第53話 えろと羞恥は切っても切り離せない
希美から報告を受けた信長は、早速動いた。
犬山の抑えとして、林秀貞と丹羽長秀を清洲へと戻したのである。
「兵は美濃戦でそっちに割けないから、頭使って犬山抑えといて!こっちが片付いたら応援行くし!」という信長の無茶振りだ。
状況が状況だけに仕方ないが、流石に有能な二人も頬がひきつっていた。
悲愴な顔で墨俣を去る秀貞と長秀に、流石に同情を禁じ得ない希美だったが、二十三日を迎え十九条城砦に布陣し、いざ合戦となった際、信長から奇策として渡されたものに愕然となった。
「な、なんじゃあ、こりゃあ……!」
旗指物である。
武将が背中に指して自己アピールする、よくお店の外に立っている『のぼり旗』にそっくりなやつだ。
希美用に作られたと思われるその二棹の旗指物には、どでかく、
『えろ大明神』
『仏敵殲滅 我有仏加護』
と書いてある。
希美は恐る恐る信長に尋ねた。
「まさか、これを差して合戦に?」
「そうよ。陣形は左手の層を厚めにしておる故、お主は右手でひたすら暴れよ。どうせ、死なぬだろう」
「いやいやいや、馬鹿なの?『えろ大明神』を背負って戦いたくないわ!」
「お前が馬鹿だわ!相手は万近い数ぞ!できるだけ数を減らすには、神仏の力だろうが何だろうが、借りるしかあるまい。お主を見て逃げれば御の字、武器が効かぬお主に蹴散らされて動揺した奴等を右手の隊が確実に削っていくのよ」
「つまり相手が一万として、まず私一人が五千を相手に?!やっぱり馬鹿じゃねーか!」
「お前は馬鹿だから、できるはずじゃ!」
馬鹿の応酬である。
一益が向こうで、こちらを見ながら爆笑中だ。
そこへ(エロ)神をも恐れぬ久五郎が割り込んだ。
「お師匠様、実はお師匠様にまたお会いした時に是非ともつけていただきたいと、兜をこしらえていたのです。この旗指物に、よく似合いまするかと。どうか、お使い下され」
久五郎は持っていた箱を開けた。
兜の前面についている立物がちらと見える。直江兼続の兜の立物が『愛』の文字になっているように、この兜の立物も文字になっているようだ。
希美は、嫌な予感がした。
『えろ』
「やっぱりか!!!」
立物は予想通り、『えろ』だった。
池田恒興が悶えている。
「このような出で立ちで合戦場に……何という御褒美!はあっはあっ、はふうっ」
「殿、池田恒興がはあはあ悶えるほど、恥ずかしい装備なんですが……」
「よし、装着せよ!」
主より、無慈悲な命令が下される。信長は、かつてないほど素晴らしい笑顔だ。
(この、鬼畜どS野郎っっ)
「こ、来ないで……いやああああああ!!!」
サスペンスな悲鳴を上げて嫌がった希美だったが、その甲斐もなく呪われたアイテムを装備させられてしまった。
もう、柴田勝家御本人様に合わせる顔がない。
一益が向こうで、呼吸困難になっている。
一益は、そのまま召されればいい。希美はわりと本気でそう思った。
「その方、良い弟子を持ったの。なかなか見込みがあるぞ」
何の見込みだというのか。信長はにやけ顔を晒している。
(旗指物通り、仏敵を今すぐ殲滅してやりたいわ!)
