第93話世界の転機

 ーーーー要塞都市バノペア

 王国と帝国を分かつグデ山脈の手前にある王国領の要所であるこの都市は、発明王と言われるアキラのホームでもある。


 しかし、この都市では度重なる帝国との戦争や傭兵達の一部暴徒化、衛生面の低下による病気の蔓延などで、街の治安状況は悪化していた。


 そこで、同じく帝国との防衛都市にあたるアスペルの某有名商会へ国王から救援の依頼が来ていた。

 この商会を実質的に支配しているのは、ヘッケンラン・アシュペルガーと言う、几帳面で眼鏡をかけたオールバックの男性だ。


 彼は国王からの書簡を握りしめると、ねっとりとした笑顔を浮かべる。

「都市に蔓延る不満、怨嗟、苦しみ、悲しみ。全ての感情が我が主への貢物となる。」


 彼の主人であるアイアンメイデン代表、ユウト・カザマは確かに王国貴族の頂点である公爵だ。

 しかし、本来であればバノペアの都市長や王国からの支援で切り盛りすべき事を「王らかの勅命」で躱すのは些か恥ずかしい事と言えよう。


 だが、王国も帝国も内部に抱える諸事情や、二国間の争いで疲弊しきっている。

 民衆の不満はピークに達しつつあり、悪事や邪教に走る人間も少なくない。

 事実、商会のネットワークから得られる情報は爆発寸前のモノが多い。

 それらの一揆を起こしそうな主要団体や、主要人物を抑えコントロールしているのが、このグランドアースで一番と言えるほどの商会を切り盛りするヘッケランだ。

 もちろん彼は自分が前面に出ることはせず、不満を煽り、時には直接出向き暴力と権力め抑え込む。

 そうして作り上げた薄氷を踏むようなギリギリの状態は、何か一つのキッカケで全てを壊しかね無い状況だ。


 今や王国、帝国、神国と、全ての裏事情を操るヘッケンランを制御できるのは、世界広しと言えど少数だろう。

 その内の一人であるユウトは獣族や精霊族が多く住む、グランドアースの南に広がるトプの大森林を攻略中だ。

 普通の神経なら、自国の国王からの依頼を主人に報告せず握り潰すなどあり得ない。

 しかし、ユウトから絶対の信頼を勝ち得たヘッケンランには造作も無い事だった。


 幸い、彼に意見できる力を持つ者達もユウトと一緒に旅立ったので、チェックの目も何も無い。

「安心と不満は表裏一体と言いますが…こう、張り合いが無いのも退屈ですね。」

 ポツリと呟くと、各ネットワークの心臓部である情報室に向かう。


「これは旦那様。どうされましたか?何方かと交信されますか?」

「ご苦労様ネロ、奥の部屋を使わせてもらうよ?」

「はっ、勿論です。こちらをお使い下さい。」

 通信室付きの腹心、元奴隷のネロから鍵を受け取る。

 彼も幼い頃からアイアンメイデンの一員としてヘッケンランと共に付き従う者だ。

 ユウト達からの信頼も厚いが、彼の主人は自分を拾ってくれたヘッケンランであり、主人の為になるなら全てを投げ打つべきと考えるストイックな青年だ。


 そんな彼だからこそ、組織の心臓部である通信室を任せているが、さらに部屋の奥には特に重要な…各都市長や要人といつでもフエィストゥフェイスで話ができる『見鏡部屋』なる場所があり、そこには許可なく立ち入る事はできなくしてある。


