六文銭の十本刀/16

 秋が終わり、初冬を迎えた頃。


 あの騒動からずっと眠っていた佐助がゆっくりと目を開く。

 ぼんやりとした目が天井を捉えている。

「おはようございます。佐助」

「……さい……ちゃ……ん?」

 友人を呼ぶと、佐助の意識が徐々に覚醒し、瞳が見開かれていく。


「さいちゃん!」


 佐助は飛び起きた。

「……起きて早々、元気がいいですね」

 微笑む才蔵。佐助は彼の肩をがっしりと掴んだ。矢継ぎ早に尋ねる。

「さ、さいちゃん! 大丈夫? 火、熱かったよね? どこも怪我してない? ああ! 見張りの人、大丈夫だった?」

「ええ。無事ですよ。私もこのとおり、ぴんぴんしてます」

「よかったぁ」

 胸をなで下ろす佐助。

 障子が少しだけ開いていたのか、すきま風が二人を撫でる。冷たさのあまり、体が縮こまってしまう。

「な、なんでこんなに寒いの? まだ秋だよね?」


「いいえ。もう初冬です」


「ええ!?」

 自分の知らない間に秋を越え、冬を迎えているのだ。驚かないわけがない。

「な、なんでそんなに時が……?」

「なんでって……角間かくまの時から、ずっとあなたは――」

「角間? なに? なんで角間が出てくるの?」

「角間であった戦いですよ? ――覚えてないんですか?」

「な、なに? いったい、なにがあったの!?」

「お、落ち着いてください。説明しますから」

 ひとまず佐助を落ち着かせ、才蔵はこれまでのことをかいつまんで話した。

 角間で戦ったこと。幸村と暁が佐助を救うために駆けつけてくれたこと。それには、根津たちの尽力が不可欠だったこと。島田を中心に旧臣楼が幸村を陥れようとしたことが露見ろけんし、彼らが粛清しゅくせいされたこと。徳川からこの件で特にお咎めなどもなく現在、旧臣楼だった屋敷は海野と望月が管理していることを告げた。


