第94話最終局面の裏側で揺れる乙女心

ーーーートプの大森林入り口

 ひょんな事から悪魔退治に巻き込まれ、精霊王から依頼を受けて見れば、スタートホールの軌道実験をしていたアキラに出会い、妖精王女に力を借りて異世界転移を成功させる…

 と、なかなか濃い日程を過ごしていた俺達アイアンメイデン一行

 地球への帰還実験成功の立役者アキラを伴い森の入り口まで来ていた。

 …紛れ込ませないと悪魔騒動に言及されそうだしな。


 そして、悪魔退治の報酬として精霊王が約束通り流してくれた、俺の知名度を広めると言う話しは、結局は勇者としてであったが森に住む者達へは無事に広まったらしい。

 なぜなら、俺達を一目見ようと、今も目の前には沢山の妖精や獣族の人達が押し寄せているからだ。

 実際、アキラは回収したけど討伐はしてないから、なんだか悪い気がするな…




「色々とお世話になりました。今度はゆっくり遊びに来るから名所とか案内してくれよ」

「うむ。王女様にも、そうお伝えしておこう。きっと歓迎して下さるはずじゃろう」

 俺は少しぎこちない笑顔を作り、握手を交わした。

 次の約束も込めて感謝を伝えた。


 あれから時間は経ったのに、俺の心臓はまだ早まったままな気がする。

 未だに地球の映像が瞼から離れない。

 あちらの俺は何も変わって無かった。

 自分の殻にこもり、人を拒絶し、一切の希望を持たず、ただ消化するだけの日々を送るクズ…

 戻りたく無かった、知られたく無かった。

 幸い気付かれてはいない、と思う。

 俺が動揺してたのを仲間達は現世に帰りたいと勘違いしたみたいだけど、絶対に嫌だ。


 乱立する木々の隙間から溢れる陽の光に照らされて、仲間達が色々と話しかけられているのが見える。

 その仲間達を見て思う。

 俺はこの世界が好きだ、この世界の人達が好きだ。

 改めて考えるとクソ恥ずかしいな…これ

 でも、ここにいる皆と別れたくないのは事実だし、失いたくない。

 だから言えない。

 …あの映像の男が俺だった、とは。


「ユウト様、まだご気分が優れませんか?」

 ティファは人をかき分けて俺の心配をしてくれる。

「ありがとう、大丈夫だよ」

「そう、ですか」

 ティファは少し寂しそうな顔で頷いた。


 彼女を含め三姉妹達は、映像を見て動揺するユウトに心揺さぶられていた。

 異世界から転生したと言う話は聞いていたし、「戻る気は無い」とも言っていた。

 しかし、実際はどうだろう。

 元の世界の様子を見るや、まるで自分事のように狼狽えていたではないか。


 まずい…

 このままユウトがレンに連れられて帰りたいなど言い出したら、自分達はどうなってしまうのか、捨てられるのか?