将来皆から仏敵呼ばわりされる信長を、希美は睨んだ。
「おお、よくお似合いですぞ!」
久五郎は満足そうだ。
悪気ゼロなので、邪険にもできぬ。希美は唸った。
そこへ運悪く飛び込んで来た男がいた。
木下藤吉郎秀吉。後の豊臣秀吉である。
「殿っ、両軍の足軽共が小競り合いを始めましたぎゃ……ぎゃぎゃ?!!」
希美を見て固まる秀吉。希美は秀吉に優しく声をかけた。
「どうした、藤吉郎。私の格好に何か?」
藤吉郎はしどろもどろに答えた。
「あ、いえ、その……よく似合うておいでで……」
「このような格好が似合うと?この私が??」
真顔でずずいと顔を近付ける希美に、秀吉は堪らず逃げ出した。
「似合うておりませんーー!!えろってなんじゃあー!?」
本陣から走り去って行く秀吉を見て、ちょっとスッキリした希美は悪い奴である。
こんなだから、将来賤ヶ岳で意趣返しに攻め滅ぼされるのだ。
信長は秀吉が出て行くのを見て、希美を急き立てた。
「何をしておる。その方も早う行け!もう前哨戦は始まっておるぞ」
「ほ、本当にこれで行くので……?」
尻込みする希美に信長が癇癪を起こした。
「くどいぞ!行けい!!」
「くそっ!(はっ!)」
「今、何と言うたあっ!?」
(やっべー!思ってる事と言いたい事が反対に!)
「行ってきまーす!!」
怒鳴る信長を後ろに、希美はノルマ五千人が待つ戦場へ駆け出したのだった。
「柴田殿か?その格好は……」
「権六?!」
「すげーー!!えろ大明神、すげーー!!」
「何だあれ!ぶぁーっはっはっはっ、ひぃーっひぃー!」
恥ずかしさのあまり、希美は騎馬で、織田軍の陣地を猛スピードで突っ切った。
誰の顔も見ないようにしたが、希美の姿を見た仲間達が、口々に声をかけてくるのが聞こえた。
それらの声を置き去りにして、希美は顔を真っ赤にして最速で織田軍の右手最前にたどり着いた。
(最後の爆笑した奴、誰だ?!絶許!!)
希美はそのまま真っ直ぐ斎藤軍に向かって、馬を前に進めた。
段々近くなっていく敵陣。
約一万人だ。見渡す限りの人だ。
こんな人数を前に、のこのこ一人で対峙しに来るなんて、正気の沙汰ではない。
希美は自分を笑った。
(武道館でコンサートしたらこんな感じよ。うん、こんな格好だし、どっちかというとお笑いライブだよね)
「おし!じゃがいも、じゃがいも。みーんな、いかついじゃがいも!」
希美は息を吸った。
「私はあっ、この地にエロの道を示しエロ教を為させたあっ!エロ大明神の化身ん!柴田権六勝家であるっ!!!」
斎藤軍内がざわめいた。
信徒がかなり紛れているようだ。
「私の前に立ちはだかる者共よぉっ!!私のエロの伝道を邪魔するも同義じゃあ!!即刻立ち去れば許すぅっ!!立ち去らねば、神罰を下すぞぉ!!私には仏の加護もある!仏敵となるならば、同時に仏罰も加わるぞぉ!!」
斎藤軍は動揺しているようだ。
(あ、一人逃げ出した。いや、二人……どんどん足軽を中心に逃亡しているぞ?!)
してやったりである。
雪崩を打つようにかなりの数が移動している。
部隊を指揮する将も、こうなっては止める事は難しいだろう。
(それにしても、予想以上にエロ教が広まってるぞ……敵将が神って、大丈夫なの?美濃の人!)
こつんっ
「あ、誰か矢を仕掛けてきたな。この距離で眉間にクリーンヒットてとはなかなか良い腕だ。だが、残念だったな。チートなんだ」
こつんっ、こつんっ
当たったはずの矢をものともしない希美の姿に恐れを抱いたのだろう、また逃げ出す人が増えたようだ。
しばらく待って、あらかた人の移動が落ち着いた頃、開戦の合図が鳴った。
けっこう減らしたとはいえ、まだまだ美濃勢の数は織田の倍以上だ。
希美は、愛用の槍を握り、耐久マラソンに備えている。
敵軍が、もうそこまで迫っていた。
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