chapter.56 愛留の恋

 ヤマダ・アラシという男は愛留にとって特別な存在になりつつある。

 初めこそヤバイ変人という印象が付きまとっていた。

 愛留自体、恋愛経験で誰かを好きなったことは小学校低学年レベルで止まっている。

 時は流れて高校生になり、アイドルにスカウトされて以降はファンや芸能人からのラブコールを沢山受けるが愛留はどれも断っていた。

 事務所から恋愛禁止令は出されてはいなかったが、そもそも恋愛に興味がなかったのでしなかったというのが正しい。

 それが今では彼の不思議な魅力に取り付かれて、いつしか四六時中ヤマダのことを考えるぐらい好きになっていた。

 ヤマダのミステリアスな部分が、愛留の中で今まで出会ったことないタイプでとても興味を引かれる。


「知らなかったよぉ、ウチのマネージャーが乗ってる車ってアーくんがデザインしたのなんだね」

 事務所近くにある養成所の新人が店員として働く喫茶店。愛留はソフトクリームが乗った大きなパンケーキを美味しそうに頬張る。


「なんか普通の車と違うよね。デザインとか色が未来っぽいっていうの?」

 最近は仕事量をセーブしてヤマダに会っている。

 体調が良くないのも原因の一つだがヤマダと一緒だと辛いのも忘れられる。


「本当にスゴいねアーくん」

「ハッハッハァー! もっと誉めたまえ」

 いつの間にかヤマダのことをアダ名で呼ぶようになったが、まだ恋人らしいことを一つもしていないし、本当に恋愛関係の仲と呼べるほどには程遠かった。

 だが二人の関係は事務所の関係者から見ればには十分にカップルに見える。


「大きな声じゃ言えないが実はなァ……あのボタンを……それで押しながら……になるから、サイドブレーキを引き……すると……ロボットに変形するのさァ」

「えー? 信じられないなぁ。だってあれってCMの演出じゃないの?」

「裏技だから一部の人間しかしらないんだァ。これが動画」

「アーくんって本当に車屋さんなのぉ?」

 楽しげな会話が続く。

 その様子を影から事務所社長は不安そうに見ていた、愛留の営業スマイルではない本当の笑顔を見れたので大人しく退散する。


「これだけスゴいものが作れると、色んなところから作ってくれって問い合わせ来ない? まさに車業界の神だよね」

 その一言にヤマダの表情が強張る。


「神なんてものは信じていない。もちろん自分を神だなんて自惚れてもいないさァ。でも……」

「でも?」

「もし神がいるとするならば、それは君のようなヒトを言うんだろう。誰からも愛され崇められ崇拝される」

「そんなそこまでは言い過ぎだよアーくん。どんな事を成し遂げたって私は普通の女の子……って二十歳で女の子はないか」

「いいや、君は今その次元に居る。その力があればきっと……」

 ヤマダは言いかけた言葉を止める。

 不思議そうに見る愛留の顔を覗いて甘いコーヒーを一口啜った後、しばし何かを考えた。


「……、この天才ヤマダ・アラシには多くの秘密がある。その一つを君に教えよう」

「えー何なの、教えて?」

 身を乗り出してヤマダの方に耳を傾ける愛留。


「いいかよく聞け。もうすぐ人類に未曾有の危機が訪れる」

「危機?」

「宇宙からの侵略者だ。奴等は南極大陸に下りたって人類に襲いかかる。奴等の力の前ではアメリカの軍隊だって太刀打ちできないだろう、それぐらい強大な敵が現れるさァ」

「そんな、まさか…………」

 絶句する愛留。


「あァ、怖いだろう?」

「……アニメ監督だったのね、アーくんの正体」

 ヤマダの突拍子もない空想話に愛留は真面目に聞いたのがバカらしくなったと思う反面、声優業はやったことなかったと興味はある。


「ロボット系のアニメ? 前はなんか流行ってたから見てたなぁ。あのドリルの奴とか、主人公が黒い仮面を付けてるのとか。でも最近はなんか無いよねロボのアニメ。出来るかな、必殺技を叫ぶ演技」

