第52話黒崎 秋人との場合

…あの日、俺は急に飛んだ社員の代わりで、工場のライン管理に駆り出され、夕方にようやく解放されて家に着くと、コンビニ弁当を食いながらAAO(アースアートオンライン)を立ち上げた。


「ったく…引きこもりのオッサン、コミュ障のチビ女にヤンキー…マジでロクなのがいねぇよ、あの職場は」


 高卒で今の会社に入って2年、同期はほとんど辞めてしまい、最早この仕事での将来性も先が見えてきてる。

 お先真っ暗でヤル気も起きず、バイトの奴らを虐めて憂さ晴らしするくらいしか、ストレスの発散がねぇよ…


 …いや、今やってるこのAAOってネットゲームは結構ハマってて、最近は毎日ログインしてる。


 このゲームの中に、NPCキャラを自分で作るシステムがあるんだけど、すでに結構な額を課金しちまってる。

 こんなのサービス終了しちまえばゴミだって分かってるんだけど、今育ててるキャラを見てると、昔に居た妹を思い出して…つい世話をしちまうんだよな。


「こいつは明日菜じゃねーんだけどな。」


 弁当を食い終わって、NPCアスナのレベル上げに狩り場へ向かう。

 プレイヤーは80レベルまでは順調に上がるけど、NPCは80すらしんどいから、どうしても経験値ブーストの課金をしちまう。


 しかも、ジョブを神官(プリースト)にしちまったから、コイツ単体では火力が無くて、ソロでは殆ど戦え無い。

 だから、俺が狩って助けてやるしか無いんだよなぁ…


「はぁ…俺が一人でゲームか…」


 最近、溜息しかついてないな。

 …元々、小さい時の俺は、何でも周りの奴らをより頭一つ良く出来ていたんだ。


 皆から「凄い」だの、「カッコイイ」だの言われて、調子に乗ってた俺は努力を怠って…

 次第に周りに追い抜かれていってしまった。


 現実の厳しさを痛感した頃には、もう皆に追い付けなくて、毎日、体裁を整えるのに必死だったな…

 学校の友達付き合いがシンドくて、高校卒業したらすぐに就職したけど、これもパッとしない。


 再就職するにも不景気だし、ゲームで現実逃避して、バイトに文句言って現実逃避…

 なんならいっそ、ゲームの世界に入り込んでも良いくらいだぜ。


「あ~あ、バカなこと考えて無いで、後1レベル上げたら寝るか…」


 俺は狩りをオートモードにして、アスナに回復の命令を出して、少しだけうつ伏せになった。


「…音が鳴ったら風呂入る…音が鳴ったら起き…」

 レベルアップの音を聞いたら、起きて風呂に入るつもりが、いつのまにか寝落ちしてしまっていた…



 …そして、気がつくと



 …ヴゥウガァッア

「ご主人様!ご主人様、起きて下さい!」


「…ん~、もう少しだけ」


 …ウガガガァ

「ご主人様、モンスターが入って来ちゃいますよぉ!」


「起きたら、風呂に入るか…ら?」


 誰だ…

 俺は一人暮らしだ。

 彼女なんてイネー


 それなのに、誰かが俺を起こそうと揺り動かしてくる…

 オバケ?いや、ドッキリか!?



 …

 ……

 うっすらと目を開けてみると、そこには明日菜が居た…

 いや、違う。

 そこには、俺が作ったアスナがいたんだ。



 詳細画面でしか顔や形は見えないけど、この栗色の髪にまん丸な黒目、少し垂れた眉毛の感じも、明日菜をイメージして作ったから間違い無い。


「…な、なんなんだ…お前?」

 俺はどう接すれば良いのか、何がどうなっているのか分からず、冷たい口調で質問してしまう。


「ご主人様!起きてくれたのですね!アタシです、アスナですよ!」

 頭の上に音符でも浮かんでそうな、いかにも嬉しいって感じで話し掛けてくる。

 …声もイメージ通りだな


「それより、大変なんです!ご主人様が寝てしまったので、ここに避難したんですけど…モンスターが!あわわわ」

 笑ってたかとおもうと、泣きそうな顔で助けを求めてくるアスナ。

 コロコロと表情が変わる、その仕草に心の底が疼く…



「とりあえず、アレを倒せばいいのか?」


 自分の身体を見回してみると、手に剣を持ってるし、鎧を着てる上に視界の中に薄っすらゲームのメニュー画面が見える。

 もし、この状況がゲームの世界に転移したとかなら…しっくり来る。


「ヘルファイア」

 左手に意識を集中して、よく使う魔法を唱えてみると、掌の上に黒い炎が現れた。

 剣をかざすと、黒炎を纏って魔法剣の力が発動する。


 アスナが期待に満ちた表情で見て来る。

 なんだか力が湧いてきて戦えそうだ!


