第148話 変態大集合
なんか変な団体組織が出来ている近江の地に、信長の軍勢が入ったのは、希美が日野城入りしてから三日後の五月二十三日の事だった。
その数、一万五千。
それに柴田勢の一万と、蒲生勢の千、他の鎖愛尊(くさりーめいそん)武将率いる軍勢も加わる。
さらに森可成率いる五千が越前から、浅井長政率いる三千が北近江から、直接観音寺城前で待ち合わせの予定だ。
観音寺城を攻める頃には、織田軍はおよそ四万に膨れ上がっているだろう。
柴田勢は信長や丹羽長秀と共に箕作城を攻める事に決まっている。
この日、希美達は合流した織田軍との調整や準備に追われて過ごした。
五月二十四日。
いよいよ日野城からの出陣の日だ。
希美は、夫と共に戦いたいと着いてきた頼照(てる)に具足の用意をさせていた。
具足といっても、久五郎プロデュースのアレではない。
金の具足(ゴールドグソク)がボロボロになって以降、希美は普通の具足を使用しているのだ。
普通の具足大歓迎の希美は、この日、ふんふん♪と鼻歌を歌いながら、エプロン型ふんどしの上から下着をつけていた。
だがそこに、えろプロデューサーならぬ『えろデューサー河村久五郎』が、鎧櫃(よろいびつ)を持って現れた。
「お喜び下され!間に合いましたぞ!」
「何が?」
希美は、うっすらと展開が見えたような気がしたが、望まぬ未来など見たくない。『気のせいだ』と思い直しかけた時である。
久五郎が鎧櫃を開けた。
金色の光が溢れる。
「oh no……」
希美は思わず額に手を当てて、天を仰いだ。
久五郎が、「やはり、お師匠様には、これでないと!」
と言いながら、鎧櫃に入っていた具足を恭しく差し出す。
金色の具足(ゴールドグソク)リターンズである。
「お前……これ……」
希美が悲痛な声音で、呟く。
そんな希美とは正反対の表情で、久五郎がウキウキと語り出した。
「いやあ、以前某とえろ兵衛の具足と共に、森部の鎧細工に急ぎ頼んでおりましたので御座る。間に合えば、此度の織田軍に合わせて持って来るよう、家老の井貫主善に頼んでいたのですが……。観音寺城攻めに間に合うとは、流石お師匠様!御仏の導きですなあ」
(仏罰ですね。わかります)
これまで散々、仏の威を借りてきた希美である。
勝手に希美に名前を使われてきた御仏の、ちょっとした嫌がらせだろうか。
(誠にごめんなさい……だが、この罰ゲームは断固拒否するぅっ!)
希美は久五郎のプロデュースを断る事にした。
「すまないが、久五郎。私は具足にこだわりがあってだな。一度壊れた具足と同じデザイン……意匠のものは、縁起を担いで身に付けない主義なのだ。よって、私はこちらの普通の具足を……」
久五郎は目を見開いた。
「なるほど。では、万が一壊れた時を考えて作らせた別の意匠の兜がもう一つ御座るので、そちらを被られませ。わしは、こちらの方がより有り難みがあり、お薦め致しますぞ!」
「え……、デザイン違いのスペアあんの?」
久五郎はごそごそと兜を取り出し、希美の目の前に置いた。
金色の兜である。
だが、前立てが、本当に『前立て(男)』である。
『えろ』が彫り込まれた立派な『前立て(男)』が前立てとしてそそり立ち……。
「うわああああ!!放送禁止!これ、放送禁止のやつ!」
希美は、前立てをひっつかみ、遠くに放り投げた。
『危ない兜』が部屋の隅へ転がっていく。
「ああっ、お師匠様!何を為されます!?」
「きゃあっ」
頼照てるが顔を覆って悲鳴を上げる。
(いや、てるさんは見慣れてるはずでは……)
希美は心の中で突っ込んだが、元男のてるの方が、元女の希美より女らしい反応である事に少し落ち込んだ。
久五郎は転がっていった『危ない兜』の所まで行くと、大事そうに兜を抱えて前立ての具合を確認し、希美に文句を言った。
「非道いで御座る、お師匠様!お師匠様の大事な『前立て』が折れたらどうするのですか!」
