでしょうな」
久秀は頭を上げると、渋面を隠さぬまま説明を始めた。
「三好家家臣団の筆頭、三好日向守(ひゅうがのかみ)長逸(ながはや)が、軽挙妄道に走ったように御座る。大殿やわしに気付かれぬよう密かに兵を配し、柴田殿を石牢へと閉じ込めた後、闇に乗じて柴田殿の唯一の弱点である女とのまぐわいをさせて、害さんと図ったようにて」
「なるほどのう。闇で何も見えなんだら、警戒されずに近付く事ができる。そうして、既に裸ならば、事を素早く済ませられる、というわけか」
久五郎が分析する。
(もし『暗視スコープ』チートが無ければ、女子としての私が死んでたかも!怖ええ!肉食系女刺客、怖ええーー!!)
希美は、ぶるりと震えた。
「ゴンさん、どうするのじゃ?腹を立てて、帰ってもよいぞ」
そう言って憤慨する輝虎に、希美は言った。
「いや、ここまで来たらちゃんと説明しないとな。どちらにせよ、病死はどうにも出来ん。下手に恨みを買えば、織田の殿に迷惑をかけるかもしれん」
戦国武将の逆恨みは、戦を呼ぶ。多くの命を奪うのだ。
「やはり、義興様の死は避けられぬので?」
久秀が沈んだ眼差しを希美に向けた。
希美はその眼差しに答えた。
「私は呪いなどかけた覚えは無い。そもそも、かける事が出来ん。つまりは、そういう事だ」
「やはり、そうでしたか。正直、あなた様が呪いをかける姿が想像つきませなんだ。若殿とて、呪いは否定しておられましたな。呪う力があるなら普通はさっさと殺す、と」
久秀の言葉に、希美は「そうか」とだけ答えた。
変に期待されるよりは、その方がいい。
希美は、ほんの少しだけ、ほっと息を吐いた。
「それより、衣をいただけませぬか?」
いつの間にか影秀からチェンジしていた光秀が久秀に催促する。
久秀は、「おお、申し訳御座らぬ」と皆に衣服を配り始めた。
「どうぞ」と久秀が着物を渡す。
「かたじけない」
輝虎が着物を受け取る。
「どうぞ」と久秀が着物を渡す。
「有り難く」
光秀が着物を受け取る。
「どうぞ」と久秀が着物を渡す。
「うむ」
偉そうに兄弟子ぶった久五郎が着物を受け取る。
「どうぞ」と久秀が鎖を渡す。
「あー、ありがとう!この冷たい金属が地肌に心地好いんだよねー」
希美が鎖を受け取……らずに、久五郎にぶん投げた。
「なんで、鎖だ!?布をくれよっ!!」
久秀がしたり顔で希美に言う。
「聞いておりますぞ。全裸に鎖がお師匠様の正装で御座ろう?その姿で戦場を駆け抜けていたと、皆申しており申した。それで大殿が『鎖の方が良かろう』と、お師匠様達を牢に迎えに行く前に用意させたので御座る」
「な、なんという余計なお世話……」
希美は、天を仰いだ。
「ふむ。三好修理大夫、良い心掛けよ。お師匠様の事をよく理解しておるようだな」
河村久五郎が何か偉そうにほざいている。
「全っっく、理解しておらんぞ?とんでもない節穴eyesじゃね?」
希美のぼやきを無視した久五郎は、久秀にのたまった。
「だが、霜台(そうたい)よ。お主は先ほどから、『お師匠様』などと弟子面をしておるが、まだわしは認めておらんぞ?わしが出した課題、出来ておるのだろうな」
久秀はにやりと不敵に笑って言った。
「勿論に御座る」
久秀は、着替えと共に部屋に持ち込んだ丸櫃(まるびつ)を久五郎と希美の前に寄せて置いた。
「河村殿の出された課題、『えろ大明神様にふさわしい兜』に御座る。とくと御覧あれ!」
パカリ。
櫃の蓋が取り去られ、中から黒光りする兜が現れた。
その前立ては、『危ない兜』の前立てと同じく、力強きマーラを模している。
だが従来の『危ない兜』の前立てと違うのは、艶めく黒と、そしてーー。
「なんとっ!見事な真珠(あこや)が散りばめられておるっ……!!」
黒漆だろうか。深き光沢をまとった黒肌に、美しい桃色の珠がぽこりぽこりと柔らかく光輝いている。
形は不揃いだが、大きな粒がボルダリングの壁面の如く、表面に張り付いている。
うん。
これは、あれだ。やっちゃいけない組合わせだ。
「何故こ・れ・を、真珠でデコりおった!松永久秀ーーっ!?」
希美が久秀に掴みかかるが、久秀は希美に胸ぐらを掴まれたまま、この『危ない兜【改】』について熱く語り始めた。
「正直、河村殿の考えたものよりもお師匠様にふさわしい兜など、わしには思い付きもせなんだ」
「なんでだよ!もっと、恥ずかしくないやつで私に似合うの、あるはずだろうがっ」
