chapter.74 チカラヲヨコセ
「まだ入れる余裕はありまぁすっ! 押さないで、ゆっくり、ならんでくださぁいっ!」
白いレスキュー作業用SVでウサミ・ココロは月の住民を避難船まで誘導していた。
ウサミとドーム内警備の月面騎士団による懸命な誘導で、崩壊するルナシティでは着々と住民の避難が完了した。
「……ゼナス君ごめんね、ゼナス君が守ってきた月がこんなになっちゃって」
ウサミは首に提げたペンダントの写真を見て呟く。
笑顔で微笑む金髪の男性、ゼナス・ドラグストはウサミの夫であった。
まだ生身の人間であった頃から統連軍が管理する人工島のSV乗りとして交流があり、戦いで機械の身体になった後も差別することなく接してくれた唯一の人物だった。
しかし、ゼナスから婚約の話を持ち掛けてきたのは驚いた。
当然ながら子供は出来ないが、それでもゼナスはウサミを愛した。
ゼナスとの結婚生活は十六年続いた。
彼が亡くなったのは第一次ソウルダウト争奪戦。
シンドウ・マモリを乗せた《ソウルダウト》に撃墜されのだった。
「こっちはもう避難完了したよ。マモリちゃん、ココロたちもアキサメ改に戻ろっか?」
後ろを振り向くウサミ。
複座式の後部コクピットには誰も乗っていなかった。
◇◆◇◆◇
TTインダストリアル本社の最深部。
荘厳な雰囲気を醸し出す“レーナの間”と呼ばれる建物の中で、避難もせず祈り続ける少女が一人。
月の女神レーナ・ルミエル。
その正体は記憶を失った真道歩駆の幼馴染み、渚礼奈が残っていた。
ルナシティの中心部であるTTインダストリアル本社ドームが比較的、無事なのは渚礼奈の祈りよるバリアフィールドが張り巡らされているからだった。
礼奈の居る建物自体が巨大なダイナムドライブシステムで稼働するコクピットのような役割を果たし、ドームに特殊なバリア効果を与えているのである。
しかし異次元よりの来た《鳳凰擬神》の啄みが、礼奈の作り出すバリアを容易く打ち破ってしまう。
それでも礼奈は月の皆を守るために祈りを止めることはなかった。
「いい加減、目を覚ましたらどうなんだい?」
不意に声をかけられて礼奈はゆっくり振り向いた。
「……貴女は?」
「戦いを止めるには戦いしかない。ここで彼らの戦意を奪ったって彼らを見殺しにするだけだってなんで気付かないかな?」
この空間にはTTインダストリアルの中でも、限られた一部の人間しか入ることを許されない禁断の部屋なのだ。
礼奈の目の前に居る人物、シンドウ・マモリという少女は音もなく背後に立っていた。
「貴女……シンドウ・マモリ、じゃない。誰なの?」
「しらを切るつもりかい? ボクはね、歩駆をキミに譲ったんだよ。なのにどうして拒絶する? どうしてそばに居てあげないんだ?」
マモリの身体を借りて、魂に秘められた残留思念は礼奈に問いかける。
「私は、レーナ」
「違う」
礼奈の肩を掴んでマモリは迫った。
「キミは渚礼奈だ。本当は記憶なんて失ってなんかいないんじゃあないか?」
「……私は…………」
口ごもる礼奈は空を見上げる。
ドームの中に居る礼奈を守るため白き機神が巨大怪鳥に立ち向かっていた。
◆◇◆◇◆
起死回生の《ゴーアルター》が放った渾身の一発は《鳳凰擬神》の黄金色のクチバシにヒビを入れた。
しかし《鳳凰擬神》を倒しきるにはダメージが弱く、ただ激昂させるだけであった。
反撃とばかりにヒビ割れ歪んだクチバシを大きく開いた《鳳凰擬神》の口内から青い電撃が迸り《ゴーアルター》の身体を貫く。
それは《ゴーアルター》の中の歩駆にも伝わり、激しい威力の電撃に一瞬、記憶が飛んだ。
脱力し黒焦げた《ゴーアルター》がドームの天井に墜落する。
相当な威力を食らったせいかピクリとも動かず大の字に倒れる《ゴーアルター》をドームごとを破壊しようと《鳳凰擬神》は再び頭を前後に振りながら勢いを付ける。
「真道君っ!!」
攻撃態勢の《鳳凰擬神》に視角外から右目にビームが照射された。
思わぬ一発にけたたましい奇声を上げると《鳳凰擬神》は足元を瓦礫に引っ掛けて派手に転倒する。
「大丈夫? 立てる?!」
間一髪な歩駆の危機に、マコトの《ジーオッド》がようやく駆け付けた。
「私がオバケ鳥を引き付けるから、その間に後退してちょうだい」
ジタバタともがく《鳳凰擬神》を眺めてマコトは言う。
「今、アキサメ改がトウコちゃんのZアークを回収して、動かせるように大急ぎで修理してるから。さっきは負けたけど、もう一度ゴッドグレイツになれさえすればこんなオバケ鳥なんて……聞いてる?」
先程からずっと声を掛けているが《ゴーアルター》は倒れたまま微動だにせず、歩駆からの返事一つもなかった。
「ねぇ生きてるの? まさか、さっきのカミナリみたいので……?」
どうなっているのか心配するマコトの《ジーオッド 》が《ゴーアルター》に近付こうと降下した。
すると沈黙を破り《ゴーアルター》は立ち上がって《ジーオッド》の方を睨む。
目があった瞬間、マコトの身体は凍ったように硬直する。
「チカラ、ヲ」
「……真道君じゃない、誰?!」
その声は歩駆のようで歩駆ではない別の存在が喋っているようにマコトは聞こえた。
何か嫌な予感が脳裏を過りマコトの《ジーオッド》はすかさず《ゴーアルター》から離れようとしたが遅く、気がついたときには頭部の角を掴まれてしまった。
「くっ、離してよ!」
「チカラ、ヲ……ヨコセ……ッ!」
謎の声に命令されて《ジーオッド》はマコトの意思を無視して動く。
「ちょっと、何なの? ジーオッド……パパ!?」
父の名を叫ぶマコトはどうにかして抵抗しようと抗うが《ジーオッド》はパイロットの操縦を受け付けない。
勝手に進む《ジーオッド》の行き先は《ゴーアルター》の頭上。
これまで何度も体感した《ゴッドグレイツ》への“合体”だ。
『マコトに触るんじゃない!』
「が、ガイ?! その機体、ガイなの!?」
『あぁそうだ。待ってろ、今助けてやるっ!』
ガイの《ブラックX》は再びADD(アンチダイナムドライブ)システムを起動させ《ゴーアルター》の周囲に粒子を撒いたが、合体する二機の動きは全く止まる気配が無かった。
『少し手荒だが、我慢しろよ!』
手持ちのロングライフルがビーム刃の長刀に可変させて《ブラックX》は《ゴーアルター》に飛び掛かる。
だがそれと同時に《ゴーアルター》が閃光、衝撃波がガイの《ブラックX》を襲い、ドームの壁へと吹き飛ばされた。
『くっ……あれが“イドル計画”の最終目標か』
ガイの記憶の奥底に眠る封じられた記録が呼び起こされる。
『こうなったら奴に飲み込まれないように頑張れよ……』
瓦礫に埋もれながら《ブラックX》は身動きが取れない。
ガイはマコトの無事を祈るしかなかった。
◇◆◇◆◇
白き機神(ゴーアルター)と真紅の魔神(ゴッドグレイツ)。
二機のexSVが今、一つになる。
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