第20話 次兵衛の献身、希美の困惑

勝家(ご本人様)に説教され、明け方近くに目覚めてしまった希美だったが、これからの乱世ライフに向け気持ちを新たにしようと、早速鍛練を行う事にした。


しかし寅の刻(午前4時)である。まだ寝ているだろう女中を起こすのが憚られ、希美は寝間着のまま厠を済ませ、手水を使って顔を洗い歯を磨いた。


そして、部屋に常備している愛用の槍(これまでに数多の血を浴びてきたため柄の部分は血で染まりどす黒く光っている怨念のこもった逸品)を手に庭に出ると、勝家の記憶を頼りに槍をふるい始めた。




ビュッ


「ふっ」


ビュウッ


「ふんっ」


ビュッ


「ふうっ」


ビュウッ


「ふんんっ」




息遣いがうるさい。


たちまち何事かと女中や小姓が起き出した。安眠妨害もいいとこである。


女中も小姓も、寝間着姿のまま庭で槍をふるう勝家を見るや、慌てて庭に飛び出した。




「何をなさっておいでですか?!」


「昨日お体を悪くされたばかりですぞ!」


「誰かー!殿がご乱心!!」




(誰がご乱心だ)


「あー、心配をかけたな。もう大丈夫だ。この通り、元気になった」


「なりませぬ、寝所へ戻られませ」


「槍は預かりまする」


「誰かー!殿を縛りつける縄を!!」




(三人目は私をゴリラかなんかだと思ってないかな)


女中がぐいぐいと背を押し、小姓に槍を奪われ、希美は寝所へ逆戻りとなった。


「いや、本当にもう大丈夫……」


「いいえ、殿はいつも御城の事に領民の事、鍛練にわし等の事まで心を配られて、働き詰めなのです。そもそも一昨日戦から帰ったばかりなのですから、どうかお休み下さい」


小姓頭の久太郎が夜着を希美にかけた。


「いや、もう目は覚めてしまったからな、また寝るのは……」


「寝られぬならば、この久太郎が添い寝を」


「いや、よい。一人で寝られる」


「左様ですか……」


何故か残念そうに離れる久太郎。


(少年よ、こんなおっさんと添い寝したいのか?)


希美は、久太郎少年と少しだけ距離をとることを決めた。




「お休みなさいませ」


皆が部屋を出た。が、部屋の外に一人控えている。希美の逃亡阻止要員だろう。




一人になり、希美は考えた。


(勝家は愛されているなあ)


それは勝家が真摯に皆に向き合い、守ってきた結果なのだろう。


その勝家が、希美に生きろと言った。自分の守りたかったものを守ってくれ、と。


(織田家と、領民と、家臣団)


希美は勝家の厳しい目を思い出した。


(私は、あんな風になれるだろうか)


夜着に包まれ思考しているうちに、いつしか希美は目を閉じていた。








希美が意識を取り戻した時既に日は高く、すわ寝過ごしたかと飛び起きた。




「お目覚めになられましたか、殿」


次兵衛であった。


希美は慌てて聞いた。


「今何時だ?」


「もう午の刻は過ぎておりますな」


(正午じゃん!完全に寝過ごした!)


「今日は午前に清須で論功報奨があったはず。なぜ起こさなかった?!」


「既に、殿が臥せっていることは御城に伝えております。大殿も『休め』との仰せでした。それより、何か口に入れられるものを用意させましょう。松、松!」




流石の次兵衛である。痒い所に手が届く。


希美は浮きかけた腰を下ろした。


「次兵衛殿、そなたも疲れ」


「次兵衛です」


「え?」


「次兵衛と、お呼び下され」


次兵衛は目が据わっている。希美はたじろいだ。


「あ、いや、姉上が……」


「わしは殿の家臣ですぞ。義兄であろうが家臣は家臣。次兵衛、とお呼び下され」


次兵衛の圧が増した。


「あ、はい。」


(こいつ、威圧スキル持ってるんじゃね?)




女中が膳を持ってくる。昨日吐いたからだろう。湯漬けに漬け物、軽めに用意してある。


おもむろに次兵衛が匙をとり、湯漬けをすくい、ふうふうと息をふきかけた。


(いや、お前が食べるのかよ!?)




