第155話 再会は突然に
『父の仇』
希美を見た若武者は、そう言った。
(仇か……。確かに柴田勝家は、たくさんの人を戦で殺めてきた。いや、柴田勝家が私になってからも……)
希美の脳裏に、こちらに来てから初めて命を奪った若者の顔が浮かんだ。
死の間際の、あの顔。
家族もいただろう。
いや、彼だけではない。
それ以降、多くの戦があった。
できるだけ、命を奪うような戦は避けてきたつもりだったが、柴田勝家は武将だ。
上に立ち、人を殺せと命じる立場だ。
当然その手を汚してもきたが、自分で実行しなくとも、自分が関わった戦で死んだ者達は、おしなべて自分がその死の原因の一端を担っている。
(『南無阿弥陀仏』の旗指物……。あの若武者の父親は、加賀関連の戦で亡くなったのかな?)
希美は、槍の柄を握る手に力を込めた。
いざとなれば、ためらってはいけない。それが、戦場で希美が身をもって学んできたことだ。
自分は死なないが、討ち漏らした敵が部下を殺した事もあるから。
そしてここには、守るべき輝虎(ペット)がいる。
「一応聞いておこう。お主の父の名は?」
希美が低い声で聞く。
若武者は、絞り出すように答え、希美に向かって突っ込んだ。
「下間……頼照、じゃっ!!」
「……ん?」
驚きのあまり、一瞬思考が混乱したが、辛うじて体が反応し、若武者の槍を受け流す。
若武者は、一度流された槍を返し、希美の足を狙うが希美は、びよーんとジャンプして避けた。
「ちょちょ、ちょっと待って!君、頼照の息子さん!?」
「そうじゃあっ!わしは、下間あっ、仲孝(なかたか)じゃあ!!」
希美は、若武者が何度も繰り出す攻撃を避けながら、話しかけた。
「仲孝君ね!オッケー、私、父の仇じゃないよ!」
「ふざけるな!」
「いやいや、ホントに父の仇じゃない!だって『てる』は、『てる』は……」
(あ、『てる』はまずくね?父が母になっちゃってんの、やっぱまずくね?)
希美が、口ごもった。
動きが止まる。
若武者は、ここぞとばかりに槍を突き出した。
「死ねえ!!」
「あ、殿っ、お取り込み中に御免なさいね?うちの茶羅郎を見なかっ……え?千代寿?」
「うわっ、髭女武者!?」
「oh……」
最悪のタイミングだ。
大事な事かどうかは知らないが、ただ単に言いたいのでもう一度言う。
最悪のタイミングで、下間頼照(てる)が現れた。
そう。髭の女武者として。
「な、なんだ、お前!?」
だが、仲孝は眼前の『髭巴御前』が己れの父である事に気付いていない。
(『なんだ』って、あなたの父親……、あ!そうか。フルメイク……)
頼照(てる)は黒髪ロングのかつらをつけて、顔も希美が教えた『目元切れ長メイク』をしている。
薄付きとはいえ、白粉をつけて眉を剃り、眉墨を入れ、アイラインは長めに、口元は少し赤が強めのうる艶リップでぽってりと。
そして、それら全てを武将髭が狂わせている。
パッと見、以前の下間頼照の面影は無い。(髭以外)
「おお……、千代寿!何故、お前がこんな所に?まだ元服には早かろうに!」
『てる』が『頼照』に戻っている。
息子を前に、父親としての頼照が表に表れたのだろう。
その口調から、頼照の息子仲孝は、自分に話しかける髭女が誰か、理解しつつあった。
ただし、すぐに受け入れられるかどうかは別だ。
「いや……、そんな、まさか……、う、嘘じゃ!!」
仲孝が後ずさる。
「千代寿……」
「その名で呼ぶな!!わしは亡き父の跡を継いで、元服したのじゃ!父は死んだのじゃ!!」
仲孝の言葉を聞き、頼照(てる)は「ふうむ」と唸り、薙刀の石突(いしづき)をドンと打ち付けて言った。
「その通りよ!お主の父は死んだ!」
仲孝が悲痛と困惑がない交ぜとなった表情で、頼照てるを見ている。
頼照てるはそんな仲孝に向けて宣言した。
「今は、お主の母よ!!」
「わしの母は、髭なぞ生えておらんわあ!!」
((ですよねー!))
希美と輝虎は、天を仰いだ。
仲孝は混乱しながらも、この理解不能な痛撃の責任を、身内ではなく、他に求めた。
ギッと希美を睨む。
「おのれえっ!お前のせいじゃあ!父の仇ーー!!!」
(yes!私が『父の仇』!)