「それに、近江攻めに行った者等から聞いた『マーラの兜』。お師匠様が被っておる神々しきお姿をどうしても見てみたかった……」
「それで、お主もマーラの兜を?」
話を聞いてもらえずにいじける希美に目もくれず、久五郎は久秀に問うた。
久秀は肯定の代わりに、前立てに付いている真珠の粒を確かめるように撫でた。
「たが、全く同じものでは河村殿は認めて下さるまいと思いましてな。この前立てに、わしの誠意を込めたので御座る」
「それが、この真珠だと?」
輝虎が尋ねる。
久秀は、「是でもあり、否でもある」と答えた。
「真珠の価値をご存知か、上杉殿?こちらではそれほど使われはせぬが、異国は特に真珠を尊び、粒の大きなものは堺にて南蛮人と高値で取り引きされておる。わしは、お師匠様のためのその真珠を、愛用の『平蜘蛛』を売って、堺の商人から買ったので御座る」
「「「「ひ、『平蜘蛛』を!?」」」」
声が揃った。
「誰に売ったの!?」
希美の問いに久秀が答えた。
「織田上総介殿に御座る。金も手に入り、お師匠様がこの城へ来る許しもいただき申した」
「マジかーーー!!!」
『平蜘蛛』は、名器として有名な茶釜である。皆、それを知っていたから驚いたのだが、希美だけは少し違った。
『平蜘蛛』は史実で久秀が爆死する発端となった名器である。
ジャイアン信長に『寄越せよ』としつこくされ、『絶対嫌だ』と茶釜といっしょにボンバー心中したのだ。
だが、『平蜘蛛』は今や、『危ない真珠』に変貌を遂げてしまった。
つまり、松永久秀が現代でもう『ボンバーマン』などと呼ばれることは無くなったわけで……。
はいはい、歴史改変、歴史改変。
まあ、そういう事である。
希美は、なんかもうどうでもよくなってきた。
久秀はなおも語った。
「真珠あこやは、南蛮では王を飾るにふさわしき貴重な宝にして、伴天連(バテレン)でも最も崇高な宝であるとか。また、明の皇帝は長寿の薬として飲んでおる。まさにお師匠様のマーラを飾るにふさわしい!そして、この黒が、真珠(あこや)の美しい桃色の輝きを引き立てるので御座る!!」
久五郎が唸った。
「なるほど……。認めざるを得ぬな。お主は、これよりわしの弟弟子。えろ大明神様の弟子じゃ!」
「これは、有り難きお言葉!河村殿、よろしくお願い致す!」
変態おじさん二人が兄弟の誓いを交わしている。
希美の弟子に新たな変態が加わった瞬間だ。
おや?何か目配せをし合っているようだ。
そして、久五郎は落ちていた鎖を拾い、久秀は『危ない兜【改】』を手に取る。
二人は、初めての共同作業を行う事にした。
「おぉのぉれえぇぇ!河村久五郎めえぇぇぇ!!」
希美は、久五郎の流れるような緊縛により、全裸鎖姿となっていた。
また、久秀の果断な攻めと連携プレーにより、頭には『危ない兜【改】』が。
「お師匠様、決して落ちぬよう、固結びにしておきましたぞい!!」
「また、呪われたあああ!!(泣)」
着替えを済ませ(希美だけ全裸鎖)、本丸の屋敷に案内された希美達は、屋敷内の一室に通された。
待っていると、長慶がやって来た。
部屋に入るなり、長慶は再度土下座し、額を畳に擦り付けた。
「此度の事を計画した長逸には、然るべき処罰を与えまする!どうか、息子を、孫次郎(義興)を助けて下され!」
皆の気まずそうな視線が希美に集まる。
希美は、重い息を吐き、「修理大夫殿」と呼びかけた。
「私がこの芥川山城に来たのは、誤解を解くためで御座る」
「誤解?」
顔を上げてこちらを見る長慶の不安そうな眼差しを受け止め、希美は頷いた。
「私は、呪いなどかけていない。私は三好義興という人間の人生の予定表を知っているだけ。だから、私には息子さんを助けられないんだよ」
長慶は泣いた。
希美の膝にかじりついて泣いた。
子どもの様に、希美の腰に手を回して。
希美は長慶の背中を擦った。
子を失う親の気持ちは希美も理解できる。母親だったのだから。
『あなたは、まさか修理大夫を助けるつもりなのか?』
光秀の言葉が脳裏をよぎる。
希美は長慶の頭を見下ろした。
(助けるつもりはなかったし、助ける知識も無いけど、なんだかこのまま放っておけないなあ)
義興(むすこ)にしろ長慶(ちちおや)にしろ、死の運命が決まっているなら、せめて辛い時に傍についててあげるだけでも。
希美は、長慶の背を、ずっと擦り続けていた。
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