「かかってこい!牛野郎!」

 隠れていた岩陰から飛び出ると、ついさっきまで狩っていたミノタウロスを挑発する。


「ウボォォオッ!!」

 俺に狙いを定めたミノタウロスは、手に持ったハルバードを大きく振りかぶってくる…


 ブォン!

 槍になった先端が鼻先を掠める


 …怖い

 でも、アスナが見てるんだ!


「うぉぉおお!クイックスラッシュ!」

 いつも使っていた技を叫ぶと、体をどう動かせば良いのか分かる、感じる。


 ビュン、ガンッ!、ビュ、シュパッ!

「ウバァア!」

 威力は低いが、手数を優先した斬撃にミノタウロスは仰け反る


「今だ!バーストフレアォ!!」

 剣に纏わせた黒炎を解放して、渾身の袈裟斬りをお見舞いした!


 …ズズズ、ドスンッ!


「…さすがご主人様です!お強いです!」

 ミノタウロスが燃えながら倒れたのを見て、アスナが飛び出て来て俺を褒めちぎる。


 恥ずかしくなってきたので、「普通は仕える人間が戦うもんだろ?」と意地悪を言ってしまう。


「そんなぁ、アタシは戦いは不向きなんですよ!…ヒール!」

 いじけたように言い返して来ると、俺の鼻についた傷をアスナが癒してくれる。



 …それから、とりあえず近場の街に案内してもらいながら、ここは何なのか聞いてみた。

 やはり、アスナの話だとAAOの中みたいだ。


 つまり、これはラノベ小説で見た展開。

 俺の異世界物語の始まりって事か…


 鬱屈としていた人生が変わるのかと想像すると、現世への未練も諦める事ができたし、アスナと一緒に暮らしていけるなら悪く無い。


 俺は、酒場のような所で、ある程度の話を聞き終えると、プニッとしたアスナの頬を触って宣言した。

「…これからは、俺がアスナを守ってやるから、お前は俺についてこいよな。」


「なななな……は、ハイです。」

 顔を真っ赤にしながら頷く彼女を見て、これからの異世界人生に楽しみが込み上げてきた。


 大人になって、腐った俺の心じゃなくて、小さい時の自信に溢れた、他人を想ってやれる昔の自分に戻れたような気がしたんだ。





 ……だけど、俺の異世界生活…そう上手くいかなかった。


 初めは良かったんだ、帝国領の小さな都市から活動を始めて、順調に有名になり王国との境にある、四大都市バスクトに拠点を移して。

 本当に順調だったよ。


 だけどそのバスクトで、俺は自分と同じ転移者に出会った、『ういろう』と言う名のプレイヤーに…

 最初は同じ地球の、日本人同士と言う事で話もあって、一緒に活動するのに時間はかからなかった。


 思えば、俺もバカだった。

 どんな人間かも知らずに信用して、あれこれ情報を垂れ流して…

 奴も良い人ぶるのが上手かったな。


 俺よりも少し課金が多い程度の、同じレベル位のプレイヤーだと思ってたけど、そんなに緩い奴じゃなかったんだ。



 奴は自分が連れている、元NPCのコハルに冷たかった。

 逆に俺のアスナには異常に優しくて、俺はそれを自分に厳しく他人に優しい、そんな出来た人間なんだと勝手に思い込んでしまった。


 俺達は、このAAOの世界でヒーローに…勇者のような存在になろうとか言って活動してた、慈善事業や人助け、難しいクエストも四人なら難なくクリアできてたさ。


 …けど、その時は来たんだ。



 人攫いのアジトを壊滅させて、囚われた人達を助けていた時だ。

 二人の幼い姉妹が、俺とアスナの元にやってきて、

「助けてくれてありがとうございます。…けど、私達を捕まえたのは"あの人"です。」

 震える声で二人が指差したのは…コハルだった。


 そんな事を信じられる筈が無かった俺達は、恩を知らない無礼な子供だと、二人の話を無視してしまった。



 だけど、ういろう達…いや、ういろうは次第にやり方がエスカレートして行き、無視できない目撃証言が寄せられるようになってきて、ついに俺は『パンドラの箱』を開けたんだ…





