六文銭の十本刀/15

 それから数日後の夜――。


 旧臣楼では島田を含め、旧臣楼に住む者たちによる月に一度の酒宴が開かれていた。

 彼らは酒に酔いしれ、料理に舌鼓したつづみを打った。側近、日根野が近寄づいてくる。

「島田さま。例の計画はいかがでしょう?」

「地下に篭ってるあの男か。不気味だが、使える男よ」


 ある日。自分の能力を売り込みにやってきたその男は、自身を西から来たアヤカシ使いだと言った。自分の力を認められず破門され、まずは中央に向かったが相手をしてもらえず、ここに流れ着いたらしい。うさんくさいとは思ったが、男は死体を傀儡くぐつのように動かす術をやってみせた。手始めに旧臣楼を見張らせていたが、死体は服だけを残してやがて消えた。だが、島田は奇跡のような力だと思った。この男を抱き込めば、幸村を追い出せるかもしれないと思い、彼を雇ったのだ。


 日根野は酒を注いだ。島田は盃をぐいっと飲み干す。

「これで、あのこわっぱなどひとひねりよ」

 傀儡となった死体を使って、騒ぎを起こさせる。運良く幸村側にも男と同じ使い手がいることを知ったので、原因はその術者だと噂をばらまかせ、旧臣楼が不安がる領民に手を差し伸べる。そうすれば幸村のもとから領民は離れ、幸村は旧臣楼に頭を下げざるおえなくなる。


「……真田、真田! 忌々しい親子めが!」


 島田は忌々しげに言い、

「我らは東方四神国〝黄帝こうてい〟であらせられる徳川家の家臣ぞ!」

 さらに酒を煽る。

 そもそも、彼らは昌幸の長男である真田さなだ信幸のぶゆき(現在は『信之』と改めている)と徳川家の重臣、本田ほんだ忠勝ただかつの娘である小松殿こまつどのとの婚姻をきっかけに徳川から送られてきた。信之を抱き込み、信濃領を手に入れるつもりだったのだ。婚姻が成立し、思惑どおりにことが進むかと思われたが、昌幸に先手を打たれてしまった。彼は信之を徳川に婿入りさせ、代わりに幸村を後継者に指名したのである。

 今度は幸村に取り入ろうとしたが、島田の計画はまたしても昌幸によって阻まれる。彼は自身の隠居にかこつけ、島田たちにも隠居を命じたのである。おまけに幸村は島田と昌幸とのことを知らないのか、なにくわぬ顔。それがことさら、島田を腹立たせていた。

「真田は〝四神しじん加護かご〟を与えられている不老を持った化けものだ! だが、この化けものを手中に収めることこそ、徳川家の繁栄に繋がる! 東方黄帝のもと、東方四神国は統治されるのだ!」

「そのとおりです! 特に真田昌幸は恐るべき化けもの……!」

 昌幸は〝四神しじん政権せいけん〟と呼ばれた時代から〝四神しじん三権さんけん〟と呼ばれる今日こんにちまで――この何百年間を生きているが、その見た目は働き盛りの男にしか見えない。東方四神国を見渡しても、彼以上に生きている領主はいない。


「討つべき敵は真田源次郎幸村! そして、真田安房守昌幸さなだあわのかみまさゆきなりぃっ!」


 島田の弁舌に日根野や幹部たちは「おおっ!」と気勢を上げた。

「ところで、島田さま。信濃領が手に入ったら、領主が抱えている無法者どもはいかがなさるおつもりで?」

 幹部の一人が言う。酒があまり飲めないのか素面しらふな口調だった。

「金を渡しておけばよい。忍は情報収集と暗殺を。鬼眼おにめの二人は常に鬼状態にして、飼い慣らす。鬼の面倒は狩衣かりぎぬを着ていたアヤカシ使いにでもやらせておけばよかろう」

「いいですね!」

 どっ、と笑いが起こった。

「アヤカシ使いといえば……せっかくだ、やつも呼んでやろう。誰かやつを呼んで来い」

 そう言った瞬間だった。


「その必要はないぜ。島田さま」


 勢いよく障子が開く。

 そこには煙管を吹かした根津と由利。そして、望月と彼の配下である忍たちがいた。

「ぶ、無礼者! こ、ここがどこか知っての狼藉か!」

 島田は怒鳴る。

 根津が煙管を吸い、紫煙を吐き出す。

「ええ、よぉぉく存じております。――だから来たんだろ」

 最後のほうは低い声だった。さらに赤い隻眼が鋭さと凄みを帯びる。


「我ら、真田源次郎幸村さまより、旧臣筆頭である島田および旧臣楼住居者を強制連行するよう命じられたよし! 罪状は謀反と不敬罪および殺人未遂!」


 目を剥き、ざわめく側近たち。

 根津と由利、望月の後ろに控えていた忍たちが一斉に彼らを取り押さえる。

 悲鳴と椀と小鉢がひっくり返り、陶器が割れる音などが響く。

 やがて、島田や側近たちは取り押さえられた。

「は、離せ! き、きさまら! だ、だいたい! しょ、証拠はあるのか!」

 島田の指摘に由利が答える。

「数日前、この望月と配下である忍二人が幸村さまの命令を受け、旧臣楼を調査した折、屋敷地下でこの東方四神国ではあまり見かけない格好の男と牢にいた男を二人、確保した」