「そ、そっか。いろいろとご迷惑を……」


「まったくです」

 すると、部屋に一羽の雀がやってきた。才蔵の左肩に乗る。雀はちゅん、ちゅんと可愛い声でさえずる。

「わあ、可愛い。でも……なんか派手だね」

 雀の羽は普通ではなく橙色だ。しかも、まるまる太っている。

あかつきどのです。今は雀にしかなれません」

 これが佐助を助けるため、暁に科せられた力の代償と罰だった。人の姿は精神体になれるまでには回復したのだが、実体化までには至らない。

 それを聞いた佐助は、


「お、皇弟おうていさまぁっ! ごめんなさ~い! おれなんかのためにぃぃっ!」


 暁を両手で握った。いや、握り潰していた。ぎゅうぎゅうと締められ、「ぢゅ……!」と暁は呻いた。

「佐助! せっかく戻ってきたのに、殺すつもりですか!」

 才蔵が慌てて止めるが暁は苦しさに耐え切れず、姿を消してしまった。

「消えたぁ!」

「精神体になっただけですから!」

 命の危機を感じたのだ。当然だろう。

 そんな慌ただしいやりとりが落ち着いた頃、才蔵は切り出した。

「さて、あなたも起きたことですし。――幸村さまのところに行きましょう」

 佐助が目覚めたことを報告し、寄生心霊がとり憑いた経緯を問わなければならない。

「若さまに会わせる顔、ないよ」

 佐助の表情が曇り、自分を抱き締める。

 才蔵は肩をすくめた。

 佐助の気持ちもわからなくはないが、急務である。

「あなたに拒否権はありませんよ」

「でも……」

「でもじゃありませんよ」

「だけど……」


「――いい加減にしろ!」


 才蔵の叱声に、びくっと佐助は震えた。


「幸村さまとと勇士たち、暁どのに迷惑をかけたんだ。お前が目覚めるまで僕たちがどんな思いをしていたか考えてみろ! 鷲塚わしづか緋陰ひかげ!」


 一人称と口調が変わり、佐助を猿飛佐助となる以前の名で呼ぶ。


「……その名前は呼ばないでよ。彩鶴さいかく


 仕返しとばかりに、佐助も才蔵を霧隠才蔵となる以前の名を呼んだ。

「お前もその名を呼ぶな」

 今も才蔵をそう呼んでいいのは、霧玄むくろだけだ。

「とにかく! 行きたくないの! 頭領の命令だよ! そっとしておいて!」

「残念ながら、こっちは主の命令だ。――お前の大好きな若さまの命令だ。僕じゃない」

「うぅ……!」

 佐助は唸る。やがて抵抗は無駄と察したのか、


「わかりましたよ! 若さまに会います! 霧隠才蔵宗連きりがくれさいぞうむねつらどの!」


 半ば気味に言い放つ。

 それを聞いた才蔵の厳しい表情が一転、にっこりと満面の笑みを浮かべる。

ならそう言ってくれると思いました。と行きましょうね。猿飛佐助幸吉さるとびさすけゆきよしどの」

 さっきとは、まるで別人だ。

(うぅ~。……おれ、さいちゃんに勝てない)

 ともあれ、二人は幸村が待つ謁見の間へと向かった。



◆◇◆◇   ◆◇◆◇   ◆◇◆◇



 謁見の間に着くと、才蔵が障子越しに声をかける。

「幸村さま、今よろしいでしょうか?」

 障子の向こう側から「入れ」と幸村の声が飛んでくる。

 障子を開け、才蔵は障子側に控える。

 おそるおそる入る佐助。


「佐助! 目が覚めたんだな」


 嬉しそうに声を弾ませる主君に佐助は胸を痛めた。彼は俯いたまま、幸村と向かい合う。

 才蔵は幸村に、佐助は才蔵と対決したことは覚えているが、角間での一件を覚えていないこと。そして、角間のことと佐助が眠っている間のことを話したと説明した。

 幸村が佐助に視線を向けた。

「佐助――」


「ごめんなさい!」


 幸村の言葉を遮り、佐助は頭を下げた。

 突然のことに、二人は顔を見合わせる。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ただひたすらに、謝るばかりの佐助。頭を上げようともしない。

 頭を床にこすりすけたまま、彼は語り始める。


「おれ、若さまの悪口を言うじいさまたちが許せなくて、闇討ちに出かけたの! 最初はやめよう、やめようって思った。けど……! 若さまのためと思ったら、おれは正しいことをやってるんだって! 頭領の座をさいちゃんに任せてもいいって思った!

 そしたら、アヤカシにとり憑かれている死体が……見張りの人たちを殺して、おれに襲いかかってきたんだ。あっさり背後を取られて! けど、なんとか追っ払うことができたから、本丸にそのまま戻った。しばらくして体に変調が起きたけど、たいしたことじゃなかったから、ほっといた。勝手に旧臣楼に行ったことがばれるのも怖かったし。

 でも、しばらくしてから急に人を殺したくなった。旧臣楼に関わる人たちを殺したくなって、旧臣楼に近づいて殺した。だめだ、だめだって思っても、欲はふくらむばかりで。若さまのそばにいるのが辛くなって。特に、さいちゃんに見張られ始めた時は辛かった。でも隙を見て抜け出して、見張りの人を襲った。その場にいた根津と由利も襲って。挙げ句、さいちゃんまで!」


 幸村と才蔵はただ黙って耳を傾ける。

「それからの記憶はなくて……おれは部屋で目覚めた。さいちゃんの話を聞くまでそんなことが起きてたなんて知らなかった! なにが若さまを助けるだよ! 若さまに迷惑かけてちゃ意味がないのに! 死罪でもなんでもいい! 首をはねてくれてもかまわない! 自刃しろって言われたらそうする! 若さま、おれに罰を……っ!」

 佐助の長い語りが終わると、幸村はひと息つき、立ち上がる。

「才蔵。後ろの刀を取ってくれ」

「――はい」

 才蔵は言われたとおりに、床の間に飾られた刀のひと振りを渡した。それを受け取った幸村は佐助に近づき、顔を上げない佐助の前にしゃがんだ。刀が鞘から抜かれ、白刃が姿を現す。


(――抜いた)


 佐助の心の中にさまざまな思いが去来する。

(さいちゃん、若さまをお願い。海野うんのさん、小六ころく、望月くん。さいちゃんを支えてね。お千代ちゃんも元気でね。根津、由利、十蔵、清海、伊三いさ。短い間だったけど楽しかったよ。――師匠、おれは最悪の弟子です。でも、師匠から教えてもらったことは、あの世に行っても忘れません)

