第50話観光と出会い

「…お、おはおは…おはようございます。」


「あぁ、おはようティファ。」


 今日の寝起きは抜群だ。

 目が醒めるとティファのブルーサファイアのような瞳と、後光を放ちそうなブロンドの髪が視界いっぱいに広がる。


 そう、この状況は間違いなく『イタシタ』後に腕枕で眠りについた、翌朝のカップル的な光景だろう。



 …しかし、こんな雰囲気を醸し出しても、悪さは何一つしていない。

 俺の事を心配して、一緒に寝ると言ってくれた、無垢な気持ちを裏切る訳にはいかないからだ。

 いや、ほんとは『不能者』だからです。

 見栄を張りました、申し訳ありません…



「昨日はありがとな、おかげで元気満タンだ!」

「…はい。それなら良かったです。」


 唇が触れ合いそうな…後少し前にズレれば、ティファの柔らかそうなプルっとした唇の感触を楽しめる、そんな距離が二人を変な気持ちにさせる。


「…ユ、ユウト…様」

「ン~ブチュウ~」

 …バンッ!!

「お兄ちゃん!ティファお姉ちゃんが行方不明だって…」

 ……!?


 俺とティファの体はビクンと跳ね上がる。

 …ティファのピンク色の唇に吸い込まれそうになり、イケメン風に口づけしそうになっていた俺は、ルサリィの元気ボイスで現実に引き戻された。


 …パサッ!

