第52話 転生チートは転生者のものだから
エロ神降臨祭。
この戦国一しょうもない祭に出席を余儀なくされた希美に、河村久五郎はお伺いを立てた。
「降臨祭は五月の終わり頃を考えているのですが、お師匠様はまだこちらにいらっしゃいますよね?」
希美は少し考えて後、答えた。
「あー、確か五月二十三日に十四条の戦いで斎藤軍が攻めて来るから、そのあたりを避けてくれたらいいぞ……って、あ……」
目を見開く久五郎の顔を見て、希美は気付いてしまった。またもや、未来をポロリした事に。
可成や利家の表情なぞ見なくともわかる。
なんせ、いつも騒がしい利家が一言も喋らないのだ。
(ご、誤魔化してみよっかなー)
希美は空に手をかざしながら天を仰いだ。
「いやあ、五月の日差しは眩しいなあ。知っているか?この時期が一番日焼けするんだぞ!」
「曇天ですぞ」
(くっ、この久五郎め。弟子なら察しろよ)
「く、曇りだって、紫外線届いてるんだ!油断してると日焼けするんだからな!」
「何故日焼けにこだわっておるのかわかりませぬが、誤魔化されませんぞ」
久五郎は希美の肩に手を置き、悟ったような眼で微笑んだ。
「あきらめなされい……お告げ、ですな」
「はい。私がやりました……」
希美は思わず、認めてしまった。
久五郎は腐ってもエロくても、有能な武将なのだ。
「お告げ……権六、お主」
可成が目を細めて希美を見ている。
「すっげーー!!すっげーー!すっげーー!」
利家は、すっげーー!しか言えない呪いをかけられている。酷い討たれ方をした足立六兵衛の怨霊の仕業に違いない。
希美は可成を見た。可成は厳しい顔をしている。
希美は投げかけた。
「何か言いたい事がありそうだな」
「殿は、知っておるのか」
希美は首を振って言った。
「人には過ぎた力故、な」
「お主も人であろう?」
可成は希美の眼の奥を覗き込んでいる。
人か、人でないのか、見極めたいのだろうか。
希美は可成に確かめるように告げた。
「知らなかったのか?私は、仏(の遣い)で(エロ)神だぞ?」
久五郎が五体倒地を始めた。
利家もそれに倣って地に伏した。
(久五郎はともかく、馬ウェイクは何やってんだ……まあいいか。すでに名前も馬ウェイクだもんな)
希美は色々諦めた。面倒臭がりなのだ。
だから、信長にはあまり言いたくない。
絶対に未来が滅茶苦茶になりそうだから。
(たいした野心の無い私ですら、柴田勝家の人生が滅茶苦茶になっているというのに……)
いや、それは希美が全面的に悪い。
希美は可成に言った。
「私は、これから殿に美濃の反撃について知らせに行く。これがどういう事かお主ならわかるだろう?」
「先見の事は言わぬまでも、織田のために力を振るうつもりはある、という事か」
「そういう事だ。私も、何だかんだ言って殿が好きなのよ。……ただ」
「ただ?」
可成が先を促す。
「もしこの事がばれて殿が面倒臭くなったら、出奔するけどな!」
「はあ?出奔だと?」
「ちなみに、妻や側室を強要されても出奔する」
「出奔などして、どうするのだ?!」
「スローライフには憧れていました」
「すろ……?そんな事はよい!お主、織田家を守ると言っておったではないか?!」
「賢君ならばな」
可成の勢いが止まった。希美は溜め息を吐いて可成に言った。
「知っているだろう?民にとっては、良き政を行ってくれれば誰が頭だろうが歓迎するし、逆であれば例え『織田上総介信長』であろうと嫌なのよ。強すぎる薬は毒になる。私という毒薬のせいで殿が狂うのは嫌だし、民も迷惑だろ」
可成は希美を睨んだ。
「殿が、暗君になると……?」
「それは、わからん」
希美は頭を振った。
「だがな、私は斎藤義龍のように、ないがしろにされたから殺します、みたいな事はしたくない。殿には世話になったしな。だから、出奔だな」
「お主……」
呆れた表情の可成に、希美は笑って言った。
「発展した末森を置き土産にしたとしても、殿は怒り狂うだろうがな!まあ、出奔したとしても、殿が危ない時はこっそり助けるさ」
(信長は、本当は情が深くてちょっと可哀想な人だからなあ。本能寺はやっぱり助けたいよなあ)
「某らが殿に言わなければ、柴田殿は殿の側で殿を助けて下さるのですよね!」
利家が地面の上に座ったまま顔を上げ、希美を見て言った。
「ばれなければな。というかお主、なんで今さら畏まっておるのだ。お主には以前お告げを聞かせてやっただろうに」
「足立の首で殿に許してもらえるなど、お告げでなくとも予想できるでしょーよ!しかし、斎藤の反撃の日取りや場所までとあれば、予想の範疇を越えておるでしょう!そんな事より、柴田殿が織田からいなくなれば、とんでもない損で御座る。某は言いませぬぞ!!」