 そんな筈は無い…と思いたいが、言い切る自信は無い。

 ユウトは女好きだし、自分達もやりたい事を全て受け入れてきたはずだ。

 納得は出来ないが、シャーロットへの告白もあるし、こちらの世界に未練は確実に残しているはずだが。


 しかし不安は拭えない。

 なぜなら、ユウトは精欲旺盛な人間なのに、この世界では不能者だからだ。

 ユウトはその事を気にしているはず。

 元の世界なら、無茶な条件をクリアせずとも不能を治せる…


 そう考えると、自分達ではユウトを止める事が出来ないのでは無いかと不安ばかりが増していくのであった。





 ーー二日後

 俺達はアスペルの街へと帰還した。

 道中はそれぞれ色々と考える所があるのか、妙に静かだった。


 ルサリィが甲斐甲斐しく動いてくれたし、皆も自分の仕事をしない訳じゃなかったしな。

 俺も自室に戻ると、不安な気持ちは少し落ち着いていた。

 正体を…隠し事をしているって罪悪感はあるんだけどな。


 …そう言えば、屋敷に戻り着くなりヘッケランが嬉々とした表情で出迎えてくれたのはビビったな。

 なんか目がヤバかった気がする。

 良い事でもあったのだろうか。



 …

 重厚な扉に守られた部屋で、ぼんやりとした光に不健康そうな顔が映し出される。


「…ユウト様が戻られました。予定通り最終段階へ移行します。」


 今回光がついているのは9台ある内の5台だ。

 顔を隠している者、堂々と顔を晒す者。

 ヘッケランは全員を見渡しながらも、一番重要な人物に視線を戻す。


 詰襟のような白の司祭服を着崩し、黒髪をオールバックにし宝石の散りばめられた豪華な椅子に座る男。

『始まりの種族』の一人、ラクシャス・アッダム。

 彼は面白い見世物でも見るかのようにヘッケランを観察している。

 僅かな夢と塵のような約束に固執し、人の世に大災厄を招こうとする愚かな男を見ているのだ。


「いよいよ…なのだな?人の世は終わり、悪魔と言う名の神が世界を統べる。」


「はい、ラクシャス様。それには、皆様のお力が必要なのです。生まれた境遇に胡座をかき世の中を穢すもの、世の断りを捻じ曲げ、我が物顔で私達の世界を踏みにじる者…そのような…そのような事は正さなければならないっ」

 次第に震える声になり、唇を噛み締めるヘッケラン。

 口の端からは一筋の血が流れ落ちる。


「…よかろう。一週間後、新月の夜にこの世界は真なる姿に回帰する!」

「「おぉ…」」


 ラクシャスの声を聞いた、他の要人達がどよめきと期待の声を上げる。


「その時を楽しみにしておりますぞっ」

「我々のこれからに栄光を」


 一人、また一人と鏡の前から姿を消していく。

 さらに薄暗くなった部屋で、鏡の前のラクシャスはニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 口の端は上がっているが目線は鋭く、見る者の全てを見透かすようだ。


「ごくりっ…」


「…安心しろ。表の方は大丈夫だ。」

「ありがとうございます。」

「お前は、主とやらをしっかり働かせるんだな。」


 一方的にそう言うと、ラクシャスは通信を切る。


 …生意気ナ小僧ヨ

「申し訳ございません。」

 …ヨイ。アレハ特殊ナ生物ダカラナ

「しかし、協力は必須でございます。主様の復活にも、悪魔王様のご降臨にもです。」

 …大丈夫ダロウ、アレニ憑イテイル者カラモ、ソウ聞イテイル

「それは光明でございます。奴が自分の世界に戻る前に、何としてでも成功させねば。」

 …分カッテイル、安心セヨ、必ズ約束ハ守ル

「…ありがとうございます。」


 光の落ちた薄暗い部屋で思案に耽るヘッケラン。


 今までは全て順調の一言につきます。

 一つ目の約束、夢でもあった『世界一の商人」は、ほぼ叶ったと言っても良いでしょう。

 弟も喜んでくれるはず。

 しかし、ここに来て元の世界にへの帰還方法が見つかったなどと…

 もう一つの私の夢、この手であの男を殺す事、それには手段を選ばないし選ぶつもりもない。

 私の全てを使って、貴方の人生を終わらせてあげましょう。


「くっくっくっ…」


 暗い部屋の中には、独りヘッケランの昏い笑い声だけが響くのであった。









 ーーーーユウト邸 シャーロットの部屋

 花のレリーフが彫られた木製の扉をノックする音が聞こえる。


「はいっ…どうぞ」


 静かに扉を開き姿を見せたのはティファだ。

 いつもの鎧姿ではなく、水色のワンピースドレスだ。

 肩と胸元に白いレースがあしらわれているが、フリフリではなく落ち着いた感じの服装である。


「っ…ティ、ティファさん」

「…どうしました?タイミングが悪かったかしら?」

「い、いえ!そ…そう言うわけでは」


 自分を見て明らかに動揺するシャルに、ティファは首を傾げる。

 何かシャーロットの気に触る事をしただろうか、自分に対して気不味い事でもあるのだろうかと。


 大森林から屋敷に戻ってくるまで色々な事があり過ぎました。

 悪魔王復活への予兆に始まり…

 異世界への転移成功。

 ユウトさんからの告白。

 私は、あまり考えるのが得意ではありません。

 こんなに目まぐるしく色々起きると、頭が痛くなります。

 でも、考えなければいけない。

 レンへの想いと、ユウトさんへの想いを。


 そして、ティファさん達とのこと。

 馬車では何もまとまらなかったので、屋敷で落ち着いて…と思った矢先にティファさんが。

 きっと、快く思われてないですよね。

 後から出てきて、他にも想い人がいるのに生意気だと。

 彼女達が本気を出せば、ユウトさんだって逆らえないはず。

 ユウトさんが嫌がる事はしないと思うけど、私みたいな小娘一人追い出すのはわけないもの。


「ど…どうぞ」


 袖机の椅子を案内する手が震える。

 ベットに座った体が鉛のように重い。

 何と言われるのだろうか、今は丸腰だけど…

 ううん。

 彼女が少し本気を出せば簡単に。

 私の絶対障壁は万能じゃないから。


「シャーロット、一体…何に怯えているのです?私で良ければ力になりますよ」

「ひっ…ごめ……えっ?」

 憮然とした表情で尋ねるティファに、マヌケ顔を晒すシャルは、咄嗟に謝ろうとして口を抑える。


 どう言う事だろう?

