第120話 剣豪将軍からの爆弾
足利義輝。
室町幕府第十三代征夷大将軍である。剣豪将軍などと呼ばれ、武勇を誇るこの将軍様は、最終的に御所で殺されるのだが、その時、畳に何本もの名刀を刺して、次々と刺客を斬りまくり、駄目になった刀を取り換えては戦ったという。
ごっりごりの武闘派なのだ。
そのはずなのだ……
「羅城門を指で壊すなど、人間が敵う相手ではないぞ!どこに潜んでおるやら……。のう、柴田権六。幕臣になって、わしを守ってくれぬかのう?」
希美の目の前には、つぶらな瞳のひげもじゃ青年が、弱々しげな上目遣いで希美をヘッドハンティングしていた。
「何を仰られるやら。公方様は、塚原卜伝殿に『一の太刀』を授けられた剣豪では御座りませぬか!公方様の剣をもってすれば、鬼など、スパッで御座りまするよ」
希美は、サービストークで乗り切る気だ。
「すぱっ、か?」
「スパッ、で御座る」
結果、アホみたいな会話になってしまった。
実際、その鬼の正体は、肉体チート持ちの希美なので、スパッどころか、刀がポキッである。
(そもそも、柴田勝家に柄杓の形のおできは無いんだが……。誰だ、適当な事を言った奴は!絶対どっかに転生者がいるだろ!)
希美は憤慨しているが、おかげで希美はしらを切り通せるのだから、その転生者には感謝せねばなるまい。
「それにしても、『一の太刀』の事をどこでお知りになられたのか?これは秘伝で、選ばれた者以外は誰も知らぬはず……」
自身も一の太刀を授けられている細川藤孝が、不審げに希美を見た。
(あ、戦国B……おっと!だって、将軍様、四神飛ばすわ、空から大量の刀降らすわ、チート過ぎでしょ。『一の太刀』って、すげえ!)
希美は『一の太刀』を過大評価しているようだ。
話が逸れてしまったが、ともかく誤魔化さねばならぬ。そこで希美は、
「御仏は何でも知っておられるので御座る」
と手を合わせた。
困った時は、後輩神として御仏パイセン様におすがりというわけだ。
御仏パイセンは、ただそこに在るだけで、何もしなくとも信者が勝手に納得してくれる有り難みの塊なのだ。
神仏とは、かくあれかし、である。
何やら希美を拝み始めた義輝に、希美がいけしゃあしゃあと言った。
「鬼はともかく、羅城門が無くなったままにしておくのは某も忍びのう御座る。ちょうどこの時期に京に入ったのも何かの縁で御座ろう。某が羅城門建設の費用を織田の殿に頼んでみまする。織田の殿は、主上おかみ(帝)や公方様が羅城門倒壊で心をお痛めになる事を良しとは致しますまい。微力ながら、某も織田家中として!お力になりまする」
(流石に羅城門の弁償はしないと……。なんか費用かかりそうだから、殿も巻き込んじゃお!殿もイメージアップになるし、この将軍様に織田家臣アピールで引き抜きの牽制できるし、羅城門も新築になって都の皆も喜ぶ!ええやん!)
これを聞いた時の信長の反応が楽しみだ。
「なんと!羅城門建設の費用を!?」
義輝が目を剥いた。
希美は信長の代わりに勝手に頷いた。
「うちの殿に否は御座らぬ!こたびの羅城門建設について、主上には公方様からお話し下され。公方への主上の覚えもめでとうなりましょう」
「おお!それは、良き思案!」
細川藤孝も笑顔で賛成する。
義輝も「善きかな!」とご満悦だ。
希美は尋ねた。
「というわけで、すぐに岐阜の殿に伺いを立てて参りまする。ついでに上杉弾正と隠れえろの半数を連れて参ろうと思うので御座るが、上杉弾正はどちらに?」
義輝は、「おお、そういえば」と言って、持っていた扇子をパチンと軽く手に打ち付ける。
「上杉弾正なら、昨日の夜から霜台と鬼退治に出ておるわ。主上の御心を安んじ奉るためにも、絶対に仕留めると張り切っておったのう」
(おうふ……これ、本当の事を言ったら、『越後戦ゴッド級タイトルマッチ』王者柴田勝家VS挑戦者上杉輝虎の再戦になってしまうかもしれん!)
このタイトルマッチ、セコンドもファンも全員巻き込んだ、とんでもない規模の場外乱闘を引き起こす、甚だ迷惑な殴り合いである。
希美の脳裏に『三十六計逃げるに如かず』という故事が、即座に浮かんだ。
「あー……、やっぱり上杉さん忙しそうなんで、一足先に出立しよーかなー?よし、そうしますわ!上杉さんには、そのように公方様からお伝え下さ……」
ドタドタドタッ
「松永に御座る!こちらに柴田様がおられるとの事、真で御座いましょうか、上様!?」
「ただ今戻り申した。松永殿、落ち着かれませ」
(ちっ、遅かったか!)
