第101話 神も仏もえろの敵?
※ぼかしていますが、ド下ネタ注意。
さて、この頃になると、越後の上杉が柴田勝家に全面降服し、柴田家家臣として織田家に吸収された事は、全国各地の大名等の知る所となっていた。
『越後の軍神、えろ大明神に下る』
それも、ほぼ合戦無しでまるごと越後を呑み込んだのだ。
大名等は戦慄した。
『えろ大明神の御業、恐るべし』と。
それが近隣の国の大名なら尚更だ。
『上杉さん、ざまあwww』と笑うどころではない。
次は自分が呑み込まれるやもしれぬ。
越後と領土が接する大名等は、柴田勝家に書簡を送るなどしてその動向を見極めようとしていた。
そんな中、ある若い男がきれいに剃り上げられた頭を悩ませていた。
まだ夜も明けきらぬ夏の日の早朝。
朝の勤行を終え、坊官からの報告を聞いた浄土真宗本願寺派宗主、顕如である。
「柴田が今度は、遊女屋に石牢じゃと……?!」
柴田権六勝家。
ここの所、よく聞く名である。
織田家の武将でありながら、御仏の御加護を持つ男。
女犯の禁を犯さば、死んでしまう。
武士でありながら、油を売って儲けている。
ここまでは、よかった。
だが、次々と噂がおかしなものになっていく。
えろ教の神、えろ大明神。
えろ教徒の爆発的な増加。
続々とえろ教徒になっていく大名達。
あの武田栄徳軒まで、えろ教徒になった。
えろの御力で美濃の三代目をえろ教徒化。結果、美濃を平定。
その後、武田、北条、松平、芦名と同盟し、あの上杉を丸呑みにした。
そして、現在。
背後に上杉の心配が消えた武田は、越中攻めの真っ最中だ。
越中椎名氏は武田と同調して神保氏を攻めている。椎名氏も生き残るために武田の越中攻めを認めるしかなかったのだろう。
神保氏は上杉に負け弱体化しており、死に体だ。
越中の遊佐氏とて武田の勢いにはもたぬはず。すぐに越中は武田の手に落ちる。
そうすれば、次はいよいよ加賀だ。
美濃を得た織田は今、飛弾の調略を進めている。えろ教徒の影響で、飛弾の国衆は思いの外織田に好意的だと聞く。
もし、織田が飛弾を手に入れれば、同盟国の武田と組み、織田が南から加賀に攻め入るやも知れぬ。
「加賀は門徒の治める国、独立心が強い。一揆の嵐で加賀の国は門徒の血に染まろう……」
顕如は呻いた。
加賀の門徒が根切りとなれば、これはもう法難と言える。
さらに、門徒の中にもえろ教徒になった者がいると聞く。
顕如は、己れの牙城がじわじわと得体の知れぬ何かに侵されていくのを感じ、戦慄した。
「全ては柴田勝家だ。あの男が何もかも狂わせた!」
人の淫欲を肯定し助長させる『えろ』の神。
人々に『えろ』を広めた張本人。
「柴田権六勝家……まるで『第六天魔王』ではないか」
この顕如の呟きを、傍に控えていた坊官達は確かに聞いた。
その後、一向宗本願寺派は自ら混沌の渦へと飛び込んでいく事になる。
一方で、日本から遥か遠く海を隔てた地、仏教の生まれた国インドはゴアで、イエズス会宣教師ルイス・フロイスはローマ教皇ピウス四世からの書簡を受け取っていた。
「日本で悪魔教徒が増えている、か……」
教皇領からルイス・フロイスへの書簡を携えて来た宣教師パオロ・ロッソは、頷いた。
夜も更け、頼りない蝋燭の明かりに照らされたパオロの顔が闇に浮かんでいる。
「フロイス兄弟よ、ヴィレラ兄弟からの報告によれば、現在日本では淫欲を教えとする『えろ教』が蔓延しつつあるといいます。えろ教の神と称する柴田勝家という男は、織田信長という大名の部下で地方の小領主でありながら、娼館を経営し、男等に常に女の裸を想像するよう説いているとか。その上、彼は男を愛するそうです」
