第71話 女も、えろを!
道中、尻を死守した希美は、信玄達を連れ、なんとか森部城に入った。
城では、プチ氷河期の冬をものともせず、河村久五郎がダブふん姿で出迎えた。
「やはり良いな、その姿。わしもやるぞ」
久五郎の姿を見た信玄が何故か発奮し、つるりと着物を脱いでダブふん姿になる。
(着物脱ぐの、早え……)
戦国のル○ン三世とは、この男の事だろう。
「おお!あなたがあの『甲斐の虎』武田徳栄軒殿!お師匠様から聞いておりましたが、良い使徒姿に御座る。今は仮のふんどし頭巾なれど、ゆくゆくは番号付きの本物の使徒になる事をお待ちいたしますぞ!」
「お主こそ、その姿、流石に板についておるな。もうふんどしは、頭巾だけでよくないか?御聖布は頭巾だけであろう」
「やはり、あなたもそこに行き着きましたか!某も常日頃からそう思っておったのです」
挨拶もそこそこに、ふんどしスタイルの在り方について盛り上がる久五郎と信玄。
禁断のエロ奥義『露出』を発動させようとしている。
(この変態共、やはり『交ぜるな危険』だったか……)
変態と変態の化学反応は、ろくな結論にたどり着かない。
「久五郎、下のふんどしを取らば、破門な」
「えろ!!?」
「信玄は、食料輸入停止の経済的制裁な」
「なんだと!!?」
希美は猥褻物の陳列を阻止した。
森部に来て三日が過ぎた。
希美は森部城の一室で、墨俣、十九条、末森の使い番と年始の相談をしていた。
そこへ、久五郎が信玄を伴って現れた。
共にダブふん姿である。
「お師匠様、折り入ってご相談があるのです」
「どうした?」
希美は使い番達との相談をキリのいい所で切り上げて、彼らを部屋に返すと久五郎の話を聞いた。
「織田の殿が美濃衆を気遣って下さり、年始をこちらで迎えると改築中の岐阜城に入られた際に、『楽市楽座』の発布が御座いましたが……わしは以前から織田の『楽市楽座』の事は知っておりましたので、織田領になった場合商人からの税収が減る事を懸念していたので御座る」
「ふむ、それで?」
「お師匠様はご自身で商いをして稼いでおられる。そこでわしもお師匠様にあやかり、織田が美濃勢に勝って後、斎藤が織田に下ると踏んで店を開いたのですが……」
「お主が店を?何を商っておるのだ?」
「女を。遊女屋で」
(これは天職……ヤバイ。久五郎が泡の国の店長にしか見えなくなってきた)
希美は笑いをこらえた。
「ぷくく……それで、その遊女屋がどうしたのだ?」
「『着衣遊女』で売り出し、なかなか良い滑り出しだったのですが、別の遊女屋も真似を……」
「つまり、売上が落ちたと」
「えろで御座る」
(唐突にえろ弁はさむの止めろ)
久五郎が平伏した。
「遊女達が、お師匠様なら他に無い良い技を知っているのではないかと。遊女の代表に会うてやってくれませぬか!お願い申すえろ!」
「いや、なんで私が……神とは風俗店のコンサルタントもしなければならないのかよ?」
「お願い申すえろ!えろで御座る!!」
てかてかの月代頭を見せつけながら床に額をこすりつける久五郎に、希美はため息を一つ吐き出し、折れた。
「ああもう、わかったわかった。もうお前が何を言ってるのか意味がわからんが、会うだけ会おう」
「えろがとう御座る!!……おい、鶴!入れ!」
「お前、えろ弁はやめろ。わからんわ……」
「御意!」
良い笑顔の久五郎と、わくわく顔の明らかな野次馬信玄に、希美はため息をもう一つ吐いた。
カラリ
襖が開く。
「し、失礼します。睡蓮屋の鶴と申します!」
入口で艶やかな黒髪の若い女が頭を下げている。
「ああ、そんな所だと話がし辛い。久五郎の傍まで来るとよい」
希美の言葉に、鶴という女は緊張でぎこちない動きをしながら、久五郎の斜め後ろに座った。
(可愛いというより、綺麗な顔だな)
奥二重のすっとした狐目に通った鼻筋、小さめの口には紅をひいている。
首がすらりと長い。名の通り、鶴を思わせる姿をしている。