 部屋の中は異常な光景だ。

 九帖くらいの部屋に見鏡の水晶が並べられている。

 奥に5台、左右に2台ずつといった感じで置かれており、部屋の中も薄暗い。

 通信を繋ぐまでは鏡のようになったいるので、ナニカか映り込みそうな恐怖感がある。

 しかし、スタスタと目的の鏡へ移動し起動させる。


「……これは、ヘッケンラン様。教主様をお呼びして参りますので、しばしお待ちを。」

「あぁ、頼むよ。」

 相手の通信室担当が部屋から出ていくのを見て、すぐに現れるであるう相手の事を考える。


「待たせたな。」

「これはラクシャス様、ご機嫌うるわしゅ」

「挨拶など無用、して何用だ?」

 いつものやり取りを交わし、要件を伝える。


「我が主からのお言葉です。我らが神は間もなく降臨される。その準備は現に整いつつあるが、まだ足りない。」

「そうか…と言う事は、いよいよなのだな?」

「はい。その通りです。」

「良いだろう。こちらも手配を済ませておく。いつでも声を掛けろ」

 会話の相手であるラクシャスの後ろには、犯罪集団餓狼蜘蛛のリーダーであるウェインも腕を組んで話を聞いている。


「帝国の方も万全ですか?」

「…当たり前だ。」

 ラクシャスの後ろからウェインがヘッケンランの質問に憮然と答える。


「いよいよ、全てが終わるのだな…」

「その通りです。人・獣・精霊、これらの時代は終わり神の支配する時代となるのです。」

「始まりがあれば、終わりが来るのは必定」

 ヘッケンランの答えには特に反応を示すことも無く、ラクシャスは独りごちる。


「それでは、我が主人であるユウト様が戻られたら合図を出しますので、世界を秩序ある物へと作り直しましょう!」

「ふっ…俺は俺、お前はお前のためだ。協力はするが、決して誰かに賛同するものでは無い。断じてな。」

 興奮気味なヘッケンランを一蹴すると、思想までは共有しないと言い切る。


「勿論!分かっておりますとも。私の悲願もあくまで個人的な物ですし」

 しかし、当のヘッケンランはラクシャスの態度を気にする事無く、眼鏡をクイっと上げると笑顔で応える。


「俺はそこまで世界をぶっ壊したい訳じゃ無いけどな…まぁ、乗りかかった舟だ。」

「降りますか?」

「ふんっ、バカを言え。」

 腕を組み難しい顔で二人の話を聞いていたウェインは、ニヤリと笑い小さく首を振った。


 細かな確認をすると鏡を消し通信を終える。

 静寂が戻る部屋の中でヘッケンランは静かに目を閉じていた。


 悪魔王(デーモンロード)の復活に、民衆の不満、世界を転覆させようとする組織の存在など、グランドアースの抱える問題は多種多様だ。

 一都市の一商会を仕切っていた頃の自分からは、想像もつかない事に手を染めていると自覚はしている。

 多くの人を不幸にし、沢山の仲間を裏切る事になるだろう。

 しかし、あの時に誓った約束を守る為、ヘッケンランは鬼になる。

 人の心など不要だと。










 ーーーーユウト 視点

 動悸が早く言葉が出ない。

 もうしばらく昔の事で、すっかり忘れたと思っていたんだ。

 それなのに、その姿を見た瞬間…全ての記憶が鮮明に蘇った。


 過去の自分…

 正確には、転生する前の惨めな自分だ。

 生きる事に希望なんてなくて、ただ日々を消費してPC画面の中だけに生きる意味を見出していた。

 あの頃の自分が昨日のようにソコには居た。


「…典型的なヒキニートって感じの奴だね。」

「まぁ、たしかにパッとしませんわ。」

 アキラとメリーが男の感想を言い合う。


「あれが誰であろうと、あそこがユウト様達の世界だと言うなら、きっと素晴らしい所なのでしょう」

「そうかなぁ?なんだか、あの部屋は寂しそうだったよ?わたしは、この世界で皆と一緒が良いなっ」

 ニコッと笑うルサリィの頭を、愛おしそうにティファが撫でている。


 恐ろしい。

 皆に、アレは俺だと伝えるのが怖い。

 ここに居る俺は偽物で、あの冴えない奴が本体なんだと知られたら軽蔑される…

 いや、下手をすると全員に見放されるかもしれない。

 そう考えると全身から脂汗が噴き出てきて、鳥肌も凄い。


「ユートリアが自分の命を賭けて見せてくれた、大切な異世界の様子です。忘れずにしっかりと覚えておきましょう。」

「そ、そうですね…レンも、あの世界に帰ってしまうかもしれないし、忘れないようにしないと。」