「どどどど…どうしたのかね?ルサリィ君…」


「お兄ちゃん…」

 ルサリィは急いで起き上がる俺と、硬直したままのティファの後ろ姿を交互に眺めると、シャルの部屋へ走って行き…報告し始めた。



 …さて、言い訳するか。



 俺は爽やかな笑顔で、カエルのように這いつくばり、言い訳をしつつ皆を部屋に呼んで、昨晩の襲撃事件と四人目の転移者がいた事を説明した。



「…がってむ…」

「わたし、その人…嫌い。」

「私も噂は聞いた事ありましたが、そんな人だとは…」


「皆の言う通りですね、あのような不敬な輩は討つべきです。」



 …コンコンッ


 ティファがぶち破って、無理矢理閉めていた扉を必死に開けると、着物を着た美淑女の女将が部屋に入ってきた。

 …ヤバイ、扉の事を謝らないと


 俺が、どう言い繕うべきか考えていると、突然、女将は正座して深く頭を下げてきた。



「…あ、あのー?」

「この度は、当旅館のオーナーが、お客様方に大変失礼な事を…誠に申し訳ありません。」


 …そういや、アイツはここのオーナーって言ってたっけか。


「女将さんは、昨日の事を知ってるんですか?」

 俺が女将に尋ねると、部屋の鍵を渡すように言われて、止めはしたが聞いてもらえなかったと言われた。


 それを聞いて俺は余計に腹が立って、顔に出ていたのだろう…女将が身勝手だけど、怒らないで聞いて欲しいと、シュウトについての昔話を教えてくれた。



 …

 ……

「なるほど…けど、それは本当に身勝手な話ですよね?」


「はい。…そうでございます。」


「けど…少しかわいそうな人だよ?お兄ちゃん。」

 ルサリィが女将を庇うように俺を見てくる。

 …もちろん女将に怒ってる訳でも、責めている訳でも無いんだけどな


「分かってるよルサリィ。でも…生きてれば嫌な事なんて山程あるし、シュウトの場合は、生きていてくれただけでも良かった話だよ。」

 自分の事を棚に上げて、一方的に正論を述べる…逆の立場になったらと言われると、俺も自身は無いけどな…


 ティファが俺の横で頷いてる。

 ルサリィは俺の発言のせいなのか、両親の事を思い出してしまったようで、暗い顔をして俯いてしまう。

 悪いこと言ったかな…



「いえ、一方的な話ではありますが、そのような時期もあったとご理解頂ければ結構でございます。」

 女将は再び頭を下げると、宿泊代はサービスすると言って部屋を後にした…



「…俺は間違ってるのかな?」

「どれだけ相手を理解しようと思っても、完全に理解する事はできませんからね…」

 シャルが俺に答えて、その後は各自一度部屋に戻り、準備をしてから観光商会を目指した。



 俺たちは街のヒーロー認定を受けているので、歩いてる間、道行く人に感謝や賞賛の言葉を掛けられるんだが…

 なんだろう…願望はあったけど、いざ英雄扱いされると恥ずかしいな。




 …

「ようこそ、いらっしゃいました!街の英雄、ユウト御一行様!!」

「「ようこそ!いらっしゃいませっ!」」

 さぞかし練習したのだろう、店にいるスタッフ全員で声を揃えて歓迎してくる。


「ちょ、恥ずかしいから止めて…なっ、なっ?」

 仰々しい扱いにクレームを入れると、ピーレは苦笑いしながら、今だけだから我慢しろと言ってくる。


 俺は憮然とした表情をしながらも、促されるまま席に着いた。



 …今日、この観光商会に来たのは、ピーレの奥さんを助けたお礼に、ピーレ自ら観光案内をしてくれるとの事で招待されたからだ。

 なんでも、最高の一日を過ごさせてくれるそうだ。




「…では皆様方、何か特別なリクエストはございますか?」


「ピーレ商会長殿にお任せするよ!」


「いやはや…畏まりました。」

 俺が大袈裟に返すと、ピーレは額に手を当てて、分かりましたと頷いた。




 ……

 朝から始まったピーレプロデュースの観光コースは、見て聞いて体験して楽しんで美味しいと…本当に、この街の全てを凝縮したんじゃ無いか、と思えるくらい楽しくて素晴らしいものだった。


「最後は、オーロラ見学のご案内を致しますね。」

 夕日が山向こうに落ち始める頃、観光用の馬車に乗り、街の外へと進んで行く。


 通常であれば、厳重な護衛を付けて許可を取った上で行うらしいのだが、俺達に護衛は不要だし、都市長よりも位が上なので許可も必要無いそうだ。



「うぅ~寒いね!お兄ちゃん!」

 日本ほどでは無いけど、この世界にも四季があって、今は秋頃なので、風を受けると低レベルの者だと寒く感じる程度の気温になる。

 時間だって、普通の街ならそろそろ眠りにつく準備を始めている頃だろう。


 その影響もあって、少し寒い俺とルサリィは防寒用のマントを着て、シャルにはコートっぽい服を渡してる。



「…ごしゅじんさま…オーロラって…おいしい?」

「あぁ~、オーロラは食べものじゃ無くて、自然が作る光のカーテンみたいな物なんだよ」


「さすがはユウト侯爵様!博識でおられる。」

 シャルとピーレ以外はオーロラなんて見た事無いので、俺のにわか知識にも感嘆の声を上げてくれる。

 レアは若干がっかりしてたけど、デザート的な物だと思っていたのだろうか…



「あそこの丘の上でテントを張りますので、ご準備願います。」

 ピーレが指差すのは、ホリシア連峰と右手には竜の爪と呼ばれる山を、視界に収めることができる小高い丘だ。


 馬車を走らせ、丘の上の平坦になっている場所でテントを張り火を起こす。

 なんでも、護衛が充分じゃないと、丘に来ても火を起こさずに、ジッと待つ時もあるそうだ。



「オーロラって、もっと寒い所で見れるんだと思ってたんだけど?」


「そうなのですか?そもそも、あの光の現象が何故オーロラと呼ばれているのか…それすらも分かっておりませんので。」


「宮廷の学者さん達は、魔法の要素が関係していると言われていましたけど…?」


「たしかに、そのような説もございますが、何にせよ大自然のなせる芸術でございます。」



 そんな話をしていると、ピーレは光源の影響が少ないテントの反対側に行くと言い、移動してしまった。


 オーロラが見てたら焚き火は消さないといけないそうなので、それまで、エデキアで買ったマシュマロっぽいお菓子を焼いたり、シャルが常備している茶葉を貰って、夜のティータイムを楽しんだ。