希美は、ふと思い出した。
「睡蓮屋のお鶴……確か、森部の降臨祭で馬ウェイクが馴染みにしていたか?」
鶴は、表情に怒りをにじませた。
「前田様……ええ。随分ご贔屓にしていただきました!あの男、私を身受けしてくれると言ったのに……」
「ど、どうしたのだ?」
「最近見ないと思ったら、二軒隣の桃尻屋に!そちらに馴染みができたとかで、私の顔を見ると、逃げるように向こうの店に入って行って……許せない!」
「あいつ、何してるんだ……」
(一番許せないのは、幼妻のお松ちゃんだろう。単身赴任をいい事に、浮気かよ……)
呆れ果てる希美に、久五郎が言った。
「この世界は、盗った盗られたが常ですからなあ。仕方無い事ではあるのですが、桃尻屋というのが、わしの店の一番の競い手なので」
「似たような価格で、似たような事をやっている、というわけか」
「えろ」
(なるほど、この『えろ』は『はい』という意味か……って、どうでもよいわ!えろ弁が抑えきれてねえぞ!)
つまらぬ事を考える希美に、鶴がおずおずと話しかけた。
「あの……、お願いします!私達女衆にも、えろの神髄をお授け下さい!えろ大明神様!」
真剣な眼差しで見つめる鶴に、なんと声をかけたらよいか、希美は戸惑った。
(確かにえろの修行って、男に特化してるもんなあ。しかし、女に男の裸を想像させるわけにも……)
「えろ大明神様!」
「鶴!とるに足らぬ女の分際で、えろの神髄をねだるとは。控えよ!」
なおもすがる鶴に、久五郎が叱責する。
(女が、とるに足らぬだと?)
不快に思った希美は、久五郎を嗜めた。
「男も女も、えろの前に優劣などないわ!ただ、立場が違うだけよ」
「立場が違う、ので御座いますか?」
鶴の疑問に希美は頷いた。
「男だけで子が産まれようか?女だけでも子は産まれぬ。それぞれ必要な役割があり、それを互いが果たしてこそ、新しい命を生み出す事ができるのよ」
「「確かに……」」
店長と従業員は納得した様子だ。
希美はこのまま流れに乗る事にした。
(なんかしゃべってる内になんとかなるだろ)
「女と男、陰と陽、これが重なる混沌から真理が産まれる。えろ道も同じよ。男がひたすらえろ道を突き詰めていくと、その精神は宇宙と一体となれる」
(禅さん、インスパイアしましたー)
「しかし、一人で完結しては何も産まれぬ。そこで、対となる女が現実世界でえろを突き詰め輝く存在となる。突き詰め方は様々だが、男はその輝きに惹かれ、精神世界の男と現実世界の女が交わった時、その混沌に真理が産まれるのだ」
(つまり、二次元でしか萌えないなどと豪語する男が、オタサーで姫に恋した時、その後なんやかんやあって色々見えてくるものがあるって事だな!知らんけど!)
「ふ、深いで御座る!流石、えろ大明神様!えろえろえろ」
「なんか、凄い……えろえろえろ」
久五郎と鶴が祈る横で、信玄が感心する。
「なるほどのう、陰と陽が合わさる混沌にこそ、か。面白い!」
現在の信玄さんは出家したため、陽と陽でしか合わさっていない。残念ながら、腐しか産まれぬ。
「さあ、話を元に戻そう。女のえろ道には輝き方が様々にある。化粧、髪形、着物、仕草、会話術などが数えきれぬが、遊女ならば閨房術かな」
鶴の目に力がこもった。
「教えてくだえろ!」
一方、希美は一生懸命記憶を探っていた。
(あー、なんか女子会でそんな話題、しょっちゅうあったよなあ。そういえば、学生時代、友達が泡の国のお嬢様になってたな……なんか、変な技名でみんな爆笑したっけ。確か)
「あわおどり……」
「あわおどり?踊るのですか?」
鶴は不思議そうに希美に聞いた。
希美は思い出しながら言った。
「ええと、両者裸でロ……石鹸水を浴び、男の体を女が自分の体で踊るように洗う?のだ!男のフェチ、好みに合わせて、女がどの部分で洗うか聞いてやってもよい」
(洗い方は知らんから、勝手に研究してくれ!)