 私を心配してくれてる?

 私なんて居ない方がティファさんには都合が良いはずなのに…


「貴方はユウト様に選ばれたのですよ?あの方が元の世界に『帰りたい』と言わせないようにするためには、こちらの世界で多くの未練を持たせる事です。」

「……わかります。」


「ユウト様はお優しい方ですが、あまり気持ちをハッキリとお言いになりません。勿論、私達も何不自由ないようお仕えしてきたつもりですが…いつも救われてばかりです。」

「そ、そうでしょうか?」


 こんなに饒舌な彼女は珍しい。

 いつもは的確なアドバイスをくれ、優しく微笑む事が多い。

 私も辛い時にどれだけ助けてもらったか…


 そうだ。

 …そうだった。

 私はティファさんに憧れて、こんな女性になりたいと思ってたんだ。

 ユウトさんには勿体ないとも…


「一番最初に選んで頂けなかったのは残念ですが、まぁ分かっていた事です。メリッサとも話しはしていましたし。」

「…?そうなんですか」

 ティファはチラリとシャルの上に視線を向け、少し笑うとシャルの目に視線を戻した。


「貴方には、レンと言う存在があるのも承知しています。」

「…っ、それは」

「良いのです。勝手ではありますが、もし私の我儘を聞いてもらえるのであれば、ユウト様を選んで欲しい。…ユウト様の側にいてあげて下さい」

 ティファはそう言うと立ち上がり頭を下げた。


「ままっ、待ってください!あ、頭を…あげて下さい」

「レンは元の世界に帰ることを熱望していると聞いています。ユウト様は口では帰らないと言われていますが…貴方も、あの時の動揺される姿は見たでしょう?」

「それは…そうですけど。」


 たしかに、彼女の言う通り。

 レンは帰ると言い、ユウトは残ると言っていたが怪しい。

 それならば、ユウトに寄り添う方がよいとの言い分はわかる…解るけど。

 勝手に人の心を決められるのは気にくわない。

 そんなに簡単に割り切れるものでは無いからだ。


「勿論、私達の存在が邪魔なのであれば、ユウト様の側を離れて影から見守りますよ。それに、貴方の事も守りましょう。」

「なっ…なんで、なんでそんなに簡単に言えるんですか!?ティファさんはユウトさんを好きなんじゃ無いんですかっ?」

 語気を荒げるシャルにティファは困惑した表情を浮かべる


「敬愛しておりますよ、私の命よりも大切です。」

「…じゃあ、じゃあなんで私なんかを」

「ユウト様の意思は絶対です。努力はしましたが…私達は一番になれず、この世界に残って頂くには貴方の力が必要だと判断しただけです。」


 分からない。

 訳が分からない。

 そんなの可笑しいよ。

 好きな人簡単に諦めたり、自分は姿を消しても守り抜くなんて…


「三人で話し合って、総合的に判断したまでです。決して安易に考えた…」

「じゃあ…私がレンを監禁して帰らせないようにしてくれれば、ユウトさんが帰るのに力を貸すと言ったら、そうするんですかっ」


 ティファは渋い表情で答える。

「…あまり褒められたやり方ではありません。てすが、それしか方法が無いのであれば検討しましょう。」


「ぐっ!?おか…い、おかしいよそんなのっ!そんなの好きでも愛でも何でもない!ただの奴隷…いえ、人形よ!!」

 シャルの絶叫が部屋に響き、静寂が支配する。


 少しの沈黙の後、カタカタと椅子が震える音が聞こえる。

 …バキッ!!

「言いたい事はそれだけですか?」

 ティファはそう言うと木製の椅子の背もたれを握りつぶした。


「……」

「私達は全てをユウト様に捧げているのです。貴方のように半端な覚悟でこの場に来た訳ではありません。……協力が得られないのであれば残念ですが、別の方法を考えるとしましょう」


 吐き捨てるように言葉をぶつけると、荒く扉を開閉しティファは部屋から去った。


 シャルは目から大粒の涙を流し、自身の頬を叩くと、ベッドに突っ伏すのであった。

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