第21話 親分と子分

さて、希美は自領の城である末森城にあった。


元々柴田家の領は下社城の辺りにあったが、勝家の元の主である信行が信長に謀殺された際、信長方に貢献したため、信行の居城であった末森城を任されたのである。




(元の主を裏切るとか、いやあ、乱世、乱世)




戦国時代の武士は逞しい。自分の信条のためならば、裏切りも辞さない。


希美は、見目の良い津田蔵人と元主の信行がイチャイチャしている様や、津田蔵人や信行との意見の対立を勝家の記憶に視て、自身の家臣団を思い返した。




(見限られないように気を付けよう……)






その末森城には、信行の遺児である坊丸君がいる。勝家が末森城と供に信長に養育を任されたのだ。




(裏切った主の遺児を育てさせるとか、信長はドSで間違いない)


裏切った勝家にも父を謀殺された坊丸にも、嫌がらせとしか思えぬ采配である。


(まあ、下手な人物に任せて、また謀反の旗頭にされたらまずいもんなあ。信行父ちゃん、謀反アーンド謀反で最早謀反がライフワークになってたし、まわりも『謀反、謀反』しか言わなくて、もう謀反がゲシュタルト崩壊しそうだった)




希美は、謀反被害者の坊丸君に会いに来たのだ。


(なんて声かけよう。そもそも、坊丸君は私の事をどう思ってるんだろう。やっぱ父の仇かな。やべー緊張するわー)


希美は勝家の記憶に残るおとなしげな坊丸の姿を思い出し、ドキドキしながら襖を開けた。






「おかえりなさいませ、かついえどの。ごぶじでなによりでした」


そこには黒髪を肩まで垂らした小さな武士の子どもが座っていた。


子どもにしては落ち着いており、聡明そうな目でこちらを見ている。




(これで五歳とか、しっかりしてるなあ)




希美は我が子を思い出した。


(すぐにち○ちん触って、怒られてたっけ)


希美は笑って、そして涙をこらえた。


(坊丸君はちん○ん触らなさそうー)


希美の坊丸評は、残念な表現になってしまった。




「ただいま戻りました。少し見ぬうちに、大きくなられましたな」


坊丸は笑んだ。


「こどもはおおきくなるものです」


(賢すぎない?)


「坊丸様は転生者ですかな?」


「?てんせい??」


(違ったか)


「すみませぬ。気にしないでくだされ」


「?はい」




坊丸との会話はそれからもスムーズに進んだが、会話が進むにつれ、希美はなんだかもどかしさを感じていた。


そこで希美は、傅役や侍女にお願いした。


「坊丸君と二人で過ごしたい。申し訳ないが外で待っていてくれぬか?」


「二人で、ですか?」


「養父として、子と水入らずになりたいのだ」


傅役も多くの侍女も快諾し外に出た。乳母など信行時代から坊丸に仕えている者達は警戒してごねたが、なんとか説得した。




そして、二人きりになったのである。






「キャーーハハハハ、キャーハハ、かついえどの、もうやめ……キャハハハ」


「やめてほしければ、某を親分と呼ぶのだー」


「わかっ、わかったっ、呼ぶ、呼ぶからっヒヒヒヒイヤー」


部屋の中はくすぐり地獄と化していた。


部屋の外では、何やらドタドタと騒がしい。


「坊丸様ぁー!」


「おのれ柴田め、坊丸様まで」


「柴田勝家は鬼畜じゃあ!あのような子どもに無体をっ」


部屋に乱入しようとする乳母達を、勝家方の者達が抑えてくれているようだ。


希美は安堵した。


(よかった、部屋を出す時に傅役達に抑えをお願いしておいて)


(それにしても最近鬼畜扱いが酷すぎる。これ、鬼柴田から鬼畜柴田に称号チェンジしないよね。こんな歴史改変、望んでないんだけど)




坊丸が息も絶え絶えになった所でくすぐり地獄は終了した。


坊丸はやっと一息ついた様子だったが、希美の次の言葉で眉をひくつかせた。


「おっし、次は飛行機だー!」


「ひ、ひこうき??」




その後も、『しっぽ取り鬼ごっこ』や『だるまさんが転んだ』、『相撲ごっこ』など散々遊び倒し、希美と坊丸は部屋の真ん中で並んで寝転んだ。


「おやぶん、これぎょうぎがわるいです」


「たまにはよいのよ、男だからな」


希美は女であることをさらっと棚に上げた。




「坊丸、楽しかったか?」


「はい、こんなにわらったのははじめてです」


「そうか」


希美は坊丸を可哀想に思った。この年頃の男の子は多くがやんちゃで自分の感情に素直だ。


(これまで大声で笑ったことないのか……)


父は殺され、母はどこぞに嫁がされた。


仇に養育され、まわりのほとんどが仇側の人間。


(笑えないよなあ。それで、大人のふりしたおとなしい子どもの出来上がり、か)




「坊丸、さみしいか?」


「……いえ、みな、むほんにんのこによくしてくれます」


「そうか、さみしいか」


希美は断じた。


坊丸は迷った様子だったが小さな声で、「はい」と言った。


希美は起き上がり胡座をかくと、坊丸を抱き起こし、膝に乗せた。


「私は、坊丸の父を殺す手伝いをした。つまり坊丸の仇よ」


「……はい」


「私の事を許せぬでよい。だが、私はそなたを今日みたいに可愛がって、守って、大好きだーってぎゅーっと抱きしめるぞ!私は親分で、そなたは子分だからな!」


坊丸は目を見開いた。


「だいすき、ですか?むほんにんのこ、なのに」


「謀反人は嫌うかもしれんが、謀反人の子は大好きだ!!」


無茶苦茶だった。




が、坊丸の心には真っ直ぐ届いたらしかった。


「わたしも、わたしもおやぶんのことが、すきです」


「父の仇ぞ?」


「ちちのかたきはきらいですが、おやぶんはだいすきです!!」


希美は目を丸くすると、吹き出して笑った。


「これは、一本取られたな」




この日、末森城の父子の関係は改められた。


親分と子分となったのだ。


親分と子分はルールを決めた。


『いっしょにいる時は、一日一回お互いにぎゅーっと抱きしめること』




ただし希美は念のために、『信長の前で、仇は嫌い、と言わないこと』というルールを付け加えたのだった。


(あのドSにそんな事言ったら、嬉々としていじめに来るに違いない)










その後、希美が坊丸を抱きしめる度に、次兵衛の威圧スキルが上がっていくことを、希美はまだ知るよしもない。

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