「oh、ソドミーか!神よっ!」
ルイスはひざまずき、神に祈った。
パオロは祈るルイスの肩にそっと手を置いた。
「その手紙に書いてある通り、柴田勝家は酪農家を手に入れたがっております。それで、酪農経験のある私が選ばれ、派遣される事になったのです、兄弟よ。あなたは来年日本に向かう事になっていますね。あなたの使命は柴田と交渉し、私と引き換えに柴田の領地での布教を許してもらう事、そして悪魔柴田の懐に入り……」
「悪魔を始末する事。『神の兵士』として……!」
ルイスは顔を上げ、パオロを見た。その瞳は揺るがぬ意志を秘めている。
パオロは満足そうに頷き、小瓶と短剣を手渡した。
「これは、悪魔を殺す毒薬と神の祝福を受けた短剣です」
「感謝します、兄弟ロッソ、教皇猊下。神の祝福を」
ルイスは恭しくそれらを受け取り、胸に押し抱いた。
仏陀の生誕地で、神の尖兵が、えろ大明神を殺す算段をしている。
だが、神の尖兵は知らない。
希美の肉体チートを。
彼らは日本で、この世の不条理を目の当たりにする事になる。
では、世の坊主共が宗教の壁を越えて危険視している希美はというと……
早朝、少し山際が明るくなってきた頃、大の字でぐっすり眠り込んでいた希美を突然の大音声が襲った。
「甦ったあーー!!甦ったぞおっ!!!」
何事かと飛び起きた希美は、寝ぼけ眼で叫んだ。
「うっせえ!!僧侶に転職した夢でも見たのかよ!」
そして、すぐさま音の発生源である隣の部屋の輝虎の元へ駆け込んだ。
あれでも輝虎は、越後を希美に奪われた立場である。
逃亡防止と監視を兼ねて、部屋は希美の隣にしてあるのだ。
部屋に入った希美は、布団の上で、何やら下を凝視して立っている輝虎の姿を認めた。
「朝から何を騒いでるんだ」
そう言いながら不機嫌そうに近付く希美に、輝虎は興奮したようにまくし立てた。
「よ、甦ったんだ!ああ、こんな事が!奇跡じゃあ!」
輝虎に肩を掴まれ揺さぶられながら、希美は戸惑いながら尋ねた。
「なんだ?何が起こった?」
「見てくれ!このますらおぶりを!!」
輝虎は希美の頭を掴んで、無理やり下に押し向けた。
薄明かりの中、希美はよく目を凝らして見た。甦りし龍、を。
「やだ……、凄く、越後の龍です……。ポッ……じゃねえわ!!なんてもんを至近距離で見せつけやがんだ!離せ、バカッ!」
「ど、どうかのう?あまりにもしばらくぶりで、昔のこやつの姿をよく覚えてないのじゃ。わしはますらおぶりと思うのじゃが、まだたおやめぶりか?お主のと比べて、どうじゃ?」
「たけくらべが生々しいわ!もう、充分ますらおだから、さっさとしまえ!!」
「だよな!よし、絵師を呼ぼう。狩野派が良いな。この奇跡を襖絵にして、その謂れを子々孫々に語り継いでいこう……」
「止めれ、あほんだら!!その襖絵所蔵の美術館が、秘宝を展示する館になるだろうが!」
部屋の外では、輝虎の叫び声を聞いて駆けつけた上杉、柴田両家の家臣達が、おはだけのおっさんと寝巻き姿のおっさんが、一つ布団の上でわちゃわちゃと組み合っているのを目撃した。
彼らは、そっと開け放たれていた戸を閉めた。
『越後の軍神、えろ大明神に下る』
再度流れたこの噂は、全く同じ文言ながら甚だしい誤解を含んで世に撒き散らされた。
そして、一向宗の坊主とキリスト教の坊主のヘイトをさらに集める事となるのである。
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