ギョッとした希美だったが、次兵衛はその匙を希美の口元に持ってきた。


「殿、口をお開け下され」




まさかの、『あーん』である。


おっさんがおっさんに、『あーん』。


(どこに需要があるんだ、この場面)




「あの、次兵衛さん」


「次兵衛、と」


「じ、次兵衛、一人で食べるから」


「殿は戦の疲れがまだ癒えていないのです。殿のお世話はこの次兵衛が全て賄いまする」


「いや、何を言ってるんだ」


甲斐甲斐しく世話を焼く次兵衛を見て、希美は諦めて口を開き、おっさんの匙を受け入れた。


(最近の次兵衛の忠誠度がMAX振り切ってる気がするんだが、誰だこいつのやる気スイッチ押したやつは)


それは当然、希美である。元凶は希美の『合コンに使える落とし技』だ。また止めは、先の合戦で希美が体を張って次兵衛を助けた事だった。


次兵衛は、希美の崇拝者として仕上がってしまったのだった。




おっさんがおっさんの匙を甘んじて受け入れる(意味深)という謎の時間が過ぎ去り、希美が次兵衛に午睡を迫られ、あわやおっさんの子守唄を聴かされる羽目になりそうになっていた時である。


小姓が慌ててやって来て、魔王と闇米の来訪を告げた。


その後10秒も経たぬうちに、「見舞いに来たぞ」と部屋に入ってきたあたり、魔王は『先触れ』という言葉を知らぬらしい。


希美は寝間着姿のまま、主君(暴君)を迎えることになった。




「その方が寝込んだと聞いてな、珍しいので見物に来た」


この言である。


(素直に心配で見舞いに来たと言えばいいのに、面倒くせえな、ツンデレ属性は)


希美は生暖かい目で信長を見た。


「敬愛する柴田殿がお倒れになったと聞いて、殿の供に志願して参りました。先触れも無くすみませぬ」


丹羽長秀である。相変わらず黒目のハイライトが消えている。


(でも、信長よりは常識的かな?)


「しかし、合戦での活躍は聞きましたぞ。群がる敵を息をするように薙ぎ倒し、蹴散らしたとか。特に某が感服しましたのは、敵の両の足を執拗に狙い無力化しただけでなく、ただ殺すよりも生きている限り地獄を味あわせるという、まさに無慈悲かつ冷酷な所業。この長秀、聞いた時は歓喜で震えが止まりませんでしたよ……」


(この野郎、信長、この第六天魔王め。なんつー奴を供にしたんだ。こんなヤバい奴、見舞いに連れて来ちゃ一番いけない奴だろ!!)


希美は、顔をひきつらせながら「そ、それはよかったですね……」と答えた。




信長もちょっと顔をひきつらせている。


「その方、頭をぶつけて鬼畜になったの」


(確かに鬼畜の所業やらかしたのは私だけど、リアル鬼畜はあんたの供だ、馬鹿!)


とは言えない希美は、渋々頭を下げて言った。


「某が未熟にて……」


そんな希美に対し信長は重ねた


「その事よ。その方、あれだけ無双しておいて、なぜ首級を取らなんだ」


「……」


「何を考えておった?」


(言えない。敵の命を取れなかったなんて)


希美は、なんとか答えを絞り出した。


「ただ、無我夢中で……首を取ることを忘れており申した」


(こんなの、言い訳だ)


「いや、柴田殿は、生き恥を晒させることで敵方に絶望と混沌を……」


長秀は平常運転だった。


「「お前は黙ってろ」」




信長は仕切り直した。


「戦場で立ち止まると死ぬのは自分ぞ。」


「は……」


「そして敵に情けをかけると、死ぬのは身内じゃ」


「はい」


(信長は見抜いたのか。私が迷ったことを)


信長は希美を見据えた。


「次はない。励め」


「はっ」


(答えなんて出ない。でも、次に誰かの命を奪う時は、ちゃんと背負う)


希美は決意を新たにしたのだった。




















「ところでその方、相変わらず髭を剃っているようだの」


「はあ」


「髪も、艶があるの」


「椿油を、つけておりまする」


「椿か」


「花の落ち方を気にしませぬなら、うちで取った油を献上致しまする」


「もらおう」


「……髭と月代は、やはりださいか?」


「某にとっては」


「で、あるか」


「……」


「邪魔をした。帰るぞ、五郎左!」


「はっ。それでは柴田殿、また御城にて」






「なあ、次兵衛」


「何でございますかな」


「あの人達、何しに来たのかな」


「殿の体調には一切触れずに帰ってしまいましたね」


「まあよいか。殿だしな」


「大殿ですからな」




突如やって来た魔王と闇米は去った。


(織田家を守るか……)


あの二人を思い浮かべ、希美はちょっと自信がなくなった。

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