六文銭の十本刀/終

 あれから時が過ぎ、幸村は十八に別れを告げ、十九となった。


 ある日の昼下がり。


 ぽかぽか陽気に誘われ、幸村は縁側にいた。

(……もう、梅の季節も終わりだな)

 中庭にある梅の花はほとんど散っているが、代わりに桃の花が可愛らしい花を咲かせている。これが散り始める頃、今度は桜が蕾を膨らませ、花を咲かせることだろう。

 ふと、幸村は思い立つ。

(もし、俺に娘が生まれたら『阿梅おうめ』とでもつけようかな)

 我ながら、らしくないことを考えたものだ。

 思わず自分に苦笑するが、

(いや待て! そうなったら、うんじいがはりきりそうだ)

 すぐさま考えを改めた。

 その気になれば、海野は孫娘である楓とすぐさま婚姻させることだろう。

 ひゅうっ、と風が吹いた。

 ぶるっと体が震える。暖かくなってきたとはいえ、まだ冬の名残があった。

(……茶が欲しい)

 そう思った矢先、


「どうぞ」


 茶を差し出された。持ってきたのは、佐助。

 たまらず目を丸くする幸村。

「なに? その顔」

「……いや、またおかしくなったんじゃないかと思っただけだ」

「もう! さいちゃんと同じこと言わないで!」

「なんだ。言われたのか?」

「おれがせっかく、さいちゃんのために団子とお茶を用意したのに。『あなたは本当に佐助ですか?』って言われて、なんでそんなこと言うのって聞いたら、『あなたがおかしくなったんじゃないかと思っただけです』だってさ!」

 才蔵の真似をしながら、佐助は説明した。幸村は苦笑する。

「それはしかたない。あれから半年も経ってないんだぞ? 才蔵だって警戒するだろうさ」

 佐助は頬を膨らませた。佐助の髪はあの時から短いままだ。柔らかい印象は変わらないが、多少は「こいつも男なんだな」と思わせる顔になった。


「他のやつらはどうしてる?」


 幸村は茶をすすりながら、佐助に尋ねる。

「さいちゃんは読書中。清海はくしゃみが止まらなくて困ってた。十蔵はくしゃみ止めの薬を作ってる。根津と伊三いさ小六ころくは稽古。お千代ちゃんと由利、楓はその見届け人。海野うんのさんと望月くんは知らない」

「そうか」

 それぞれの時を過ごしているんだな、と幸村は思った。

 沈黙が二人を支配する。


「……若さま」


 佐助が口を開いた。

「おれ、あらためて誓うよ」

「なにを?」

 首をかしげた。

「おれ、若さまを支える。だから――」

 ぷっと吹き出し、笑いを必死にこらえる。佐助は真面目な誓いをばかにされたと思った。

「ちょっと! 笑うなんてひどい!」

「いや、すまん。いまさら、なにを言っているんだと思ったんだ」

 笑いをこらえれば、こらえるほどこみ上げてくる。佐助はそっぽを向いた。

「知らない!」

「悪かった。悪かった。――だがな佐助」

 真剣な口調で幸村は言う。

「俺としては、勇士たちとともに支えてほしいんだが?」

 佐助はきょとんとした後、笑顔で答える。


「あたりまえだよ! おれたち〝六文銭ろくもんせん十本刀じゅっぽんがたな〟なんだから!」


 六文銭――真田の家紋。それは幸村だ。そして、勇士を〝刀〟にたとえているのだろう。

 それはわかるのだが――。

「……どうして、〝十本刀〟なんだ?」

「おれとさいちゃん、海野さんと望月くん。根津と由利、三好兄弟。十蔵と小六――これが若さまの〝十本刀〟だよ」

 たしかに、数は合う。最年少である千代は除外しているようだが……。


「――楓は入ってないんだな」


 げぇ! 佐助は露骨に不愉快極まりない表情を浮かべた。

「やだよ! あいつが若さまの〝十本刀〟になんかなれるわけないじゃん。もし、あいつがそうなったら……おれ、頭領やめるからね!」

 幼い頃からわからないことがある。佐助は楓が絡むと、なぜか辛辣しんらつになるのだ。それはどうしてか、と周りに訊いたことがある。望月と小六は「同族嫌悪」と答え、才蔵からは「照れ隠しでしょう」という答えが返ってきた。

(今度、根津と由利にも訊いてみるか)

 そんなことを考えながら、幸村は茶をすする。


「――うまいな」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幻想戦国譚 六文銭の十本刀 緋崎水那 @h_saki-mn_k

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