 次に、自分と同じ顔をした女性が思い浮かぶ。

 双子の姉、小夜さよだ。

(小夜ねえちゃん。おれ、ねえちゃんの自慢できる弟じゃなかった)

 さらに、真田家の面々が浮かんだ。昌幸、幸村の姉である村松殿むらまつどの。そして、信之。

(昌幸さま、信之さま、ごめんなさい。村松さま、ねえちゃんをよろしく)

 今度は楓のしかめっ面が浮かんでくる。彼女とは顔を合わせれば、口喧嘩だったから、こんな顔しか思い浮かばないのだろう。

(……楓。お前は昔から腹の立つ女だけど……若さまとさいちゃんを支えられる女は、きっとお前だけだ。――頼んだよ)

 最後に、幸村の笑顔が思い浮かぶ。

(若さま、支えられなくてごめん。でも、おれ、あなたに出会えてよかった……)

 そして、心の中で別れを告げる。


(――さよなら、みんな)


 刀が振り下ろされた。これで猿飛佐助として生命が終わるはずだった。

 だが――。

(あれ? 首がやけに涼しい……ってか、寒い?)

 おそるおそる顔を上げた。幸村の手には自分の髪がある。視線を下げると、床板に自分の髪が散らばっていた。泣きはらした目を見開く。

「ちょ! わ、若さま!」

 そんな佐助を後目に幸村が言う。

「ずっと、なにを言っているんだと思った。騒動の発端となった人殺しは

「なに言ってんの! じゃん!」

 そう主張する佐助。幸村は首を横に振った。

「その人殺しの特徴は、橙色の瞳に緋色あけいろだと才蔵から聞いた」

「そうだよ! まるっきり、おれじゃん!」


「なにを言っている。


 ぽかんとする佐助。彼は頭の中で必死に整理する。

「だ、だって! その……短いのはあたりまえじゃん! !」

?」

!」

?」

!」

「ああ。――才蔵」

「はい」

「髪と刀の処分を頼む」

「かしこまりました」

 才蔵は刀を受け取り、鞘に収める。

「後で掃除を頼む。――佐助と二人きりにしてくれ」

「御意」

 才蔵は一礼し、退室した。

「ほら、

「そんな理屈、ありなの……?」

 めちゃくちゃだ、と脱力する佐助。


「――佐助」


 佐助の肩に手を置く幸村。

「お前は俺と暁どの、才蔵、根津たちの努力を水泡に帰すつもりか?」

 びくり、佐助は震えた。幸村は怒っている。

「え、えっと……それは……」

 言いよどむ佐助。言葉が出てこない。

「かの者は哀れだった。よかれと思ってやった自分の行いが大騒動に発展してしまっただけだ。――偶然な」

 また涙が溢れそうだった。必死にこらえる。

 佐助はひどく身にしみていた。


 身勝手な行動がどのような事態を招くのかを――。


「……だが、感謝もしているんだ」

 この騒動を通じ、幸村は自分だけではないことを再確認した。

 そして、この騒動のおかげで、島田たちの企みを知ることになったのだ。


「――だから、もういいんだ」


「わ、若さま……ふ、ぐうぅ……!」

 佐助は感極まって幸村に抱きつき、

「……っ! のぶしげさまぁ……! わああぁぁ!」

 泣き出した。幸村は苦笑する。

「……懐かしいな」

 以前までそう名乗っていたというのに、なんだか遠い昔のことのように思えた。


 真田源次郎信繁さなだげんじろうのぶしげ


 それが真田源次郎幸村となる以前の、彼の名である。



◆◇◆◇   ◆◇◆◇   ◆◇◆◇



 刀を処分した才蔵はひと息ついていた。

 ひゅう、と風が吹く。


「さむ……っ!」


 これからやってくるであろう冬の寒さが身にしみる。

 ふと、雀のさえずりが聞こえた。

 才蔵は微笑し、手を差し出す。ふくら雀が留まった。

「急死に一生でしたね、暁どの」

「まったくだよ」

 ふくら雀もとい暁はため息をつく。

「……暁どの」

 才蔵の表情と声が真剣味を帯びる。

「私は常々、疑問に思っていたことがありました。ですが、今回の騒動で確信しました」

「なんだい?」


「――小夜と佐助は朱雀さまの御子みこである、と」


 暁からの返答はない。才蔵は続ける。

「あなたはあくまで真田を守護もとい監視するためにいるのでしょう?」

 今でこそ大きな争いはないものの、四神島の歴史は戦いの歴史――血によって塗り固められた歴史そのものだ。特に〝黄帝政権こうていせいけん〟の時代はひどかった。そのため四神は神都へと去り、四神の縁者に東方、中央、西方――黄帝と四神の名を冠する家を守護および監視する役目を担わせたのである。


