第66話  千客万来(誇張)

着衣人形『えろ丸君』ができたというのに、坊主連合御一行様はなかなか帰路につかなかった。


沢彦が信長の催促を受け、早々に脱落した後も森部辺りを観光し、さらに墨俣や一九条、普請中の稲葉山城や城下町の井口まで足を運んで、交友を深めつつ大いに楽しんだ。


そしてようやくひと月半後、秋の収穫もすっかり終わった頃に、互いに別れを惜しみながら帰って行ったのである。


彼らはしっかりと懐に、着衣人形を忍ばせている。




この人形、実は特注品だ。


わざと荒く木を削り、何となく顔かたちがわかる程度に留めている。


人形の服は二着。通常の着物バージョンと袈裟と裳の御仏バージョンだ。


普段は御仏バージョンで誤魔化し、えろの修行の時だけ着物を着せるらしい。




(隠れキリシタンの『マリア観音』はまだわかる。だが、隠れえろの『着衣仏』は流石にまずいだろ)


それぞれの宗派の寺院に帰っていく隠れえろ坊主達を、希美はぬるーい眼差しで見送った。








その頃、希美は非常に忙しく過ごしていた。


末森での農地改革の成果が著しく、小さな収穫祭を企画したり、成果を基に墨俣と一九条の百姓に来年度の農地改革の説明会を行ったり、天王寺屋に頼んで新たに作物の種や苗を仕入れ、百姓と打合せを行ったり、ここぞとばかりに内政である。




戦国時代、いつ何時戦になるかわからぬ。


内政はできる時にしておかねば、の精神だったが、主に食糧の事ばかりに向かう希美は、完全に食いしん坊である。




(種を手に入れて裏作で栽培していた菜の花から、また種が大量に採れたから、さらに菜の花畑を増やして、油にしたいなあ。酪農も順調だけど、バターとかチーズとかの作り方はよくわからないし、誰か酪農家の南蛮人呼べないかな。そんで、来年はうちの領合同で大きな収穫フェスやりたい!)




また違う油を増やす気満々である。


これだから、『油売り武将』などと呼ばれるのだ。




「おし!天王寺屋の助さんにお手紙書くか!」








助さんへ




お元気ですか?


いつも種や苗を融通してくれて、ありがとう!


少しですが、うちで作ったお砂糖と清酒を送ります。また、小麦粉買いたいので、送ってください。


ところで、堺は南蛮人がたくさん来ると聞いていますが、牛の乳から『バター』や、『チーズ』が作れる南蛮人を探しています。


誰か来てくれそうな人いませんか?


探しておいてくれると嬉しいです。




お体に気をつけて!




権より








希美は、ビートから作った砂糖と清酒を用意し、手紙といっしょに堺に送った。


完全に、南蛮人×えろ教のフラグだろう。


希美はろくな事を考えない。




さて、希美が食い気全開で内政している事など露知らず、希美のこれまでの行動は坊主以外にも影響を与えていた。










「義父上、柴田権六勝家は坊主どもを籠落してしまったようです」


「なんと、彼の地で宗派争いになると思うておったが、見事抑えたか」


「やはり、恐るべき人です」




美濃河渡城。安藤伊賀守守就の居城である。


城の一室では、守就と婿の竹中半兵衛重治が膝を突き合わせている。


守就が、ううむ、と唸った。


「美濃は、柴田殿に落とされたと言っても過言ではないな」


「まさに。先代の死を予見していたかの如き動きの速さで攻め入り、まるで合戦の場がわかっていたかのように前年には森部城主河村久五郎を調略。えろ教なるものを蔓延らせ、気が付けば殿や重臣までも落ちていた。なんという鮮やかな手並みか」


半兵衛は感心している。




「まさに今孔明。いや、蜀の孔明を凌ぐ知将と見ます」


半兵衛の目は曇っていた。




守就の目も曇っている。


「うむ。えろ教はわからぬが、美濃の民はほとんどが入信しておる。これは完膚なきまでにしてやられたわ。えろ教の仕組みもよく練られておる。宗派の掛け持ちなど、考えもつかぬ鬼策よ」




「義父上、私は柴田殿の元に参ろうかと思います。彼の人の麾下きかに入り、師として策謀を学ぼうかと」


半兵衛の決意に守就は頷いた。


「わかった。しかし、えろ教徒ではないお主が行って、相手にしてもらえようか。特に柴田殿の愛弟子は、お主を嫌うておった斎藤の殿ぞ」


「えろ教は、他の宗派を嫌わず尊重すると聞きます。なに、いざとなれば、私の方が目下ながら、劉備玄徳が諸葛亮孔明に礼を尽くしたように、礼を尽くし何度でも門を叩きましょう。」




こうして、半兵衛は後の事を弟の久作に託し、自身の居城である菩提山城を出た。


知将を目指す希美だが、何か非常におかしな事になっているようである。








一方、甲斐の躑躅ヶ崎館の一室では、『甲斐の虎』と呼ばれる男が、側近の高坂弾正昌信と膝を突き合わせていた。




「此度の川中島で次郎(信繁)と勘助が死んでしもうたわ……」


「大変な戦いで御座いましたな。終わりには勝てたとは言え、御館様までご負傷を」


武田信玄は渋い表情で故人を思っている。


高坂弾正は気遣わしげに主君を見た。


「もうすぐ厳しい冬が来る。ただでさえ貧しい土地なのに、戦の後じゃ。今年も餓死者が出ようの」


信玄はため息を吐いた。


高坂弾正は重い話題を変えようとして、美濃の事を思い出した。




「そういえば、美濃はえろ教と織田に落ちたと聞きまするが、なんでも後ろで図面を描いたのは、柴田権六勝家とか。その領地は極楽の如く、栄えておるそうで御座る」


信玄は目を細めた。


「羨ましい事よ。いっその事、わしもえろ教に改宗して柴田に甲斐を極楽にしてもらうかの」


「お戯れを!一昨年御出家なされたばかりでしょうに」


「はははっ、戯れ言よ、許せ。わしも上杉の様に、冬越しのために美濃に攻め入るかの。美濃の飯を食うて、春になれば甲斐に戻るのよ」


少し元気を取り戻した信玄に、高坂弾正はほっとした。


「美濃の柴田領は、見た事もないほど珍しく、 うまい飯が食べられるとか」


高坂も信玄の冗談に乗った。しかし、信玄はその言葉に興味を持ったようだ。


「栄えた領地。見たこともない料理。えろ教で美濃を落とした武将。行ってみたいの」


高坂弾正は嫌な予感がした。


しかし、信玄はその気になった。




「行ってみようではないか」






その後信玄は、止める側近達をものともせず、とうとうお忍びでの美濃行きを決めてしまった。


雪が降る前にと、さっさと輿に乗って館を出立する信玄。












ぴんぽーん♪




十月も終わる頃、希美宅に厄介な客たちがアポ無し突撃を決行したのである。

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