第64話 希美のエロ教啓発セミナー

森部城内にある『男の隠れ家』。


そこに集まった男達は、皆一様に困惑していた。


彼らは、揃って丸めた頭を頭巾で隠し、質の良い墨染の大衣をまとって座っている。




彼らは、『えろ教体験説明会』に集まった各宗派の代表達であった。


本来なら、対立する宗派の面々が一堂に会するなど有りはしない。もしそんな事があれば、激しい物争いが起こる事必至である。


しかし、今彼らにそんな気配はない。


なんせ、頭巾で顔がわからぬ。


お互い警戒して名乗り合わぬのに、どの宗派の誰なのかわかるはずもなく、わからぬ相手を非難しようもなかったのだ。




この草庵に案内されて後、ずっと奇妙で気まずい沈黙が流れていた。






カラリ


誰か入って来たようだ。


代表達が顔を上げると、そこには大柄で涼やかな目元の美丈夫と、丸顔の強かそうな老年の男が座につこうとしていた。


希美と河村久五郎である。








希美は久五郎を伴い、坊主達の待つ草庵に入った。


見定めるような視線が希美に刺さる。


(私がえろ大明神って、ばれてーら。流石に私の風体は知られているか)


そんな事を考えながら、希美は席に着いた。






「私が、墨俣城と十九条城を預かる柴田権六勝家だ。『えろ大明神』などと呼ばれておる。こっちが森部城城主、エロ教筆頭祭司の河村久五郎よ」




希美が名乗った瞬間だった。


どこに隠し持っていたのか、一人の堂々とした体躯の坊主が短刀を取り出し、流れるような動きで希美の眉間に突き立てた。


しかし、刃は希美の皮膚を通らず、折れてしまった。






「なんだ、上から言われて暗殺に参ったのか?」


(うおおーい!!ここで命狙われるの、二度目!この草庵、殺人現場に憧れでもあんの?!)




希美は内心の動揺を隠しながら、平然げに暗殺坊主に話し掛けた。


他の坊主達は、多少驚いているもののそこまでの動揺は無い。


タマの取り合いが日常茶飯時なのか。宗教は怖い。




「お、お師匠様のお命を狙うとは、なんと不届きな!言語道断じゃ!!」


(おい、お前。初対面で速攻鳥兜を盛ってきたお前……不届きはお前もだろ!)


立ち上がって喚く久五郎を希美は冷めた眼で見た。




「よい、座れ、久五郎。まあ、これでわかっただろう。私の噂が真かどうかな」


希美は暗殺者を含め、坊主全員を睥睨した。


「くくく……まさか、本当に刃が通らぬとは。御仏の御加護、確かに拝見した」


(言い様まで毒盛り久五郎と似てんな、この暗殺坊主。兄弟かよ)


希美は呆れて久五郎と坊主を見比べた。


久五郎が怒気を孕んだ声を出す。


「なんと、ふてぶてしい言い様じゃあ!」


(だから、おま言うー?!)






「まあ、座れ。ああ、名乗らんでいいぞ。今日は誰にも名乗らせぬからな」


「な、なんと!」


希美の言葉に、坊主共が息を呑んだ。




「何故私がお主達にそのようななりをさせたと思う?それはの、お主らが仲悪いからよ」


ぶっちゃけた希美に、誰もが言葉に詰まった。


「私はな、この度お主らがあまりにも過敏に反応するので、各宗派にえろ教の指針を伝え、えろ教が他宗派と共存できる教えである事を示した。その上で、どうしても心配なら、合同説明会を行うから来いと言うたのさ」


希美はぐるりと坊主等の顔を見渡した。


「つまり、お主等は此度、しっかとエロ教について理解して帰ってもらわねばいかぬ。ケンカなんぞしておる暇はないわ。誰が誰かわからねば、文句のつけようもあるまい。ふっふっふっ」






笑う希美に、皆口を開けて同じ事を思った。




(この男、常人では考えられぬ思考をしておる……)




坊主達と希美のディスカッションはこうして幕を開けた。








「そもさん!!」




「え?!せ、せっぱ?」


突然の希美の掛け声に、戸惑いながら坊主の一人(多分禅宗)が答えた。


しかし待てども、問答をしかけた相手は何も言わぬ。


少し経って、「あ、『そもさん』って、質問する方の言葉か」と間の抜けた呟きを発した希美は、その場の全員の目を点にした。




「お師匠様、それは……」


久五郎にすら嗜められ、「すまんすまん、一度言ってみたかったんだ。さ、仕切り直しだよ、新右衛門さん!」と軽くぼけた希美は、「わしは久五郎ですぞ」と久五郎が言うのを無視し、坊主達に向いた。






