第77話 着衣人形界の名工

しょりっ、しょりっ、しょりっ




森部城内の一室で、若い男が鬼気迫る目付きで木材を彫っている。


表情とは裏腹に、その手つきは柔らかく繊細だ。




どうも木彫りの人形を製作しているようである。




「できたっ、できたぞ!」


「おお、これは良い出来で御座る!なんとも匂い立つような……」


「これを、『えろ母様』への贈り物としよう。於亀おかめ、『えろ母様』に先触れを出せ」


「はっ」


「与七郎、お主、『えろ母様』にお見せする作品を選ぶのを手伝ってくれ」


「御意に御座る」




「『えろ母様』、気に入ってくれるかのう……」








岐阜同盟締結の後、家康一行はしばし美濃に留まった。


建設中の岐阜を見学するという目的もあったが、家康の一番の狙いは、聖地森部への訪問である。


希美が拠点を森部に移していると聞いた家康は、嬉々として希美の帰途に同行した。




河村久五郎は、家康の急な訪問に驚きはしたものの、新たな『えろ仲間』として喜んで迎え入れた。


そうして、家康一行が森部城に入ってから、三日が経ったのである。






希美が、執務室で仕事を終え、ほうじ茶を飲みながら休憩していた時の事だった。


家康の小姓が現れ、家康の訪問を伺ってきたのである。


「いつでもどうぞ」


そう言ってから四半刻後、家康が執務室に現れた。




「えろ母様、ご機嫌は如何でしょうか」


「その呼び方、何とかならんのか……だいいち、お主の母は他におるだろうが!」


「母様は母様。えろ母様は母様とは違う母様ですから、『えろ母様』ですよ!」


「大人なDVDのタイトルになりそうな呼び方、マジで止めて!」


「そんな事より、今日はえろ母様に贈り物があるのです」


(さらっと流しおったぞ……)




家康は懐から布に包まれた何かを取り出した。


布を開くと、中から着物姿の人形が現れる。




「某が彫った着衣人形で御座る。受け取って下され!!」


「お、おう……ありがとう」




顔を赤らめながらも力のこもった眼の光に、思わず受け取ってしまった希美は、人形に目を落とした。


(これでも、私、えろ神なんだけど……着衣えろの修行は免除じゃないの?それに、この人形……)




希美は人形の造形に軽く引いた。


(この人形、なんか、エロい?)


これまで見てきた着衣人形とは違い、家康の人形は細部まで細やかに彫られている。


髪の毛は一本一本掘りこまれ、表情はどこかアンニュイな流し目を決めている。


特に目を引くのは、胸部と臀部だろう。


(で、でかい……)


胸と尻がでかい。


大事な事だから、もう一度言う。




胸と尻が、でかい!!




おかげで、相対的に腰がくびれて見える。


(『ワ○ピース』の女子、戦国バージョン……)


希美は、中が気になり着物を剥いだ。




「あっ、そんな乱暴な……」


(いや、うっせえわ!)




着物の中身を見た希美は、呻いた。


「Oh no……」


(裸までリアルぅ!)




「えろ母様、お気に召しましたでしょうか……」


家康が上目遣いで聞いてくる。


「あ、ああ。なんか凄いな……」


「思う存分、使って下され」


(な、何に??)


希美は、突っ込まない事にした。




「それにしても、この人形、本物の人間のようだ。誰かを参考に?」


裸婦をモデルに彫ったのだとしたら、最早えろ教の教えとはズレている気もする。


どうでもいいが。




しかし、家康は首を横に振った。


「いえ、木材をじっと見つめておりますと、裸の女が見えて参るので御座いまする。後は、その女をそのまま彫り出すのみ」




(な、なんか、大ベテランの仏師みたいな事言い出したー!!)




着衣えろの修行は、服を着た姿から裸を想像するというものであるが、ただの木から裸を想像するとは、既に使徒の資格者である。


希美は、家康に告げた。


「お主を使徒として認めよう。後で久五郎からふんどしを受け取るがよい」


「な、なんと?!有り難やあ!」


家康は小躍りして喜んでいる。




希美は人形をもう一度見た。


胸と尻に関しては、完全に作者の趣味が透けて見えるが、本当に生きているかの如く艶かしい。


希美は、現代のフィギュアを思い出した。


フィギュアも造りが細かく、もっと躍動感がある。




「惜しいな……」


つい言葉が出た。


家康の耳がぴくりと動く。そして食いついた。


「な、何が!どこが惜しいので御座ろうか?!」


希美は、「うむ」と偉そうに頷くと説明した。


「躍動感が欲しい。まず、髪の毛の筋は細かく彫られていて良いが、風に吹かれたような動きを造形で表現すると、躍動感が生まれるだろう」


「か、風に吹かれて動く髪の毛……!」


家康の眼が、さらに強い光を帯びた。




「それから、動きよな。ただ真っ直ぐ立つのは面白うない。物語を持たせよ。例えば、先程の風。風に吹かれて裾がめくれるのを押さえる姿とかな」


(マリリンだって、やってたぞ!)


「人形に、物語を……!」




「後は、可動ができれば最高だな」


「か、可動?」


「人の体は、節で動くであろう。人形も節毎に作り、うまく繋ぐ事で、腕や足を動かす事ができよう」


「そんな事が!!どうやったら……」


「ああ、確か、子どものロボットの足首が……こんな風に節のパーツの両先が丸くなっておってな、足とすねの穴にはめこむと……」


希美は、絵に描いて説明した。








結果、家康は発狂した。




「ふ、ふぅほおおおお!!!まさに神!着衣人形界に神が降臨なされたあ!!」


(着衣人形界って何?そんな世界あったの?!)


希美は、どうでもいい世界を一つ知った。




「『人形に物語を持たせよ』。これが拙者に下された神命。動きを持たせ、その刹那を切り取る!さらに、可動を加える事で、思い思いの刹那を演出できるとは!着衣人形界に激震が走る事間違いなしに御座るぞ!」


「お主、『拙者』なんて言ってたっけ?」


(なんだろう。『拙者』と『御座る』は、戦国時代だから別におかしくないのに、秋葉原的なイメージが浮かぶのは何故なのか……)




「えろ母様、『お艶』をお返し下さい」


家康の言葉に希美は首をかしげた。


「お艶??」


「その着衣人形の名です。武家の妻『お艶』で御座る。他にも、百姓の妻『みつ』、商家の妻『お桐』、刀鍛冶の妻『お賽』……」


「全員、人妻?!」


まさかの人妻シリーズである。






家康は、希美に渡した人形を手に取ると、懐にしまった。そして、


「もっと良いものに作り直しまする!」


そう言って、風のように部屋を出ていった。




希美は、開け放たれた襖をそっと閉めた。










後日、家康は改良した着衣人形を希美に渡した。


躍動感溢れる髪の毛。裾を押さえる指。


何より、


「こ、こいつ、動くぞ!」


間接が動く。




家康の着衣人形は、フィギュアに進化したのである。






家康は、着衣人形界きっての名工となり、後世にも何体かが伝わった。




その内の一体。




その人形(人妻シリーズ)が、引き起こした騒動については、いつか語ろうと思う。

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