「お主、意外と考えておるのだな」
「いつも考えてないみたいな言い方じゃないっすか!……って、止めて!髷が崩れるだろ!」
抗議する利家の頭を希美は撫でながら思った。
(考えて馬ウェイクを名乗ってるなら、お前の頭はどうなっているのか)
気持ち良くなってきたのだろう、おとなしくなってきた利家の隣で、静かに久五郎が頭を差し出した。
エロ親父らしい、脂でてかてかに光る月代頭だ。
希美はちょっと躊躇して自分の掌を見た。
そしておもむろに腕をスイングする。
スパーーンッ
「有り難き幸せ……」
この男の幸せとは。
希美は鼻に皺を寄せて、袴で掌の脂をこすり落とした。
閑話休題。
希美は久五郎を伴って、信長のもとを訪れていた。
可成は「お主の意向に沿う」と言ってくれたので、今のところは面倒を回避できたと言えるだろう。
ただし、今のところは、であるが。
どうせ、希美のお口のチャックは壊れているのだ。
希美は、面倒な事を考えるのは面倒であると、この問題を後回しにした。そして差し当たりの脅威である十四条の戦いについて、信長に具申するために、信長に面会を求めたのである。
「で、何だ」
信長は、うんざりした様子で希美を見た。
『またこいつ、何かやらかしたのか?』
そんな気持ちが透けて見えるようだ。
希美は、十四条の戦いについて知っている事を話した。
「殿は、エロ教が美濃近辺で流行っている事をご存知と思います。当然、美濃人に信徒が増えている事も」
「ああ、知っておる」
「その信徒共から、河村久五郎が斎藤軍の今後の動きについて、情報を手に入れ申した」
久五郎が軽く頭を垂れる。
信長は思わず声が出た。
「なんと!でかした!どう動く?」
当然久五郎は知らぬので、希美が説明する。
「斎藤軍は来る二十三日、十四条村に陣地を構える模様」
「十四条村じゃと?今、源三郎に命じて砦を築かせておる十九条城跡を狙うておるのか!」
「そのようで」
「数は?」
「詳しくはわかりませぬが、森部を上回る数という話で御座る」
「万もあるか」
「考えられまするな」
信長は沈思黙考している。
希美は構わず、具申を続けた。
「殿、一つ気掛かりな事が」
信長は顔を上げた。
「何だ」
「ここの所、犬山の馬油の注文が増えているので御座る。気にはなっておったのですが、先程末森から知らせが参り申して、犬山に馬油を納めに行くと、何やら人を集めているようだったと。馬油は元々傷薬として使われておりまする。もしやして、清洲で一波乱あるやもしれませぬ」
(確か十四条の戦いでは、犬山の造反があって、墨俣を引き払ったんだったよね。末森からの知らせは嘘だけど、馬油の注文が増えているのは事実なんだよなあ)
信長は顔を歪めた。
彼の人生は身内の裏切りの連続であった。またか、という思いがあるのだろう。
信長は、自嘲するかのように「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「相わかった。手を打っておく」
「では、某等はこれにて」
希美は、来た時と同じく久五郎を伴い部屋を出た。
出る直前、ちらと見た信長は、深く思考の海に沈んでいるようだった。
希美もまた、物思いに沈んでいた。
(これは、確実に歴史に影響を及ぼすよね……)
本来は、十四条村から不意打ちで攻められ、織田源三郎広良は討ち死に。建設中の十九条城砦は焼かれ、織田軍は敗走。一時盛り返すも、犬山の造反の知らせで慌てて墨俣を引き払うのだ。
(何が、信長が未来を知れば無茶苦茶になる、だ。結局私だって、戦の当事者として有利に進めるために歴史改変しようとしてるんだ。勝手だよね)
希美は自身の矛盾に気付いていた。
だが、勝手なのはわかった上で、自分で賽をぶん投げたのだ。
(ふん、私、転生者だから。転生チートのチートって『ずる』って事だし、つまり転生者だからずるできるって事じゃん?信長は転生してないんだから、ずるしちゃダメなのよ。私は、いいけどな!)
考えれば考えるほど面倒臭くなったので、希美は全て都合よく解釈する事にした。
どこかのガキ大将のような理屈である。
(私は今から、織田の皆ができるだけ生き延びられるよう、ずるをする。やらない後悔より、やった後悔よ!)
「やるからには歴史を変える事、後悔しない」
希美は、そう決めたのだった。
でも、希美が希美故に、後々やっぱり後悔する事にはなるのである。
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