「あー、エロ教は掛け持ちいけるんで、他宗教とも共存できる、人にも坊主にも優しい宗教なんだけど、お前達、何が不満なの?」




ど直球だった。






恰幅の良い坊主が答えた。


「えろ教とは、女色を勧めておると聞いております。しかし御仏は五戒で信者の女色を戒めております。あなたは、御仏の御加護を賜りながら何故、邪な教えを広めるのですか」


「そうだ、そうだ!えろ教など邪教である!!」


「その通りよ、御仏がえろなんぞ認めるわけがない!」


同調の声が上がる。




(こいつら、仲悪いんじゃなかったっけ?!)


なかなかのまとまりを見せる坊主連合。


そして、そんなに間違った事は言っていない。




だが、希美とて適当な事を言わせると、……すごく適当な事になってしまうのだ!


希美は反撃に転じた。






「お主等は、何か勘違いをしておるな」




坊主等は怪訝な顔をした。


希美は言った。


「私は確かに御仏の御加護を得ておるから、女犯の禁を犯さば非難されて当然だろうし、私の場合直接御仏から仕置きが下る事になっておる」


(確か、サブタイ『押し売られた結果』で、そんな設定にしたはず)


希美が、心の中で何か世迷い事を口走っている!




「だが、エロ教自体は仏の教えとは違うものだ。お主等は、神道の神と御仏を一体として考えるが、『国産み』の儀式も『あめのうずめの命が裸で踊る』のも、普通に受け入れておるではないか。私とて、エロを導く神であって、仏そのものじゃないんだぞ」


(いやー、私は何を言ってんだろなあ。とにかく、この勢いで煙に巻いてやるぜ!)




今まで黙って目を閉じていた年経た坊主が、目を開け希美を見た。


「しかし、宗教の掛け持ちをするという事は、信者はえろ教徒でもあり、仏教徒でもある。仏教信者に女色を唆されるのは困りますな」




希美は、根本的な問題に立ち返る事にした。


年経た坊主に尋ねる。


「お主、どうやって産まれたのだ?」


「どうやって、とは?」


「肉の交わり無しで産まれたのか?」


「そんなわけが……!」


坊主がはっと口を押さえた。


希美は皆を見た。


「女色を信者に禁じれば、子は産まれず信者はいなくなるぞ。お主等もわかっておるだろう。御仏は坊主に女を禁じても、信者には禁じておらぬ」


坊主の一人が叫ぶ。


「しかし、性欲は非常に強い煩悩だと御仏は戒めておられる!」


希美は呆れた。


「阿呆か。性欲が無くなれば人類滅亡するだろ」




何も言えぬ坊主に希美は諭すように言った。


「御仏が、人間みんな死に絶えろなんて言うわけないじゃないか……そう、御仏は邪なエロを禁じているだけなんだ。煩悩が強すぎたら悪墜ちするから、煩悩を制御するように言っているんだよ……」


坊主達の瞳が揺れている。




希美はにっこりと笑った。




「さあ、そこで正しくエロを導く『エロ教』だ!なんとこのエロ教、女に触れず頭の中で裸を想像する修行でエロに指向性を持たせ、煩悩を制御し、無理強いや安易な交わりを防ぐ事ができる優れものなのだ!」


「「「「「な、なんと!!」」」」」




「さらにさらに!修行を続ける事で、自己の内面を見つめ続け、最終的には女に触れぬどころか瞑想一発で満足できるように!これで煩悩を捨てきれなくても女犯の心配無し!男犯も必要無し!極めれば宇宙と一体となる境地に至れるかもしれないよ!!」


「「「「「おおーー!!」」」」」




「そんなエロ教、なんと入会金一切必要なし!いつでも解約オッケー!助け合いがモットーな宗教だから、先輩信者のサポートも厚いぞ!普通は会えない神だって、エロ教なら会いに行けます!そして、今ならなんと……、修行に必要な着衣人形『おえろちゃん』がついてくるぞ!!」


「「「「「うおおおーーー!!」」」」」




「では、実際に体験してみて、よかったら入信考えてみてくれな!久五郎、後はよろしく!」


「お任せを!!」


久五郎は、興奮冷めやらぬ坊主達を何処かへ連れて行った。


























「「「「「入信します!!」」」」」




戻ってきた男達は、開口一番こう言ったのだった。

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