「あなたの助力がなければ、佐助を助けることはできませんでした。ですが、あの時の佐助は『真田を不利益に導く存在』になり得た。私の式神以前に、四神の縁者の判断として、佐助を見捨ててもよかったはずです」


 そうしなかったのは、なにかのっぴきならない事情があったのでは……と才蔵は考えた。

「幸村さまから聞きました。二人を炎の繭に閉じこめたそうですね」

 それが長年の疑問を確信へと導いたのだ。

「あなたがそうしたのは幸村さまにも、佐助にも聞かせたくないなにかがあったのではないのですか?」


「……才蔵、それはきみの憶測だよ」


 沈黙していた暁が口を開く。

「たしかに、そういう選択肢もあったかもしれない。だけど、私には最初から佐助を助けるという選択肢しかなかった。佐助を失えば、弁丸ときみが大打撃を受ける。そうなれば、真田家はもちろん信濃領を治めるどころじゃない」

 一理ある。

「だいたい、小夜と佐助が姉上とゆかりある者だと、なぜわかる?」

「あなたの行動すべてが、それらを証明しています。佐助が朱雀さまの御子という前提を立て、今回のあなたの行動をかんがみれば……すべて辻褄つじつまが合います」

「辻褄だけ合っても理由にはならないよ。自分で言うのもなんだけど、私は情が深いんだ。気まぐれで助けたかもしれないじゃないか」

 可能性はあるが、もはや言い訳にしか聞こえない。

 だから、つい言ってしまった。


「……その理屈だと。九年前、あなたは助けられた命をということになりますね」


 暁の表情が険しくなる。

 両者の間に険悪な雰囲気が漂い始めた、その時だ。


「――才蔵?」


 楓の声が降ってきた。彼女の声を聞いた途端、暁は飛び立ってしまった。

「さっきの雀――ひょっとして、皇弟おうていさま?」

 楓が才蔵の隣にやってくる。

「ええ、そうですよ」

「――皇弟さまってさ」

「はい?」

「あたしのこと、避けてるような気がするんだよね」

「どうして、そう思うんですか?」

「だって。あたしがやってくると、いつの間にか消えてるんだもん。あたし、嫌われることでもしたのかな? 昔はそんなことなかったのに……」

 最後のほうは顔を俯かせ、悲しげに楓は呟いた。


(……つくづく、女性の勘は侮れませんね)


 感心する才蔵。しかし楓には申し訳ないが、しかたないのだ。あの出来事は、未だ朱雀皇弟すざくおうていの心に暗い影を落としているのだから。

 九年前。暁は助けられるはずだった命をあえて見殺しにした。でなければ、小さくも清らかな命は救えなかった。そして、二人の命を奪った鬼女を上田城から追い出すことも。鬼女の名は紅葉もみじ。その鬼女に命を奪われたのは、彼女の魔の手から千代を守った穴山あなやま小助こすけと、楓と小六ころくの父そして紅葉の夫でもある海野うんの太郎兵衛たろうべえ。また弟の小六が幸村と似たような髪の色をしているのに対し、楓は艶のある美しい黒髪だ。年を重ねるとともに、だんだん彼女は母親に似てきている。紅葉の影がどうしてものだろう。


(まあ、暁どのが露骨すぎるのもあるんですが……)


 さっきのことだってそうだ。本当に気まぐれだった可能性もなくはないが、今回の騒動における暁の行動はらしくない。だからこそ、本人の口から真意を聞きたかったのだが……甘かった。まあ、多少は幸村を危険な目に遭わせた腹いせも入っていないこともないので――、


(……さて。どう、ご機嫌をとりましょうかね)


 ちょっといじめすぎた、と才蔵は反省していた。

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