第27話 押し売られた結果

かくして、盗賊団は壊滅した。




終わってみると、盗賊団56人の内、捕縛された者は18人、捕縛を抵抗し斬られて死んだ者は12人、そして残りの26人、実に半数近くが同士討ちで死んでいたのである。


また捕縛された18人も、プータロー含めそのほとんどが、あの世に内定が決まる事となった。




取り調べでわかった事であるが、プータローは本当に、柴田勝家を誘きだし殺す計画を練っていたらしい。その首をもって、他国に盗賊団ごと仕官の口を買うつもりだったようだ。


それを聞いた柴田家家臣達は憤り、できるだけ惨たらしい処刑を望んだが、希美は許さなかった。




(私はどっかの豊臣秀吉じゃないんだから、見せしめのために、盗賊を親子で釜茹でみたいな処刑なんて見せられたら、一発でメンタル死ぬわ!)




ともあれ、プータロー達盗賊団は悉く死に、人買いに売られるのを待つばかりだった者達が、無事とはいかないまでも助け出されたのは、喜ばしい事であった。




その中に、あの千津の女中である夏もいた。


助け出された直後は、随分ひどく扱われたのか痛々しい姿だったものの、末森城で千津や女中達と過ごし、数日もすると、多少は笑顔も出るようになり、女中達と共に立ち働くようにまでなっていた。


乱世の女は、強い。




それにしても、なぜ千津達が城にいるのかであるが、千津との出会いが今回の騒動の迅速な解決になった事もあり、希美は身分を明かした上で、迎えが来るまで千津と夏を城で預かる事にしたのである。


千津には末森の親戚を頼るという選択もあったが、何やら嬉々として城にやって来たのだった。








「お初にお目にかかります。手前は津田助五朗と申します。堺では、天王寺屋助五朗などと呼ばれ、商いを行っております。柴田様におかれましてはご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます。この度は手前の姪をお助け頂き、誠に有難う御座いました」




勝家と同年代のこの男は、立て板に水の如くつらつらと言葉を繰り出し、挨拶を終えた。


その細い目は柔和に弧を描いているが、眼の奥底


ではじっとこちらを見定めている。希美は背に汗が伝うのを感じた。




(堺の天王寺屋……そういえば、捕物騒動が終わってすぐ、お手紙を出したよね。それにしても、お迎え、早くない?!)




確かに希美は、千津達の迎えを寄越すよう勝家の名前で堺の天王寺屋宛に手紙を出していた。


だが現代と違い、ここは戦国時代だ。その日に出した手紙が次の日に届くはずもない。どう考えても、手紙が堺に届いてすぐ出立したとしか思えない早さの迎えだった。




(なんか、すんごいやり手商人感が伝わってきて、めちゃ恐いんだけど……でも実は案外姪っ子ラブな人なのかもしれない)


希美は本来の小者っぷりを心の内に押し込め、末森城城主というギヤマンの面を被った。




「よう参られたの。姪御の事、さぞや心配だったであろう。すぐに会えるよう手配したのだが、千津殿とは語らえたかな」


「はい。お陰様にて。手前共のような一介の商人に過分なお心遣い、痛み入ります」


「何、こちらもあのような者共が野放しになっておったせいで、千津殿にも女中殿にも迷惑をかけたからの」


「いえ、末森に入った折に、柴田様の盗賊討伐の鮮やかさは聞き及んでおりますよ。その知略もさる事ながら、領民のために御自ら盗賊の巣に入り手を汚されるなど、仁君と評判になっております」




お互い、笑顔でジャブを出し合う。


(何だろう、この腹の探り合い感。なんか、妙な胸騒ぎが……最終的に、高級布団を買わされるのか?!……クーリングオフって効くのかなあ)




緊張が高まる中、その均衡は助五朗の驚くべき切り出しで崩れたのである。




「柴田様、御礼の品として手前が堺から持ち込みましたものと、もう一品、献上致したきものが御座います」


「ほう、礼など気にせぬでもよいのだが、何だ?」


「手前の姪を、御側に置いて頂きたく……」


助五朗は平伏した。


希美は怪訝な顔でその頭を眺めた。


「姪?千津殿の事か?別に女中なら間に合っているし、千津殿も良き年頃なのだから、堺や同じ商人仲間で縁を持ちたいという男共もおろうに」


希美の言葉に、次兵衛が突っ込んだ。


「殿。津田助五朗は、姪御を側室に、と申しておるのです」


「うぇ?!」


ギョッとして次兵衛を振り向いた希美は、次兵衛の顔を見てさらにギョッとした。


(なんつー表情してるんだ!)