「…ご主人さま…ぐっじょぶ…」

「ほどほどにな…四人とも」


 女性陣は焼きマシュマロ風のお菓子が、お気に召したらしく、次々と焼いては消化していた。

 俺はロープに包まれながら、四人を眺めて、メリーも間に合えば良かったのにな…と、ウトウトしていた。


 ルサリィも途中で俺の横に来ると、眠そうにしていたので、オーロラが見えたら起こしてあげると約束して眠らせた。

 …幸せそうな寝顔だな……



 ……ドォーン…

「ユウト様!」


「…ふぁっ!?な、な、何?一体何があった?」


「だいぶ遠くですが、火柱が上がりました。周辺の地理を考えるとレッドドラゴン辺りでしょうか?」


 俺は、ティファに頷くと星を見るために用意した、ゲームでは飾りにしかならないガチャのハズレで望遠鏡のようなアイテム、遠見の筒を覗いた。


「…見えにくいけど、確かに誰かがドラゴンと戦ってるみたいだ。高レベルパーティならともかく、ソロとかなら絶望的だろうな…」


「…ユウト様、ここは私が。ユウト様にはここの警護をお願いします。」


 俺が助けに行くと言い出すと察知したのか、ティファが先回りして俺を制止してくる。

 飛行タイプってのを差し引いても、ティファなら一対一で引けは取らないだろう…


「けど…」


「ここもドラゴンに襲われれば、レアだけでは守りに不十分。シャーロットに、ユウト様の力が必要になります。」


 …ここまで言われると頷くしかないか。

 ティファを信じてないみたいになるし、俺が行っても守る対象が増えるしな。



「…分かった。頼むな!」

 せめてもの代わりに、騎乗召喚獣を出す。

 …在庫の関係でフェンリルになるけど、無いよりはマシだろう


「では、行ってまいります!」


 …ティファはフェンリルに飛び乗ると、ドラゴンを討つべく走り出した。



「ドラゴンが出るなど、今まで無かったのですが…」

 呟くピーレに古代遺跡の話をして、はぐれ竜かもと伝え、今後のツアーに備えを依頼しておく。


「いやはや、ドラゴンの相手など、そうそう出来るものではありませんが」

 ピーレの苦笑いに、それもそうだと頷くしか無かったが…





 …

 ……

「…はぁぁああ!」


 …


「助けに来ました!こちらに敵意はありません!」


「…助け?」

「敵はレッドドラゴンです、危ないですよ!?」


 ティファの叫びに、普通とは異なる反応が返ってくる。

 通常なら、「助かった!」や、「助けて!」等となるはずが、自分達で何とか出来るのに横槍が入ったと言う感じだ。


「何を考えているのですか!?モンスターの適正を知っているのっ?」


「…私達なら大丈夫よ!」

「大丈夫です!ペアでなら対処可能ですから!」


そうは言われても簡単に引き下がれないティファは二人の元に立ち止まる。


……ザザッ!

「わぁ!騎乗魔獣だ、凄い!」

「…レベル100」

 フェンリルに目を奪われるキリカとは対象的に、バンゼルは助けに来たティファを注意深く伺い、レベルが人の限界に達している事に気付き唖然とする。


「野盗や騙し討ちの類ではありません。飛行タイプは相性が悪いでしょう?」


 命を受けての救援な為、多少強引に手を貸そうとするティファ。


「…分かりました。お願いします。」

「えっ!?一緒に戦うの…って、凄っ!」


 あっさりと従うバンゼルにキリカは驚く。

しかし、ティファのレベルを見て納得する。


「まずは、アレを地に落としましょう。私が一撃受けるので、二人は翼を狙いなさい!」


「「はいっ!」」


 二人はティファの指揮下に入ると、レッドドラゴンの翼を断つために気を練り始める。


「かかってきなさいっ!!」

「…グギャァオォ!」


 ティファの挑発スキルに掛かったドラゴンが、上空から急降下で突撃する!