「その言い方やめろ!せっかく作ってくれたのは嬉しいけど、それは流石に無理!そもそも戦場で攻撃を受けてそいつが折れ飛んだ時、絶対周りの奴ら『ヒエッ』てなるだろ!」
「……それは確かに」
「それを被るくらいなら、いつものえろ兜の方が何万倍もマシだわ!もうその金の具足(ゴールドグソク)でいいから、『前立て』の前立ては本当に止めて……」
「では、こちらの金の具足をお使いになるという事で……」
「……あ」
希美は、具足(クロス)を装着する事となった。
だが、人間秘宝館になるよりは、何倍もマシというものである。
その日、信長はうち揃った柴田勢を見て、思わずふらついた。
「殿!!」
池田恒興が、慌てて信長を支える。
信長は呻いた。
「権六は、変態を集めておるのか……?」
全身金色の希美の傍には、女中武将として『巴御前』になりきった髭女中の下間頼照てるか控える。
さらに両隣りには、弟子の河村久五郎と斎藤龍興が、ピカピカに新しい揃いの具足を身に付けている。
二人の兜の前立ては、ふんどしだ。どこからどう見ても、ふんどしである。
その河村久五郎は小脇に何か金色のものを抱えている。
兜だ。
前立てが、立派な男の……。
久五郎は、希美のえろ兜が壊れた時のために、いつでもスタンバイOKだ。
むしろ、『えろデューサー』として虎視眈々とその時を狙っている。
だが希美の方は、この戦い、絶対に『えろ兜』を守ると誓っている。
久五郎と希美、二人の『観音寺城の戦い』はすでに始まっている事を、信長は知らない。
知らないが、なんだか関わったらいけないような気がして、信長は目を逸らした。
信長は、救いを求めて越後衆に目を向けた。
そこには、あの名武将『上杉輝虎』がいるはずだ。
いた。
信長は、ほっと息を吐いた。
輝虎は黒い甲冑を身に纏い、頭部は行人包で、その精悍な顔を見せている。
その口元は引き締まり、日の光を受けてぷるぷるとほんのり紅く色づき、思わず口付けたくなるような……。
希美の開発した新商品のリップグロスだった。
「な……!あれ、あれは何じゃ、権六ぅ!?」
「?あれとは?」
「上杉の口が!!」
混乱する信長が口走った問いに、希美が商売心を刺激されて説明を始める。
「おお!流石、殿。お目が高い!去年私が開発した新商品なのです。馬油も使っているので、荒れた唇の保護も出来ますよー。『急な討死でも大丈夫!首実験で敵将の視線を釘付け☆うる艶リップ』という触れ込みで武将達に売り込もうと、ケンさんにモデルを頼んだのです。えっへん!」
「大阿呆ーー!!!」
信長のバラ鞭がしなる。
希美が突っ込んだ。
「この鞭、こんな所にまで!装備をパッシブ化でもしてんの?!」
お仕置きぷれい中の信長と希美の間に、一人の男が割り込んだ。
朝倉景紀だ。
「お止め下され、大殿!ペロ……」
信長から希美を守る体で、景紀がこっそり金色具足(ゴールドグソク)をペロペロしている。
池田恒興は、信長にしばかれる希美だけでなく、『金色具足(ゴールドグソク)』や『ふんどし兜』、『危ない兜』などの変態装備を頬を紅潮させながら羨ましそうに見、丹羽長秀はこの後始まる希美との共同作戦に腰を震わせている。
そんな信長達を呆気に取られて見守る鎖愛尊(くさりーめいそん)の身を、冷たい鎖が締め付ける。
日野城からの出陣は、こんなカオスから始まった。
二日後の五月二十六日、織田軍は愛知川を渡り、信長は軍を三隊に分けた。
箕作城を攻める織田信長・丹羽長秀・柴田勝家を将とした第一隊、和田山城を攻める滝川一益・稲葉良通・鎖愛尊武将連合が率いる第二隊、第三隊の蒲生父子・六角義治・池田恒興が率いる軍勢は、観音寺城に向かい、森可成・浅井長政軍と合流する。
そして、戦端を開いたのは、当然我らが織田信長だ。
五月二十八日、箕作城攻めの開始である。
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