 ティファとシャルの言葉に他の皆が頷いている。


「…で、君は一体どうしたんだい?さっきから様子がおかし過ぎる。あの子が消えてしまったのは君だけのせいじゃないよ」

 俺の狼狽に気付いたアキラが、ユートリアの件だと誤解してフォローをしてくれる。

「ぁ、あぁ…」

「ご主人様…げんき…出して」

 あまりに酷い顔をしていたのか、レアが心配して俺の前までやってきた。

 大切にしているのであろう、おやつ用の干し肉を差し出してくれている。


「…だ、大丈夫。大丈夫だから、ありがとうレア」

「ぅん…はぐはぐ…」

 バレる要素なんて、俺が言わなければ何も無い筈だからと、何とか冷静さを取り戻し肉をレアに返す。

 すぐさま干し肉に齧り付くレアを見ていると、だいぶ心が落ち着いてきた。


「…そう言えばさ、あのゲーム画面に君達の名前が入って無かった?」

 アキラが三姉妹達を見ながら問いかける。


「わたくし達には、異界の文字は読めませんわ。」

「そうですね、私も分かりかねます。」

「もぐもぐ…んぐんぐ…わはひゃない。」

「そう…ボクの見間違いかな?一瞬だったしね。」

 三姉妹の答えに、アキラは深く追求してこなかった。


 俺に話を振ってこられたら、上手くかわせただろうか…

 たしかにゲームの画面には、グランドラゴンを倒した遺跡が映し出されていた。

 画面の端にはパーティーメンバーのウィンドウが出ているし、ティファ達の名前や…俺の名前も確認できた筈だ。

 体の震えは完全に止まらなかったけど、その後は普通を装い、全員で遺跡を後にした。









 ーーーーレン 視点

「…久々の出番過ぎて、おしっこチビリそうやわ。」

「レンさん、急にどうしました?

「はぁ?何を変態みたい事言ってんのよ、変態なの?!」


 突然の発言に訝しむバンゼルと、刀の鞘に手をかけるキリカ。

 何でもないと手を振りヘラヘラとするレンに、彼特有の発作かと二人は理由を聞き出すのを早々に諦める。


 復興が進むバノペア内では不穏な噂が飛び交っており、街の情勢はかなり不安定だ。

 それなのにグデ山とホリシア連邦から飛龍が飛んできていると、城壁の作業員達から苦情が出ていた。

 困った国王は、情勢の安定をアイアンメイデンへ依頼し、飛龍討伐は剣神流とレンに依頼したのであった。

 ちなみに、王国魔道士長のアールヴは別件で手が離せないとのことだ。


 剣士三人とバランスは悪いが、一応神殿の神官も控えているし、世界でも指折りの高レベル剣士達なので、普通であれば発見即撤退の飛龍を指折り待つ格好になっていた。


「レンさん、どう思いますか?」

「あぁ、おっそいよなぁ〜さっさと退治されてくれりゃ遊びに行けるのにな?」

「そういう事じゃありませんよっ!」

 真面目なバンゼルに適当な答えしか返していないレンをキリカがジト目で睨む。

 しかし、キリカも何の話なのか分からず口を挟めないでいた。


「ラヴァーナ教に餓狼蜘蛛…それにウチの大臣やら、最近頻発しとるデーモン絡みの事か?」

「分かってるじゃないですかっ!」

「んなもん、考えたってなるようにしかならへんて。俺は別に悪魔に興味無いし、無関係の人間がどうなろうと知らんわ。」

 口調は軽いが、冷たい事をハッキリと言い切るレンにバンゼルは不快感を示す。


「じゃあ、あなたの知り合いが巻き込まれても良いって言うの?」

「それはちゃうなぁ。俺が大切や思う人は命賭けてでもキッチリ守る、それだけの事や。」

 キリカはその話を聞いて少し納得していた。

 なぜなら、今まで聞こえの良い話をしたり、理想ばかり高い人の話を聞いたが、一人が守れる量は有限だと知っているからだ。

 何でも救おうとして、本当に大切な相手を守れなければ何にもならない、と言うのは理解できる。


「…キリカもそう思うの?」

「そうね、言い方はアレだけど…この人も別に悪い人って訳じゃ無いし理解できるわ。」

「まぁ、若い内はええんちゃう?そりゃ何でもかんでも守れて万々歳が一番やしな。」

 不満そうなバンゼルを軽く擁護するレン、三人は依頼をこなす為、あーだこーだと無駄話に花を咲かせた。



 …城壁の上でモンスターの出現を見守る三人の目は、足元で起きようとする未曾有の惨事までは見通せなかった。

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