「…金剛!」

 防御スキルを発動して身構えると、大口を開けての突撃を、剣を盾に受け止める。

「ぐっ…今です!」

「「花鳥風月!!」」


 合図と共に放った二人の鋭い乱撃は、硬質なドラゴンの翼を斬り裂き、再び上空へ舞い上がる事を阻止する。


「竜飛鳳舞!」

「飛花落葉!」

 バンゼルの放つ真空波がドラゴンの皮膚を斬り、体制を崩させキリカの連撃スキルがHPを大幅に削りとる。


「はぁぁ、ホーリースラッシュ!」

 トドメにティファの突進斬撃をお見舞いし、レッドドラゴンの首を斬り落とした。




「…やったわね、バンゼル!」

「そうだね、あの人のお陰で楽に倒せたよ。」


 誰かと連絡を取っているティファを二人は注意深く観察する。


「ご主人様がお会いになるそうです、そこの騎獣に乗りなさい。」

「……っ!?」


 二人は驚愕する。

 自分達が最強だと思っている、師ガリフォンをも超えるレベルを持った女性が、誰かに仕えているなんて信じられなかったのだ…


「…あの女性(ヒト)よりも強い存在がいるかもって事だよね?」


「そうね。それよりバンゼル…私はアレに乗りたいわ!」

小声で話すバンゼルを横目に、ワクワクが止まらないキリカ。

 目を輝かせて魔獣フェンリルに飛び乗る彼女を、止める事など出来るはずと無く、なし崩し的にバンゼルもユウトの元へと向かう事になってしまう。



 …

「うっはー!すっごい!早ーいっ!!」

「振り落とされないように気を付けなさい。」


「……うっほ。」


 前をキリカの引き締まった尻に、後ろをティファの巨乳に挟まれたバンゼルは、いつもの冷静さを保てず、思わず呻(ウメ)いた。


 …

「お帰りティファ!無事で良かった…よ。で、そちらの二人が襲われてた人達か?」


「はい、ユウト様。剣神流の門下生でキリカとバンゼルと言うそうです。」


 ティファの紹介を受けて、それぞれが挨拶してくれるけど…視線に『あんな弱そうなのがティファの主人な訳無いよね?』って空気が出ているよ、君たち!


「…ごほん。俺がティファの主で、ユウト・カザマだ。宜しく!」

 …わざとらしくご主人様アピールをしてみた。


「えっ!?」

「あなたが…」


 何やらザワザワし出したけど、何なのだろうか…ちょっと、あざとさが出過ぎてたか?

 でも、事実なんだし、これくらいは威張っても良いじゃないか?


 俺が心の中で悪態をついていると…


「あなたが…勇者ユウト様ですか?」

「エンシャントドラゴンを倒したって本当ですかっ?」

 バンゼルの質問にキリカが付け足す。


 俺は、誤解が無いように、エンシャントドラゴンは倒したけど、ここに居る皆やレンの力もあっての事と、勇者とか言うのは神国の聖女さんが勝手に言ってるだけだと説明した。


「逆に凄いわよね?レベル4で戦いを挑むとか、あり得ないわ!」

 ヒソヒソとは言えないボリュームで、キリカがバンゼルに耳打ちする。


「あなたが、神託の勇者様なら、悪魔王(デーモンロード)を討伐される時に、私達も仲間に加えて頂きたくて…そのお願いに来たのです。」


 …俺は考える。

 もし、勇者なんかじゃないから帰れと言った場合、何かの間違いで悪魔王と戦う時に戦力の補強がし辛くなるのでは…


「…俺は勇者じゃ無いけど、もしも、悪魔王と戦う事になったら、君達にも声をかけるってのでも良いかな?」


「分かりました。この方を見たら、自分達も修行が足りないと痛感したので、悪魔王復活までに腕もレベルも上げておきます。」

「私も!お姉様くらい強くなるので、その時は手合わせお願いします!」


「ふふふっ…わかりました。」


 こうして、突然のドラゴン討伐イベントは無事に終了し、将来に備えてのネットワークも得る事が出来た訳で、結果オーライではあったんだけど…



「侯爵様!オーロラが出ましたよ!」


 青に始まり、緑、黄、紫とユラユラと揺れる幻想的な光のカーテンを皆で眺めた。

 結局その日は本格的なテントを出すと、皆で一晩泊まる事になり、新しく交友を持った剣神流の二人とも色々な話を交換する事が出来た。





…翌朝

 機会を見つけて、道場にも見学に行く約束をしてから二人と別れる。

 ティファがキリカにえらく懐かれてて、扱いに困ってるティファの表情に思わず笑ってしまった。


 それに、ルサリィやシャルも、道場での暮らしに驚いて色々と聞いては「信じられない…」って随分驚いてた。

 たしかに、かなり過酷な環境で生活する二人は単純に凄いと思えたし、俺には恐らく無理だろうなと予測できた。

 …多分、行ってもおこたでヌクヌクして、部屋に引きこもってそうだな!



 …

 二人は街に寄らず、山に戻って行ったので、俺達はエデキアへと帰路についた。

 都市に着くと、ピーレにお礼を言って別れ、宿に戻ると、王国最後の都市『エゼルリオ』に向かう準備を整えて、メリーの帰還を待った。




 …さぁ、王国制覇の旅に出かけるとしようかっ!!

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