だが、女との縁談が出た希美も余裕はない。


希美は狼狽えながら断った。


「む、むむ無理だ、無理に決まっている!」


「はい、商人の娘が御武家様の側室になどという分不相応な事は申しません。妾で良いので御座います。柴田様の御側に参る事は、千津のたっての望みなので御座います」


助五朗が平伏したまま請うた。




希美は想像した。


女と結婚。女と抱き合う。女と子どもを作る……




「ぜ、絶対、無理だわ……」


(ゾッとする。生理的に無理)




「何故です?殿には御嫡男がおりませぬ。確かに千津殿は商人の娘ですが、大殿とて商人の出の生駒の方という御側室がおられまする。もし出自が気になりますなら、どなたか武家の養女になされたらよろしい。堺の天王寺と縁戚になるのは柴田家にとっても悪い事では御座いませぬ」


次兵衛が一門衆の家老として、至極まっとうな具申をする。


だが、その表情は混沌を体現したかの様だ。




(お前は一体私にどうしてほしいのだ……)




次兵衛の事はさておき希美は考えた。この窮地を切り抜けるには一体どうしたらいいのか。


この混沌おじさんの言う通り、この時代の結婚は、政略であり仕事の一環とも言える。


勝家が当主として、御家のために子どもを作るのは義務である。


特に実家に力のある千津との結婚は、好条件なのだ。






「だが、断る!」


(普通の転生もの小説なら、「俺のハーレムはこれからだ!」という嫁増殖フラグなのだろうが、こちとらTSでいっ!そんかフラグなんぞ跡形もなく粉砕してやる!!)




意気込む希美に、助五朗は困惑しながらも畳み掛ける。


「千津がお嫌いですか?手前が言うのも何ですが、千津は器量も気立ても良い娘です。それに、天王寺屋が柴田様の後ろ楯となれば、御領地の政や合戦の折に色々御用立てできますよ」


(この野郎、利点を挙げて売り込んできよったな、負けんぞ!)


希美は言い返した。


「千津殿がどうという事ではないのだ。いくら美人で気立てが良くとも、私は結婚する気はない。後継ぎは養子を立てるつもりであるし、用立ても不要だ。自分で何とかする」


助五朗も食い下がる。


「しかし、失礼ながら、金やコネはある程身を守る術となります。そもそも御家を守るために縁を結ぶは当主の務めに御座いましょう」


(しつこいなあ、この押し売りはっ。いらんというのに)


「どうしても必要ならば、それに沿うよう考えるのが当主である。だが、今はどうしても必要であるとは言えぬ」


「いいえ、あなた様ならば、この天王寺屋の力はこれから絶対に必要になります。あなた様の才覚は、ここで留まるものではないと手前の商人の勘が告げておるのです」


「だから、必要ないと言ってるでしょう!!」


「いいえ、あなた様には絶対に必要です!!」


「絶対に、布団なんて買いませんったら!!」


「…………ふとん??」




(しまった、間違えた……)


完全に、対押し売り業者のノリで戦っていた希美だった。




思わぬ事を言ってしまった希美だったが、なかなか引き下がらぬ助五朗に、正直な所を伝えることにした。


「と、ともかく、嫁はいらぬ。私は女とそういう事はできぬのだ!」




助五朗と次兵衛は凍りついた。


「た、たたぬのですか……?」




完全に爆弾発言であった。




「ち、違う!そういう事じゃなくてだな」


それに気づいた希美は狼狽えながら否定したが、何と言おうか考えた。


(「女じゃなくて男が好きなんだ!」は確実に柴田勝家的にも、私の尻のためにもまずい。「心は女なんです」は、柴田勝家オネエ伝説が幕を開けてしまう……やはりここは、得意の出任せでいくしかない)




出任せが得意なしょうもない希美は、語り始めた。


「私が織田の殿に膳をぶつけられ、死にかけた折の事だ。実はあの世で御仏に会うたのよ」


「「な、なんと!」」


助五朗と次兵衛が驚愕する。


「私はあの世に行く事を拒んだ。そこで御仏は現世に戻るのに条件をつけられた」


「まさか、それが……」


「そうよ、女犯の禁よ。これを犯さば、私はあの世に戻る事になろう」


「そんな事が……」


助五朗は青ざめている。


希美は助五朗に優しく語りかけた。


「お主が私を買ってくれた事は嬉しい。しかし、嫁取りだけは、ならぬのだ」


「そうで御座いましたか……」


助五朗は肩を落としている。






「ならば、嫁入りとは別で、殿と天王寺屋とが手を組めばよいのでは?」


「「あ」」




次兵衛の一声により、千津の失恋と助五朗との文通が決まったのである。

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