希美は、思わず額に両手を当てた。
確かに、頼照は希美を暗殺しようとして、結果こ・う・なってしまったのだから。
希美の存在が仲孝の父を殺し、母にしてしまったのは間違いない。
つまりは、希美が『父の仇』である。
「ご、ゴメンね……。お父さんをお母さんにしちゃって……」
「それを言うなあっ!!」
仲孝は、両手で耳を押さえてしゃがみこんでしまった。
仲孝の手から離れた槍が、ガランと地面を打って転がった。
そこへ、さらにもう一人、武者が飛び込んでくる。
「殿っ!今、森殿、河村殿の率いる軍勢が……あっ、てる!ここにいたのか。探したんだぞ!」
茂部茶羅郎だ。頼照てるの夫である。
「ああ、さらにややこしく……」
希美は嘆いた。
茶羅郎は、しゃがみこむ若武者に目を留め、希美に聞いた。
「なんか取り込み中で?」
「紛う方なき取り込み中だ。あー……、あのな、何から伝えればいいのか……」
悩む希美をよそに、頼照(てる)は時を置かず、簡潔に説明した。
「あの子、私の子なの」
あまりの直球。
希美と輝虎は、ごくりと生唾を呑み込み、茶羅郎の様子を見守った。
茶羅郎は、「なるほど」と言うや、しゃがみこんだまま訝しげに己れを見上げる仲孝に歩み寄り、手を差し伸べた。
「よお。俺は、茂部茶羅郎。頼照てるの夫だ。つまり、お主の『義父(ちち)』だな。気軽に『義父上(ちちうえ)』と呼んでくれ!」
仲孝は、ゆらりと立ち上がると、おもむろに茶羅郎に殴りかかった。
茶羅郎はそれを軽くいなしながら気さくに話しかけている。
「はははっ、腕白だなあ。母を盗られて悔しいのか?」
「母じゃない、父じゃあ!いや、わしの父は死んだ!あれは父上なんかじゃないわ!!」
「もう、止めなさい、千代寿!息子がごめんなさいね。十二にもなると、色々難しい時期で……」
「十二歳?!第二次成長期!!多感な時期に、家庭環境が複雑過ぎるよ、てる!!」
「もう、こんな家族、嫌じゃあ!!盗んだ馬で走り出してやるう!行く先は……比叡山じゃあ!延暦寺の悪僧になってやるう!!」
「うわあ!仲孝君がぐれた!反抗期!!」
「叡山の悪僧なんて、母は許しませんよ!……あ、どこ行くの!」
「おい、ゴンさん。この坊主、お主の馬を盗もうとしているぞ?」
「ちょっ!止めて、ケンさん!」
「すまんな。心から同情するが、主の馬故な」
「はーなーせー!!」
「し、柴田よ……わし、小便が漏れそうじゃ……」
「ええ!六角さん、このタイミングで?!あ、茶羅郎、鎖外して!私、外し方わかんないの。六角さんはもうちょい我慢して!」
「ちょっと待たれよ。(カチャカチャ)……殿?この鎖全然外れませぬぞ?呪われているのでは?」
「も、もう、ダメじゃあっ……!」
「ああああああ!!!おのれ、久五郎ーーー!!」
「はーなーせー!!」
三好軍と織田軍がぶつかり合う前戦で、こいつらは何をやっているのか。
その時である。
三好軍本陣の方角から、退き鐘の音が響いた。
「退却ーー!退却じゃあー!」
三好勢の声と共に、織田本陣の方から地鳴りのような軍勢の足音、無数の鎧の擦れる音が聞こえた。
六角攻めの織田の軍勢が陣を整え直して、三好に攻めかかろうとやってきたのだ。
ここで敢えて全軍を向かわせ、一旦三好を退かせて時間を稼ぎ、その間に観音寺城を開城させる信長の作戦であった。
どうせ、六角義定はこちらの手にあるし、観音寺城にもほとんどろくな兵は残っていない。
観音寺城を落とすのは、そう難しい事ではない。
希美は、周囲の状況から事態を把握するや、言い放った。
「よし、一旦、戦は終わりだな。すぐ帰ろう!仲孝君はとりあえず拐って織田の本陣に連れていくぞ。話の続きは、本陣に戻ってからだ!」
こうして、三好軍と織田軍の合戦は、一時休戦となった。
希美はかつてない速さで本陣に戻るや、すぐさま六角義定ごと水を浴びたのだった。
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