そこに現れたのは、松永霜台ことボンバー……松永久秀と、上杉輝虎であった。
松永久秀はとうに五十を過ぎており、この時代では老境に差し掛かった年齢ではあるが、梟雄というイメージとは正反対のイケおじだ。
少しワイルドな雰囲気がありながら、髭も身なりも整えられ、それでいて目元は皺を刻みながら、それを織り込んでもなお知的で優美な様を見せている。
「上様の前で、無礼ですぞ!」と年若い細川藤孝に嗜められ、「申し訳ない、気が逸り申してな」と頭をかく姿も、どこかさまになっている。
希美は、思わずときめいてしまった。
その久秀が、希美に興奮したように話しかけた。
「男女の交合について、あなたと熱く語らいたいとずっと思っており申した!」
「……ん?」
希美は、耳を疑った。
(今、なんかセクハラ発言が聞こえたような?気のせいよね。こんな素敵なおじ様が、そんな事言うはずがない)
久秀はそんな希美の顔をじっと見て、何やらごそごそし始めた。
「『(相手の)おもて赤くなるは心中に淫事の念をきざすしるしなり』。柴田様、今某を見てお顔を赤らめ申したという事は、淫らな気持ちになっており申すな?某、喜んであてがいましょうぞ!」
希美のときめきは、遥か遠くにぶん投げ捨てられた。
「ははは、松永殿。寝言は寝て言うべし、で御座るぞ?」
「いやいや、確かに頬を染めて……」
「気・の・せ・い・で・御・座・る」
「さ、左様か……。それは、残念」
久秀は悲しそうな顔を見せた。
哀愁漂うイケおじは希美の大好物ではあるが、頬を赤らめただけで『お前、エロい事考えてるな?』とか言い出す変態セクハラ親父に用はない。
義輝は何とも言えぬ表情で言った。
「すまぬの。こやつ、有能な男で重宝しておるのじゃが、悪い癖があってのう。色事を極めんと散々に学んだ結果、ちと面倒な男になってしもうたのじゃ。ああ、安心して欲しい。そやつはえろ教徒となっておるから」
「それのどこが安心に繋がるの……」
胡乱な目を向ける希美に、久秀は熱く語った。
「柴田様!某はえろ教と出会って胸を打たれ申した!某、かねてより男女の交合とは、独りよがりではいかんと思っておったので御座る!えろ教の色事はまさに、無理強いを避け、男女が互いに役割をもって高め合うもの。某は、いつか柴田様の弟子にしていただきたいと夢見ておったのです」
「で、弟子ぃ?!」
「左様!是非、某を弟子に!」
このセクハラ親父を弟子に……。無理である。
希美は、即座に断った。
「嫌で御座」
「柴田よ、どうか弟子にしてやってくれんかのう?そして、こやつを正しいえろの道に矯正して欲しいのじゃ。命令じゃ」
……断ろうとしたが、義輝がねじ込んできた。将軍様はたいがい無慈悲だ。
希美はあっさり権力に屈した。
「御意に。ただし、某の弟子にするにはまず使徒にならねば。松永殿には某の一番弟子である河村久五郎を紹介致す故、まずはこの男からえろを学び、使徒を目指されよ。晴れて使徒となった暁には、弟子と致しましょう。それでよろしいか?松永殿」
「有り難し!よろしくお願い致す」
流石、希美である。
将軍様に無理やり押し付けられたセクハラ親父を、別のセクハラ親父に流れるようにパスして押し付けた。
そんな事とは知らず、嬉しそうにしている久秀に希美は言った。
「松永殿とて色々な案件を抱えてお忙しい身で御座ろう。我らは明日にでも京を出る故、諸事を片付けて後、岐阜に参られよ。動けぬならば、河村久五郎と文でやり取りするがよろしかろう」
「お気遣い傷み入りまする」
久秀が頭を下げる。
久秀の立場は複雑である。戦国大名三好長慶の家臣でありながら、将軍足利義輝の御供衆として義輝にも仕えている。さらに、長慶から大和一国の管理も任され、戦も絶えぬ状況だ。
かたや義輝は、自分の取りなし(ごり押し)がうまくいき、満足そうである。
昨今の将軍様は権威が薄れているから、色々と戦の調停をしようと文を送るものの、無視される事もままあるのだ。
しかし、配下のえろの師匠の斡旋にまで口を出すとは、将軍様は存外暇である。
傀儡政権だからだろうか。
まるでお金持ちの家に飼われているペットのようだ。
飼い主みよしさんの邪魔になりさえしなければ、悠々自適で生活できる。
だが、義輝はそれを良しとせず、飼い主みよしさんに反抗しまくった挙げ句、近い将来大好きな刀の海で死ぬ。
(そんなに働かずにご飯食べられるなんて、羨ましいような生活だけど、彼の幸せはそこに無かったんだよなあ。悲劇的な最期だけど、足掻くだけ足掻いて死んだ人……)
義輝について考えを巡らした希美は、輝虎を見た。
(すんげー呆れ果てた眼で、私を見ていらっしゃる!)
ご、め、ん、と希美は、輝虎に向けて口を動かす。
輝虎はため息を吐き、口の端でわずかに苦笑した。
それを見た希美は、おおいに反省した。
『三好さんの振り見て、我が振り直せ』。
(うちのペット(けんさん)とは、ちゃんと信頼関係を築きたいなあ)
越後を奪っておいて信頼関係も何も無いが、越後再戦タイトルマッチで、輝虎が大好きな刀に囲まれて死ぬのは避けたい。
そう、希美は感じていた。
次の日、希美は輝虎と河村久五郎、隠れえろ達を連れて、京を発った。
希美は、最後まで輝虎に羅城門倒壊の真実を打ち明けるかどうか迷って、結局打ち明けた。
その後、希美は軍神にめちゃめちゃしばかれた。
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