 見当違いな愛留の反応にヤマダは顔を真っ赤にする。


「いいかい愛留よォく聞け。この天才が調べた日本のロボットアニメ、年代別の統計には増えているだなよァ……って違ァう。そういうことじゃない」

 立ち上がるヤマダは一万円札をテーブルに置いて、愛留の手を引く。


「君に見せたいものがある。着いてきたまえ」


 ◇◆◇◆◇


 ヤマダの車に乗って一時間ほど。

 市街を出て山道を走る車は一件の廃工場へ到着した。

 建物内に入り、地下への階段を下るとそこにエレベーターがあった。


「……ちょい、ちょいっと……すっ」

 馴れた手つきで暗証番号を打ち、窪みに人差し指を突っ込むとエレベーターの電気が付き扉が自動で開いた。


「さァどうぞ、お姫様ァ」

「う、うん……」

 階数表記のないエレベーターが下降する。

 ゴウンゴウン、と音だけが鳴り響く密室空間の中で愛留は緊張し不安になった。

 とてつもなく長く感じた三十秒間は終わりを告げ、エレベーターは目的の階に到着した。

 明け放たれる扉。

 一歩踏み出し愛留が見たものは“黒い天使”だった。


「これは……?」

「多目的人型機動戦略機械、サーヴァント……通称SVと呼んでいる。そのIDLシリーズ試作三号機、名を《荒邪(アレルヤ)》という」

 女性的なフォルムの巨大な機械人形が愛留のこと待っていたかのような眼差しで見下ろしている。機体周りにこうそく広げられた六つの羽根が壁に固定されていた。


「こんな大きな…………やっぱり、本当はハリウッド監督ね?」

「監督から離れてくれ。大マジの巨大ロボットさァ。愛留、君に乗ってもらうためのね」

「そんな……車の免許もまだなのに」

「この期に及んでまだふざけるかァ!」

 二人が《荒邪》の足下でいちゃついていると部屋の奥かがたいのいい中年の男が出てきた。


「ヤマダ、パイロットは見つかったのか?」

「あァ、この天才が見付けた女神様をなァ!」

「……あのな、世界の命運がかかっているんだぞ。お前のおふざけはいい加減に聞き飽きたわ」

 男は呆れてたように頭を抱え、床に落ちていたダンボールにどかりと座った。


「このオジサンだれ?」

「なァに、百数年ちょっと長生きなだけのヒトモドキさァ」

「相見丁太だ……ったく、お前が決めたのなら責任を持てよ」

 そう言って相見という男は近くのパソコンに触れる。すると《荒邪》の瞳が青く光りだす。


「歌姫が世界を、いや地球を救う! 乗ってみたまえ、君の人生は変わり往くッ!」

 ゆっくりと胴体を降ろした《荒邪》は胸部装甲を開き、愛留をコクピットへ誘う。



 ◆◇◆◇◆



「あの人の誘いに乗らなければ今頃、普通に引退して……」

 そして現代2100年の愛留。右手に付けられたビーズのブレスレットを見つめると、潮風が愛留の綺麗な髪を優しく撫でた。


「センスがあったんだろうね私、ロボットの操縦に。実際、楽しかったわ」

「でもお母さん病気してて引退をしようとしたんでしょ? なんで普通に生きてるの? 不老不死? まさかアニメじゃあるまいし」

 零琉は不思議そうに愛留の身体をペタペタ触りながら頭にハテナを浮かる。

 一方、歩駆は愛留の話に興味無さそうな顔をして空をボーッと見上げていた。


「そう、そこなのよ! それでね」

「…………まだ続くのかよ」

 愛留の昔話は西暦2015年、人類の大きな転換期である模造戦争に突入する。

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