 ……

「なぁ、ういろうさん。あんた裏で人攫いやってんのか?」


「ん~?何の事だよシュウト君。僕がそんな事をするとでも?なんのメリットがあるんだい?」


 たしかにメリットなんて無かった。

 この頃には、帝国から爵位も与えられてた俺達は、地位も名誉も力も申し分なかった。


 何不自由無い暮らしに、その環境に奴は麻痺しまのかもしれない。


「おい、アスナ!」

 俺が呼ぶと部屋の外で待機していたアスナが一人の男を連れて部屋に入ってくる。


「……」

「知ってるよな?あんたの"お友達"だよ。」


「……」

「コイツが全部教えてくれたぜ?あんたが何の為に…ナニをしているのかってな。」

 盗賊の一味の親玉で、伯爵位を持ったその男を前にしても笑顔を崩さなかったういろうは、男が全てゲロったと証言すると…



 …ダンッ!

「すまないシュウト君!僕はこの世界に来て、どうかしていたんだっ…」


 突然、ういろうは頭を地面に擦り付けて、俺に謝りだした。


「なんでこんな事…俺達は何だって十分できるじゃないかよ!?」


「…君だって分かるだろ?この全能感…この世界にいる、ほとんどの存在より僕達は上位の存在なんだ!」


 …何言ってるんだコイツは、確かに、この世界に来て、自分が物語の主人公になった気持ちになるのはある


 だけど、だからと言って何でもやりたいようにするのは違うだろ!



「…捕らえた子供達は何処に?」


「案内するよ…でも、他の人には知られたく無いから、二人で…でも良いかな?」


「別にいいけど…」


 アスナが心配そうに俺を見てくるけど、ういろうのジョブは召喚士だ。

 対人戦で魔剣士の俺が負ける訳は無いだろうし、コハルと二人掛かりとかじゃなければ、召喚獣を出す暇なんて与えないさ。


 俺はアスナに大丈夫だからと伝えて、二人でういろうが郊外に作った、秘密の地下基地に向かった。



 …

 ……

「ひっ…ひどい、なんで…こんな」

 目に飛び込んで来る光景に息が詰まりそうだった。


 あちこちから悲鳴が聞こえて、薄暗い通路の左右には拷問器具や、磔にされたミイラなんかが見えた。


 足が震えながらも、一番奥の部屋までついて行くと…


「…ここが僕のコレクションルームさっ!」


 振り返ったういろうの顔は…人間のソレには見えなかった。



「あんた…いや、テメー…それでも人間かっ!」


「あーっはっはぁ!お人好しな君にプレゼントをあげようではないか…」


 ういろうが、壁に貼ってあった護符のような物を剥がした。



 …グゥオォン…

「ガガゥガァ…」

「…ウギャギャ」

「グオゥン!」

「キシャシャシャ…」


 沢山の子供達が捕らえられている、大きな牢屋の左右の壁から、召喚獣達が溢れ出てくる。


「…かぁー。これを使うとMPを一気に消費するから、嫌なんだけどねぇ~。」

 勝利を確信した、嫌らしい笑みを浮かべて俺を見るういろう。



「…バァーストフレアァ!!」

 恐らく、一度しか無いだろう攻撃のチャンスに全霊を込めて、ういろうにスキルを放った

 一撃で殺すつもりで。



 ガァン…

 俺の勝負を掛けた一撃は、あいつが床に仕込んでいた、急に飛び出して来た分厚い鋼鉄の壁に阻まれ、剣は壁を半分切った所で止まってしまった。



「ざぁんねんでしたぁ!…やれ。」




 …奴はさらに口角を上げて、笑いを噛み殺すように低い声で召喚獣に命令を下した。

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