Op.36 海中の巨獣

 ライドは、基地に設けられた連隊長室で新聞に目を通していた。新聞の記事には、ベリンダで発生した鋼殻竜パンツァーの襲撃による死傷者数が記載されている。

「失礼します」

 ノックの音と共に、ヘレンが入室して来た。

「大佐、少しよろしいでしょうか?」

「ああ」

 ライドは机の上に新聞を置いた。

 その新聞に目を留めたヘレンは、ライドに問いかける。

「気になりますか?」

「……犠牲は覚悟の上だ。それでも計画を前に進めると決めた。今さら感傷に浸る資格はない」

「資格ですか……」

「それより、要件を聞こう」

「あ、はい……明後日、タリスから出港する海洋投棄船に、情報局の諜報員が紛れ込んでいるとの報告がありました」

「特定はできているのか?」

「いえ、報告を受けてから探らせてはみたのですが、怪しいと思われる人物は見当たりませんでした」

「ブラフを掴まされたか……?」

「可能性は捨てきれません」

「ふむ……判断がつかない以上は、捨て置くわけにもいかないな」

「出港を取り止めますか?」

「それこそ特異な反応として認識されかねない。あぶり出しを目的として、あえて情報をリークしたのかもしれないしな。それに、なるべく早く、あれを完全な状態にしておきたい。アルテシアで、どうにも気になる動きがある」

「動き?」

「ベリンダの避難民……その一部が、ミストルティンから移動を始めた」

「難民キャンプが手狭になったからでは?」

「十分に考えられることだが……目的地は、どうやらキスカヌらしい」

「キスカヌ……しかし、あそこはアース文明の防御設備が未だに生きているために、誰も立ち入ることができないはずです」

「だからこそ、そのキスカヌに、何かしらの変化があったのかもしれない」

「……女神が関わっているのでしょうか?」

「現状では何とも言えないが、注意を向ける必要はあるだろう。アース文明が絡むことでもあるしな……ヘレン、近い内にクリファを連れて偵察に赴いてもらえないか?」

「構いませんが……大佐の方は?」

「念のため、ここを引き払う準備を進めておく。船の方に勘づいたとすれば、こちらを押さえようと動いてくるかもしれない。自ずと、あれが手に負えないものだと察するだろうからな」

「ライド、お腹すいた」

 扉を開き、クリファが姿を現した。

「あなた……先ほど朝食を済ませたばかりでしょう」

 苦言を口にするヘレンの横合いから、ライドがクリファに話しかける。

「丁度良い。クリファ、また遠出をしてもらわなければならなくなった」

「ライドと一緒?」

「いや、今回はヘレンに同行してもらう」

「…………」

「何ですか、その嫌そうな顔は?」

 ヘレンが詰問する横で、ライドが思い出したように告げる。

「ああ、そうだ。クリファ、もう一つ頼まれてもらいたい」

「何か食べさせてくれるなら頼まれる」

「勿論だ。船ごと食べさせてやる」

「船ごと?」

「大佐……!」

 首を傾げるクリファと、何かを察して戦慄するヘレンの視線の先で、ライドは冷たい表情を作った。


          ◆


 荒天の洋上を、一隻の貨物船が大きく揺らぎながら進む。

『目標の海域に入った。甲板員は予定通り、積み荷の投棄を開始しろ』

 船内放送に従い、貨物船の甲板員たちが鉄製のコンテナから固定具を外した。次々と波間に投げ落とされるコンテナを眺めながら、甲板員の一人が近場の同僚に問いかける。

「なあ、なんで捨てちまうんだ? 中身は希土類だって聞いたぜ。勿体ねえ」

「ああ? そういや、お前は新入りだったな。まあ、しかし、こいつは焚き火の中に手を突っ込むようなもんだ。乗船前に教えてもらってねえなら、知らないままの方が身のためだぜ」

「そう言うなよ。気になるじゃねえか」

「……仕方ねえな」

 舌打ち、同僚は手招きをした。前後左右に視線を走らせた後、近づいて来た甲板員に小さな声で耳打ちする。

「こいつは、餌だ」

「餌?」

 甲板員が聞き返した直後、獣の唸り声のような音が周囲に響いた。続いて貨物船が激しく揺さぶられ、巨大な顎が貨物船の両舷から立ち上がった。

「待て! 俺たちは違う!」

「なん……だ……こいつは――」

 甲板員の言葉は、貨物船と共に巨大な顎に噛み砕かれ、海中に没した。

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