「なるほど、それは楽しそうだ」
信玄が食いついた。
しかし、何故か久五郎が浮かない顔をしている。
「お師匠様、裸では、裸では『着衣えろ』の神髄に反しまする!」
(そういや、そんな神髄だったね……)
しかし、希美は強気に行った。
「この未熟者めが!!」
「何故?!」
わけのわからぬ表情の久五郎に希美は説いた。
「お主等、知り合いの武将の屋敷で風呂と湯女を馳走してくれたが、その湯女が全く好みではなく、さりとて断る事も出来ずに、仕方なく我慢して抱いた事はないか?」
「ある!」
「ありますぞ!!」
「……良い返事だ。殿や周囲からの圧力で押し付けられた側室が、全く好みではなく、仕方なく我慢して抱いた事はないか?!」
「「ある!あるぞぉ!!うおおおーー!!」」
男達の盛り上がりとは逆に、鶴の視線が絶対零度だ。
柴田勝家の記憶を探りながら、希美もイラついてきた。
「そんな気持ちで抱かれた女の方が、百倍辛いわあ!ど阿呆共め!!」
「「え、ええ……?」」
自分で煽っておいて、怒鳴るのは希美が酷い。
ただし、柴勝さんと久五郎達は最低です。
「ともかくだな、『着衣えろ』の次の高みのえろ、『妄想力』を極めれば、例え裸だろうが好みに合わぬ女だろうが、目の前にはいつだって理想のえろが存在するのだ。『着衣えろ』なんぞ、えろ界の中では最弱よ……」
「そ、そうだったので御座るかー!わしは、井の中の蛙で御座ったあ!」
「えろ界、奥が深いのう」
「だけど、えろ大明神様。筆頭使徒の森部のお殿様がまだ至っていない高みなら、お客もそうでしょ?私達、裸になってもいいのですか?」
鶴が不安そうに聞く。
希美は「大丈夫だ」と頷いた。
「『妄想力』を鍛え、向上させる秘策を授けよう」
「その秘策とは……?」
久五郎がごくりと唾を呑んだ。
「『目隠し』よ」
「「「『目隠し』?!」」」
「人は視覚を奪われると、他の感覚が鋭敏になり、想像力が増すからな。勝手に妄想が膨らむさ」
鶴がしきりに頷いている。
プロフェッショナルの顔だ。やる気になってきたのだろう。
「ただしな、石鹸を使うし、洗い流す設備もいる。金はかかるぞ」
希美に指摘され、睡蓮屋店長はシビアな顔になった。
「やるなら、うちの馬油石鹸か椿油石鹸を安く卸してやろう。それを湯で薄めて使え。それと、価格は、通常の着衣遊女と、高級なあわおどり遊女で分ける事だ。それで質の良い高級部門で、金持ちからしっかり取るんだな。余所ではうちの石鹸はなかなか仕入れられぬし、有名人が通う店として、差別化ができよう」
「お師匠様……やりまする!わしは、遊女屋で日の本一になりまするぞ!!おい、鶴よ。あわおどり、わしで試せ。次の高みにも上らねば。筆頭使徒の努めじゃ!」
「私も腕を磨きます!!」
「久五郎、わしも体験したい。練習に付き合おう」
「が、がんばれよー」
河村久五郎の武将としての本職は、どうなってしまうのか。
希美は、焚き付けた手前、突っ込めなかった。
妙な展開になりはしたが、今回えろ教の女信者の意識を知った希美は、『えろの教え女信者バージョン』を周知すべきだと気付く事が出来た。
えろ教の女の輝き方。
適当に出した言葉だったが、地位の低い戦国の女達にとって、意識改革になるかもしれない。
希美は、自分が女達に何をすべきか、考えを巡らし始めた。
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