「知らん! わしはなにも知らんぞ!」

 しらを切る島田。根津は肩をすくめる。

「話はゆっくり聞くからさ。とりあえず行こうぜ。じいさん」

「き、きさまらでは話にならん! げ、源次郎さまを呼べ!」


「――?」


 今度は由利の赤い双眸そうぼうが鋭くなる。島田の背筋が凍った。あまりにも美しく、そして恐ろしかったからだ。

「領主を呼びつけるなど、言語道断ぞ」

「まあ待てよ、ゆん」

 根津が相棒を諌める。

「お望みなら呼んでやろうじゃねえの。――ね、幸村さま」

 島田は目を剥いた。根津と由利の間から幸村が現れる。

「お、おおっ! げ、源次郎さま!」

 喜色を露わにする島田に対し、

「……あの二人が証言してくれたぞ」

 幸村の言葉は冷たい。

「あ、あの二人とは……どの二人ですかな?」

「そなたの謀反を報告しようとして、屋敷地下に閉じ込められた、あなたの部下だった者だ」

「そ、そのような者がいたとは……し、知りませんでしたな」

「かわいそうに。彼らは飲まず食わずだった。しかも、その牢屋には白骨化した死体と腐った死体があったそうだ。未だに喉を通るのは粥だけだ」

「と、とても人がやる所業とは思えませんな」

 幸村は懐から一枚の紙を取り出し、島田に見せる。

「これがなにかわかるか?」

「さ、さあ? なんでございましょう?」

「――《怪妖円陣かいようえんじん》と言ってな。アヤカシ使い、モノノケ使い、式神使いがアヤカシやモノノケを召喚するために使うものだ」

「ず、ずいぶんとおくわしいのですな。やはり、あなたのそばにいたアヤカシ使いが教えてくださったのですか?」

「才蔵はアヤカシ使いではなく、式神使いだ」

 幸村はぶっきらぼうに言い、号令を出そうとするが、


「――いい気になるなよ、こわっぱ!」


 島田がそれを邪魔するかのように叫ぶ。彼は感情の迸るままに続けた。

「お前なんぞ、兄が徳川に行かなければ領主になれなかったのだ! 徳川の存在がなければ、お前なんぞが領主になれもしなかったことを思い知れ! 兄の犠牲があり、この地の領主としてふんぞり返っていることを覚えておけ! そして、いつか! きさまら真田を徳川の力でひねり潰してくれる!」

「きさま! 幸村さまに向かってなんて口を!」

 島田を押さえつけている望月の忍が怒鳴る。

「やめろ!」

 一喝する幸村。そして、睨みつける島田に言う。

「島田どの。――いや、島田」

 呼び捨てにされ、島田が再び睨みつけた瞬間、彼の目に力がなくなった。


「――それだけか」


 見つめられるだけで焼き尽くされる。彼の周りに炎が鳥のように飛んでは、羽を散らして舞う。

 島田はただならぬ迫力に怯えた。

「あなたはひとつ、大きな勘違いをしている」

「な、なんじゃ……」

「あなたたちは、もう徳川の家臣ではない。真田の家臣だ」

 ゆっくりと続ける。

「あなたたちは仕えた家に謀反を企んだ。それは揺るぎない事実」

 取り押さえている忍たちに命じる。


「連れて行け!」


 忍たちは取り押さえている者たちを連れて行く。なかには、抵抗する者もいた。島田も抵抗するかに思われたが、その様子はなく連れて行かれた。

「幸村さま。旧臣楼にいる女中たちはどうします?」

「しばらくいとまを与えてやってくれ」

「屋敷の地下にある死体は?」

「……丁重にとむらってやってくれ」

「わかりました。――行くぞ、ゆん」

 根津は由利を連れて立ち去る。

「望月。お前たちは配下の忍たちとともに旧臣楼の私財、金品もろとも回収しろ」

「御意」

 望月と忍たちは命令を遂行するため、各々散った。

 ふと、島田の言葉が幸村の頭をよぎった。


 ――兄の犠牲があり、この地の領主としてふんぞり返っていることを覚えておけ!


「……そんなの、俺が一番わかっているよ」

 時々、思うのだ。

 真田に伝わる『幸』の字を捨てた兄。それを名乗ることなく、一生を終えるはずだった自分が父の考えがあったとはいえ『幸』の字を拾い、それを名乗っている。佐助たちだって、本来ならば兄に仕えるべきはずだった者たちではないのか。この先、自分の為すべきことは……待ち受けるものはなんなのだろう。――幸村の心の中で、それが常に渦巻くのであった。


 その後。


 寄生心霊を召喚したアヤカシ使いは、ただ自分の力を知らしめるために寄生心霊を召喚しただけであり、それが偶然にも島田にとって都合がよかったから、協力しただけだと幸村にいけしゃあしゃあと申し開きをしたが、それも目を覚ました才蔵が現れるまでだった。彼のただならぬ怒りを察したアヤカシ使いは、途端に態度をひるがえし、下手したてに出て許しを請うたものの、式神使いとして高い矜持きょうじを持つ才蔵の心に響くはずもなく。


「あなたの言葉は耳障りです。――消えろ」


 一蹴されたアヤカシ使いは、才蔵自身の手によって始末された。

 旧臣楼の主であった島田と側近の日根野は、幸村の沙汰が下る前に自刃。

 旧臣楼は海野と望月に管理され、住人たちも監視下に置かれることになった。

 ただ島田は自刃する前、こう言ったそうだ。


 ――いずれ徳川がこの東方四神国――いや、四神島全土を統べる日が来よう。その時、徳川が真田を完膚なきまでに叩き潰してくれるわ……!

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